カエデの気持ち
僕は弱い。
傷なんて無かったようにきれいな肌に戻っていくカエデとアドア。
まだ意識を失っている2人を見ながら僕は考える。
僕は弱いのだ。
城の近くのモンスターには負けないとしても、魔境のモンスターには勝てない。
僕は調子に乗っていたのかもしれない。
初めての戦闘で勝って、初めての冒険がうまくいって、勇者という強い存在が味方になってくれて、魔境での最初の戦闘に勝って。
頭では油断してはいけない、注意しないといけない、と思っていた。
でも頭のどこかに僕なら、カエデなら、3人でならと思っていたのかもしれない。
僕は僕の力を、カエデの力を、アドアの力を、過信していたのだ。
僕達は所詮まだ子供。
何でも思い通りにするなんて無理。
それがわかっていなかったから、昨日のようなことになってしまったのだ。
寝る前にもっと洞窟を調べていたら、この洞窟に入らなかったら、そもそも夜の間に魔境に入らなかったら、回避できたことだ。
そうしなかったのは僕が自分の選択を疑わなかったから。
昨日のことは僕のせいだ。
僕はダメな人間だ……
「これからどうしようか……」
「んっ、うーん」
悩んでいると、カエデから声が上がった。
朝起きるような感じで普通にカエデが起きる。
カエデは目をぱちぱちさせながら周りを見る。
「あのクマは?」
眠気眼で僕に聞く。
ここだけ見れば夢の話をしているように見えるけど、残念ながら現実の話だ。
「知らない人がどこかにやってくれた」
「何それ」
カエデはクスクス笑う。
言われてみれば、誰がどうしてどうやって助けてくれたのかを僕は知らない。
視界が輝いたと思ったら、クマが洞窟から消えていた。
そして真っ黒な服を着た女の人が立っていて、僕達の傷を治した。
その後はすぐに洞窟から出て行った。
……謎だ。
「知らない人ってどんな人なの?」
カエデに言われて改めて考えてみる。
僕が知っているのは見た目と使った魔法。
見た目は真っ黒の服の大人の女の人。
帽子を深く被って顔を見られないようにしているみたいだった。
使った魔法はクマをどこかにやった魔法と僕達3人の傷を一気に回復させた魔法。
僕達を回復させた魔法はおそらく治療師魔法の1つだと思う。
治療師魔法を極めると大人数の致命傷を一瞬で治す魔法が使えると聞く。
あの女の人は治療師なのかな?
でもそう決めることは出来ない。
治療師魔法には味方を回復させる魔法と味方の補助をする魔法しか無い。
だから治療師だとクマをどうにかするのは無理なのだ。
じゃあ、クマをどこかにやった魔法は何か。
僕の知っている魔法にそんな魔法は無い。
あの女の人は何て言っただろう。
よく思い出してみよう、何魔法かわかれば、あの女の人のことがわかるかもしれない。
確か魔女魔法『マインド』、だったかな?
……うん、正体が丸わかりだった。
「黒い服を着た魔女の女の人。あ、魔女だから女の人なのは当たり前か。ちなみに僕達の傷を治してくれたのもその魔女の人だよ」
「やっぱりあれは本当にあったことなんだね……」
カエデは傷があった所を触りながら言う。
その表情は暗い。
「あのね、ロア君。私、元の世界に帰りたい」
「…………」
あんな体験をすれば帰りたいと思うのは当然だと思う。
カエデは今までこの冒険を楽しんでいた。
でも命を懸けないといけないような冒険をこれから楽しむことは出来ないのだろう。
だから帰りたい、と思うのは普通の流れだ。
「私は今までこの世界でのことをゲームみたいだなーって思ってた。ゲームみたいな世界に、ゲームみたいな設定、ゲームみたいなモンスター。あんまりゲームをしたことが無い私でもそう思うくらいにこの世界はゲームみたいだった」
この冒険の間に聞いたことだけど、カエデの言うゲームとは色々なことを疑似体験出来るものらしい。
あるときは勇者に、またあるときは冒険者にといった風に。
でもそれはあくまで架空の世界の話でやっている本人には何の影響もないらしい。
「だから私はこの世界のことは全部偽物だと思ってた。モンスターも人も感覚も。モンスターは倒しても勝手にすぐ出てくるものだと思ってたし、人も人工知能で動いていると思っていたし、味覚も嗅覚も触覚もうまくできた偽物だと思ってた」
「…………」
そんな風に思っていることは知らなかった。
この世界で生きてきた僕からすればこの世界の全てが本物だと思っているけど、他の世界からやってきたカエデからすれば違うみたいだ。
「この世界でなら何でも出来るし、何をやってもいいんだと思ってた。……でもそれは違うって、昨日わかったの。あのクマ相手に何も出来なかった。それに体を切り裂かれたときの感覚、あれは偽物なんかじゃなかった。それでわかったの、この世界はゲームじゃないんだって」
カエデは一呼吸置いて言う。
「私はまだ死にたくない。ロア君とアドアちゃんには悪いと思うけど、私は元の世界に戻りたい」
僕だって同じ立場なら同じことを言うだろう。
だから出来ることならカエデの望みを叶えてあげたい。
でもそれは出来ない。
「ごめん、カエデは元の世界には帰れない。元の世界に戻るには、王の間にある魔法陣を壊さないといけない。でも城の人はそんなことさせてくれないと思う。だから今はまだ帰れない」
「そっか……」
消えてしまいそうなカエデの声が僕に届いた。




