91話 ヒルデガルド・アイゼル 2
◆
なんや、とんでもない事になっとる。
今、ウチらが暮らすルーヴェの元首府は、上へ下への大騒ぎや。
それもこれも、魔物の巣が国内に六ヶ所も確認されたせいやで。
オトンもずっと眠らず、ひっきり無しにやって来る軍人さんに対応しとる。
せやけど魔物が出始めて二週間近く、まったく吉報が無いねん。
どの戦線の膠着状態やし、それも正確に言えば不利やって話や。
そら六つも同時に戦線を抱えて戦っとるんや、軍隊だってどうもならんで。
そんでウチもオトンに執務室へ呼ばれて、援軍として戦場へ行け言う話になった。
ま、人手不足やな。
そらウチかて元首の娘や、覚悟くらい出来とる。
いっちょ、やったろーやないかい! てなもんや。
連邦学院の制服と鎧を着て、湾口都市同盟元首イェーガー・アイゼルの目の前で敬礼したったで。
「必ずやご期待に応え、巣を壊滅させて参ります!」
どや? 凛々しい娘やろ、オトン。
内心は、めっちゃビビっとったんやけどな。
そういえば、リモルにも巣が出来とるらしいな。
どうせ任務なら、そっちに行きたかったで。
パオラのアホがどうなろうと知ったこっちゃないねんけど、ラファやんの妹――ミカエラが心配やねん……。
なんせ未来の義妹やからな。あっはははははは!
「ん、ヒルダ。頭の毛が揺れているぞ? 何かつまらんことでも考えているんじゃないだろうな?」
「な、何言うとんねん、オトン。ラファやんのことなんて、これっぽっちも考えとらん!」
「そ、そうか。ラファエル君のことか……」
「な、なんで分かったんや? オトン、超能力者かいな!?」
「い……いや。とにかく、行きなさい。お前と話していると、事態の深刻さを忘れそうだ」
「そ、そか? そらエエこっちゃで」
「よくないッ! 早く行きなさいッ!」
「は、はひぃ!」
こうしてウチはオトンから“討魔官”いう役職と、二十人の部下を与えられたんや。
そんで、味方が一番苦戦してる巣へ向かうことになった。
――――
向かった先は、同盟第三の都市シーヨーク。なんも無かったら、綺麗な港町やで。
ここでラファやんと、アバンチュールな恋に燃えたいもんや、ほんま。
それにしても何でラファやん、学院に残ったんやろなぁ。せっかく誘ったのに。
ウチと一緒に来てたら今頃、肉体関係の一つや二つ出来とったで。
そしたら二学期から、ラブラブ学園生活。廊下でチュッ、裏庭でチュ、寮に帰ってイッチャイチャや。
ま、そない妄想しとっても、しゃーないか。仕事や仕事。
シーヨークは東側が海、西が平野部に連なった城塞都市や。
いうても城壁があるのは西側のみ。
東は海だから、万が一の時は鎖で港を封鎖するっちゅう感じやな。
だけどその分、西の城壁は堅牢やで。
分厚い壁と壁の間に、海水を流し込んだ堀があるんや。
堀の幅は五十メートルで、有事の際はワニが大量に放たれる。
だから人が陸側から攻め寄せるんは、ちょっと考えられん作りやな。
けど魔物いうんは、おっかないな。
城壁に巣をベッタリくっつけて、徐々に壁を削ってくるんや。
見た感じは、大きな蜂の巣が壁にくっついてるような……恐いで。
そんでな、ウチは到着してすぐ、巣と対陣している軍の偉いさんの所に挨拶へ行ったんや。
立派な朱色の天幕やで。中には家具や調度も揃っとったな。
すぐに、将軍と呼ばれるおっさんがやって来たで。
流石に元首の娘やから、丁重に扱うんやろな。
ウチ等は机を挟んで、お互いに座った。お茶も出されたで。
「軍は現在、巣をこれ以上拡大させない為、常時攻撃を仕掛けています」
将軍さんは、こないなことを言いよった。
いきなり本題や。
流石に慌てとるんやろな……ウチみたいなモンまで駆り出しとるんやから、当然か。
ま、ウチの方は事情がよう分からんから、頷くしか無いねんけども。
「ほうほう……」
「ですが、これでは時間稼ぎにしかならんのです」
「ふむふむ……」
「そこでお嬢様――いや、討魔官どのにお願い致したいのは……」
「ムムッ!」
将軍は、真剣な眼差しでウチを見つめとった。
この将軍、あと三十歳ほど若かったら、ウチもいけたで。
でもな、六十代は無理や。
いくらウチでも、せいぜい三十代前半までやで……。
「――つまり討魔官どのには、巣をダンジョンとして攻略して頂きたいのです」
「……ひゃい!?」
なんや、おっさんの若い頃を妄想して楽しんどったのに。
アカンて。
無茶やろ。
ウチ、もう出されたお茶、吹き出しそうになってん。
そんで帰ろうとしたわ。
「あかんでー、無理やでー」
言うてな。
なんや、ダンジョンて。
けどウチ、オトンにカッコイイこと言うたやん。
だからなんもせんと、帰れへんねん。
そんでな、「代わりに海側の魔物倒すから、勘弁してくれへん?」って聞いたわけよ。
ああ、そうそう。
海上にも巣があるらしくて、時々でっかい魔物が襲ってくるんやて。
でっかい魔物いうても、一匹なら何とかなると思うやん。
そしたらな、これもヤバいんやて。
これが触手系の魔物で、女が行くとえらい目に遭うらしい。
いや、どっちかっていうとエロい目らしいけど、そらあかんやん。
ウチ、処女はラファやんに捧げるって決めとるし、タコに膜破られたく無いやん?
