94話 精一杯ですわ
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既に館は、周囲をぐるりと魔物に囲まれています。
魔物が攻撃を開始したのは、午前八時くらいからだったでしょうか。
私達はいつでも動けるよう、広間で逐一戦況報告を聞いていました。
もちろん自分でも辺りを見下ろし、状況の確認をしています。
最初は、些細な魔法攻撃から始まりました。
これを防いだのは、三十人程の魔導師団です。
私の配下になったことによって、魔法攻撃、防御とも彼等のステータスは上昇していました。
お陰でこれを、大過なく防ぐ事に成功しています。
これが終ると、魔物の軍団は総攻撃に移りました。
館の四方を囲むオークやゴブリン達が、一斉に壁をよじ登ってきます。
これに対して矢を浴びせ、魔法を落として迎撃。
敵の数がどれほど多くても、館を取り囲む数は限られています。
館の面積以上に敵は入れませんし、囲めませんからね。
だから今のところ、難なく敵を防げていました。
「優勢と言っていいけれど……」
「そうですわね……でも、油断は出来ませんわ」
ラファエルの声に頷きつつ、私は西側に目を向けます。
どうやら、オークロードが出てきたらしいですね。
いくら私の配下となっていても、一般武将でアレを倒すことは出来ない。
私はランドとウィリアムに、オークロードの撃破を頼みました。
「おうッ!」
「お任せあれッ!」
二人はすぐに駆け去り、あっという間にオークロードを討ち取ります。
確かに二人は、かなり強くなっていました。
特にランドは私のバフ効果もあって、武力も100に近い。
オークキングならともかく、オークロード程度なら容易く屠るでしょう。
次は北側でした。
こちらはガスクラウドが出ています。
アレが爆発したら、壁が破られてしまう。
もしも自爆狙いなら、実に厄介な敵です。
「ラファエル、お願いしても?」
「ああ。ティファはここでリーバに備えて貰わないとならないからね……何とかするよ」
「待って、私も行くわッ!」
駆け去るラファエルの後に、ドナが続きました。
ラファエルとドナも、ガスクラウドに苦戦しなかったようです。
ドナが斬り込んで囮役となり、ラファエルが魔法で敵を消し飛ばしました。
見事な連携ですね――ガスクラウドの代わりに、リア充爆発しろ!
と、今度は南側ですね。
あっちはゴブリンが大量発生です。
奴ら、味方の死体を乗り越えて進んでいますよ。
「メルカトル、ジュリア! お願いします!」
南側にはメルカトルとジュリアを派遣し、ゴブリン共を蹴散らして貰いました。
そうしている間、負傷兵をスコットとミカエラ――ラファエルの妹ですね――がひっきりなしに診ています。
こうして総攻撃の第一日目は、日暮れを迎えると共に終わりを告げました。
今日はリーバも戦場に現れず、私達は終始優勢。
リモルの将兵達も意気揚々と、いたるところで勝鬨を上げています。
◆◆
夕闇が迫り篝火の明かりが館を満たすと、夜襲に対する緊張感が鎌首を擡げました。
勝ったと言っても、敵が退いた訳ではありませんからね。囲まれたままなのです。
ですが、それでも眠らなければ……。
今日の疲労を明日に残せば、それだけ死ぬ確率が上がります。
といって一日休んだだけで、皆の疲れが取れるとも思えませんが……。
私は柱にもたれて眠る兵や廊下で座り込んだ兵を見て、深い溜め息を吐きました。
たった一日、しかもリーバのいない戦場で、この有様です。
恐らく敵にとって今日は、様子見だったのでしょう。けれど私達は、全力だった。
とはいえ、そんな見解を言える訳もありません。
私も皆と共に、広間で横になりました。
私は直感で、勝てないと感じています。
もしかしたら、明日には死ぬかも知れない。
だからせめて今夜くらいは、仲間と共に過ごしたいのです。
夜半――私は緊張の為に起きてしまいました。
半身を起こし、辺りを見回してみます。
すると窓から入る月に照らされて、皆の寝顔が青く輝いて見えました。
「すーっ、すーっ」と寝息を立てる者。寝返りをうち、歯ぎしりをする者。
ただじっと目を瞑り、朝まで身を横たえているだけの者。身を寄せ合う者……。
