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95話 絶体絶命ですわ

 ◆


「主よ嘆くなかれ、御身の前には未だ難敵あり。されど我らが想いを一つと為して、これを滅さん。聖戦ホーリーウォー


 スコットの声が、高らかに響きました。

 皆の身体が、淡い光に包まれます。

 これで、防御力と攻撃力の底上げがされました。

 

 その最中、私は“氷槍アイススピア”の魔法を連発し、魔将に隙を与えないようにしています。

 すでに戦闘は始まっている、当然の事でしょう。

 もちろん、魔導励起の並列展開も完璧ですよ。


「フッハハハハハハァァァアアア!」


 ですが、リーバは私の魔法を弾き、大笑いしていました。

 まあ、この程度の魔法が効くなら、誰も苦労はしませんよね。

 リーバはそのまま無造作に歩き、距離を詰めてきます。

 しかも相変わらず紅白の燕尾服で、楽しそうにダンスを踊っている。 

 舐めていますね、じつに腹立たしい。

 

突撃チャージッ!」


 ランドが槍を構え、騎馬突撃を敢行しました。

 リーバの回りを固めるオークやゴブリンが、容易く弾き飛ばされていきます。

 凄まじいまでの威力に、敵の大群が怯んでいました。


 けれど、リーバには効きません。

 ラッセル車のように突撃して繰り出したランドの槍を、リーバは片手で受け止めました。


「うぅ〜ん、凝りがほぐれるねぇ〜……肩に当てて欲しいよ、これはッ!」


 リーバの口が弧を描き、巫山戯た言葉を吐き出します。


「チッ! 一撃で終わりと思うなよッ!」

 

 ランドは槍を素早く引き、幾度も突きを放ちました。

 その度にリーバの手が動き、穂先を受け止めます。

 

「ん?」


 私は攻防が繰り広げられる空間を見て、首を捻りました。

 どうも敵はランドの攻撃を、素手で受け止めている訳ではなさそうです。

 リーバの手とランドの槍先の間に、薄い膜が張っていました。

 その証拠にランドの攻撃を弾くたび、大気に薄らと波紋が浮かび、消えています。

 きっと、水系統の防御魔法ですね。


 仕掛けが分かれば、対策も講じられる……。

 私は風の呪文を詠唱し、リーバを覆う水の膜を取り払います。


「リーバ……これであなたの身体は、無防備ですわ」

「ふうん、ティファニー・クラインかぁ。流石だねぇ」


 淀んだ瞳で私を見つめ、リーバが頷きました。

 が――次の瞬間、リーバは何事も無かったかのように魔法を唱えます。

 また防御魔法でしょうか? だったら……あっ、違うッ!


「割れよ」

「ランド、退きなさいッ! 土と闇の魔法がきますッ!」


 私は、咄嗟に叫びました。

 声に応じて、ランドが馬を退げます。


 ですが、間に合いません。大地に大きな皹割れが生じて、馬の後ろ足がとられました。

 割れた大地の黒々とした皹は、漆黒の闇。馬は恐怖に嘶き、皹の中へ落ちていきます。

 ランドは「すまんッ!」と一声発し、馬から飛びました。

 もし馬と共に皹へ飲み込まれていれば、きっと命は無かったのでしょう。


「いい反射神経だね〜」

 

 ランドの馬が落ちた皹の上を、まるで地面があるかのようにリーバが歩きます。

 これ以上の前進は、許せません。

 リュウ先生が、前に出ました。


「発勁ッ!」


 ズンッ――と音を立てて、リュウ先生の足が地面にめり込みます。拳を突き出すと、何かが弾けたように飛んでいきました。

 

