99話 生徒会ですわ
◆
あの日から数ヶ月が過ぎて、私は二年生になりました。
二年生になってからも、既に一月が過ぎています。
――――
当時、私達が帰還すると、すぐにリュウ先生達の葬儀が盛大に行われました。
各国の首脳も参列した、それはそれは厳かな儀式です。
その中で私は魔将リーバを倒した英雄と持て囃され、祭り上げられました。
理由はアイロスが、あの場にいた人々の記憶を操作したから。
彼はリーバに対するトドメの一撃を、私がやったことにしたようです。
お陰で私は、“救世の聖女”なんて呼ばれ始めました。どこのジャンヌ・ダルクですか。
本当に私がそんな存在なら、もっと容易く勝っていますよ。
それにね、大人達のやり口は分かっています。
私やラファエルを英雄に祭り上げることで、被害から皆の目を背けたいのでしょう。
ええ、ええ。かつては私も汚い大人でしたからね。分かりますとも。
教員二名と生徒七名を失ったことは、学院として前代未聞の大失態。
いくら大陸の守護者を輩出する為の機関とはいえ、これは余りに酷いのです。
ただ、魔将リーバが動いた――という事実は、全世界を震撼させるに十分な衝撃でした。
彼の背後には、間違い無く魔王がいる。つまり、その復活が近いと予感させたのです。
八大列強の君主達がシエラに集まり、幾日も協議を重ねました。
結論としては互いに大同盟を結び、一つの強力な軍隊を発足させるということに。
軍隊はケーニヒス軍と名付けられ、常備軍としてシエラに五万が置かれる予定です。
ただし正式な発足は、今年の秋との事でした。準備が色々とあるのでしょう。
どこの軍が主力になるのか、とか。司令官をどの国から出すか、とか――未決事項が多過ぎます。
そんな状態ですから今年の会議は、きっと荒れるでしょうね。
さて――リーバの背後にいる魔王に関してですが……。
もちろん私はアイロスを疑っていました。
だから私、シエラに戻ってから彼に問いつめましたよ。
もしもアイツがリーバを復活させたというのなら、刺し違えてでも殺そうと思いました。
だって、そのせいでランドが死んだのです。到底、許せるものではありませんから……。
「ねえ、アイロス。わたくし、聞きたいことがありますの」
「何だ? 助けた理由なら前にも話しただろう。お前は我の隠れ蓑だからな」
「その話じゃ、ありませんわ。むしろリーバ……あれは、あなたの部下でしょう。自分で復活させたのではなくて? 自作自演のマッチポンプなら、わたくし許しませんわよ」
「ふん――確かにヤツは元部下だが、我が復活させた訳では無い。時期ではないからな。それどころか、我はヤツに封印されたのだぞ。くそっ、腹立たしい。ヤツ如きに……」
……だけど、こんな感じで奥歯をギリギリさせながら語るアイロスは、やっぱり白かなぁと。
「そうですか。ところで封印って、何処にされていたのでしょう?」
「虚数空間だ。お前が人々の悲哀を集めて我に力を寄越さねば、永遠に出る事が出来なかったであろうな」
「ああ、なんかブラックホール的な?」
「まあ、そんなところだ……」
「なんで魔王のあなたが、魔将如きに封印されるのです?」
「……さあな、裏で糸を引く者がいるのであろうよ。我と同等か、それ以上の者が――それを調べる為にも、我は少し留守にするぞ」
――アイロスはこう言って、そのまま姿を消しました。
私のお部屋でポテチを食べて、そのまま出て行ってしまうなんて最低ですね。
「アイロス! 帰ってくる時には、コンソメ味を買ってきなさいッ!」
「――ああ、そうだ。ティファニー……真実の愛……残念だったな」
「むぐっ……!」
容易く傷を抉ってくるとは、さすが魔王。
やっぱり、アイロスの言葉を鵜呑みにしてはいけません。
未だに私は、ヤツの呪いに縛られているのですからね。
だから私は私で、今回の件の元凶を探しましょう。
人類の為とか世界の為とか、そんなことはどうでもいい。
