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93話 やるしかないのですわ

 ◆


「頼みがある」


 こんなことをリュウ先生に言われたのは、敵が攻撃を仕掛けると言った朝の事です。

 与えられた部屋で身嗜みを整えていると、リュウ先生が入ってきました。

 おざなりなノックは、彼の焦りを示していたのでしょう。

 リュウ先生は私が下着姿だったことに赤面し、すぐに背を向け「済まない」と言いました。


 まあ、元男なので別に見られても恥ずかしく無いのですけれど……。

 それに先生だったら、私に欲情するとかも無さそうですし。

 とりあえず私は服を着てから、声を掛けます。


「何でしょうか?」

 

 リュウ先生はこちらを向くと、一呼吸置いてから口を開きました。


「学院長が言っていただろう。ディファ……お前が残ってくれていてよかった――と。それはな、このような時の為だ」

「このような時とは? 仰る意味が、よく分かりませんが……」


 私はリュウ先生にも椅子へ座るよう薦め、話を聞く事にしました。


「どうぞ。立ち話もなんですから」


 私達は向かい合って座り、互いの顔をまじまじと見ます。


「お前は、落ち着いているな……」

「いまさら焦ったところで、どうなるものでもありません」


 と、言うより――私にあるのは諦観でしょうか。

 すでに一度、死んでいる身です。

 覚悟は出来ていると言ったら変ですが、死ぬ事に抵抗がありません。

 それに、先に逝ったキャメロン先生やカレンに会えると思えば、そう悪くありませんしね。

 

 ただ恐いのは、死の瞬間まで陵辱される可能性があること。

 そして死して尚、エロい事をされる可能性があること――でしょうか。

 何しろ相手が、リーバ・ベルレですからね。


 ただ、リュウ先生の立場では、そんな風に考えられないでしょう。

 生徒を引率し、死なせてしまった責任。 

 それが、さらに増えるかも知れない恐怖。

 そういった諸々が、彼の顔を硬くしているのでしょう。


 先生にしては珍しく緊張した面持ちだったので、私は杯に水を注いで渡します。

 リュウ先生は一口水を飲んで喉を湿らせてから、詳しく事情を話してくれました。


「ティファニー・クライン、お前は八君主の一人だ。それは即ち、その気になれば数多の臣下を従え、世界に覇を唱えうる人物ということ」

「わたくしは、そのようなことを望んだ覚えなどありませんが……」

「それは、よく分かっている。重要なことは、お前の資質なのだ」

「資質?」

「そうだ。お前の力があれば、魔将の軍勢を退けることが出来るかも知れない」

「……先生は、まだ諦めていないのですね?」

「もちろんだ。いいか、よく聞いてくれ――」


 リュウ先生の額に、びっしりと汗が浮かんでいます。


 既に日が昇り始めていました。いつ攻撃が始まっても、おかしくないでしょう。

 先生の内心は、きっと焦っているはず。

 それでもリュウ先生が私に何かを頭ごなしに言わないのは、教師としての矜持でしょうか。

 何にしても、好感が持てますね。


 リュウ先生の説明によると、誰であれ私の臣下となった者は、ステータスが上がるとのこと。 

 理由は、私が八君主の一人だからだそうです。


「八君主とは王以上に、部下のステータスを向上させる力を持っている。その力は限りなく皇帝や魔帝、あるいは聖王にも近いものだ。伯爵など足下にも及ばん。ましてや今のパオラは無爵。彼の下では、誰のステータスも向上しない」

「つまり、わたくしにリモルの支配者になれ、と?」

「一時的な事だ……パオラも納得している。だから俺達を臣下にしてくれ。リモルの兵も将も、全て」

「それでステータスが上がるのなら、わたくしは構いませんけれど……」

「そうか、良かった」


 リュウ先生はホッと息を吐いて、優しそうな顔で私を見つめました。

 ん……正面からじっと見たら、リュウ先生ってイケメンですね。

 って、私、何を考えているのでしょう。

 まさかこれもエロゲの仕様で、男キャラと二人きりになったらエッチな気持ちになる、とかじゃ無いでしょうね!?