だって、万が一タコに膜破られてみい?
思い出すたび、タコがイケメンマスクの被って現れるで、ホンマ。
そんな風に思い出、補正したくないわ。
まあ――そんな状態やから、結局は西側にある壁にひっついた巣を壊す事になったんやけど……。
正直なことを言えば、討魔官いうてもウチなんぞお飾り。
部隊に選ばれたのは、名うての傭兵や冒険者や。
彼等に聞いたら、「まあ、イケるだろう」って話やった。
そんでウチも、巣を壊そうって気持ちになったんやけどな。
部隊の中で特に有名なのが、グレイ・バーグマン言う凄腕の竜殺しや。
ビックリしたんが、グレイはんが娘さんを連れて来とったことやな。
「ピクニックやないで!」って思ったわ。
そんで、その娘っちゅーのが学院で一緒のミズホちゃんやったから、二倍驚いたで。
でもあの子、もの凄く強いから居てくれて嬉しいわ。ニアとも、互角に戦うんやないかな?
ただ何言ってるか良く分からんから、脳みその方はお粗末やと思うけど……。
「魔物、倒す、わたし、強くなる」
こんなこと言うとったけど、何でカタコトやねん。
あとグレイはんはルイード君と、その妹のメルちゃんも連れとった。
なんでも、“修行”らしいな。
みんな「ティファニーさまの為に、強くなりたい」――言うてさ。
なんやねん。
ティファやんのこと、羨ましくなるやん……。
◆◆
そないなワケで、ウチら二十人で巣に突入したんは、到着した三日後のことや。
ウチは隊長いうても、お飾りやさかい、大体はグレイはんに任せとる。
実際ウチも初陣やし、そないなことはオトンだって分かっとるわ。
最初からグレイはんに、「ウチの子をよろしく」なんて言うとったしな。
実際、グレイはんは軍に魔物の陽動を頼むと、最短ルートを突き進んだ。
そんでサクっと巣の入り口に辿り着くと、ニコっと笑って親指を立てて見せた。
ほんま凄いで、この人。
ただ問題は、入り口に辿り着いた途端ミズホちゃんが寝よったことや……。
「敵がいない。つまらない。寝る……すぴー」
そのミズホちゃんの頭を獣人化したメルちゃんが齧ってたのは、ちょっとホラーやったで。
「起きないなら食べるよ、ミズホちゃん」
「ほえ? メルちゃん、わたし、おいしい?」
ミズホちゃん、食われても良かったんかい!?
