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94話 精一杯ですわ

  ◆


 既に館は、周囲をぐるりと魔物に囲まれています。

 魔物が攻撃を開始したのは、午前八時くらいからだったでしょうか。

 

 私達はいつでも動けるよう、広間で逐一戦況報告を聞いていました。

 もちろん自分でも辺りを見下ろし、状況の確認をしています。

 

 最初は、些細な魔法攻撃から始まりました。

 これを防いだのは、三十人程の魔導師団です。

 私の配下になったことによって、魔法攻撃、防御とも彼等のステータスは上昇していました。

 お陰でこれを、大過なく防ぐ事に成功しています。


 これが終ると、魔物の軍団は総攻撃に移りました。

 館の四方を囲むオークやゴブリン達が、一斉に壁をよじ登ってきます。

 これに対して矢を浴びせ、魔法を落として迎撃。


 敵の数がどれほど多くても、館を取り囲む数は限られています。

 館の面積以上に敵は入れませんし、囲めませんからね。

 だから今のところ、難なく敵を防げていました。


「優勢と言っていいけれど……」

「そうですわね……でも、油断は出来ませんわ」


 ラファエルの声に頷きつつ、私は西側に目を向けます。

 どうやら、オークロードが出てきたらしいですね。

 いくら私の配下となっていても、一般武将でアレを倒すことは出来ない。

 私はランドとウィリアムに、オークロードの撃破を頼みました。


「おうッ!」

「お任せあれッ!」


 二人はすぐに駆け去り、あっという間にオークロードを討ち取ります。

 確かに二人は、かなり強くなっていました。

 特にランドは私のバフ効果もあって、武力も100に近い。

 オークキングならともかく、オークロード程度なら容易く屠るでしょう。

 

 次は北側でした。

 こちらはガスクラウドが出ています。

 アレが爆発したら、壁が破られてしまう。

 もしも自爆狙いなら、実に厄介な敵です。

 

「ラファエル、お願いしても?」

「ああ。ティファはここでリーバに備えて貰わないとならないからね……何とかするよ」

「待って、私も行くわッ!」


 駆け去るラファエルの後に、ドナが続きました。

 ラファエルとドナも、ガスクラウドに苦戦しなかったようです。

 ドナが斬り込んで囮役となり、ラファエルが魔法で敵を消し飛ばしました。

 見事な連携ですね――ガスクラウドの代わりに、リア充爆発しろ!

 

 と、今度は南側ですね。

 あっちはゴブリンが大量発生です。

 奴ら、味方の死体を乗り越えて進んでいますよ。


「メルカトル、ジュリア! お願いします!」


 南側にはメルカトルとジュリアを派遣し、ゴブリン共を蹴散らして貰いました。

 そうしている間、負傷兵をスコットとミカエラ――ラファエルの妹ですね――がひっきりなしに診ています。

 

