95話 絶体絶命ですわ
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「主よ嘆くなかれ、御身の前には未だ難敵あり。されど我らが想いを一つと為して、これを滅さん。聖戦」
スコットの声が、高らかに響きました。
皆の身体が、淡い光に包まれます。
これで、防御力と攻撃力の底上げがされました。
その最中、私は“氷槍”の魔法を連発し、魔将に隙を与えないようにしています。
すでに戦闘は始まっている、当然の事でしょう。
もちろん、魔導励起の並列展開も完璧ですよ。
「フッハハハハハハァァァアアア!」
ですが、リーバは私の魔法を弾き、大笑いしていました。
まあ、この程度の魔法が効くなら、誰も苦労はしませんよね。
リーバはそのまま無造作に歩き、距離を詰めてきます。
しかも相変わらず紅白の燕尾服で、楽しそうにダンスを踊っている。
舐めていますね、じつに腹立たしい。
「突撃ッ!」
ランドが槍を構え、騎馬突撃を敢行しました。
リーバの回りを固めるオークやゴブリンが、容易く弾き飛ばされていきます。
凄まじいまでの威力に、敵の大群が怯んでいました。
けれど、リーバには効きません。
ラッセル車のように突撃して繰り出したランドの槍を、リーバは片手で受け止めました。
「うぅ〜ん、凝りがほぐれるねぇ〜……肩に当てて欲しいよ、これはッ!」
リーバの口が弧を描き、巫山戯た言葉を吐き出します。
「チッ! 一撃で終わりと思うなよッ!」
ランドは槍を素早く引き、幾度も突きを放ちました。
その度にリーバの手が動き、穂先を受け止めます。
「ん?」
私は攻防が繰り広げられる空間を見て、首を捻りました。
どうも敵はランドの攻撃を、素手で受け止めている訳ではなさそうです。
リーバの手とランドの槍先の間に、薄い膜が張っていました。
その証拠にランドの攻撃を弾くたび、大気に薄らと波紋が浮かび、消えています。
きっと、水系統の防御魔法ですね。
仕掛けが分かれば、対策も講じられる……。
私は風の呪文を詠唱し、リーバを覆う水の膜を取り払います。
「リーバ……これであなたの身体は、無防備ですわ」
「ふうん、ティファニー・クラインかぁ。流石だねぇ」
淀んだ瞳で私を見つめ、リーバが頷きました。
が――次の瞬間、リーバは何事も無かったかのように魔法を唱えます。
また防御魔法でしょうか? だったら……あっ、違うッ!
「割れよ」
「ランド、退きなさいッ! 土と闇の魔法がきますッ!」
私は、咄嗟に叫びました。
声に応じて、ランドが馬を退げます。
ですが、間に合いません。大地に大きな皹割れが生じて、馬の後ろ足がとられました。
割れた大地の黒々とした皹は、漆黒の闇。馬は恐怖に嘶き、皹の中へ落ちていきます。
ランドは「すまんッ!」と一声発し、馬から飛びました。
もし馬と共に皹へ飲み込まれていれば、きっと命は無かったのでしょう。
「いい反射神経だね〜」
ランドの馬が落ちた皹の上を、まるで地面があるかのようにリーバが歩きます。
これ以上の前進は、許せません。
リュウ先生が、前に出ました。
「発勁ッ!」
ズンッ――と音を立てて、リュウ先生の足が地面にめり込みます。拳を突き出すと、何かが弾けたように飛んでいきました。
「ぬッ!?」
リュウ先生の気弾に弾かれ、リーバが身体をくの字に折って飛んでいきます。
すかさずウィリアムが刀の柄に手を掛け、追撃の為に走りました。
ゴブリンやオークが魔将を守らんと、ウィリアムに群がります。これをラファエル、ジュリア、ドナ、メルカトルが退けました。
「覚悟ッ!」
立ち上がろうとするリーバに、ウィリアムの太刀が襲い掛かります。
少なくとも私の目には、そう映っていたのですが……。
いつの間にか、ウィリアムの背後にリーバが立ち、笑っていました。