私は私の仲間や恋人を、あんな目に遭わせたヤツを、のうのうと生かしておくほど優しくないのです。
と、思っているのですが――あれから半年が過ぎても何ら手掛かりはありません。
アイロスからの音沙汰もありませんしね。
元凶を見つけるのは、いずれ再び魔物が現れるまで、待たなければならないのでしょうか……。
――――
あ、そうそう。暗い話ばかりではありません。良い事もありましたよ。
私が英雄に祭り上げられた事に付随して、リリアードの評価が高まったのです。
彼女は私の危機に駆け付けた親友として、駄エルフから一躍ハイエルフにランクアップ。
勇者パーティで言うなら、女騎士ポジに収まった――というところでしょうか。
「くっころ」とか似合いますから、丁度良いですね。
お陰でリリアードは生徒会長選において、歴代最高の得票数を集めました。
その結果、彼女は今年度から第二〇九代生徒会長になるのです。
もちろん、こうなれば影の支配者は私。リリアードを裏から操り、やりたい放題ですよ。
あと、マリアードも入学してきました。彼女は相変わらず頭を撫でると喜ぶし、そのまま掴むと「ギャース!」と喚きます。何でしょうかね、この姉妹は。
得票数二位は、お蕎麦先輩でした。
彼女の得票数が増えた理由は、ヒルデガルドが私達の救援に現れたから。
そのヒルデガルドがサラステラを推したことで、アーリアに差を付けたようです。
なのでサラステラ・フレ・リンデンは副会長となり、生徒会に入りました。
お蕎麦先輩は俗世にまったく興味が無いので、私としては逆に有り難いですね。
何しろ私の意思をリリアードが実行する――そのとき、一切の邪魔をしないのですから。
あ、でもお蕎麦先輩、けっこう悪戯好きのようです。
今、生徒会室に集まって役員で会議をする所なのですが……。
さっき、お蕎麦先輩がこっそりとリリアードの水筒の中身を、蕎麦つゆに変えていましたからね。
「ふぃ〜……喉が乾いたのぅ」
ほらっ、リリアードが水筒の中身をコップに注いでいます。
あっ! 飲みますよ!
“ゴクゴクゴク……”
リリアードの喉が、上下に動いています。
「ん?」
目を丸くして、リリアードが固まりました。
そして彼女の口から褐色の液体が……ブピーッと勢い良く噴霧されます。
汚い……。
「……ぶへぇっ! しょっぱいぞ! なんじゃ、これはッ!」
「当たり前。おつゆは、お蕎麦に浸けないと」
リリアードが持っていた本来の中身は、お蕎麦先輩が美味しそうに飲んでいます。
あれはエルフ特製、木苺のジュースですか。
苺ジュースだと思って蕎麦つゆを飲んだなら、そりゃあビックリします……ぷぷっ。
可哀想なので少しだけ、リリアードにも同情してあげましょう。
あ、そうそう。かく言う私も、生徒会書記となりました。
一時は一年生ながら会長に、などという動きもあったのです。
けれど私、目立ちたくありませんので辞退させて頂きました。
「さあ、ティファ、さっそく会議を始めよう」
私の肩を軽く叩いたのは、ラファエルです。
そう――私は自分が会長になる代わりに、ラファエルを会計という要職に据えました。
もちろん彼は平民ですから、当初は反対されたものです。
でも、彼も生き残った英雄の一人。その名声は、誰にも負けるものではありません。
だから二年生ながら、会計として認められた。そういう事なのです。
こうして私はリリアードという傀儡を操り、生徒会の会計を牛耳った上で記録を意のままに操る存在になりました。
もちろんサラステラ派であったヒルデガルドとニアも、私の味方です。
「長いモンには、巻かれとったらエエねん」
「んだ、んだ」
まあ、二人はミズホやクロエとも仲良しですからね。いまさら敵対する必要なんてありません。
ただ、こうした中でやはり問題になるのは、アーリア・アーキテクト・ゴールドタイガーです。
彼女は得票数でリリアードにもサラステラにも及ばず、野に下りました。
