97話 助かりましたわ
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ミズホの斬撃が、リーバの触手を根元から断ちました。
残りの触手を地面にビタン、ビタンと叩き付け、リーバがのたうち回っています。
「コォォォォ……ハァァァァ……」
ミズホは高速で二本の剣を回転させつつ、息を整えていました。
残像を残して空を斬る二本の剣を前にして、彼女の間合いに入るなど自殺行為。
リーバは巨体をのっそりと後退させて、大きな目玉でミズホを睨んでいます。
それにしてもリーバの目玉、黄色くて濁っていて気持ち悪いですね……。
「な、なんだぁぁ、コイツゥゥ……」
“ビュッ、ビュッ”
切れた触手から、青い血が吹き出ていました。
が――すぐにモコモコと肉が盛り上がり、再生していきます。
リーバが仕掛けました。
残りの触手を刃に変えて、前と左右からミズホに襲い掛かります。
柔らかな触手のままでは、ミズホの間合いに入れない。
でも刃と刃なら相殺出来る――リーバは、そう考えたのでしょうね。
ミズホは左右の剣で二つの触手を弾き飛ばし、タンッと跳躍しました。目玉の一つに突進します。
そして彼女が右手の剣を横に払い、左手の剣を振り下ろすと――リーバの右目が十文字に斬り裂かれ、青い血が吹き出ました。
「ギャアアアアアアアアアッ!」
ミズホはさらにリーバの目を抉り、取り出して細切れにします。
なんて強さでしょう。
これはもう、イグニシア以上じゃないですか。
そしてミズホは細かく斬ったリーバの目玉を手にとり、パクリ。
ええええええ! あの子、食べましたよー!
「んぐ、んぐ……お醤油無いと、美味しくないね……」
「ミズホー! 毒があったらどうするのですかーッ!」
私は咄嗟に注意喚起をしました。
ミズホがビクッとしています。
「あっ、ごめんなさい、お姉ちゃんッ!」
……とはいえ、ミズホの快進撃もここまで。
怒りを露にしたリーバが、触手の数を増やしました。
すばやく跳躍してリーバから離れたものの、触手が二十本を超えると流石のミズホもお手上げです。
私は未だに動く触手を身体から離すと、魔法を詠唱をしてみました。
ミズホの身体能力と私の魔法が合わされば、勝機はある――ような気もします。
ですが、まだ魔法は発動しませんでした。
となると沈黙の解除を頼みたい訳ですが……リリアードはと言えば……。
彼女は未だ触手に巻き付かれたまま、幸せそうに「アヘアヘ」としています。
「ちょっと、リリアード! 解放されたのですから、さっさと動きなさいッ!」
「はぁんッ!」
……ダメです。
リリアードは身体をビクンビクンとしていました。
きっと、イッてしまったのでしょう。
涎を零して、なんとだらし無いエルフ。略して「駄エルフ」ですね……。
コイツ、また一つ駄エルフ伝説を作りやがりました。
私はリリアードに巻き付いた触手をとってやり、彼女の頬を軽く叩きます。
「目を覚ましなさい、リリアード」
「なんじゃこれぇ? 気持ち良かったぁ……癖になりそうじゃのう……」
私はリリアードの湿った股間を見て、小さく溜め息を吐きました。
非常にエロいです。まさにエロゲと言わんばかりの構図です。
しかし――この状況でコレは、なんともマズい。
私は瞳の奥をハート型にしたリリアードの鼻を、ギュっと抓りました。
「いだだだだだ! な、何じゃ! 何なのじゃ!」
「癖になるのは結構ですが、今、余韻に浸られても困りますわ」
ようやくリリアードが顔をブルブルと左右に振って、正気に返ります。
そして自分の股に手を当て、顔を真っ赤にして目を潤ませました。
「わ、わしの股が……なんじゃコレぇ? もの凄く濡れておるぞッ!?」
「あなた、男性経験は?」
「ある訳がなかろうッ!」
「では、自分で触ったことは?」
「ないッ!」
エルフというのは長命なので、人間よりも性欲が少ないとは聞いています。
だからリリアードがエッチなことを知らなかったとして、分からない話ではありません。
私はリリアードに子作りの方法を軽く説明し、彼女の股に指を差し入れます。
「ほら、こうすると……」
リリアードはますます顔を赤くして、嬌声を上げました。