そういった姿が目に入り、私は寂しく、とても切ない気持ちになりました。
私は今、確かに彼等との絆を感じています。
命を賭けて護り合える程の、互いの絆を。
でも、明日には全てが無になるかも知れないのです。
だから、とても切ない。
かつて日本で生きていた頃、私にこれ程の絆を感じさせる人が居たでしょうか……。
思い出せば、ただ一人だけいました。
けれど、私はその人と同じ道を歩まなかったのです。
そのことが今更、後悔となって押し寄せました。
あの時の私は、ただの弱虫だったのです……。
もちろん今だって、弱虫には違いありません。
でも今は、同じ道を歩む人達がいる。
それが、こんなにも心を暖かくするとは思ってもみませんでした。
それも、かりそめのゲームの世界で……。
「ふぅ……」
私は立ち上がり、窓辺に寄ります。
思わず口をついて出たのは、祈りの言葉でした。
「神がいるのなら……どうか――彼等をお救い下さい……代わりにわたくしの命なら、差し上げますわ。どうせわたくしは、歪な存在ですからね」
窓辺に寄って月を眺めていたら、いつの間にかランドが横に立っていました。
「自分の為には祈らないのか? ティファ」
「わたくしは、まぁ……一度は死んだ身ですし」
「……一度死んでいる自分なら、また死んでもいいと?」
「ええ、まぁ」
「何をバカなことを言っていやがる……お前が居ない世界なんて、俺には何の価値も無い」
「そう言って頂けるのは嬉しいですわ。だけど――」
「だけど?」
「だけどわたくしには、この世界がよく分かりませんので……」
「違う、ティファ。世界なんて、そんな言葉ではぐらかすな」
「先に世界と言ったのは、あなたでしょう――ランド」
「だとしてもッ!」
“ドン”
ランドが、私の身体を壁に押し付けました。右手は私の顔の横に突き出されています。
いわゆる壁ドンを決められました。
私は目をパチパチと瞬き、ランドを見上げます。
「世界は、重要なことですわ」
「いいや。世界なんて俺や、お前の気持ちに比べれば、何でも無い」
「わたくしの、気持ち?」
「ああ、そうだ。何故いつも、別の位置から俺達を見ている? 高飛車がどうのと云う話じゃない――なぜ世界を達観し、自分の気持ちを二の次にして押し込めるんだ――と聞いている」
そんなことは――答えれば簡単です。
ここはゲームの世界。だから私は、世界の行き先を知っている。
その中で自分がどう振る舞うか、どう振る舞うべきかを常に考えていた。
エロゲの世界でヒロインがエロい目に遭わない為には、必要なのですよ。
でもランドには、言っても分からないでしょうね。
分かる訳が無い。
だってコイツも、私とエロいことをしたいのでしょうから。
「……下らない。いつ敵が襲ってくるか分からないのです。こんなことをしている場合じゃありませんわ、さっさと寝ましょう」
「いつ敵が襲ってくるか分からないからこそ、聞いておきたい」
「はぁ? ……意味が分かりませんけれど……」
「……ティファ、お前は俺とラファエル――一体どっちを選ぶんだ?」
「あなたまで、わたくしがどちらかに想いを寄せているかのように言って……!」
「勘違いなら、俺はお前を諦める。そうでないなら、聞かせてくれ……」
眉間に皺を寄せ、ランドが詰め寄ってきます。
巨体なので、すごく圧迫感がありますよ。
「わ……わたくしは……あなたに条件を出したじゃありませんか。撤回する気など、ありません。それにラファエルには、ドナがいるでしょう?」
「ドナがいなければ、ラファエルの下へ行くのか?」
「何を言っているのです。そんなつまらないことを……」
「それは、俺でいいって事なんだな?」
「……何度も言っていますが、わたくしは男――」
「それは聞き飽きた。お前は女だ」
「……かも……知れませんが……」
なぜ、私はこんな事を言っているのでしょう。
なぜ、私は完全に否定出来ないのでしょう。
なぜ、私はここで、頷いてしまうのでしょう。
顔が火照ります。心臓が高鳴ります。
ランドが私を、強く抱きしめてくれました。
「ティファ……愛してる」
「……わたくし、わたくし……分かりませんわ」
ランドの顔が、どんどん近づいてきます。
間違い無く、これはキスを求めていますね。
ドキドキします。とても受け入れたい。
