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ファーストコンタクト

「祐太、大丈夫だった?」


「うん、ただの食べ過ぎみたい、たいしたことないよ」


 みおりの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

 祐太に買ってきた栄養ドリンクを割ってしまい、せめてその代わりにと祐太のために料理を作ろうとしたのだが、みおりも料理を作るとか言い出して、ついそれに対抗してしまった。

 結局、祐太には迷惑かけちゃたな。


「それじゃあ、あたしはそろそろ帰るから」


「帰るの? 今度はどっちが先にお兄ちゃんに胃薬を届けるか競走しようと思ってたのに」


「いや、さすがに……それはちょっと……」


 まったく、さっきまで本気であたしと祐太を取り合ってた女の子とは思えない発言だ。

 実際、この子は祐太のことをどう思ってるんだろう? さっきまでのこの子が演技だとは思えない、でも、この状況をおもしろがってるようにも見える。

 本当に、この子はわからない。


「……ねぇ、みおりちゃん」


 だから、つい訊いてしまった。


「……祐太のこと……どう、思ってるの?」


 ずっと訊きたかった、質問を。


「……ふふっ、優希ちゃん、ずるいよ」


「え?」


「だって……」


 みおりは、一度うつむてから、顔をあげて曖昧に笑った。


「そんな真剣な顔して訊かれたら、適当なこと言って誤魔化せないじゃん」


 あたしは、なにも言えなかった。

 みおりの目が、あまりに真っ直ぐだったから。


「……ごめんね、変なこと訊いて……あたし、帰るわ、じゃあね!」


「え、あ、うん、じゃあね!」


 あたしはみおりに軽く手を振って、坂口家を飛び出した。











 眠れない。

 現在、時刻は2時50分。いつもならとっくに夢の中なのに。

 思い出すのは、さっきのみおり。結局、肝心なことは聞けなかった。

 祐太は、勉強も運動もそこそこできるけど、部活には入ってないし、目立つタイプじゃないから、彼の魅力は近くに居ないとわからない。

 でも、そう考えるとみおりは多分、一番祐太の近くにいて、きっと一番祐太のやさしさに気づいてる。

 ――適当なこと言って誤魔化せないじゃん。

 いったい、なにを誤魔化そうとしたの? 誤魔化したくなるような想いを、祐太に抱いてるの?

 さっきから延々、こんなことを考えては、わからなくなる。

 祐太は、どうなんだろう? みおりのこと、どう思ってるんだろう? ……あたしのこと、どう、思ってるんだろう?


「わかんないよ……あたし、なんにもわかんないよ」


 あたしは仰向けになって、枕に顔を埋めた。

 目を閉じると、浮かんでくるのはやっぱりあの兄妹で、あたしはやっぱり眠れなかった。


 あの兄妹に初めて会ったのは、小学校2年生の時だった。

 あの頃のあたしは、学校に馴染めず、クラスでも孤立した、暗い感じの子だった。学校を楽しいと思えず、休日も家にとじ込もってばっかで、いつも一人だった。

 そんなある日、あたしはお母さんと喧嘩して、家を飛び出した。行くあてもなく近所をさ迷って、あの兄妹に出会った。

 二人は、公園で遊んでいた。二人ともすごく楽しそうで、あたしは少し離れた位置から、ぼーっと二人を眺めていた。

 すると、あたしのほうに、なにかが飛んできた。それを拾っていると、遊んでいた二人があたしのところに走ってきた。


「ごめん、当たらなかった?」


「あ、うん。大丈夫」


「そっか、あ、オレ達さ、昨日ここに引っ越してきたんだ。オレはゆうた、こっちは妹のみおり」


 みおりはペコリと頭を下げた。


「あなたの名前は?」


「あ、あたしは、ゆうき。まきはら……ゆうき」


「ゆうきちゃんは、家はこのへん?」


「うん……」


「そっか、じゃあ、これからよろしくな! ゆうき」


「よろしくね! ゆうきちゃん」


「あ……うん! よろしく」


 あたしは家の外で、初めて笑えた気がした。


「……そういえば、なにやってたの?」


「これ? これは……ばとみんとん? っていうスポーツなんだ。そのはねはねを打ち合うんだ」


 祐太は、あたしが拾ったシャトルを指さしながら言った。


「ゆうきちゃんもいっしょにやろうよ」


「え……?」


「うん、そうだね、そうしよう」


 祐太は、あたしに、持っていたラケットを差し出した。


「いっしよにやろうぜ、ばとみんとん」


「……うん!」


 その日初めて、あたしに友達と言える存在ができた。

 次の日、あたしの学校に祐太とみおりが転校してきた。あたしのクラスに転校してきた祐太は、あたしに真っ先に話しかけてくれた。

 些細なきっかけだった。でも、あたしには大きなきっかけだった。その日から、学校に行くのが楽しくなった。外で遊ぶようになって、祐太とみおり以外の友達もできた。

 あたしの世界はあの日、変わった。祐太は、変わらない。あの日から、ずっと変わらない。

 きっと、これからも祐太はあのまんまだろう。だからあたしは、焦ることはないと思った、周りの女子は、気づかないから、ライバルは少ないはずだから。


「でも……」


 一番やっかいなあの子が、あの日からずっと、あたしのライバルだったのかもしれない。

 顔をあげると、窓の外が明るい気がして、カーテンを開いた。すでに空は白んでいて、時計を見ると、5時をまわっていた。


「なんか、いまさら寝るのもばからしくなってきちゃったな……」


 あたしは、ジャンパーを羽織って、散歩に出かけた。










 近所をぶらぶらしていると、あの日みたいに、あの兄妹に会った。

 日本にきていた祐太とみおりの父親は、もう帰ってしまうらしい。家族で、タクシーに乗る父親を見送っていた。

 タクシーを見送った後、なにやら話してる祐太とみおりは、あの日と同じで楽しそうだった。


「二人とも、なに話してるの?」


「え、優希!? お前こそこんな朝早くになにやってんだ?」


「散歩。それよりさ、バドミントンやらない? 三人で」


「お、俺はいいけど……みおりは?」


「私もいいよ、久しぶりに三人で遊ぶのも楽しそうだし」


「じゃ、決定ね。道具持ってくるから、8時に公園集合」


 うなづく二人に背を向け、あたしは歩きながら、友人に今日の部活は休むと、メールをうった。

 今、あたしがバドミントンしたいのは、あの二人だから、今はなにより、あの二人とバドミントンがしたいから。

 久々にわくわくする気持ちが嬉しくて、あたしはケータイをしまい、家まで走った。


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