「いいね、いいね、連携攻撃〜〜♪」
「なにッ!?」
ウィリアムが咄嗟に振り返り、半身になって刀を構えます。
「逃げろ、ウィリアムッ!」
ラファエルが叫び、慌てて援護に入ります。彼の剣が、リーバの背中に突き立ちました。
けれど、ギィン――という刃鳴りが聞こえただけ。リーバは傷一つ負っていません。
つまりヤツにとっては先ほどの防御魔法など、あっても無くても良かったということ……。
まったく、嫌な感じです。
次の瞬間――リーバは指をパチンと鳴らしました。
それと同時に、ウィリアムの身体が炎に包まれます。
「なっ! 無詠唱でっ……!」
リーバは私に探知させる間も与えず、ウィリアムに強力な魔法を放ちました。
「ぎゃあああああああああッ!」
天を衝く様な、ウィリアムの悲鳴。
すぐにも消さなければ……私の背筋には、冷たい汗が流れていました。
「滔々と流れる大河の水よ、海へと注ぐ流れをここにッ!」
私は咄嗟に水を呼び、ウィリアムの頭上へと落とします。
ザパァァ――という音と共に、ウィリアムの身体から火が消えました。
水が辺りに流れ、地面を濡らします。
その中央には真っ黒に焼けただれたウィリアムが、剣を握ったまま横たわっていました。
一瞬、リーバが顔を顰めたような気がしますが……あれは一体何なのでしょう?
いえ、今はそれを気にしている場合じゃありません。
「ウィリアムッ!」
叫びながら、炭化したウィリアムの下にスコットが走ります。
今ならまだ、彼を蘇生させることが出来るかも知れない。
が――それをリーバが阻みました。
スコットと顔に、リーバの掌が翳されます。
「やらせるかッ!」
リュウ先生の蹴りが、リーバの手を弾きました。
「じゃあ、先に君だねぇ……逝ってらっしゃい〜♪」
リーバの身体がニュルリと伸びて――上半身がリュウ先生の身体を押さえ込みます。
そして足が二本の刃に変わり、リュウ先生の身体を挟みました。
蛇の尻尾が二股に割れて、ハサミに変わったかのようです。
そして、その足がギリギリと閉じられていく。
「うっ……ぐううううああッ」
リュウ先生の胴体から、血が溢れます。
「先生ッ! 今ッ、助けますわッ!」
私の叫び声も虚しく、リュウ先生の身体は上下に分断されてしまいました。
赤黒い血が地面に零れ、先生の内臓がドバドバと溢れています。
リーバは抱えていた先生の身体を、ポイと無造作に捨てました。
「うっぷ……」
私は口を抑え、何とか嘔吐を堪えました。
なんてこと……勝てるかも知れないなどと考えなければ、守りに徹していれば……。
後悔が、頭の中をグルグルと回っています。
「アハハハハッ! アハハハハハハッ! まーっぷたつー!」
両手を打ち合わせ、リーバは喜んでいました。
硬い防御と柔らかな身体。
高度な魔法を幾つも操り、身体をあらゆるモノに変質させる。
ゲーム中では、ここまでの能力なんて持っていなかったのに……!
私は目の前が暗くなりました。
どうやったら、こんな化け物に勝てるというのか、まったく分かりません。
目の前でリュウ先生を殺されたスコットは、私以上に耐えられなかったのでしょう。
彼は胃の中身をぶちまけています。それが致命的な油断になりました。
スコットは、横から現れたオークの剣に両断されて……。
「スコットォォォッ!」
ジュリアが叫んでいます。
叫びながら、スコットを殺したオークの頭を鉄輪で割りました。
でも、そこまで。
リーバのハサミとなった下半身が、ジュリアの身体に突き立ちました。
ジュリアの腹部で、もぞもぞと動くリーバの下半身。
ジュリアはお腹から顎の先までを縦に斬り裂かれ、絶命しました。
なんですか? なんですか? なんですか? なんですか? なんなのですか、この状況は!?