「ぬッ!?」


 リュウ先生の気弾に弾かれ、リーバが身体をくの字に折って飛んでいきます。

 すかさずウィリアムが刀の柄に手を掛け、追撃の為に走りました。

 ゴブリンやオークが魔将を守らんと、ウィリアムに群がります。これをラファエル、ジュリア、ドナ、メルカトルが退けました。


「覚悟ッ!」


 立ち上がろうとするリーバに、ウィリアムの太刀が襲い掛かります。

 少なくとも私の目には、そう映っていたのですが……。

 いつの間にか、ウィリアムの背後にリーバが立ち、笑っていました。


「いいね、いいね、連携攻撃〜〜♪」 

「なにッ!?」


 ウィリアムが咄嗟に振り返り、半身になって刀を構えます。


「逃げろ、ウィリアムッ!」


 ラファエルが叫び、慌てて援護に入ります。彼の剣が、リーバの背中に突き立ちました。

 けれど、ギィン――という刃鳴りが聞こえただけ。リーバは傷一つ負っていません。

 つまりヤツにとっては先ほどの防御魔法など、あっても無くても良かったということ……。

 まったく、嫌な感じです。

 

 次の瞬間――リーバは指をパチンと鳴らしました。

 それと同時に、ウィリアムの身体が炎に包まれます。


「なっ! 無詠唱でっ……!」


 リーバは私に探知させる間も与えず、ウィリアムに強力な魔法を放ちました。


「ぎゃあああああああああッ!」


 天を衝く様な、ウィリアムの悲鳴。

 すぐにも消さなければ……私の背筋には、冷たい汗が流れていました。


「滔々と流れる大河の水よ、海へと注ぐ流れをここにッ!」


 私は咄嗟に水を呼び、ウィリアムの頭上へと落とします。

 ザパァァ――という音と共に、ウィリアムの身体から火が消えました。

 水が辺りに流れ、地面を濡らします。

 その中央には真っ黒に焼けただれたウィリアムが、剣を握ったまま横たわっていました。


 一瞬、リーバが顔を顰めたような気がしますが……あれは一体何なのでしょう?

 いえ、今はそれを気にしている場合じゃありません。


「ウィリアムッ!」


 叫びながら、炭化したウィリアムの下にスコットが走ります。

 今ならまだ、彼を蘇生させることが出来るかも知れない。

 が――それをリーバが阻みました。

 スコットと顔に、リーバの掌が翳されます。


「やらせるかッ!」


 リュウ先生の蹴りが、リーバの手を弾きました。


「じゃあ、先に君だねぇ……逝ってらっしゃい〜♪」


 リーバの身体がニュルリと伸びて――上半身がリュウ先生の身体を押さえ込みます。

 そして足が二本の刃に変わり、リュウ先生の身体を挟みました。

 蛇の尻尾が二股に割れて、ハサミに変わったかのようです。

 そして、その足がギリギリと閉じられていく。


「うっ……ぐううううああッ」


 リュウ先生の胴体から、血が溢れます。


「先生ッ! 今ッ、助けますわッ!」


 私の叫び声も虚しく、リュウ先生の身体は上下に分断されてしまいました。

 赤黒い血が地面に零れ、先生の内臓がドバドバと溢れています。

 リーバは抱えていた先生の身体を、ポイと無造作に捨てました。


「うっぷ……」

 

 私は口を抑え、何とか嘔吐を堪えました。

 なんてこと……勝てるかも知れないなどと考えなければ、守りに徹していれば……。

 後悔が、頭の中をグルグルと回っています。


「アハハハハッ! アハハハハハハッ! まーっぷたつー!」


 両手を打ち合わせ、リーバは喜んでいました。

 硬い防御と柔らかな身体。

 高度な魔法を幾つも操り、身体をあらゆるモノに変質させる。

 ゲーム中では、ここまでの能力なんて持っていなかったのに……!


 私は目の前が暗くなりました。

 どうやったら、こんな化け物に勝てるというのか、まったく分かりません。


 目の前でリュウ先生を殺されたスコットは、私以上に耐えられなかったのでしょう。

 彼は胃の中身をぶちまけています。それが致命的な油断になりました。

 スコットは、横から現れたオークの剣に両断されて……。


「スコットォォォッ!」


 ジュリアが叫んでいます。

 叫びながら、スコットを殺したオークの頭を鉄輪チャクラムで割りました。

 でも、そこまで。

 リーバのハサミとなった下半身が、ジュリアの身体に突き立ちました。

 ジュリアの腹部で、もぞもぞと動くリーバの下半身。

 ジュリアはお腹から顎の先までを縦に斬り裂かれ、絶命しました。

  

 なんですか? なんですか? なんですか? なんですか? なんなのですか、この状況は!?

