魔境
「やっと着いた~!」
「意外と遠かったですねー」
まだ辺りは真っ暗で人の気配なんて全く感じないような深夜に、僕達はジトンの魔境に着いた。
魔境と言っても外から見たらただの山にしか見えない。
もっと見ただけで魔境ってわかるものだと思っていたのに……
あまりにも普通過ぎて、最初は場所を間違えたかと思って確認したくらいだ。
「じゃあ、魔境に入ろうか」
僕を先頭にしてアドア、カエデと続く。
魔境は危険な所だけど、出入りは簡単だ。
魔境の外側にはモンスター用の結界が張られていてモンスターは通れないけど、人間は普通に通れるのだ。
僕達はジトンの魔境に入るための道の内の1つを歩いていく。
魔境の中にしか無いものや魔境にしかいないモンスターを狩って売ることを仕事としている人がいるので、魔境の中でもある程度は道が整備されている。
魔境の入り口付近では兵士に見つかるかもしれないので、山頂付近までは行かないけど出来るだけ上の方を目指して歩く。
十数分くらい歩いた。
その時、明かりが届いていない所に赤い光が見えた。
その光は二つ。
あまり離れていない場所にポツリと光っている。
つまり――
「カエデ、アドア、モンスターだ」
僕は静かに告げる。
モンスターとの距離は十分に離れている。
でも赤い光はずっとこちらに向いている。
こっちは周りの確認をするために大きめの夜用の灯りを持ってきているのだ。
モンスターから見れば、僕達のことが丸見えなのだろう。
それでも襲ってこないのは、警戒しているのか、僕達を襲う必要が無いのか、だ。
そのどっちにしろ、動いていないなら先制攻撃のチャンスだ。
「カエデ」
「わかってるよ。勇者魔法『バレット』!」
『バレット』を唱えるように言おうとしたのだけど、カエデは自分でわかっていた。
右手を赤い光の方に向けて魔法を唱える。
青白い光が真っ直ぐモンスターに向かって飛んでいく。
命中したかと思う程にモンスターと魔法の弾丸は近づいた。
しかし赤い光は綺麗な円を描いて横に移動する。
そして『バレット』は地面にぶつかって、大きな音を立てる。
カエデの魔法が避けられた。
「僕が前に出て戦う! カエデとアドアは魔法で援護!」
僕はたくさん持っていた荷物を地面に置いて、戦闘態勢を取る。
赤い光は真っ直ぐこっちに向かってくる。
その速さはかなりのものだ。
速さでは僕は敵わないだろう。
敵の動きを予測出来るくらいの経験も無い。
なら選択出来ることは1つ。
「戦士魔法『ショウアップ』!」
戦士魔法『ショウアップ』。
モンスターの注意を自分に向ける魔法。
真っ直ぐに僕の所まで来るのなら、たとえ僕の方が遅くても対処できる。
「勇者魔法『バリア』、勇者魔法『フォース』」
カエデが僕に魔法を掛けてくれる。
これで準備は完了。
モンスターが明かりの届く所まで来て、その姿が確認できるようになった。
モンスターの正体は、体がカエデと同じくらいの大きさで黒い毛を身に纏ったウサギだった。
魔境のモンスターにも正式名称があるのだけど、城にいたときには魔境に入るなんて考えたことが無かったから、調べたことが無い。
黒ウサギは跳んだかと思うと、僕を目掛けて跳び蹴りをする。
カエデの『バレット』のような速さの黒ウサギを剣で受け止める。
『バリア』のおかげもあってダメージは無い。
空中で動きの止まった黒ウサギの足を狙って剣を振るう。
本当なら首か心臓を狙いたいけど、僕の身長では届かない。
空中で狙われた黒ウサギは僕を足場にして後ろに避ける。
僕はその反動で仰け反らされながらも、黒ウサギに向かって剣を振る。
その剣先は黒ウサギの足に当たったけど、それ程深くはない。
「『バレット』!」
カエデの短縮版『バレット』が黒ウサギの着地地点に向かって飛ぶ。
黒ウサギは着地と同時にまた跳ぶ。
カエデの攻撃は黒ウサギの右足を吹き飛ばす。
自分の不利を悟った黒ウサギは逃げようとするけど、片足が無い状態では走れないようだ。
僕は地面に転がっている黒ウサギの所へ行き、剣を上げる。
「ごめんね」
僕は剣を振り下ろす。
動いていない黒ウサギの首を刎ねるのは簡単だった。
これは明日のご飯にしよう。
僕は元から魔境での食事はモンスターで済ませるつもりだった。
残酷なようだけど、生きるためだ。
黒ウサギの死体を運びやすいように処理をして、荷物に加える。
「よし、行こうか」
「ねぇ、ロア君、あそことかいいんじゃない?」
歩き出そうとする僕をカエデが止める。
カエデが指を指す方向を見てみると、そこには洞窟があった。
見た感じだとそこまで奥に続いていそうではない。
「とりあえず今日はあそこで寝ようか」
「そうしましょう。もう夜が大分更けてますし」
アドアの言う通り、もう暗くなってからかなりの時間が経っている。
まだ今日は寝ていないから、あまり遅くまで戦闘を繰り返していたら、判断が鈍って危険な目に合うかもしれない。
僕達は洞窟に泊まることにした。
幸い洞窟の中には何もいない。
その上、木の葉っぱがたくさんあって火を付けるのも簡単にできた。
広さも3人で過ごすだけなら十分なくらいだったので、ここで寝る準備を始める。
「何だかキャンプみたいだね!」
「私も楽しくなってきました!」
楽しげに2人で寝る準備をするカエデとアドアを見ながら、僕はあることを考えていた。
それは魔境のモンスターの強さについてだ。
さっき戦った黒ウサギはカエデと僕の2人では余裕だったけど、1人で戦ったら僕もカエデも勝てないかもしれない。
黒ウサギが魔境のモンスターの中でどのくらいの強さなのかはわからない。
でもやっぱり魔境のモンスターには気を付けるべきだね。
「ロア君、私達は先に寝るね、おやすみー」
「ロア様、お休みなさい」
魔境のモンスターが強いことなんてわかっていたことだ。
ここまで来たからにはもう後には退けない。
町に戻ることも、他の場所に逃げ直すことも、もうできない。
ここでがんばるしかないのだ。
「……僕も寝よう」