 こうして総攻撃の第一日目は、日暮れを迎えると共に終わりを告げました。

 今日はリーバも戦場に現れず、私達は終始優勢。

 リモルの将兵達も意気揚々と、いたるところで勝鬨を上げています。


 ◆◆


 夕闇が迫り篝火の明かりが館を満たすと、夜襲に対する緊張感が鎌首を擡げました。

 勝ったと言っても、敵が退いた訳ではありませんからね。囲まれたままなのです。


 ですが、それでも眠らなければ……。

 今日の疲労を明日に残せば、それだけ死ぬ確率が上がります。

 といって一日休んだだけで、皆の疲れが取れるとも思えませんが……。


 私は柱にもたれて眠る兵や廊下で座り込んだ兵を見て、深い溜め息を吐きました。

 たった一日、しかもリーバのいない戦場で、この有様です。

 恐らく敵にとって今日は、様子見だったのでしょう。けれど私達は、全力だった。

 とはいえ、そんな見解を言える訳もありません。


 私も皆と共に、広間で横になりました。


 私は直感で、勝てないと感じています。

 もしかしたら、明日には死ぬかも知れない。

 だからせめて今夜くらいは、仲間と共に過ごしたいのです。


 夜半――私は緊張の為に起きてしまいました。

 半身を起こし、辺りを見回してみます。

 すると窓から入る月に照らされて、皆の寝顔が青く輝いて見えました。


「すーっ、すーっ」と寝息を立てる者。寝返りをうち、歯ぎしりをする者。

 ただじっと目を瞑り、朝まで身を横たえているだけの者。身を寄せ合う者……。

 そういった姿が目に入り、私は寂しく、とても切ない気持ちになりました。


 私は今、確かに彼等との絆を感じています。

 命を賭けて護り合える程の、互いの絆を。

 でも、明日には全てが無になるかも知れないのです。

 だから、とても切ない。


 かつて日本で生きていた頃、私にこれ程の絆を感じさせる人が居たでしょうか……。


 思い出せば、ただ一人だけいました。

 けれど、私はその人と同じ道を歩まなかったのです。

 そのことが今更、後悔となって押し寄せました。


 あの時の私は、ただの弱虫だったのです……。


 もちろん今だって、弱虫には違いありません。

 でも今は、同じ道を歩む人達がいる。

 それが、こんなにも心を暖かくするとは思ってもみませんでした。


 それも、かりそめのゲームの世界で……。

 

「ふぅ……」


 私は立ち上がり、窓辺に寄ります。

 思わず口をついて出たのは、祈りの言葉でした。


「神がいるのなら……どうか――彼等をお救い下さい……代わりにわたくしの命なら、差し上げますわ。どうせわたくしは、歪な存在ですからね」

 

 窓辺に寄って月を眺めていたら、いつの間にかランドが横に立っていました。


「自分の為には祈らないのか? ティファ」

「わたくしは、まぁ……一度は死んだ身ですし」

「……一度死んでいる自分なら、また死んでもいいと?」

「ええ、まぁ」

「何をバカなことを言っていやがる……お前が居ない世界なんて、俺には何の価値も無い」

「そう言って頂けるのは嬉しいですわ。だけど――」

「だけど?」

「だけどわたくしには、この世界がよく分かりませんので……」

「違う、ティファ。世界なんて、そんな言葉ではぐらかすな」

「先に世界と言ったのは、あなたでしょう――ランド」

「だとしてもッ!」


 “ドン”


 ランドが、私の身体を壁に押し付けました。右手は私の顔の横に突き出されています。

 いわゆる壁ドンを決められました。

 私は目をパチパチと瞬き、ランドを見上げます。


「世界は、重要なことですわ」

「いいや。世界なんて俺や、お前の気持ちに比べれば、何でも無い」

「わたくしの、気持ち?」

「ああ、そうだ。何故いつも、別の位置から俺達を見ている? 高飛車がどうのと云う話じゃない――なぜ世界を達観し、自分の気持ちを二の次にして押し込めるんだ――と聞いている」


 そんなことは――答えれば簡単です。

 ここはゲームの世界。だから私は、世界の行き先を知っている。

 その中で自分がどう振る舞うか、どう振る舞うべきかを常に考えていた。

 エロゲの世界でヒロインがエロい目に遭わない為には、必要なのですよ。


 でもランドには、言っても分からないでしょうね。

 分かる訳が無い。

 だってコイツも、私とエロいことをしたいのでしょうから。


「……下らない。いつ敵が襲ってくるか分からないのです。こんなことをしている場合じゃありませんわ、さっさと寝ましょう」

「いつ敵が襲ってくるか分からないからこそ、聞いておきたい」

「はぁ? ……意味が分かりませんけれど……」

「……ティファ、お前は俺とラファエル――一体どっちを選ぶんだ?」

「あなたまで、わたくしがどちらかに想いを寄せているかのように言って……!」

「勘違いなら、俺はお前を諦める。そうでないなら、聞かせてくれ……」


 眉間に皺を寄せ、ランドが詰め寄ってきます。

 巨体なので、すごく圧迫感がありますよ。


「わ……わたくしは……あなたに条件を出したじゃありませんか。撤回する気など、ありません。それにラファエルには、ドナがいるでしょう?」

「ドナがいなければ、ラファエルの下へ行くのか?」

「何を言っているのです。そんなつまらないことを……」

「それは、俺でいいって事なんだな?」

「……何度も言っていますが、わたくしは男――」

「それは聞き飽きた。お前は女だ」

「……かも……知れませんが……」


 なぜ、私はこんな事を言っているのでしょう。

 なぜ、私は完全に否定出来ないのでしょう。

 なぜ、私はここで、頷いてしまうのでしょう。

 顔が火照ります。心臓が高鳴ります。


 ランドが私を、強く抱きしめてくれました。


「ティファ……愛してる」

「……わたくし、わたくし……分かりませんわ」


 ランドの顔が、どんどん近づいてきます。

 間違い無く、これはキスを求めていますね。

 