「はわわわわわわわッ! ティファ! ティファ! これはいかんッ! やめるのじゃああああッ!」
リリアードが懇願するように、私を見上げています。
「ほら、ここを触ると気持ち良いでしょう? とまあ、女性の身体は、このような作りなのですわ」
「はぁ……はぁ……ということは、先ほどはティファも気持ち良かったのか?」
「ええ、まぁ……不本意ながら……でも、あんな化け物に触られたところで……」
「やはり、好き合った者同士の方が良いのか」
「でしょうね……」
言いながら、倒れ伏したランドの姿を視界に入れます。
もう、ピクリとも動きません。
狂化の後、こうなってしまっては……。
「なるほどのう……学院で妙に男女が仲良くしよると思うておったが……このような欲望に塗れておったのか……」
私の気も知らず、リリアードは起き上がると、胡座を組んで唸っています。
「男……のう……」
リリアードの瞳が、チラリとラファエルに向けられました。
確かに彼女もヒロインの一人ですから、これも自然なことなのでしょう。
ですが、今は気にしている場合じゃありません。
「……そんなことよりリリアード。沈黙を解除して下さらないかしら? わたくし、魔法が使えなくて、困っていますの」
「……ん?」
首を傾げ、リリアードがキョトンとしています。
「わし、沈黙を解除する魔法など知らぬが?」
何と言う駄エルフ……。
エルフの王女でありながら、モブ武将であったドナすら使えた魔法も知らないなんて!
「で、出来ないなら……背中の弓でミズホを援護して下さらないかしら……」
私はリーバの巨体を指差しながら、リリアードに言いました。
状況は、あれから悪化の一途を辿っていますからね。
どんどんミズホが劣勢になっています。
グレイ・バーグマンも兵を率いて駆け付けましたが、リーバは強力な魔法まで使い始めました。
こうなると物理一辺倒のミズホではリーバに近寄る事すら出来ませんし、グレイも兵を守るので手一杯です。
そこに、ヒルデガルド・アイゼルが走ってきました。
「大丈夫なんかッ!?」
スタタッと駆けてきたヒルデガルドが、私とリリアードに回復魔法を施してくれました。
「ヒルデガルド! どうしてあなたがここにッ!?」
「何を言うとるん! この援軍、全部ウチが指揮しとるんやって!」
「えッ? ミズホ達も?」
「せやッ! 修行、言うとったわ。って、そないなこと、どうでもええねん! どうなっとるんや、コレはッ!?」
「それこそ、今はどうでもいいのです。それより、可能なら沈黙の解除を……」
「なんや、封じられとったんかい。そんでティファやん、魔法を撃っとらんかったんやな。ええで、任せとき」
言いながらも、ヒルデガルドの顔は蒼白でした。
お腹を引き裂かれたジュリアの死体を見たからでしょう。
二人は同郷でしたからね……。
彼女のトレードマークとでも言うべき二本のアホ毛も、今はしょげ返ったように項垂れています。
「さ、沈黙は解除したで。ほな行こか」
泣きそうな顔で、ヒルデガルドが言いました。
ですが引き結ばれた唇が、彼女の決意を私に伝えます。
間違い無くヒルデガルドも、目の前の化け物を倒すつもりでしょう。
同じ制服を身に着けた仲間が、幾人も倒れています。
悔しく無いと言う方が、無理な話。
「ヒルダ。ラファエルの援護、お願い出来ますか。マスターリザードマンも厄介です」
「分ったで、任せときッ!」
ヒルデガルドは頷き、剣を構えてラファエルの下へ駆けました。
彼女の武力も90以上。ラファエルと協力すれば、滅多なことでは負けないでしょう。
リリアードも弓を引き、矢を放ち始めました。
流石エルフです。的確に目を狙っているから、リーバもかなり嫌がっていますね。
牽制としては上出来ですよ。
さて――私は水の魔法でヤツを弱らせましょう。
幸い、天候は曇りです。
ここから雨を降らせることなど、雑作もありません。
「森羅万象を司る者よ――我が求めたるは恵みの雨。されど、遍く大地に降り注ぐに在らず。この地へ、此処へ……さあ、集約せよ」
空を埋め尽くしていた雲が一点に凝縮されて、リーバの頭上にうずたかく積まれました。