彼女も私が一年生の間は副会長であるセフィロニア・クライン――私の従兄弟ですね――の目があったので、表立って嫌がらせなどしなかったのですが……。
そのセフィロニアが卒業して、あまつさえ元生徒会長メティル・ラー・スティームの下へ軍師として旅立った今、アーリアは誰憚る事無く私達に嫌がらせをしてきます。
いえ……嫌がらせ程度なら、生徒会で対処する必要も無いのですが……。
それにしても、セフィロニアがメティルの下へ行ったのは、正直なところ私も驚きました。
でもこれは、分からない話でもないのです。
だって彼は、ラファエルのライバルキャラですからね。
ラファエルが私の軍師になった今、彼が他のヒロインの下へ去るのは必然と言えるでしょう。
ん? そうなると――ちょっと待て。私、メインヒロイン化したのですか? むぐぐ……。
恐る恐るラファエルに目を向けると、彼はニッコリ微笑み頷いています。
近頃は背もかなり高くなって、イケメンに磨きが掛かりやがったラファエル。
けれどまあ、リリアードとサラステラが彼をハート型の瞳で見ているので、私に実害は無いでしょう。
私は親友ポジなので、いざとなったらアイツ等に押し付ければ良いのです。
「ふぅ」
って、そんなことより問題は近頃のアーリアでした。
いえ……彼女そのものというより、彼女の一派が問題という感じでしょうか。
アーリアの手下達が盛んに私達、現生徒会執行部のネガティブキャンペーンを行っているのです。
それは時に集会であったり暴力行為であったりと、多岐に渡ります。
特に今、問題視しているのは「辻試合」行為。
これは双方の合意が必要な正式な試合で、勝利することによって経験値が得られます。
当然レベルが近い者同士、仲の良い者同士が適当な広場等で試合をする事が一般的ですし、それで今まで大きな問題もありませんでした。
ですがアーリアの一派はこれを逆手に取って、自分達より弱い者をターゲットにして、試合を挑んでくるのです。
特にまだ学院生活に馴染んでいない一年生など、よく分からないままに試合を了承して、その場でボコボコにされる――こんなものは、もはや傷害罪でしょう。
その上で、こういった制度は現生徒会執行部が認めている事だと吹聴しているのです。
もちろん私達の主力であれば、アーリアの派閥に後れをとることなどありません。
ですが私達の派閥は、最大派閥。これが足を引っ張るのです。
アーリアの一派は全員が武闘派ですが、私達の中で武闘派は一部に過ぎない。だから弱い所を狙われると、どうしたって後手に回ってしまうのです。
また、派閥に属さない一年生などは、これで生徒会執行部に不満を持ってしまう……。
そう言えば、この前マリアードからの苦情もありました。
「マリアード、トイレに入っている時に水をかけられたのじゃ!」
「マリアード! それはわたくしです! なぜあなたはトイレの鍵を閉めないのですかッ!」
「ひどいっ! そんなりゆうで水をかけるなんて最低じゃ!」
「ちゃんと、後で乾かしてあげたでしょう?」
「うむ! あったかい風が気持ちよかったのじゃ!」
まあ、これは私の仕業でしたけれど。
「ティファニー! きいてくれなのじゃ! マリアードのおべんとの中に、まつぼっくりが入っていたのじゃ!」
「あら? どんぐりを詰め込んでいたから、まつぼっくりも好きかと思いまして……」
「べつものなのじゃ! ていうか、これもティファニーのしわざかッ! むぐぅ、もうゆるさぬッ! ……ギャース! あたまをつかむでないッ!」
どうやらマリアードは無事だったようですね。ヨカッタ、ヨカッタ。
とにかくアーリアの一派をどうすべきか、これが問題です。
それを話し合う為にこそ私は今日、役員に招集を掛けたのですからね。
さ、会議を始めましょうか。
お読み頂き、ありがとうございます。
面白かったらブクマ、評価、お願いします!
評価ボタンは最新話の下の方にあります!




