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90話 命懸けですわ

 ◆


 いくつもある会議室の一つに入ると、既にリモル伯とリュウ先生がいました。

 長机を囲むように軍の幹部達も座っていて、全員が緊張した面持ちです。


「この様な攻撃は、初めてだ」

「だが、凌ぐしかあるまい」

「魔将は倒れたのでなかったのか?」

「新たな魔将だろう」


 皆の口から憶測に基づいた現状認識が飛び出し、喧喧囂囂けんけんがくがくとした議論が展開されています。

 しかし残念ながら、どれも解決策ではありません。

 そんな中、パオラはオロオロとして顔面蒼白になっているだけでした。

 

 リュウ先生は、この状況に痺れを切らしたのでしょうね。

 リモル伯の背後に立って、軽く耳打ちしました。

 するとリモル伯は慌てて立ち上がり、皆に命令を下します。

 

「東門の防衛に二百! 兵を集めろッ! 私が直接向かうッ!」


 きっとリュウ先生は、「このままではリモルが落ちる」とでも言ったのでしょう。

 実際、あれ程の魔法を放つ相手です。いつ、そうなってもおかしくありません。


「我々も共に向かいましょう」


 リュウ先生が言い、私達は全員が頷きます。

 既にチームとして、私達は十分に息が合っていました。

 実際、皆が既に制服の上に鎧を着用しています。

 火球の落ちた地点へ向かう準備は、整っていました。


「そ、そうして下さると、助かります!」


 リモル伯の額に、玉の汗が浮かんでいます。

 余程慌てているのでしょう。紳士然とした顔が、恐怖に引き攣っていました。


 私達はリモル伯率いる二百の兵と共に、東門の城壁へと駆け上がります。

 下方を見れば、抉れた壁の内部がドロリと溶けて、赤黒く変色していました。

 それどころか火球は壁の下で、まだ燃えています。

 ゴゥゴゥと唸るような音を立て夜の闇を赤々と照らす様は、この世の終わりを思わせるようでした。


 これは隕石召還メテオストライクですね……。

 火と土と闇系統を混ぜ合わせた、高等魔術です。

 ただ、それだけなら私でも出来ること。

 問題はそれが、六つ飛んで来た――という点です。

 いえ――最初のを合わせれば、七つが八つ。

 私だってこれ程の大魔法、五回も使えば魔力が枯渇しますよ。


 ならば敵は相当なMPを保有し、かつ大魔導S以上のスキルを有している存在、ということになります。

 これは、非常に厄介ですね……。


 赤々と照らされた城壁の下には、無数のゴブリン、オーク、リザードマンが押し寄せていました。

 全て人型である所を見れば、敵が軍として機能していることが分かります。

 今、必至でこちらの兵士達が矢を射かけ、城壁に取り付く敵を排除していますが……。


 私も敵の殲滅に、協力しましょう。

 

雷撃ブリッツッ!」


 凄まじい轟音と共に、亜人達が飛び散りました。


雷撃ブリッツッ!」

雷撃ブリッツッ!」


 次々と雷を落とし、敵を排除していきます。


 それから私は敵の指揮官――魔将の姿を探しました。

 勝てるかどうかは分かりませんが、強力な魔法を放たれると厄介です。

 少なくとも敵の魔法を止められる魔導師がいるとすれば、それは私だけ。

 嫌でも恐くても、やるしかないのです。


「うーん……いませんね」


 唸っていると、目の前に梯子の上部がゴンっと音を立てて現れました。

 そこからワラワラと、短身痩躯の小鬼が現れます。


「うわっ、ゴブリンッ!」


 私は後ずさり、壁に背中をぶつけました。

 ゴブリンに捕まっても、大変な目に遭います。

 奴らも女と見れば、見境ありません。


 確かにゴブリン一匹一匹は、オークと比べ物にならないくらい弱いでしょう。

 でも数が多いので、脅威は変わらないのです。

 すぐにランドが私の前に出て、盾でゴブリンを押し戻してくれました。


「ボヤッとするなッ!」


 ランドは剣を横に薙ぎ、二匹のゴブリンを蹴散らします。

 緑色の肌を斬り裂かれたゴブリンが、首から赤い血を飛び散らせて絶命しました。


「キェェエエエエッ!」


 非常に耳障りな悲鳴が上がり、人を不快な気分にさせます。

 ランドはそのままゴブリン達を押し返し、梯子を押して地面に叩き付けました。

 

 おお……一騎当千。

 というか、ゴブリン相手ですからね……出来て当然かも知れませんが。

 ただ、多勢に無勢といいましょうか……徐々に味方が押され始めました。

 敵の上位個体が現れ始めたことも、原因の一つでしょう。


 ゴブリンロード、オークロード、マスターリザードマン……。


 とくにマスターリザードマンは、竜人の一歩手前。

 こういった強力な敵が中心となっている所から、こちらの前線が崩れ始めました。

 それはまるで、櫛の歯が抜け落ちるように……。


「門を破られてはならんッ! 怯むな……戦えっ……ひっ、数が多過ぎるッ」


 リモル伯の声が、怒声から徐々に悲鳴へと変わります。

 そこにリュウ先生が、冷然とした事実を突き付けました。


「住民を館へ避難させて下さい。ここは――あまり持たないでしょう。あちらで迎え撃った方が賢明だ」

「くっ、しかし!」


 渋るリモル伯爵に、ラファエルも懇願しました。


「お願いします、伯爵閣下! ゴブリンやオークに踏み込まれれば、住民がどうなるか――お分かりでしょうッ! それに現状の兵力を考えれば、都市の全てを守ることは不可能ですッ!」