最初は「サアサア」次に「ザアザア」――最終的に「ゴゥウウウウ」となって、リーバの頭上に大雨が降り注ぎます。
いえ――
雨というのは、もはや適当ではない。
聳える崖から注ぐ滝が如く、飛沫を上げて天空から降り注ぐ雨は、もはや大瀑布。
見て哀れな程、リーバは弱っていました。
今までそそり立っていた身体が、フニャリと大地に沈んでいます。
そこへミズホとグレイ・バーグマンが連続攻撃を叩き込みました。
吹き上がる青い血も、天空から注ぐ瀑布の水に流されます。
「イギャアアアアアアアアア……」
リーバの声は断末魔の如く、黄色く濁った目も閉じかけています。
勝利は時間の問題――と思われました。
そのとき、豪雨を突っ切り蒸発させて、深紅の竜が姿を現します。
天空を旋回し、牙のびっしり生えた口を私に向けて突進してきました。
「馬鹿なッ! アレは紅竜ッ!」
竜殺しと名高いグレイ・バーグマンが叫びます。
けれど私が目を奪われたのは、その背に乗った人物でした。
桃色髪で三白眼――可愛いのか美人なのか、嫌なヤツなのか大間抜けなのか、よく分からない女です。
「ミリア・ランドルフッ!」
叫びつつも私の頭は、少し混乱しました。
何故あの女が現れて、私に炎を吹きかけようとするのでしょう?
確かにアイツは敵ですが、どうして魔将の味方をしようとするのか……。
そんなことを考えたお陰で、防御魔法が間に合いませんでした。
ましてや今は、リーバに向けて全力で魔法を放っている最中。
どうすればっ……!
刹那、雨の中に透明な揺らぎが見えました。
揺らぎはすぐに人の姿となって、私の前に現れます。
銀髪で長身――そして筋肉質な褐色の肌。それを包むのは漆黒の衣と同色の外套。
これは、私に恐怖と力を与えた張本人に違いありません。
それは私に背を向け、空を見上げて真っ直ぐに赤い竜を睨んでいました。
「アイロス……あなた、今まで何処に……?」
首だけをこちらに向けて、アイロスがニヤリと笑いました。
赤い瞳は猟奇的で、薄い唇の端が僅かに吊り上がっています。
「ティファニー・クライン、良い働きであった。人間共が悲嘆にくれて絶望している――褒めてやろう。これこそ、我が求めていたモノぞ……」
「なっ……わたくしの働きなどではッ……!」
「何を言うか……貴様の配下共の絶望無くして、我の復活は有り得ぬこと」
私とアイロスの問答を見て、怒りを露にミリアが叫びます。
「呑気に喋ってるんじゃないわよッ! 纏めて死ねッ!」
赤い竜の口から、凄まじい勢いの炎が吹き出しました。
が――アイロスの翳した左手が、その全てを握りつぶします。
「ちッ……流石にアイロス・バルバトス! まともにぶつかれば、不利かッ!?」
上空で旋回したミリアが、雨雲の中へと逃げ出しました。
この隙をついてリーバは僅かばかり復活しましたが、アイロスを見て狼狽えています。
「アイ……ロス……さま……」
「言い訳は聞かぬぞ、リーバ。貴様は我が軍の末席にすら加えぬ……」
私の前で、長い銀髪がフワリと揺れました。
降り注ぐ雨を弾き、神々しく輝くアイロスの姿に、リリアードが呆気にとられています。
「神……か?」
「真逆です」
「ほえ?」
「……リリアード。今はどうでもいいでしょう」
「う、うむ」
アイロスはユラリと中空に浮いて、右手を翳しました。
右手から放たれたのは、金色の光です。
それはリーバの身体を真ん中から切断し、光の粒子に変えて消滅させてしまいました。
私達があれほど苦労して戦った相手を、アイロスは一瞬で倒したのです。
この事実に、私は卒倒しそうになりました。
グラリと揺れた私を、地上に降りたアイロスが支えてくれます。
学院にいる時よりも遥かに高い身長が幸いして、彼の正体は見破られませんでした。
疲れきった私はアイロスの腕の中で、ラファエルとマスターリザードマンの戦いに目を向けます。
彼はヒルデガルドと協力をして、何とかマスターリザードマンを下しました。
こうして私達は魔将を倒し、リモルを守りきる事が出来たのです。
だけど――失ったモノは余りにも大きくて……。
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