母
「ロアちゃんは戦士魔法をかなり使ってたわよね?」
「はい、もう5年は使っています。でも戦士魔法は捨てます」
魔法は1人1種類までしか習得出来ない。
戦士魔法を習得しているなら他の魔法は習得出来ない、それがこの世界のルール。
それなら戦士魔法を捨てればいい。
捨てるというのはその魔法を使えないようにする、つまり魔導書をリセットするということだ。
今ある魔導書を特別な手順を踏んで燃やせば、僕は新しく魔法を習得することが出来る。
でもそうした場合、同じ魔法はもう2度と習得できない。
「ふ~ん、そこまでして魔女魔法を使いたいのね。どうして? 魔女魔法は確かに強いけど、あたしみたいになるまでにはどんなにがんばっても数年は掛かるわよ」
「それはわかってます。でもこのまま戦士魔法を使っていても、国の隊長や騎士団長には勝てない」
城を出てからかなり強くなったけど、ジトンで名前も知らない騎士にやられてしまった。
一応は城の兵士だった僕が名前を知らないということは少なくとも副隊長や騎士団長補佐よりも下の階級の人だったのだろう。
つまり僕はまだまだ弱いのだ。
このまま成長を続けていけば、いつかは隊長クラスの人にも勝てるようになるかもしれない。
でもそれは遠い先の未来だ。
「僕は早く強くならないといけない。そのためには今のままじゃダメなんだ!」
僕にはやらないといけないことがある。
色々とあるけど、まずはカエデと会うこと。
会って城から逃げたいと思っているなら助け出す。
会うだけなら今のままでも出来るかもしれないけど、助け出すのなら話は別だ。
城にいる兵士と騎士全員を相手にしないといけない。
今の僕にはそんな力は無い。
だからどんな手を使ってでも少しでも早く力を手に入れたい。
「それに出来るだけ人は殺したくないんでね。魔女魔法なら殺さずとも相手を無力化出来ますよね?」
ヴェイルさんは頷く。
今までに見た魔女魔法は『マインド』、『ワイドハイヒール』、『ワープ』、『バインド』。
ん? 『ワイドハイヒール』は回復系の魔法だったよね?
魔女魔法は回復も出来るのかな?
「だから僕は魔女魔法を習得したい。お願いします! 僕に力をください!」
「…………」
ヴェイルさんは何か考えるようにうつむく。
魔法を習得するためには決められた儀式をする必要がある。
戦士魔法や騎士魔法の儀式は誰でも出来るように改良されて続けているらしい。
おそらく魔女魔法の儀式はそんなことされていないだろう。
魔女魔法は使う人が少ない。
こんなに強い魔法を使わないのには何か理由があるはずだ。
そうでないなら例え魔女が嫌われていても、力を求める人は使いたがるだろう。
ヴェイルさんが悩む理由は儀式が難しいからなのかな?
「魔女魔法を使えば嫌われるわよ」
「元から嫌われてますので」
「何が目的で力が欲しいのかはわからないけど、その目的を果たした後、今のような生活は出来ないと思っていた方がいいわよ」
「覚悟はしています」
ヴェイルさんは小さな声でうめく。
僕が魔女魔法を習得することに反対みたいだ。
「う~ん、ちゃんと考えたならあたし的には教えてあげてもいいんだけど、ロアちゃんのお母さんには教えないで欲しいって言われてのよね」
ヴェイルさんは困った顔で僕の顔を見つめる。
僕の母に……?
ヴェイルさんは僕の母とそれなりの仲だったみたいだ。
さっきは別に聞かなくてもいいとか思っていたけど、やっぱり聞かないといけなかったっぽい。
「ヴェイルさんは僕の母とどういう関係なんですか?」
「あたしはロアちゃんのお母さんの妹よ」
それから長々と話を聞いた所、ヴェイルさんは僕の母と10歳離れた実の妹。
そしてお姉ちゃんっ子だったみたいだ。
その大好きなお姉ちゃんの子供である僕のこともそれなりに好きなのだと言う。
これも僕を助けてくれた理由の1つだ。
母は怒った王妃様によって処刑させられたのだけど、その前にヴェイルさんはもちろん助けに行った。
その時に母から2つのことを言われたらしい。
1つは国を憎まないこと。
自分は大人しく処刑されるから、ヴェイルさんは何もしないで欲しい。
そして処刑された後も絶対に復讐しようとか考えないで欲しい、と。
もう1つは僕に魔女魔法を教えないこと。
もし困っていたら助けてあげて欲しい。
でも自分の子供ってだけで大変な思いをするだろうから、出来るだけ魔女とは関わりを持たせないようにして欲しい、と。
その時、母は僕を人質に取られていた。
もし脱獄したり、国に敵対するような行動をとろうとした場合、僕を殺すと言われていて母はどうすることも出来なかった。
母はヴェイルさんくらいの魔法の才能は無く、当時のヴェイルさんも今ほどの強さを持っていなかったから、母を脱獄させ、そして僕を救出することはどんな手を使ったとしても無理だったらしい。
だから母は自分を殺させることで僕を守った。
ヴェイルさんは大好きなお姉ちゃんのその決断を受け入れ、今まで母に言われたことを守ってきたそうだ。
「ロアちゃんはお母さんに愛されていたの。自分の命を犠牲にしてでも生きて欲しいと思えるくらいに」