 私はリュウ先生から視線を外し、水差しに目を落としました。

 意識してしまうと、リュウ先生から立ち上る大人の男の汗の匂いが、とても気になります。

 しかもそれが、私には決して嫌なものではない。むしろ、好ましく思えてしまう。


 はわわわわッ! これはダメなヤツですッ! 


 などと思っていたら、リュウ先生が改めて口を開きました。

 私は慌てて、降って湧いたような劣情を頭から追い出します。

 私は男、私は男、私は屈強なおとこですからッ!


「――だが、一つ問題がある」

「……問題?」

「うむ。その為にはお前が自分の意志で皆を支配下に置き、戦う意思を示さないとダメなのだ」


 なるほど……私のやる気次第、ということですか。

 それは困りました。確かに今の私は、やる気などありません。

 リーバとの実力差を知っているので、積極的に戦う気になれませんから。

 でも――私は屈強な漢。だから目を吊り上げ、リュウ先生にやる気を見せました。


「それで、勝てるのでしょうか?」

「約束はできん。あの敵だ。しかし、今のままでは確実に負ける。それどころか、一矢報いる事さえ出来ないだろう」


 ふうむ――と私は顎に指を当てました。

 藁にも縋る、とはこの事ですが……やるしか無いでしょう。

 

「分かりました。少しでも勝てる確率を上げなければ――」

「――では、俺が最初にお前の臣下となろう。示しは必要だからな」


 私が頷くと、リュウ先生が足下に跪きました。

 

「我が主君よ。我はこれより、御身の剣、盾とならん」

「あら、あら、制約の言葉なんて。これは――照れくさいですわね」

「ティファ、礼を言う。もしも生きて帰れたなら、このまま俺は、お前の臣下となろう」


 リュウ先生の申し出を、私は断ろうとして止めました。

 リュウ先生はキャメロン先生がいたから、学院にいただけのこと。

 キャメロン先生が居なくなった今、彼を縛るものは何もないのですから。

 だからこそ私が縛ってあげなくては、彼の拠り所が無くなってしまう。

 それに生徒を死なせた教師が、学院に留まっても良い事があるとは思えません。


「ええ、ぜひ」


 私は頷き、リュウ先生の手を取りました。


 ◆◆


 広間に行くと、既に仲間達やリモルの戦士、武将達が集まっていました。

 私は奥の一段高い場所にある椅子に座り、皆を睥睨します。

 

 私は小さく息を吐きました。

 この広間はかつて、リモル伯が民との謁見に使った部屋。

 

 皆が私を見つめているのは、この絶望的な状況の中で、一縷の望みに縋りたいからでしょう。

 ラファエルに視線を向けると、彼もコクリと頷いていました。


「お前達は、わたくしを主君と仰ぎたいのでしょう?」


 静かな広間に、私の声が響きました。

 他者を見下す、刺のある声。

 それが私の喉を駆け上がり、口を通じて空気を振るわせる。

 他者に対する抑圧は、私の本能が喜びとするところ。


 辺りが、ざわついています。

 私がもっと、優しい言葉を掛けると思っていたのでしょうね。

 でも――私はティファニー・クラインです。

 毒舌と冷笑をもって大陸に覇を唱えんとする女が、どうして慈愛を持って人と接することが出来るのでしょうか。


 私の意図を察して、リュウ先生と仲間達がきざはしの下で跪きます。

 しかしパオラ以下リモルの重臣達は、立ったままそれをボンヤリと見つめていました。

 だから私は口元を歪めて、更に言います。


「あら、そうでは無かったのかしら? でしたらこの席は、パオラどののモノでしたわね? では、どうぞ……」


 私は別に仲間達が守れればもう、それで良いのです。

 任務など、リーバ・ベルレが出てきた時点で失敗でしょう。

 私が立ち上がると、重臣の一人が慌てて言いました。


「お、お待ち下さい。わ、我らはティファニーさまに従属致しとう存じます。そうしてお縋りすることで、力の底上げをしなければ、到底……」

 

