先いってて!
「はぁ……」
登校途中、いつもの道、いつものタイミングで、周りを見回した俺は、いつものため息をひとつ、アスファルトの地面に落とした。
理由は、今更説明することもないだろう。そう、いつもの通りである。
「お兄ちゃん、ため息つくと、幸せも一緒に逃げちゃうよ?」
誰のせいだ、誰の。
無言で隣のみおりを軽く睨むと、周りの視線が強くなった。勘弁してくれ。
そんなこんな、いつもの登校を終えて、学校に着いた。普段通りなら、みおりと一緒にみおりのクラスまで行くのだが
「ごめん、お兄ちゃん、先行くね!」
ひとつ隣の下駄箱から、顔を出したみおりは、なぜか走っていってしまった。
友達でも見つけたのだろうか? たまにそういうこともあったしな。
俺は特に気にすることもなく、今日は先に二階に上がってから、教室に向かった。
教室に入ると、見慣れぬタスキを肩にかけた友人がいたので、スルーした。
「って、スルーすんなよ!!」
「いや、なんでドアの真ん前に立ってるんだよ……ひくわ」
「そんな理由!? そのタスキはなんだとか、もっとツッコむところは他にあるだろ!?」
タスキについては俺が説明しよう。
まず、タスキには《高野雄吉》と大きく書かれている。自分をアピールするためだ。つまりこれは
「選挙、大変そうだな……」
「まあな、なんたって会長選挙だぜ」
そういうわけだ。
雄吉はこれでも人望の厚いタイプだ。先先週のホームルームで推薦を受け、立候補した雄吉は、結構評判いいらしい。
「本当はお前に推薦責任者やって欲しかったんだけどな……」
「ばかいうなよ、俺なんかがなったら、みおりのファンから票が入らなくなるぞ」
「はははっ! 確かにな」
「だろ? まぁ、応援はしてるから、頑張れ」
「おう! 投票んときはよろしくな」
ああ、と返事をしてから、俺は自分の席に向かった。
雄吉もなにかと忙しいだろうし、あまり自分で時間をとらせるのも悪い。
席についてから、ホームルームまでの時間をどう潰すか悩んでいると、後ろからバシンと背中を叩かれた。振り向くと、優希がニコニコしながら立っていた。
「おはよ! 祐太」
「あ、ああ……なんか機嫌いいな、優希」
「あ、わかる? 実は今回の期末の結果が良くてさ、新しいラケット買ってもらえることになったの」
「なるほど……」
そういえば、昨日の帰りのホームルームで期末試験の結果が返ってきた時、やけに喜んでたな。そういうことだったのか。
「俺はちょっと悪かったから、羨ましいよ」
「そうなの?」
「ほら、お前も巻き込まれただろ? みおりのゲームに……」
「ああ……あれ、1日で終わらなかったんだ?」
「2日に渡ったうえ、そのあと、みおりの勉強に付き合わされてさ……」
もう大変だった。と、げんなりする俺に、なぜか一気に機嫌悪くなっていく優希。あれ? 俺なんかした?
「ふーん、じゃあ祐太はあの後もみおりちゃんと二人で楽しくゲームしてたんだ」
「あのー、大変だったってところ、聞いてました?」
「そのうえ、一緒に勉強まで……」
「人の話、聞いてる?」
「……あたしも、もっと図々しく攻めたほうがいいのかな……?」
ぶつぶつとなにごとか呟く優希。完全に俺の声が聞こえていない。
優希の顔の前で開いた手を振って、少し声の音量をあげた。
「おーい、優希ー戻ってこーい」
「え、あ、ごめん。でも、祐太だって悪いんだからね? 今日だって、教室まで送っていったんでしょ?」
「いや? 今日は下駄箱で別れた」
「え……」
優希は驚いた顔をしたあと、なんで? なにがあったの!? と、質問責めにしてきた。
「そ、そんなに珍しいことでもないって、確かによくあるわけじゃないけど」
「そうなの? どっか様子がおかしかったりしなかったわけ?」
「なんにもないって!」
なにか焦っているような顔だったし、多分、用のある先生でも見つけたんだろう。
納得したのと同時に教室前方のドアが開き、先生が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
放課後、みおりからメールがきた。いつも直接話すことが多いので、メールがくるのは珍しいことだ。
メールの内容も、珍しかった。
『今日は友達と帰るから、先に帰ってて』
みおりが友達と帰ること自体は、そう珍しいことではない。しかし、そういう場合はいつも、下駄箱で直接言われた。
なにか急ぐ必要でもあったのだろうか?
まあ、気にし過ぎか。久しぶりに静かな下校を楽しもう。
俺はケータイをしまい、ひとり、通学路へ踏み出した。
――その次の日から、みおりは俺と一緒に登下校をしなくなった。