 ドキドキします。とても受け入れたい。

 もう、認めなければいけないでしょう。

 私はきっと、ランドに心惹かれているのです。

 だけど――受け入れる事が出来ない。

 それは私が、男であったから――。


「ま、待ちなさい、ランド。ダメです」

「どうしてだ?」

「まだ――まだ心の準備ができないのです」

「そうか……だったらすぐに準備しろ」

「横暴! それは横暴ですわッ!」

「仕方が無いだろう、この状況だ。俺も、もう待てない……」

「ま、待って! ――か、必ず心の準備はします! だって……だって、わたくしは、あなたのことが好きです……から」


 とうとう言ってしまいました。

 私の心の奥底にある、とても否定したかった部分。

 だけど、もう無理なのです。 

 私はランドに惹かれていて、彼と一緒にいたいと思ってしまった。


 最初は別に、どうでも良かったのです。 

 でも、好きだと言ってくれることが嬉しくて……。

 その言葉を失いたく無くて……。

 ずっと、好きだと言って欲しい。その言葉を、独占したい。

 いつしか私は、そう思ってしまったのです。

 たとえここが、エロゲの世界なのだとしても……。


「その言葉、信じてもいいのか?」


 私はゆっくりと頷き、彼の背中に手を回しました。


「これが、今の精一杯です……」


 ランドがニッコリと笑って、頷きます。

 

「信じよう。一歩前進だ」


 その言葉と同時に、床が激しく揺れました。

 ランドが両手で私を支え、自分は背中を壁に打ち付けています。


「敵襲、敵襲だッ!」


 見張りの声が響きました。


「怪我は無いか?」


 ランドが私の頬に触れ、優しく言ってくれます。

 私は頷き、皆の所へ戻りました。


「ちっ、いいところで……!」


 ランドはブツブツ言っていましたが、その表情は既に引き締まっています。


 皆の下へ戻ると、既にリュウ先生が起きて、兵達の報告を聞いていました。


「魔物は正面の門に、大挙して押し寄せている。そこに魔将リーバ・ベルレも確認された」

「夜襲……ですか」


 ラファエルが、暗い声で言います。

 今は夜明け前。人が一番、油断している時刻だと言います。

 

「リーバが出たとなれば俺達以外じゃ、どうしようも無かろう……」


 リュウ先生が、苦虫を噛み潰したような表情で言いました。

 出来ればこのまま、のらりくらりと時間を稼ぎたかったところ。

 ですがリーバが出たとなれば、そうもいきませんからね。


「出ましょう。リーバを討ち取ります」


 私は皆を見回し、宣言しました。

 もはや、これしか私達が現状を打開する術は無いのです。

 皆も頷き、武器を手にしました。

 円陣を組んで、気合いを入れます。

 

「リーバを倒せば、それで勝ちだ。皆、気合いを入れろッ!」

「「おうッ!」」


 リュウ先生の声に、皆で答えました。


 ◆◆◆

 

 “ドドォォオオオン、ドドォォオオオン”


 私達の目の前で、館の門が震えています。

 あの先では、きっと極大の魔法が放たれているのでしょう。

 ですが、ここはリモルの最終防衛線。

 相応の結界が張ってありますからリーバと云えども、そう容易くは入れないのです。

 もちろん結界を施したのは、私ですからね。


 だけど、打ち破られるのは時間の問題。

 雑魚は兵に任せるとして、敵が侵入したらすぐにリーバを攻撃しましょう。


 布陣はリュウ先生とランドが盾役。

 ウィリアムとメルカトルがアタッカー。

 ドナとジュリア、ラファエルが中距離支援を担当し、隙があれば攻撃。

 後衛は私とスコットです。


「来るぞ、構えろ」


 リュウ先生の声と共に、凄まじい地響きが鳴りました。


 “ドドドドドドドドドドドドドォォォォォオオオオオオオオオン”


 門が破られ、舞い上がる粉塵の中から敵が突入してきます。


「射よッ!」


 リュウ先生の号令一下、味方の矢が魔物達に降り注ぎました。

 ゴブリンやオークが、次々に倒れていきます。

 一見すると、こちらの思惑通り。けれど……。

 ゴブリンやオークの死体を悠々と踏み越え、いよいよ魔将が姿を現しました。


 相変わらず小柄な老人の姿に、声だけが妙に若い。


 魔将リーバです。


「アッハハハハハハハハッ! おはようッ! 朝も早くから、いじましい努力をするッ! どうせみんな殺されるのにねッ! ざーんねんッ!」 

お読み頂き、ありがとうございます。


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