89話 大変ですわ
◆
リモル伯の館は、なかなかに瀟酒な作りです。
幾つもの尖塔を持つ石造りの建物は、館と呼ぶより城でしょう。
堅牢でありながも芸術的なデザインは、間違い無く名工の手によるもの。
廊下と内庭の間に並んだ円柱にも、様々な紋様が彫り込まれています。
それはここ、大浴場も同様でした。
薄らと夕日の刺し込む浴場は、幾つもの円柱に囲まれた作り。
浴槽の中央には水瓶を担いだ裸婦像があって、水瓶の口から湯が注がれています。
実のところ数日前まで、浴場は使用禁止だったのだとか。
けれど魔物の侵攻が止まった為、再開の許可を出したそうです。
――と、いうか。
これは巣を破壊した私達に対する、リモル伯の労いでしょう。
上位者に媚び諂うだけの男だと思いましたが、そうでは無かったようですね。
皆に分け隔てなく浴場を解放しているところを見れば、そんなに悪い人じゃ無さそうです。
それなのに息子のパオラときたら、ラファエルを随分と見下して……最低ですね。
とはいえ、それはそれ、これはこれ……。
私はドナの背後に回り、柔らかなおっぱいを揉みしだきます。
これは義務です。お風呂と言えば、おっぱい。おっぱいと言えば揉む。
もちろん自分のおっぱいを揉んでも良いのですが、流石に見飽きてきました。
となれば親友が揉んだおっぱいを揉むのは、これ親友として当然の務め。
やらねばッ!
フニフニ……。
「おほーッ! 良いですわねぇ! これを夜ごとラファエルが揉んでいるとはッ!」
「ちょっと、ティファ! 何をするのよッ! 流石に夜毎じゃないわッ! やめてッ!」
頭の上で纏めたオレンジ色の髪を揺らし、ドナが抗議しています。
が、しかし――ここでやめてなるものか。
このような僥倖、滅多にありません。
私は心を鬼にして、ドナの胸にある突起を摘みます。
つまみ、つまみ……。
「えーいッ!」
「ひゃんッ!」
「オマエら、何しとんねん。五月蝿いわ〜」
そんな私達を、冷たい視線で見つめる者が一人。
赤毛のショートカット。ジュリアですね。湯煙の中、頭に布を乗せています。
彼女はランドの過去の女――とはいえ、今はスコットと良い感じの筈……。
「いえ、いつもラファエルが揉んだり摘んだり吸ったりしている胸が、どんなものかと思いまして」
「へぇ」
言いながら、ジュリアが近づいてきます。
「ラファやん、どんな胸揉んどるんや?」
「ひぇっ……」
「あら、ジュリア。あなたもドナを調べますか? じゃあ、身体検査ですわね」
「どこ触ったろかなぁ〜……ひっひっひ」
「下も確認しないと……あら、けっこう毛深い……」
「ちょっと、ティファ! やめてよッ! あんっ!」
私はジュリアとの共闘を確認し、ドナに身体を密着させて、彼女の足を開きました。
私、だんだん楽しくなってきましたよ。
この百合百合しい感じ、大好きです。
とか思っていたら、いつの間にかジュリアが私の後ろに回り込んでいました。
「なに言うとるんや、ティファやん。ウチがするんは、あんたの身体検査や。どや、もうランドに揉まれたんかッ!? なあ!?」
「あひゃッ!?」
モミモミモミモミ……あっ……ジュリアって凄く上手……。
などと思っている場合じゃありません。
私は身体を入れ替え、ジュリアの背後に回ります。
そこでバシャリとお湯が跳ねました。
お湯が緑色の髪を濡らし、ポタポタと滴っています。
