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決戦の祐太 後編

「え…………?」


 俺は、頭が真っ白になっていた。

 まぬけに聞き返したその声に、優希は顔の赤さの原因を、羞恥から怒りへと変えた。


「き、聞き返すな!!」


「わ、悪い!」


 やばい、こういう時ってどうすればいいんだ? わかんないって!


「あたしは、ちゃんと言ったから……返事は?」


「へ?」


「だから、返事!!」


「あ! す、すまん……」


 そこでようやく、俺の頭も落ち着いてきた。

 優希の手をほどいて、しっかりと向き合うと、俺は深呼吸をひとつした。

 再び羞恥で顔を赤くした優希が、じっと見つめてくる。そんな優希に、俺は顔を緩めて笑いかけた。


「ありがとな、優希」


「は?」


 優希はきょとんとしたのを通り越して、一気に赤みが引いて真顔になると、さらにそれすら通り越して呆れ顔になった。


「……なんでお礼なわけ?」


「お前のおかげで吹っ切れたよ。だから、ありがとな」


 俺は、今できる精一杯の笑顔で笑って、優希の体の向きを反転させ、背中を押した。


「でも、やっぱりお前を巻き込むのは、俺が我慢できない。だから、お前は早く部活に行け」


「ちょっ、祐太? あたしは返事を――」


 俺は優希の言葉が終わらないうちに、全力で走り出した。

 後ろから何度か、俺に対する非難の叫びが聞こえたが、気にせず走り続けた。

 ――駄目でも、もう我慢できない!!

 優希の言葉が、頭をよぎる。

 そうだ、迷惑だとか、泣かせてしまうかもとか、そんなことで、我慢なんかできない、俺はあいつを、みおりを助けたい。それで充分なんだ。


「ありがとな、優希」


 俺は決めた。

 正面からぶつかってやると。











 翌日の5、6時限目は生徒会長選挙だった。

 立候補者ひとりひとりが最後の演説を終え、投票時間となった。

 俺はもちろん、雄吉に入れた。あいつ以外の候補者は、失礼だが、あまりいい人がいなかったので、多分大丈夫だろう。

 そして、無事に投票が終わった。これで選挙も終了である。


「これにて、第44回生徒会長選挙を終わります。連絡のある生徒、先生はいらっしゃいますか?」


 お決まりの、おわりの言葉。

 その言葉を合図に、俺は立ち上がった。

 全校がざわめく、しかし、そんなことは気にならなかった。俺はぼろぼろの上履きを脱ぎ捨て、ステージまで走り、飛び乗った。

 さっき立候補者が演説に使っていたマイクを乱暴にとり、振りかえる。ざわめく全校生徒を睨み付け、言った。


「俺は、2年C組の坂口祐太だ。俺及び俺の妹に嫌がらせをしている奴らに、言いたいことがある」


 すぅ、と息を吸い込み、思い切り叫んだ。


「くだらないこと、ちまちまやってんじゃねぇよ!! 腰抜けども!!」


「やるんなら直接来やがれ!! それとも恐いか? 複数で寄ってたかんなきゃ、喧嘩もまともに売れねぇのか?」


 短気な奴が数人立ち上がった。

 俺はマイクを握り直し、キーンと音が掠れるくらい大声で最後のひと押しを押した。


「俺が気に食わないなら、今すぐ俺を殴りに来い!!」


 立ち上がった奴らが一斉に走りだした。

 そいつらにあてられたいわゆる不良と呼ばれる輩と、本気で俺を快く思ってなかった奴らが合わさり、最終的に20人ほどがステージに殺到した。

 すぐにステージの上は乱闘場と化した。満足に反撃できる人数じゃなかったが、絶対倒れる気はなかった。

 両手足を拘束され、物で殴られた。さっき使っていたマイクだ。振り払い、がむしゃらに拳を振り回す。しかし、数が違い過ぎて、もはや闘いでも喧嘩でもなくなっていた。

 半ばリンチとなり果てたころ、ようやく俺のところまで、教師たちがたどり着いた。


「やめろ!!」


「なにやってんだ!!」


 先生たちが止めにはいり、俺はなんとか、開放された。ふらふらの俺に肩を貸そうとした先生の手を制して、ステージの前方まで歩く。

 ボロボロの身体に鞭を打ち、あらんかぎりの大声で叫んだ。


「俺のことが気にくわないなら、今みたいに何度だって殴られてやる!! 何度だって、喧嘩を買ってやる!! だから……」


「俺の妹には……手を出すなあぁぁー!!」


 静まりかえる全校。

 教師も、いままで俺を殴ってた奴らも、黙りこんだ静寂のなか。


「カッコいいぞー!! 祐太ー!!」


 立候補者席から、そんな友人の声が聞こえた。


「そうだー、カッコいいぜー!!」


「いいぞー! 坂口兄ー!!」


「引っ込め腰抜け共ー!!」


 雄吉の声を皮切りに、俺に味方してくれる声があがり始めた。

 その声は徐々にその数と音量を増していき、やがて全校中からあがった。


「ははっ」


 俺は小さく笑った。

 さっきまで周りが皆、敵なような気がしてたのに、いまや全校中の生徒が俺を応援してくれている。

 勝ったんだ、俺は一番大きな、全校の評判という敵に。

 全校のボルテージが最高潮に達し、教師たちが止めようとざわめきだしたその時。


「私からも、連絡事項がある」


 静かながら、よく通る声が体育館に響きわたった。

 声の主は、現生徒会長だった。

 ステージに上がってきた彼は、俺の手からマイクを奪いとると、生徒たちを見渡した。


「先日、生徒会室に坂口祐太に関しての酷い噂を、嘘だと証明して欲しいと、依頼があった」


 依頼?

 まさか、生徒会室の中にある要望箱かな? たびたびいじめをなんとかして欲しいとか、そういう依頼が届くらしいって、雄吉から聞いたことがあるような。


「そこで、私が個人的に調査したところ、坂口祐太が女子生徒に暴力をふるい、怪我をさせたという噂は、嘘であると噂を流した本人たちが認めた」


「嘘だ!! 俺は怪我を実際に見たぞ!!」


 教師に取り押さえられていた男子のひとりが生徒会長に反論したが。


「怪我については、自分で転んだだけとの証言を得ている、君が見たのも、擦り傷ではなかったか?」


 図星だったのか、男子生徒は顔をふせて、黙りこんでしまった。


「私からの連絡は以上だ。ただ……」


 生徒会長は俺を見て、わずかに口角をあげた。


「個人的には、彼のような大馬鹿は、嫌いではない。出来ればこれからは、つまらぬ嫌がらせなどはやめて欲しいな」


 その言葉を合図に、生徒たちはまた騒がしくなった。

 みおりのクラスの方に目を向けると、みおりをいじめていた女子たちが、同じクラスの生徒たちから責められ、みおりに謝っているのが見えた。


「ははっ……良かっ……た」


 目的を果たせたことで気が抜けた俺は、意識を繋ぎとめていられなかった。

 糸の切れた人形のように、どさりと倒れた俺を生徒会長が受け止める。異変に気付いた生徒たちと先生が騒ぎだす。

 だんだんと薄れてゆく意識のなか。

 みおりが俺を呼ぶ声が、聞こえたような気がした。


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