 まったく、ぜんぜん、歯が立ちません。

 私の力でステータス、みんな上がってるんじゃないのですか? 

 上がっていて、これなのですか?


「ああああああ……殺す、殺す、殺してやる……あんなやつ、あんなやつ、殺してやる……そうだ、魔法、魔法を……」


 ガチガチと鳴る歯の奥で、私は呪文の詠唱を始めました。

 この空間一切合切を飲み込む、闇の魔法です。

 異空間に閉じ込めてしまえば、いくら魔将だって動けなくなるでしょう。


「――沈黙サイレンス


 でも、駄目でした。

 魔将が私を見て、人差し指を左右に振っています。


「駄目だなぁ。魔法なんて、この ワ シ が 使わせると思うかい?」


 私は下唇を噛んで、剣を構えました。

 魔法がダメなら剣です。

 もう、ここで死ぬしか無い。

 でもせめて、一矢報いたい。そう覚悟を決めました。

 

「ティファ……戦神ヨームの加護、使えるか?」


 気付けば、ランドが隣に居ました。

 彼は盾を構え、私を守るように立っています。


「――使えますけど、魔法を封じられてしまいました。解除しようにも、スコットまで……」

「私、解呪の魔法使える……けどっ……」


 震える声で、ドナが言いました。

 もう、前衛も後衛もありません。皆、一塊となっています。


 ドナが解呪の魔法を唱えると同時に、私はランドに“戦神ヨームの加護”を与えました。

 すると、ランドは言います。


「これじゃない。もっと――あるだろう。攻撃力を劇的に上げるヤツが……」

狂化バーサクですが? ですがアレは痛みも理性も失って、ただ敵を倒す為だけに――」

「それだ! それで底上げでもしなきゃ、あの化け物には勝てねぇ!」


 私は躊躇しました。

 狂化バーサクした者を元に戻しても、何かしらの欠損が残ることが多いと聞きます。

 それに私の狂化バーサクは、まだ覚えたて。きちんと出来るか分からないのです。


「早くしろ、ティファ! 死にたいのかッ!」

「でも、そんなことをしたら、あなたがどうなるか分かりません」

「しのごの言うなッ! やらなきゃ皆、死ぬぞッ!」

「でも、でもッ!」


 ランドが私の肩を掴み、揺すっています。

 その目には、覚悟の色が浮かんでいました。


「俺なら絶対に、大丈夫だッ!」

「……わかり、ました……」


 ランドの言葉に私は頷き、狂化バーサクの魔法を掛けます。

 ランドがどんな風になっても、私は――私だけは彼を愛そう。そう、決めました。

 決めなければ、こんな魔法は彼に使えないのです……。


「戦神ヨームに申し上げる。今、戦さに望む戦士ありて、御身の祝福を賜らんと望む。血の洗礼にて魂を穿ち、其はただ敵の破壊をのみ望む者なりッ!」


 魔法の効果が現れ、“狂化”したランドの身体が大きく膨らみます。

 髪が逆立ち、その声は雷鳴のようになりました。

 けれど目は優しいままで、私は少しだけ安心したように思います。


「オレノ敵ハ……アレカ……!」


 ランドの瞳が赤く光り、リーバを睨んでいました。

 もう、理性の大部分は消し飛んでいるのでしょうね。


 メルカトルが言いました。


「援護する」

「僕も……」


 ラファエルも頷き、「この一撃に掛けよう」とランドの肩に手を乗せます。

 もう、馬はありません。


 メルカトルが走り、マッシュルームカットが揺れました。

 ラファエルも走り、剣を構えています。

 

 リーバの左右から、魔力を宿した剣で二人が斬り付けました。

 リーバは両腕で剣を防ぎ、腹部ががら空きとなっています。


「ウオォォォォォォォォッ!」


 ランドが風よりも速く駆け、その槍がリーバの腹を貫きました。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 しわくちゃの顔が、苦悶に歪みます。

 リーバの腹から、ボタボタと血が零れました。

 その血が地面を溶かし、ジュウと音を立てています。

 でも、これだけで死ぬとは思えません。

 

 だから私は、炎属性最強の魔法を唱えます。

 キャメロン先生を灰にした魔法を――キャメロン先生の杖を使って!