まったく、ぜんぜん、歯が立ちません。
私の力でステータス、みんな上がってるんじゃないのですか?
上がっていて、これなのですか?
「ああああああ……殺す、殺す、殺してやる……あんなやつ、あんなやつ、殺してやる……そうだ、魔法、魔法を……」
ガチガチと鳴る歯の奥で、私は呪文の詠唱を始めました。
この空間一切合切を飲み込む、闇の魔法です。
異空間に閉じ込めてしまえば、いくら魔将だって動けなくなるでしょう。
「――沈黙」
でも、駄目でした。
魔将が私を見て、人差し指を左右に振っています。
「駄目だなぁ。魔法なんて、この ワ シ が 使わせると思うかい?」
私は下唇を噛んで、剣を構えました。
魔法がダメなら剣です。
もう、ここで死ぬしか無い。
でもせめて、一矢報いたい。そう覚悟を決めました。
「ティファ……戦神の加護、使えるか?」
気付けば、ランドが隣に居ました。
彼は盾を構え、私を守るように立っています。
「――使えますけど、魔法を封じられてしまいました。解除しようにも、スコットまで……」
「私、解呪の魔法使える……けどっ……」
震える声で、ドナが言いました。
もう、前衛も後衛もありません。皆、一塊となっています。
ドナが解呪の魔法を唱えると同時に、私はランドに“戦神の加護”を与えました。
すると、ランドは言います。
「これじゃない。もっと――あるだろう。攻撃力を劇的に上げるヤツが……」
「狂化ですが? ですがアレは痛みも理性も失って、ただ敵を倒す為だけに――」
「それだ! それで底上げでもしなきゃ、あの化け物には勝てねぇ!」
私は躊躇しました。
狂化した者を元に戻しても、何かしらの欠損が残ることが多いと聞きます。
それに私の狂化は、まだ覚えたて。きちんと出来るか分からないのです。
「早くしろ、ティファ! 死にたいのかッ!」
「でも、そんなことをしたら、あなたがどうなるか分かりません」
「しのごの言うなッ! やらなきゃ皆、死ぬぞッ!」
「でも、でもッ!」
ランドが私の肩を掴み、揺すっています。
その目には、覚悟の色が浮かんでいました。
「俺なら絶対に、大丈夫だッ!」
「……わかり、ました……」
ランドの言葉に私は頷き、狂化の魔法を掛けます。
ランドがどんな風になっても、私は――私だけは彼を愛そう。そう、決めました。
決めなければ、こんな魔法は彼に使えないのです……。
「戦神ヨームに申し上げる。今、戦さに望む戦士ありて、御身の祝福を賜らんと望む。血の洗礼にて魂を穿ち、其はただ敵の破壊をのみ望む者なりッ!」
魔法の効果が現れ、“狂化”したランドの身体が大きく膨らみます。
髪が逆立ち、その声は雷鳴のようになりました。
けれど目は優しいままで、私は少しだけ安心したように思います。
「オレノ敵ハ……アレカ……!」
ランドの瞳が赤く光り、リーバを睨んでいました。
もう、理性の大部分は消し飛んでいるのでしょうね。
メルカトルが言いました。
「援護する」
「僕も……」
ラファエルも頷き、「この一撃に掛けよう」とランドの肩に手を乗せます。
もう、馬はありません。
メルカトルが走り、マッシュルームカットが揺れました。
ラファエルも走り、剣を構えています。
リーバの左右から、魔力を宿した剣で二人が斬り付けました。
リーバは両腕で剣を防ぎ、腹部ががら空きとなっています。
「ウオォォォォォォォォッ!」
ランドが風よりも速く駆け、その槍がリーバの腹を貫きました。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」
しわくちゃの顔が、苦悶に歪みます。
リーバの腹から、ボタボタと血が零れました。
その血が地面を溶かし、ジュウと音を立てています。
でも、これだけで死ぬとは思えません。
だから私は、炎属性最強の魔法を唱えます。
キャメロン先生を灰にした魔法を――キャメロン先生の杖を使って!