 そういえば、ラファエルには血のつながらない美しい妹がいますね。

 もちろんゲーム中では彼女も攻略対象なのですが……その妹がオークやゴブリンに襲われると考えれば、彼も気が気では無いでしょう。


「確かに、この勢いでは……そうするしかあるまいな……」


 リモル伯も仕方なく頷き、住民を城へ入れるよう指示を出しました。


 さて――ここからはどれだけ時間を稼げるか、ですね。

 

 ◆◆


 魔物はまたも隕石召還メテオストライクを使ってきました。

 

「ティファッ!」

「分かっていますわッ!」


 リュウ先生の声を聞くまでもなく、私は魔術詠唱の並列展開を完了させています。

 といって、私の並列限界は四。

 相手が同時に六つの魔法を放つなら、全てを迎撃出来る訳ではありません。

 でも幸い、敵の狙いは一点に絞られていました。

 たとえ六つが同時に放たれても、狙いが一つなら何とかなります。

 

 狙いは――門でした。


 赤い光球が天空から炎の尾を引き、門へ迫ります。


「動かざる大地に非理を申す者なり。我が言に従いて、硬き岩盤よ天を穿てッ! ――岩壁フェースワンドッ!」

岩壁フェースワンドッ!」

岩壁フェースワンドッ!」

岩壁フェースワンドッ!」


 手の平と臍を口に変えて、私は同じ呪文を四つ詠唱しました。

 門の前に壁が現れ、それが前後に連なっていきます。

 あとは敵の破壊力が勝つか、岩の防御力が勝つかですね。


 轟音と共に岩壁にぶつかった隕石は、その都度、爆散していきます。

 同時に壁も抉られ、崩れ、やがてどちらも消え去りました。

 最終的に隕石の一つが門に当たり、赤々と燃え広がります。

 この炎は水系統、“大瀑布”の魔法を使って何とか消し止めました。


「ティファ、大丈夫かい!?」

「……とは言えませんが、何とかッ!」

「僕も手伝おうか?」

「ラファエル、あなた大魔導のスキル、持っていますか?」

「いや――魔導Sだね」

「だったら邪魔です、あなたは雑魚の相手でもしていなさい」


 むぅ……ラファエルに心配されてしまうとは。

 実際、私は後れをとっていますからね。

 本当にここは、長く持たないでしょう。


「リュウ先生。わたくしも限界ですわ……住民の避難、急いで下さい」


 リュウ先生に言うと、彼も無言で頷いていました。

 ラファエルが私の側に来て、マジックポーションを手渡してくれます。

 

「ありったけ、という訳にはいかないけれど……住民が避難出来るだけの時間は稼いで欲しい」

「そんなの、分かっていますわッ!」


 ラファエルの真剣な横顔が、煤で汚れています。

 爆風を浴びて、こうなったのでしょう。

 今、この場で戦っている大半の者が、こんな有様でした。


 ――――


 夜が明けてきました。

 東の空が薄らと白み始め、魔物の軍勢が退いていきます。


 住民は全て館の中へ避難したと、リモル伯が伝えてくれました。

 もう門は破られましたが、町中への侵攻をギリギリの所で食い止める。

 そんな戦いを、繰り広げていたのです。


 幸いというか――敵味方が入り乱れる状況となったので、大魔法が降ってくることは無くなりました。

 魔将としては、優しいですね。

 魔族などというのは、だいたい味方ごと平気で撃ち抜いてくるものなのに……。

 それとも、そこまでする必要がなかったとか?

 だとしたら、舐められたものですね。

 

 兵士達の撤退を見届けてから、私はマジックポーションを立て続けに飲みました。

 それから皆に集まってもらい、転移魔法を唱えます。

 皆で館の広間に辿り着くと、全員が大の字になって横になりました。

 もう、限界だったのです。

 それを震えながら見ていたのが、ひょろ長い柳のような男――パオラ・リモルでした。


「あなた――ずっとここにいましたの?」


 寝ながらパオラに声を掛けると、彼は引き攣った顔で答えました。


「い、いや……その……助けに行こうと思ってはいたのですが……」


 身体に合わない銀の鎧を着て、大剣を両手で抱きながら震えるパオラの姿に、私は溜め息を吐きました。

 といって、文句を言う元気もありません。


 館の内庭から、ガヤガヤと声が聞こえてきます。

 避難した住民が、あれやこれやと騒いでいるのでしょう。

 ラファエルが立ち上がり、何処かへ向かいます。

 きっと、妹を捜しにいったのでしょうね。無事だと良いのですけれど……。

 

 

「皆さん、少しお休み下さい――今、館の中には民を含めて一万以上が居ります。その中から戦える者を集め、この状況を何とか凌ごうと思います……」


 リモル伯が床にへたり込みつつ、言いました。

 彼も相当疲れているはず。

 だけど自分の領地なので、何とか気力を振り絞っているのでしょうね。


 リュウ先生は床に座ったまま、頷きました。

 それと同時に、提案をしています。


「リモル伯……各国に援軍を求める使者を出して下さい。飛竜がいれば、それで」

「しかし、飛竜を出しては戦力が低下します」

「これは――尋常ではない。すぐにも援軍が来なければ、到底持たないでしょう……」


 珍しく、リュウ先生が弱気な事を口にします。

 ですがこれでは、正直仕方が無い。

 確かにもう、私達だけで状況を打開出来る程、事態は甘くないのでしょう。

 そのことは、昨夜の戦いでよく分かりました。


 と――私の記憶はここで、一端途切れます。

 魔法を使い過ぎたことと、徹夜が堪えたのでしょう。

 

 次に目を覚ましたのは昼過ぎで、それも敵の魔法が齎した轟音によって――でした。

お読み頂き、ありがとうございます。


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