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98話 親友ですわ

 ◆


 私は急いで、ランドが横たわる場所へ走りました。

 彼は血溜まりの中で、うつ伏せに倒れています。


「ランドッ!」


 私は彼の身体を起こし、抱き抱えました。

 ランドはゴボリと血を吐いて、大きく胸を上下に揺らしています。


「ティファ……無事……だったか……」


 彼は血まみれの顔に、むりやり笑顔を貼付けていました。


「良かった……生きていたのですね」

「当たり前だ……恋人を……残して……死ねるか……」

「そうですわ。あなた、わたくしの夫になるのですから、こんな所で死なれては困ります」

「はは……婚約……してくれるのか……指輪はねぇが……」


 私は何度も首を上下に動かし、頷きました。

 だけど、どうしたって溢れる涙を堪えることが出来ません。


 だって今、ランドの身体は光の粒子となって、徐々に天へと登っているのです。

 狂化バーサクとは、魂を蝕む魔法。

 傷ついた肉体を補う為に、彼は魂を使って身体を補強していたのです。

 もちろん肉体が無事であれば、狂化バーサクを解いたあとに死ぬ事は無い。

 けれど肉体が既に死んでいるのなら、狂化バーサクとは魂を使って戦士を強引に現世へと留める鎖になる。


 私の脳裏に、一つの考えが過りました。

 彼はもう、死んでいるのではないか……と。

 だけど、無理矢理その考えを振り払います。


 ランドが震える右手で、私の髪を撫でてくれました。

 血がべっとり付いています。それが私の髪を赤く濡らしました。

 ランドの血……生きた証しです。


「ランド……今、回復魔法を掛けますわ」


 彼の胸に手を当て、私は癒しの魔法を唱えました。

 ほんのりと青白く輝き、ランドの傷が塞がっていきます。

 ですが塞がった傷は、すぐに光の粒子となって天へと登りました。


「無駄だ、ティファニー。そんな事をしても、その男を長く苦しませるだけのこと。いっそ楽にしてやれ」


 私の後ろに立ったアイロスが、酷い事を言っています。

 私は頭を左右に振って、彼の発言を無視しました。

 

「どうですか、ランド。楽になりましたか?」

「はぁ、はぁ……」


 苦し気な呼吸音だけが聞こえます。

 ランドは薄らと開いた目で、私を見つめました。

 

「ティファ……ありが……とうな……俺だって……狂化バーサクのことは……」

「言わないで下さい、ランド。あなたに言われたら、わたくしは……」


 彼は手を私の頬に当てて、ニッコリと微笑んでいます。


「やっぱり……婚約は……破棄だ……ティファ……」

「何を言うのですかッ! わたくしを振るなんて許しませんわッ!」

「は……は……じゃあ……ヴァルキリア……獲らなくても……」

「いいですわ、そんなことッ! ただ……わたくしの側に居て下されば……」


 駄目です……何度回復魔法を掛けても、その度にランドの身体が崩れていく。

 涙がもう、止まりません。


「でも……駄目だなぁ……俺ぁもう……だけど、狂化バーサクは……役立った……ぜ」

「これからですッ! ランドッ! わたくし達は、これからなのですッ!」

「はは……ティファ……最後に……もう一度……だけ……顔を見せて……」


 私の頬から、ランドの手が離れました。

 赤い筋が頬に引かれて、それがランドの血で……。


「ああああああああああああッ! どうして――」


 涙が滝のように溢れてきます。

 ランドの身体、その大半が光となって天へと登りました。

 代わりに私が抱きしめていたランドは、ぐちゃぐちゃの肉塊へと変わっています。

 