「闇より暗き地獄の底にて育まれしもの、紅蓮に染まりし最果ての業火――其が灯す火は何処より来る。招来、招来――紅蓮の火にて焼きつくせ、我が敵をッ!」


 赤黒い炎がリーバを包み、渦を巻きながら空へと一本の柱を伸ばしまます。


 夜は、既に明けていました。けれど暗い。とても暗かった。

 今日は、曇りだったようです。だから分厚い雲がたれ込めている。

 その雲を、地上から伸びた炎の柱が穿ちます。


 “ゴオォォォォォォォォ”


 ランド以外の皆が、炎の柱を見てへたり込みました。

 勝った、と思ったのです。


 ですが――終っていない。

 火柱の中から、ニュルリとタコの足のようなモノが出てきました。

 あれは、触手!

 それがメルカトルの首を掴み、締め上げ、高々と掲げます。

 メルカトルは足をジタバタと動かし、もがきました。


「あっ!」


 私は魔法を解除しました。

 触手を伝った炎が、メルカトルを飲もうとしていたからです。

 メルカトルが炎の中に飲まれれば、助かる可能性はありません。


 ランドとラファエルが、触手を斬りつけました。

 けれど、刃が通りません。

 ならばとランドは槍で、ラファエルは剣で、幾度も幾度も触手を斬りつけます。

 だけど触手は鋼鉄よりも硬いのか、二人の攻撃を弾き続けました。


「うぐっ! ぐぐうっ!」


 メルカトルの顔色が、紫色に変わっていきます。

 やがて彼はぐったりとして、力尽きました。

 力尽きたメルカトルに、赤黒く焼けただれた人影が近づきます。

 リーバでした。触手はリーバの手だったのです。

 リーバは己の触手でメルカトルをたぐり寄せ、自分の腹部に押し付け……えっ!?


 “バリ、ボリ、ボリ、ボリ”


「メルカトルッ! ……メルカトルを喰ってる……!」


 ラファエルが剣を支えに、荒い息を吐いています。彼の見つめる先は、おぞましい光景でした。

 それは黒く焦げたリーバ……いえ、リーバであった醜悪な魔物が、メルカトルを補食している様。

 今やリーバは、手足が触手の魔人です。

 そして腹部が花弁のようにパッカリと開き、無数の尖った歯を覗かせた口となっている。

 既にメルカトルの身体は半分以上が、リーバの体内にありました。

 

「あ、あんなのが……あんなのが……」


 ドナが大地に膝を付き、震えています。

 彼女の股からは、暖かい液体が零れていました。

 分かります――とてもとても、恐いですからね。

 

 だけど幸いな事に、敵にはダメージがある。

 倒す事は、決して不可能ではないのです。


「ランドッ! もう一度ですわッ!」

「ウォォォォオオオオオオオッ!」


 私の声に応え、ランドが槍を振り上げました。

 そう、もう一度リーバに同じ攻撃を浴びせれば、きっと倒せる。私には、その確信がありました。

 何故ならリーバは、人型を保てない程に消耗している。

 その力を補う為にこそ、メルカトルを補食したのは明白です。

 

 なのに――


「沈黙せよ」

「かはっ……!」


 無常な声が、私の鼓膜を揺らして……。


 その刹那、ドナの首が――ドサリ。


 唖然として首を動かすと、刃に変わったリーバの触手がドナの首を刎ね飛ばしていました。

 吹き上がる血を見て、私は口を開けたり、閉じたり……ああ……声が出ません。


 解呪の魔法を唱えるドナを殺され、その上で沈黙サイレンス……。

 しかも今度は、声すら出せない上位版。


 リーバの触手が、私の首に巻き付きました。

 ついに触手プレイ、始まってしまうのでしょうか。

 恐いです、恐ろしいです……私の目から、涙が溢れました。

 どうして私だけ、捕まるのです。

 どうしてドナの様に、一撃で殺してくれないのですか!


 ああ、叫びたい! 

 でも、声が出ない!


「ガァァァァアアアアアッ!」


 ランドが槍を構え、こちらへ向かっています。

 

「ラ……ンド……助け……て……」

ちょっと長くなりました。


お読み頂き、ありがとうございます。


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