決戦の祐太 前編
『もしもし、祐太か、お前大丈夫かよ!?』
「ああ、大丈夫だ」
電話越しの友人の声が、本当に心配そうで、俺は少し安心に似た感情を覚えた。
「それより、俺のことは、どんな噂になってるかわかるか?」
『ああ、よくわからんが、お前が下級生の女子に手をあげたって噂になってるな』
「あいつらか……」
『それでな、その女子たちの1人が、2年の男子グループの中心と付き合ってるらしくてな、多分お前に対する嫌がらせとかはそいつらの仕業だろ。3年にも関わってる奴がいるとか、結構大きな噂になってるぜ』
俺はかなりでかいのを敵にまわしたみたいだな。
みおりがいじめを受けていると知り、その現場に乗り込んだ次の日から始まった、俺に対する嫌がらせは、日に日に酷くなっていた。持ち物は、無事なやつのほうが少ないし、水も3回被った。暴力までいってないのが不思議なくらいだ。
しかし、たった1週間足らずでここまでやられるとは思わなかった。
優希と雄吉には、嫌がらせが始まったその日に、俺には学校で極力関わらないように言っておいた。二人ともなかなか納得してくれなかったが、何度か話してようやく説得した。
「雄吉、ありがとな。選挙頑張れよ、明後日だろ」
『祐太……』
「じゃあな」
雄吉はまだなにか言いたそうだったが、先に俺は電話をきった。
全校生徒のほとんどが敵にしたような俺を、まだ心配してくれることは、本当にありがたい。
でも、だからこそ、巻き込みたくない。
今さらになって、みおりの気持ちがよくわかった。あいつはきっとわかってたんだ、こうなることを。だから自分ひとりで抱え込んでたんだ。
「ちくしょう……」
もっと早く、気づいていれば。
俺の手を振り払った時の、みおりの涙を思い出して、俺は拳を握りしめた。
ボコボコにされた下駄箱から、もはや履けないほどぼろぼろにされた上履きを取りだし、足にひっかけて、教室に向かう。
まだ嫉妬の視線のほうがよかったな。などと考えていると、たまたま生徒会室から出てきたみおりとばったりでくわした。
「みおり……」
俺の足元を見たみおりは、一瞬苦々しい顔をしてから、無言で立ち去った。
「自分の心配しろよ、バカ」
俺は去っていくその背中に、そんな言葉を投げかけることしかできなかった。
今日は静かな日だった。柄悪い奴に絡まれることもなかったし、水を頭から被ることもなかった。
俺は人の通らない、裏口から帰るのが日課になっていた。朝はまばらだからいいけど、放課後は一斉に帰るからな。あの量の視線&影口を受けるのは辛すぎる。
しかし、今日だけはその判断を俺は後悔した。
「みおり……」
いつかと同じように、数人の女子に取り囲まれたみおりが、そこにいたのだ。
「あいつら!」
踏み出そうとした足はしかし、わずかに動いただけだった。
――なんで来ちゃったの……?
みおりのあの目が、頭に浮かび、俺の体を硬直させる。
俺が行ってどうする、みおりをまた、悲しませるだけじゃないのか? みおりをまた、泣かせてしまうんじゃないか? そんな考えが頭の中を駆け巡って、体が動かない。
「お前ら、なにしてんだ!」
俺がまごついている間に、たまたま来た教師に、みおりは助けられていた。
教師に礼を言ったみおりは、ふらふらと歩いて行ってしまった。
「は、はははっ……」
乾いた笑いが、口から漏れるのが聞こえた。
「くそっ!!」
近くに転がっていたペンキの空き缶を蹴り飛ばし、俺はその場に崩れおちた。
情けなくなった。自分がどうしようもなく。
俺は妹のために、なにもできなかった。なのに、なりふり構わず助けにはいることすらできないのか?
強烈な自己嫌悪が俺の身体と心を駆け巡り、ただ、血が出るくらい拳を握りしめることしかできなかった。
「祐太……?」
すぐ後ろから、消え入りそうな、小さな声が聞こた。
振り向くと、優希が、ジャージ姿で立っていた。
俺は慌てて立ち上がり、なんでもないように振る舞った。
「どうしたんだ? こんなところに来て、部活中だろ、今」
「祐太が、こっちに行くのが見えたから、追いかけた。その、あたし……」
「言ったろ、俺に関わらないでくれ、お前を巻き込みたくない」
なにか言おうとした優希の言葉を遮って、俺は早口でそう言った。優希に背を向け、歩き出したその時。
ドンと背中に衝撃を感じて、俺は歩みを止めた。
「あたし、もう見てるだけなんてできない!!」
すぐ後ろで、優希が絞り出したような声をあげる。背中に感じる体温と、腹にまわされた優希の両手が、微かに震えているのがわかった。
「優希……」
「巻き込まれたっていい! 一緒にいじめられたっていい! あたし、これ以上、苦しんでる祐太見てられない!!」
「駄目だ!!」
「駄目でも、もう我慢できない!!」
腹にまわされた腕がきつくなる。
「我慢できないって、どうしてそこまで……」
「そんなの!!」
俺の背中から顔を上げた優希は、頬を真っ赤にしたまま、目に涙を浮かべていた。
勢いよく言い出したわりに、言葉を詰まらせた優希は、しばらく「そんなの……そんなの……」と繰り返していたが、やがて意を決したかのように俺を睨み付けた。
「そんなの、好きだからに決まってるでしょ!!」