 私は椅子に再び座り、重臣を睨みます。


「ふうん、そうですか。縋ろうと言うのなら、せめて態度で示して頂きませんと……」

「態度、と申されますと……?」

「現状を打開する方策すら一つも示さず、薄ボンヤリとしている奴らを臣下にして、わたくしに何の得があるというのです? わたくしはティファニー・クラインですわ」

「そ、それはっ……」

「臣下になりたいと望むのなら、せめて跪くくらいのことをしたらどうなのですッ!? それともお前達は、礼儀すら弁えぬ獣の群れだとでも言うのですかッ!?」


 あぁ、イライラします。

 こんな奴らを守る為に、私達は命懸けでここまで来たのでしょうか。

 目の前では、リュウ先生を初めとした仲間達が跪いています。

 それなのにリモルの重臣達は、私の齎すバフ効果だけを当てにしている。

 こんなことで、私が彼等を臣下にしたいと思える訳が無いでしょう。


「そ、そのようなことを仰られてましても、我らはリモルの――」


 重臣がパオラをチラチラと見て、気にしています。


「そのリモルを守りたいのでしょう?」


 私は奥歯を噛み締めながら、問いを発しました。 

 この期に及んで、何と覚悟の無い男――。


「それは、無論に御座いま――」

「だったら、跪きなさい」


 私の言葉に乗って、強権スキルが発動します。

 皆がざわめきながら、次々と膝を折っていきました。

 それでもまだ、従わない者がいます。

 

「――跪けッ!」

「ヒィッ!」


 私は声を荒らげました。

 それと同時に、スキル強権Aが支配Bに進化しています。


 私は頷きつつ、適当に人々のステータスを見ました。

 概ね、10〜20のステータスアップをしているようです。

 これでリーバに勝てるなら、安いものなのですが……。


「では全員、配置に付きなさい」


 ともあれ、猶予などありません。 

 私はさっそく指示を出しました。

 リモルの重臣や兵は頷き、素早く持ち場へと戻って行きます。

 残ったのは、九人に減ってしまった私達だけでした。

 私達は、相変わらず遊軍です。

 一応は最強の部隊なので、その方が良いでしょう。


 私は椅子から立ち上がって、ラファエルの下に行きました。

 別にもう、君主然として振る舞う必要などありませんからね。


「何か、策はありますか? ここは一つ軍師としてのあなたを、頼りにしたいのですが……」

「一つだけ、あるけれど……」


 ラファエルは頷き、頬を指で掻いています。

 皆の目が、ラファエルに向きました。

 この状況で敵に勝利する術があるという、彼の言葉を皆が待っています。


「敵将を倒すことだ」


 ラファエルの言葉に、皆が落胆しました。

 分かりきった事なのです。それが出来れば、苦労は無い。

 私もラファエルを見つめ、首を左右に振ります。

 あれは、今の私達で勝てる相手ではないのですから。


「無理です。それは一度攻撃を仕掛けたわたくしが、よく知っていますわ」

「……一人では、無理だろうね」

「何人で掛かっても、無理です」

「そんな事は無い。僕達全員で掛かれば、あるいは――」


 ラファエルと私の会話に、ランドが入ってきました。


「そうだ。オークキングの時だって勝てた。今度もやれる」

「無理です。強さが全然違う。――たとえ倒せたとして、何人が生き残れるか……」

「ティファ! そんなことは分かっている! だが、倒せなければ全滅するだけだろうッ!」


 ランドが真剣な眼差しで、私を見つめていました。

 確かに、その通りなのです。


「……ええ」


 私は頷くしか、ありませんでした。


「ティファ……負けると決まった訳では無い。俺達のレベルも上がった。それに今は、お前の臣下となったことで、ステータスも上がっているのだ」


 リュウ先生が、明るく言います。

 務めて、そうしているのでしょう。

 それから私の頭に手をポンと乗せて、微笑みました。


「……やるしかないさ。援軍を待つにしても、な」


 私は頷き、皆を見回します。

 皆も、緊張した面持ちで頷いていました。

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