とにかく……齧られて起きたミズホちゃんと一緒に、ウチ等は中へと進んだ。
巣の中は薄暗くてジメジメしとって気持ち悪いけど、それほど広くは無いらしい。
「この程度なら、魔将の巣って訳でもないでしょう。すぐに終りますよ」
グレイはんも、そう言っとった。
これなら今日のうちに終ると考えて、ウチはガンガン進んだんや。
最初に現れたんは、おっきなカブトムシのような魔物やったで。
もちろんこれに喜んだんは――ミズホちゃんやった。
「ヒルダちゃん! おっきなカブトムシだよッ!」
「ちゃうで、それは魔物や」
「カブトムシだよッ!」
「ほならもう、それでええわ。チャチャっと倒してんかー」
「……やだ、捕まえる!」
異様に目をキラキラさせて、黒光りする魔物の背中にヒシッとしがみつくミズホちゃん。
うちかて、いきなり彼女が突っ込むとは思わないやん。
すぐにグレイさんを見上げて、「止めなあかん! 危ないでッ!」って叫んだわ。
けど――杞憂やった。
ミズホちゃんのおっかないのは、ここからやった。
おっきなカブトムシが身体を左右に揺すって、ミズホちゃんを振り落とそうとしたんや。
それで怒ったんやろなぁ……ミズホちゃん。
ミズホちゃん、いきなりカブトムシから離れたと思ったら、背中に背負ってた斧を構えて――ズドン! やで。
おっきなカブトムシの頭と胴体が、バラバラになってもうた。
そんでミズホちゃんは、こう言い放ったんや。
「こんな力の弱いカブトムシ、いらないッ!」
思わずウチも納得しそうになったけど――ちゃうねん。
それ、カブトムシじゃないねん! 魔物やねん! 物理防御300あんねん! なんでそれを粉砕しとんねんッ!
と――ツッコミ入をれようと思った瞬間、ウチ、気付いてもうた。鑑定したんや。
そしたらミズホちゃん、物理防御破壊のスキルもっとった……。
これ、アカンやつやろ。
物理防御破壊されたら、要するに防御が紙になるんやろ?
ヤバ過ぎるやん!? こないな子をティファやんが突撃させたら、アーリアだってやばいで!
しかもイグやんが親友って、ティファやんの周り、どんだけ猛将が揃っとるん!?
さらに驚きなんは群がるカブトムシ型の魔物を、ルイード君もメルちゃんも拳で撃ち抜いとることや。
この二人、正確に敵の柔らかいところを見抜いとるやん!
てことは、弱点看破のスキルを持っとるってことやろ!?
あかんて、あかんて、こないなの! 実質、武力100超えとるって!
こんな感じで、ウチ等は最上階へあっさり到達。
まぁ、ウチは一戦もしとらんけどな……はは。
そんでボスは真っ黒な球体で、魔法攻撃主体の奴やった。
コイツに関しては、流石にミズホちゃんも苦戦すると思うたけど……。
これも杞憂やったわ。
今度は二本の剣を両手で構え、細切れにしよった。
魔法?
なんや知らんけど、あの子、魔法を弾いとったで。
アカン……何でもアリや、あの子。
そんで最終的に黒い球体を、物理的に食いよったからな。
「お腹減ったー!」言うて。
「お刺身ー!」言うて。
「お醤油とってー!」言うて。
いやいや、アカンやろ。
そう思ってミズホちゃんのスキルをもう一度見たら、“補食”なんてのを持っとる。
あー、あー……そういう事やったかー。
結局ミズホちゃん、魔物のボスを食って“幻影化”のスキルを手に入れよったわ。
ちなみに、ウチもお刺身にした魔物のボスを食ったら、まあまあ美味かったで。
身がコリコリしとったわ。
まあ、そんな感じに仕事は終わったんやけど……。
元首府に戻ると、また別の仕事が舞い込んだんや。
リモルに魔将が出たっちゅー話やった。
「魔将? オークキングかいな?」
そう言って笑うウチに、おとんが真剣な目で首を振る。
「いや――それは倒された。別の者が現れたのだ。あれは――マズい。今、各国から援軍が差し向けられている。悪いがヒルダ、討魔官としてリモルの領都へ向かってくれ」
おとんが余りにも真剣だったから、ウチも少し背筋が凍えたわ。
しかも救援要請を出したのが、リュウ先生。
そのパーティーには、ラファやんとティファやんがいるって言うし。
何やっとんのや、あの二人。
こんなん絶対助けな、ウチ、一生後悔するで……。
とにかくミズホちゃん達に事情を話して、もう一仕事してもらわなアカン。
ウチの話を聞くと、ミズホちゃんの目の色が変わった。
「お姉ちゃんが……危ないの?」
「詳しくは分からんけど、かなり強いのが出たらしいで」
拳をメキリと握って、ミズホちゃんが眉を吊り上げとる。
「わたし、お姉ちゃんと離れるべきじゃなかった……すぐ行く」
あない真剣な顔のミズホちゃん、巣の中でも見た事なかったで。
でも、今回はウチも真剣や。
待っててや、ラファやん。絶対死んだらアカンからな。
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