「ティファ」


 後ろから、肩に手が掛けられました。ラファエルの手です。


「……ラファエル……ランドは……ランドは何処に行ってしまったのです?」


 私はランドであった肉片を地面にそっと置き、立ち上がりました。

 振り返ってラファエルを見ると、彼はドナの首を大切そうに左手で抱えています。


「ランドは既に死んでいたんだ。ドナも……」

「ドナ……そう……首を斬られていましたね。ええ、ええ、分かりますとも……ラファエル……あなたの辛い気持ちは、わたくしにも理解出来ます……でもランドはまだ……」

「ティファ、しっかりしろ。現実を見るんだ。僕達は助かった。皆に助けられたんだ――」

「え? え? わたくし達三人(・・)が、助けられたのでしょう?」

「ティファ。狂化バーサクがどういった魔法かは、君だって理解しているだろう?」


 ええ、分かっています。

 ラファエルが言う言葉の意味、頭では理解出来ます。

 だけど――それを心で理解しろと言うのは、余りにも酷い。


狂化バーサクだって、死んでいなければ……」

「ティファ! ランドは、既に死んでいたんだッ!」


 え? 何を言っているのでしょう、ラファエルったら。

 私達、勝ったのですよ。大勝利です。

 敵を沢山倒しました。沢山、沢山……。


「あれ……そういえば先生、リュウ先生は何処ですか? わたくし達、勝ちましたわ。ねぇ、紫ババァ? 姿を見せなさい。ああ、ドナ、こんな所に……首だけなんて、何の冗談ですか? これはシュールですわね……」

「ティファッ!」


 “パンッ”


 ラファエルの右手が、私の頬を叩きました。

 すぐに彼はドナの首をヒルダに渡して、私をギュっと抱きしめます。


「生き残ったのは、僕達だけだッ……! あの中で、僕達だけが生き残ってしまったッ……! だからティファ! 頼むから、しっかりしてくれッ! 頼むから、僕を一人にしないでくれッ!」

「あっ……あっ……うっ……うわああああああああああああっ!」


 そうです……あの日、共に旅立った中で私達だけが生き残ってしまった。

 もう、何も考えられません。

 私はラファエルにしがみつき、ずっと泣いて。泣いて……。

 そしてそのまま、意識を失いました。


 ◆◆

 

 真っ暗な闇の中で、私を呼ぶ声が聞こえます。


「――ちゃん! お姉ちゃん!」

「ティファ! 目を覚まして! 覚ましなさいッ! もう太ったなんて言わないからッ!」

「ティファ! とっておきのメロンパンを持ってきた! 一緒に食べよう!」


 何やら、随分と五月蝿いですね。

 何ですか、太ったとかメロンパンとか……。

 イラッとしたので私は闇を振り払う様に手を動かし、ぐっと目を凝らしました。

 すると目の前に一本の光る線が入り――いえ――どうやら私は、目を開けたようです。

 すると中空に手を伸ばし、ブンブンと動く私の手が見えました。


「お姉ちゃん! ずっと眠っていて……もう起きないかと思ったッ!」


 ミズホが泣きながら、私に抱きついてきます。

 相変わらず、甘くて柔らかな子供の匂い。

 私はそっとミズホの頭を撫でて、笑いました。


「何を大げさな……」


 ですが――話を聞けば、私はあれから何日も眠っていたようです。

 多くの人が部屋の中にいて、私を見守ってくれていました。

 眠っている間に、クロエやイグニシアも来てくれたようですね。

 目を開けた私を心配そうに見つめる彼女達の瞳は、どれも涙を浮かべて真っ赤になっていました。


「ああ、そうですか……夢では無かったのですね……」

「ティファ……済まない。私が側に居てやれれば……」


 ボンヤリと天井を見つめる私に、イグニシアが泣きながら声を掛けてきます。

 何も泣く事は無いでしょうに。

 あなたが側にいなくて、逆に良かった。

 イグニシアまで失ったら、私、どうにかなってしまいますよ。

 