もう、認めなければいけないでしょう。
私はきっと、ランドに心惹かれているのです。
だけど――受け入れる事が出来ない。
それは私が、男であったから――。
「ま、待ちなさい、ランド。ダメです」
「どうしてだ?」
「まだ――まだ心の準備ができないのです」
「そうか……だったらすぐに準備しろ」
「横暴! それは横暴ですわッ!」
「仕方が無いだろう、この状況だ。俺も、もう待てない……」
「ま、待って! ――か、必ず心の準備はします! だって……だって、わたくしは、あなたのことが好きです……から」
とうとう言ってしまいました。
私の心の奥底にある、とても否定したかった部分。
だけど、もう無理なのです。
私はランドに惹かれていて、彼と一緒にいたいと思ってしまった。
最初は別に、どうでも良かったのです。
でも、好きだと言ってくれることが嬉しくて……。
その言葉を失いたく無くて……。
ずっと、好きだと言って欲しい。その言葉を、独占したい。
いつしか私は、そう思ってしまったのです。
たとえここが、エロゲの世界なのだとしても……。
「その言葉、信じてもいいのか?」
私はゆっくりと頷き、彼の背中に手を回しました。
「これが、今の精一杯です……」
ランドがニッコリと笑って、頷きます。
「信じよう。一歩前進だ」
その言葉と同時に、床が激しく揺れました。
ランドが両手で私を支え、自分は背中を壁に打ち付けています。
「敵襲、敵襲だッ!」
見張りの声が響きました。
「怪我は無いか?」
ランドが私の頬に触れ、優しく言ってくれます。
私は頷き、皆の所へ戻りました。
「ちっ、いいところで……!」
ランドはブツブツ言っていましたが、その表情は既に引き締まっています。
皆の下へ戻ると、既にリュウ先生が起きて、兵達の報告を聞いていました。
「魔物は正面の門に、大挙して押し寄せている。そこに魔将リーバ・ベルレも確認された」
「夜襲……ですか」
ラファエルが、暗い声で言います。
今は夜明け前。人が一番、油断している時刻だと言います。
「リーバが出たとなれば俺達以外じゃ、どうしようも無かろう……」
リュウ先生が、苦虫を噛み潰したような表情で言いました。
出来ればこのまま、のらりくらりと時間を稼ぎたかったところ。
ですがリーバが出たとなれば、そうもいきませんからね。
「出ましょう。リーバを討ち取ります」
私は皆を見回し、宣言しました。
もはや、これしか私達が現状を打開する術は無いのです。
皆も頷き、武器を手にしました。
円陣を組んで、気合いを入れます。
「リーバを倒せば、それで勝ちだ。皆、気合いを入れろッ!」
「「おうッ!」」
リュウ先生の声に、皆で答えました。
◆◆◆
“ドドォォオオオン、ドドォォオオオン”
私達の目の前で、館の門が震えています。
あの先では、きっと極大の魔法が放たれているのでしょう。
ですが、ここはリモルの最終防衛線。
相応の結界が張ってありますからリーバと云えども、そう容易くは入れないのです。
もちろん結界を施したのは、私ですからね。
だけど、打ち破られるのは時間の問題。
雑魚は兵に任せるとして、敵が侵入したらすぐにリーバを攻撃しましょう。
布陣はリュウ先生とランドが盾役。
ウィリアムとメルカトルがアタッカー。
ドナとジュリア、ラファエルが中距離支援を担当し、隙があれば攻撃。
後衛は私とスコットです。
「来るぞ、構えろ」
リュウ先生の声と共に、凄まじい地響きが鳴りました。
“ドドドドドドドドドドドドドォォォォォオオオオオオオオオン”
門が破られ、舞い上がる粉塵の中から敵が突入してきます。
「射よッ!」
リュウ先生の号令一下、味方の矢が魔物達に降り注ぎました。
ゴブリンやオークが、次々に倒れていきます。
一見すると、こちらの思惑通り。けれど……。
ゴブリンやオークの死体を悠々と踏み越え、いよいよ魔将が姿を現しました。
相変わらず小柄な老人の姿に、声だけが妙に若い。
魔将リーバです。
「アッハハハハハハハハッ! おはようッ! 朝も早くから、いじましい努力をするッ! どうせみんな殺されるのにねッ! ざーんねんッ!」
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