関係ないでしょ!
避けられている。
なんの前触れもなく、突然、そして徹底的に。
最初はたまたまだと思った。偶然が重なっただけだと。しかし、1週間以上まともに顔をあわせていない今の状況では、偶然は無理があるだろう。
最初は登下校が別々になっただけだった。でもそのうち、家でも話してこなくなった。俺から話しかけても、適当にはぐらかされ、話は続かなかった。今では、家で会うのも、飯の時だけだ。
どうしてこうなったのか、まったくわからなかった。メールを送ってみたりもしたが、最近忙しい。としか返ってこなかった。
そして、なにもできないまま、2週間が経とうとしていた。
「祐太、まだみおりちゃんに避けられてるの?」
「ああ」
実は、優希にも少し探ってもらったのだが、俺と同じ結果だったらしい。学校では話してすらくれないし、メールも素っ気なかったそうだ。
「なんか、ここまでくると祐太のなにかに怒ってるっていうより、意図的に避けてるって感じだよね」
「それは、俺も思ってた。喧嘩した時みたいな刺々しさもないし。まるで、俺と一緒にいること自体を恐れているような……」
俺と優希が頭を抱えていると、選挙活動から帰ってきた雄吉が話しかけてきた。
「よ、祐太! まだ兄妹喧嘩してんのか?」
「まあな、お前こそ来週の金曜だろ? 大丈夫なのか?」
「おう! まかせとけ」
うちの高校では、生徒会長選挙は2学期の最後にやる。毎年、新しい生徒会長が2学期の終業式で、一言述べるのが通例だとか。去年もそうだった記憶がある。
「そういや、祐太。仲直りの参考になるかわからんが……最近、変な噂があるの知ってるか?」
肩に掛けた選挙タスキを外しながら、雄吉は突然そんなことを訊いてきた。
「いや? なんだよ、俺たちになんか関係あることなのか?」
「二人ってより、みおりちゃんのなんだが……うーん、でもこれ、話さないほうがいいのか?」
「そこまで言われた後じゃ、気になるって!」
「そうだよな、ってか、よく考えたら、祐太には伝えるべき情報かもしれん。実はな……」
雄吉の言葉に、俺は目を見張った。
可能性がないわけじゃない。むしろありがちな話だ。でも、信じたくなかった。
「嘘……だろ」
「確証はないが、信頼性のある情報だぜ? 俺は選挙活動で全クラス回ったから知ってるが、学校中でそれなりに噂になってる」
「お前は、誰から聞いたんだ?」
「部活の後輩だ、みおりちゃんと同じクラスのな。でも、今日もみおりちゃんのクラス行ってきたけど、みおりちゃん、普通だったからガセネタかなって思ってたんだけど」
ガタン!
いきなり立ち上がった俺に、優希と雄吉は驚いた様子だったが、まったく気にならなかった。
みおりがもし、それを隠すために俺を避けてるのだとしたら、到底、放っては置けない。
確かめないと!
「落ち着け、祐太! もう授業始まんぞ、どこ行く気だ」
「確かめに……行ってくる」
「後にしろ! 優希、祐太を止めるの手伝ってくれ」
二人係がかりで止められ、俺は席につかされた。
「まったく、急ぐ気持ちはわかるが、今行ってもみおりちゃんにとっても迷惑だろ」
「すまん……」
「本当だよ、祐太って意外と行動力あるよね」
今回は悪い意味で。と優希に言われ、さすがに落ち着いてきた俺は、自分の行動が恥ずかしくなった。
「放課後、行ってみる」
それがいい、と二人は揃って頷いた。
放課後、先に帰られないように、俺は急いで教室を出た。階段を駆け下りて、みおりのクラスに急いだのだが。
「坂口さんならさっき帰りましたよ」
どうやら先を越されたらしい。
俺は、少女にお礼を言い、みおりのクラスを後にした。
家で本人に訊いても、うまいことはぐらかされるのは確実なので、学校でなにか証拠をおさえたかったのだが。
でも、みおりの不在を教えてくれた子には不自然な感じはなかったし、やっぱりただの噂なのだろうか? 出来れば、そうであってほしいが。
しかし、次の瞬間、俺の目に飛び込んできた光景は、そんな思考を全て吹き飛ばした。
「みお……り?」
たまたま見上げた空、屋上、そこに上るための階段のところに、俺は妹の姿を見つけた。
人気のない、教師だってめったにこない、下からも注意深くみなきゃわからない。
そんな場所に、どうしてあいつがいる?
「まさかっ!!」
勘違いであってくれと願いつつ、俺は全速力で屋上へ駆け出した。
階段を駆け上がり、屋上の扉に手をかけ、一気に開いた。
目の前の扉が開いて、みおりを含めた女子数人は、驚愕の表情を浮かべた。
みおりの一番近くにいた女子の手が、みおりの制服を切り裂こうとしているのをみて、勘違いの可能性は消えた。
「なにやってんだ!! お前ら!!」
俺は開いたばかりの扉に、握った右拳を水平に振って、思いきり叩きつけた。
みおり以外の女子たちの顔が恐怖に染まり、全員が逃げ出した。ひとり、足をもつれさせて、派手に転んだ奴もいたが、黙って見逃した。
「みおり……大丈夫か?」
俺座り込んだまま、動かないみおりに手を差し出す。
「バカっ!!」
しかし、その手は弾かれた。
「な、なにすんだよ!」
「うるさい!! 私、助けてなんて頼んでない!!」
「ふざけんな! お前、上履きだってぼろぼろじゃねーか! なんで黙ってたんだよ!?」
すると、みおりが突然、俯いていた顔を上げ、俺をキッと睨んだ。その目から、涙を溢れさせながら。
「お兄ちゃんには関係無いでしょ!!」
それだけ言うと、みおりは屋上から逃げるよう走り去った。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
――なんで来ちゃったの……?
つらいでも、苦しいでも、嬉しいでもなく。
みおりの目は、そう言っていた。
翌日、重い気持ちのまま、ひとりで登校した俺は、寝不足の目をこすりつつ、教室の前まできた。
とにかく、みおりのことは後で考えよう、今は気持ちを切り替えないと。
俺は深呼吸をひとつして、教室のドアを開いた。
……違和感は、すぐに感じた。
一斉に俺に向けられるクラスメイトの視線、いつもの嫉妬の視線じゃない。
軽蔑、憐れみ、好奇。いろんな奴がいたが、大別するとそんな感じ。
疑問を持ちつつも、自分の席に向かう。
「え……!」
そして、自分の席を見て、俺は目を疑うとともに、違和感の原因を理解した。
「こうきたか……」
俺は呟きながら、元の色がわからないほど悪趣味な落書きで埋め尽くされた机に、鞄を置いた。