「闇より暗き地獄の底にて育まれしもの、紅蓮に染まりし最果ての業火――其が灯す火は何処より来る。招来、招来――紅蓮の火にて焼きつくせ、我が敵をッ!」
赤黒い炎がリーバを包み、渦を巻きながら空へと一本の柱を伸ばしまます。
夜は、既に明けていました。けれど暗い。とても暗かった。
今日は、曇りだったようです。だから分厚い雲がたれ込めている。
その雲を、地上から伸びた炎の柱が穿ちます。
“ゴオォォォォォォォォ”
ランド以外の皆が、炎の柱を見てへたり込みました。
勝った、と思ったのです。
ですが――終っていない。
火柱の中から、ニュルリとタコの足のようなモノが出てきました。
あれは、触手!
それがメルカトルの首を掴み、締め上げ、高々と掲げます。
メルカトルは足をジタバタと動かし、もがきました。
「あっ!」
私は魔法を解除しました。
触手を伝った炎が、メルカトルを飲もうとしていたからです。
メルカトルが炎の中に飲まれれば、助かる可能性はありません。
ランドとラファエルが、触手を斬りつけました。
けれど、刃が通りません。
ならばとランドは槍で、ラファエルは剣で、幾度も幾度も触手を斬りつけます。
だけど触手は鋼鉄よりも硬いのか、二人の攻撃を弾き続けました。
「うぐっ! ぐぐうっ!」
メルカトルの顔色が、紫色に変わっていきます。
やがて彼はぐったりとして、力尽きました。
力尽きたメルカトルに、赤黒く焼けただれた人影が近づきます。
リーバでした。触手はリーバの手だったのです。
リーバは己の触手でメルカトルをたぐり寄せ、自分の腹部に押し付け……えっ!?
“バリ、ボリ、ボリ、ボリ”
「メルカトルッ! ……メルカトルを喰ってる……!」
ラファエルが剣を支えに、荒い息を吐いています。彼の見つめる先は、おぞましい光景でした。
それは黒く焦げたリーバ……いえ、リーバであった醜悪な魔物が、メルカトルを補食している様。
今やリーバは、手足が触手の魔人です。
そして腹部が花弁のようにパッカリと開き、無数の尖った歯を覗かせた口となっている。
既にメルカトルの身体は半分以上が、リーバの体内にありました。
「あ、あんなのが……あんなのが……」
ドナが大地に膝を付き、震えています。
彼女の股からは、暖かい液体が零れていました。
分かります――とてもとても、恐いですからね。
だけど幸いな事に、敵にはダメージがある。
倒す事は、決して不可能ではないのです。
「ランドッ! もう一度ですわッ!」
「ウォォォォオオオオオオオッ!」
私の声に応え、ランドが槍を振り上げました。
そう、もう一度リーバに同じ攻撃を浴びせれば、きっと倒せる。私には、その確信がありました。
何故ならリーバは、人型を保てない程に消耗している。
その力を補う為にこそ、メルカトルを補食したのは明白です。
なのに――
「沈黙せよ」
「かはっ……!」
無常な声が、私の鼓膜を揺らして……。
その刹那、ドナの首が――ドサリ。
唖然として首を動かすと、刃に変わったリーバの触手がドナの首を刎ね飛ばしていました。
吹き上がる血を見て、私は口を開けたり、閉じたり……ああ……声が出ません。
解呪の魔法を唱えるドナを殺され、その上で沈黙……。
しかも今度は、声すら出せない上位版。
リーバの触手が、私の首に巻き付きました。
ついに触手プレイ、始まってしまうのでしょうか。
恐いです、恐ろしいです……私の目から、涙が溢れました。
どうして私だけ、捕まるのです。
どうしてドナの様に、一撃で殺してくれないのですか!
ああ、叫びたい!
でも、声が出ない!
「ガァァァァアアアアアッ!」
ランドが槍を構え、こちらへ向かっています。
「ラ……ンド……助け……て……」
ちょっと長くなりました。
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