チャリティーコンサート
「そろそろコンサートでもやったらどうですか?」
横田がスケジュール表を見ながら言う。彼は今や業務の半分ぐらいが、神崎怜司のマネージャーになっている。神崎本人はマネージャーなど煩いだけなので不用だと思っていたが、実際自分がメディア露出をはじめるとどうしても時間管理をする人間が必要になって来て、それなら気心の知れた横田を…ということになった。
戸川としては、会社の柱を取られて大打撃ではあったが、神崎怜司を抱え込めるなら文句を言う筋合いもない。組織としてはかなり変わった形態になってしまったが、それも含めて現状肯定ということである。
「いいねえ!コンサート!」
戸川も大乗り気である。だが当の本人は全く気がない。
「俺一人でか?」
と、にべもなかった。
「独りで十分じゃないですか。ドーム満席だって不可能じゃないですよ」
「やりたくない」
ソロの曲を歌うたびに、特に『海の翳り』の収録曲を歌うたびに、どうしようもない虚しさに襲われる。レコーディングの時、ピアノを入れたのは杏香だった。あのどこまでも透き通った音に包まれるように歌い上げた。彼女のピアノなしに歌う曲は、画竜点睛を欠くといった観を否めない。
それが自分の感性の中だけのことだとは解っている。誰が弾いても歌うことは出来る。自分で弾くことも出来るし、ほとんどの場合そうしてきた。けれど歌うたびに耳が、心が、彼女の音を探している。あまりにも虚しかった。
「やりたくないんじゃ仕方ないですが…一つだけお願いできませんか?」
「なんだ?」
「チャリティーの依頼が来ています」
「復興支援か…」
震災後、この手の依頼が増えた。チャリティーとはいえもちろん仕掛け人あってこそであるから、誰かが企画してアーティストに依頼をする。
チャリティーと言われれば、あからさまに断ることが出来ないのも辛いところである。それを盾にとって悪質な依頼もあるが、今回来ているのは『震災孤児支援』というもので、震災で両親を失った子どもたちの生活や進学のための基金を立ち上げたいという志によるものらしい。
仙台のNPOが企画していて、コンサートも仙台で行う。ビッグネームの神崎怜司が出演してくれれば、他の賛同も得やすいと、駄目元で来た依頼だった。
「仙台か…遠いな」
戸川が少し眉をひそめる。復興支援云々以前に、移動に時間がかかればそれだけ他のスケジュールを押す。
「でも、飛行機もありますし…」
と横田が縋るように言う。彼自身が、早くに両親を亡くして苦労して育ったと聞いている。今回の震災は彼のような子供を大量に産んだ。少しでも助けたいと思う気持ちがあるのだろう。
「いつだ?」
「大晦日です」
「行く」
某非広告放送局の国民的番組に引っ張り出されそうな気配が濃い。そんなところに出るぐらいなら、仙台で年越しの方がずっと良い。
「本当ですか!?」
「野鳥の会が票読みするような番組より青少年の未来援助の方がいい」
「ありがとうございます!」
横田は神崎の気が変わらないうちに…と速攻で仙台のNPOに電話をかけている。口調からしてかなり親しい相手らしい。
やれやれ…嵌められたかな…と神崎は苦笑いをした。
「え…仙台だけじゃないの?はあ…福島も…?いや、確かにそれはそうだけど…」
横田がちらちらと神崎の方を伺っている。どうやら、福島でもイベントがあるらしいが、場所が場所だけに二の足を踏むというか、言いづらいのだろう。
「仙台も福島も似たようなもんだ。まとめてOKだ」
横田の顔がぱっと明るくなる。これで俺はいっぱしの『いい人』になるってわけだ。イメージではないが、これでも少しは日本の将来を気にはしている。
自分が一曲歌うことでなにがしかの援助が出来るならば、けっこうなことだ。後はその資金がどこかに消えてしまわないことを祈るしかない。
「神崎さん、三十一日十三時仙台で、十八時福島だそうです。ちょっと忙しいですが…」
「どっちも、一曲歌うぐらいで良いんだろ?」
「できれば二曲ぐらい…」
「まったく…まあいい。それなら年越しは福島だな」
「えーっと…どうしてもというなら車用意しますが」
わざわざ大晦日に東北道を爆走してまで東京に戻りたい用事などない。
下手に東京にいたら分刻みであちこちの局を走り回らされるだけである。それならいっそ在京しない方が良い。
「どこか泊まれるところあるかな?」
「そりゃありますよ。あそこ、風評被害でがらがらです。良い温泉たくさんあるのに…」
「じゃあ、適当な温泉押さえてくれ。もう三が日そこに籠もっててもいい」
「さすがにそれは…」
年末から三が日にかけてはどの局も特番体制で、とにかく数字が欲しいだろう。となればちらっと出るだけで数パーセントの数字が跳ね上がる神崎怜司は取り合いだ。
既に今から出演交渉が相次いでいる。年末のチャリティーは話題作りをかねてOKだとしても、そのまま三が日籠もらせるわけにはいかない。
「いいじゃないか。俺は福島の温泉で年越し。俺に用事のある奴はみんな福島に来れば良いんだ。客寄せになるかもしれないぞ」
なんて、福島観光協会が泣いて喜びそうなことを言う。
そこまでしなくても…と戸川はむしろあわて出す。だが、戸川や横田があわてたぐらいでこの男が動じるわけもなかった。