濡れた草の様な髪の下には、プルプルと唇を震わせる大魔神がいました。
雑草ババァこと、カレン・スミノフです。
「ちょっと、いい加減にしてよねッ!」
はい、怒られました。
仕方なく私達は湯船に並んで座り、「ふぅー」と息を吐きます。
「ジュリアのせいで、わたくし怒られましたわ」
「ウチのせい!? ティファやんが変な事しとったからやろ!?」
「五月蝿い!」
「ほら、また怒られましたわ。年をとると、怒りっぽくなるのですわね」
「あんたね! 二つしか年、違わないでしょッ!?」
カレンの剣幕に、三人で肩を竦めました。
皆が無言になると、裸婦像の水瓶が落とすお湯の音が妙に目立ちます。
“ジャバババ――”
「オークキング、倒せて良かったね」
あまり嬉しく無さそうに、ドナが言いました。
彼女の目は、裸婦像が落とす湯をずっと追っているようです。
「そうですわね」
私は頷き、瞼を閉じました。
キャメロン先生が、ここには居ない。
皆の心に去来する思いは、きっと同じでしょう。
だからこそ、口には出さない。
そういうことです。
「本当に、終わりなんかな? この静けさが恐いんやけど……」
「――ちょっとジュリア、恐いこと言わないでよ」
「いや、でもな――カレン」
ジュリアがカレンに向き直り、眉を顰めています。
三人並んだ私達の正面に、カレンは座っていました。
「考えてもみい、魔将を失ったからって、魔物はそない簡単に退くか? 統制を失っただけならわかるで? でもこれ、何か変やろ?」
言われてみれば――ですね。
全員の顔が引き攣っています。
「まだ魔物がいると言うのなら、戦うしかないじゃありませんか……」
私は立ち上がって、言いました。
あまり長湯というのも好きじゃありません。
それに、夕食の席で諸々のことを話し合う予定です。
今ここで何を話し合っても、それは結論なき議論。意味など無いでしょう。
場合によっては、いたずらに不安を煽るだけとなる。
「そうね、そうだよね」
私に続いて、ドナが湯船から上がりました。
ほんのり朱に染まった白い肌が、「ウホッ」って感じですね。
他の二人も頷き、私に同意してくれます。
「そういうこと、か」
「せやな」
結局のところ魔物は私達にとって絶対の敵で、倒さなければなりません。
これは太陽が東から登って西へ沈むようなもので、今の私達では変えようのないこと。
怖がろうと嘆こうと……戦う他に道が無いのです。
それを教えてくれたのが、他ならぬキャメロン先生なのですから。
◆◆
夕食です。
何故か私はお誕生日席でした。
それ自体は良いのですが、なぜ右にリモル伯、左にパオラが居るのです?
こんな風に挟まれては、気分が悪いのですよ。
長いテーブルの前に、皆が並んでいます。
席順は身分に従っているのでしょう。ラファエルとドナが私から見て、一番遠くにいました。
私は子豚の丸焼きの中から色々と取り出し、モッキュモッキュと頬張ります。
主に肉ですね。私は今、肉を喰らう獣になりました。ガオー。
それにしても子豚、つぶらな目ですね。黄金色に焼けていても、まだ可愛らしさがあります。
人とは何と残酷なのでしょうか。死体に食べ物を詰めて焼くなど、実に猟奇的な料理ですよ。
ま、美味しいから良いんですけど。
もっきゅもっきゅ……。
それにしてもこれ、少し辛みのある味付けで美味しいですね。
お肉も脂が乗っていてジューシー! 帰らなくて良かった!