 クロエが跪き、「ごめんなさい、ごめんなさい。私が離れたばっかりに!」と頭に床を擦り付けています。

 何を謝っているのでしょうね、兎さんってば。これは、あなたのせいではないのに……。


 私は身体をゆっくりと起こし、周囲に目を向けました。

 どうやらここは、まだリモルの館で私に与えられた部屋のようですね。

 皆の中にはパオラ・リモルの姿があって、その隣にラファエルが立っていました。


「ラファエル……」

 

 私は彼を呼びました。

 すると、パオラも近づいてきます。


「その……ティファニーさま。リモルの支配権を、返して頂きたいのですが」


 揉み手をして、パオラが私に言いました。

 彼は薄っぺらな愛想笑いを浮かべ、私を見下ろしています。

 まあ、寝台で半身を起こしただけの私を長身の彼が見ているのです。そうもなるでしょうが……。


「パオラさま! それは、今言わねばならないことですかッ!?」

「黙れ、ラファエル! これは大切なことだ! ……はっきりとさせねば、ここがティファニーさまの館という事になるだろうッ!」


 ふむ……パオラの言う事は尤もです。

 確かに私は決戦の前、リモルの君主になりました。

 そして未だ、パオラにその座を譲っていませんからね。


 しかし、私はイラつきました。

 パオラは血色も良く、怪我を一切していません。

 一方ラファエルは頬に湿布を貼り、頭には包帯を巻いて、腕を布で吊っている。

 どこをどう見ても、満身創痍に違いありません。

 きっと、魔法で癒す事すら厳しい状態にあったのでしょう。


 だから私は理解しました。

 パオラは一切、あのとき戦っていないということを。

 

「そうですね……領地を返すのは構いませんが、今はまだ、わたくしが支配者なのでしょう?」

「はい、仰る通りです、ティファニーさま」

「だったらパオラ、まずわたくしに跪くのが筋ではなくて?」

「は?」

「それにあなた、あの日、何処にいましたの? 隣のラファエルがボロボロなのに、あなた、随分と元気そうだわ」

「た、戦っていました。戦さの指揮を執っていたのです。この館にて……」

「ふうん……後方で安全な所から、わたくし達の戦いを見ていたということですわね?」


 私の言葉で、皆の視線がパオラに注がれます。それも、決して好意的では無いものが……。


「そ、それは……」

「にも関わらず、わたくしの親友であるラファエルを下僕しもべの様に扱うとは、どういった了見ですか?」

「そ、それはティファニーさま! 私は貴族でラファエルのヤツは平民ッ……!」

「黙れ、パオラッ! わたくしの前では平民も貴族も等しくゴミだと、以前にも言ったはずッ! まず、わたくしにモノを申すなら跪けッ!」


 私は手をパオラに翳し、風の魔法を唱えました。

 風はパオラの膝裏に集中して当たり、彼の足を床に押し付けます。


「うぐッ!?」


 強かに膝を床へ打ち付けたパオラが、顔を顰めました。


「わたくしを見下ろしながら口を開くとは、無礼千万――身の程を知りなさいッ!」


 寝台から足を出して座り、踞るパオラの頭を踏みつけます。


「ラファエル、選びなさい。今後もこの馬鹿主君に尽くすか、それとも、わたくしに付くか……」


 キョトンとして、ラファエルが私を見ていました。

 だから私は、さらに言葉を続けます。


「……ラファエル、一人にしないでくれと言ったのは、あなたでしょう。わたくしとて、旅の仲間をあなた以外、全て失ったのですよ」


 ラファエルは跪き、私の手を取りました。

 彼は涙を流しながら、何度も何度も私に頷きます。


「ティファ……僕は君に仕えるよ。悩むまでもない……ずっとずっと、そうしたいと願っていたことなんだ……!」

「あら……でも別にわたくし、あなたに仕えろなどとは言っていません。せっかく親友になったのですから――堅苦しいのは嫌ですもの」

5章の終わりです。鬱展開にお付き合い頂き、ありがとうございました。

次章はもう少し軽くなる予定ですので、宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] いっそうリモルを支配すれば良いと思うが、パオラが君主として生きる価値はないじゃん
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