リモル伯とリュウ先生は先ほどから熱心に、色々と語り合っています。
それを横目にしていたら、隣のパオラがサラダを取り分けてくれました。
なにやら赤っぽいサラダです。
ビーツ、ポテト、ニンジン、ピクルス……こんなものが入っていますね。
ピクルスは少し苦手なのですが……。
「あら、パオラ。わたくしの下僕になりたいのかしら?」
「げ、下僕!? ……ではありませんが……その……ティファニーさまを我が居城にお招き出来て、光栄に思っています」
「そうですか。でも、別に来たくて来た訳じゃありませんし」
「そうおっしゃらず……幾日でも滞在して頂いて結構ですので、ごゆるりと」
「いいえ。もう二学期が始まります。いえ――始まっているのでは? ですからわたくし、早く戻りたいですわ」
「学院など――ティファニーさまであれば、別に行かずとも良いでしょう。我ら貴族は、何事も下々にやらせればこと足ります」
「そのようなことだから、あなたは自分の力で国を守ることすら出来ないのです。少しはラファエルを見習いなさい」
この言葉で、ようやくパオラが黙りました。
その代わり、ラファエルを射るような目で見ています。
私は軽くラファエルに舌を出して見せ、肩を竦めました。
「悪ぃな!」
口だけを動かし、ラファエルに伝えます。
「はいはい」
やはりラファエルが、口だけを動かして答えました。
――と、ドナがつまらなそうな顔で、目を伏せます。
ああ……まあ、彼氏が自分以外の女と仲良くしていれば、そうなりますか……。
私はラファエルから目を逸らし、魔物について話すリュウ先生に目を向けました。
ドナを悲しませるのは、本意じゃありませんからね。
「――数日調査して何事も無ければ、引き上げようと思います」
「宜しくお願い致します。その際はパオラも伴って頂ければ、有り難いのですが」
「もちろん責任を持って、ご子息をお預かり致しましょう」
結局リュウ先生は、キャメロン先生について一言も触れませんでした。
この伯爵が救援を求めなければ、死なずにすんだキャメロン先生。
だけどそれを、彼のせいにするのは酷でしょう。
そう思えばこそ、リュウ先生は何も言わないに違いありません。
でもね、巣の一つも潰せないような国家なんて、ある意味あるのでしょうかね。
ふぅ……可哀想なリュウ先生。
「ティファ……ところでお前は、食べ過ぎだ」
「ファッ!?」
せっかく同情していたのに、いきなりツッコミ入れるたぁ、リュウ先生はどういう了見でしょう。
私は口に詰め込んだ肉団子を飲み込み、目を吊り上げて文句を言いました。
「ここまで救援に来たのです。いくら食べても罰は当たらないでしょうッ!」
「だからといって、それは俺の肉団子だ……勝手にとるな」
「ファッ!?」
「まあまあ、料理は沢山ありますので、ご心配なく」
ほら、リモル伯も言っています。大丈夫なのですよ!
が――伏兵が現れました。
「ティファ。太るぞ」
白いお皿に乗ったステーキを丁寧に切り分けながら、私を一切見ずに言うランド。
ぷるぷると……私の身体が震えます。
「ま、俺はティファがどれだけ太っても、変わらぬ愛を誓うだけだが……」
皆の視線が、私とランドに注がれました。
ああ、恥ずかしい! 顔が瞬く間に赤くなっていきます。
私は慌てて席を立ち、「ごちそうさまでしたッ!」と言って与えられた部屋に戻りました。
別に男の為に体型を保ちたいとか、そんなことは一切思いません。
けれど……でも……。
――――
暫く悶々として寝台に横たわっていると、窓から妙な明かりが差し込みました。
今はもう日も暮れて、大分経っています。
既に皆も食事を終えて、与えられた部屋に戻っているでしょう。
といって、まだ朝日が昇る時間ではありません。
だとすると、あの光は一体何でしょうか。
窓辺に寄って、遠方の空を眺めました。
また、明かりが見えます。
それは、赤い大きな玉でした。
岩石を燃やした様な、炎の尾を引き空を飛ぶ赤い玉。
巨大な魔力を感じます。それが六個……。
あれは、とてつもなく禍々しい。
足が、知らぬ間に震えています。
赤い玉は夜空を斬り裂き、やがて城壁にぶつかり弾けました。
“ドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォオオオオオオオオオン”
轟音と共に、衝撃波が襲ってきます。
髪が衝撃波で靡き、私の頭を後ろに引っ張りました。
爆風で、そのまま私も倒れてしまいます。
開け放った窓が、バリンと音を立てて割れました。
私は咄嗟に頭を抑え、踞ります。
「……魔法ッ!」
分かったのは、その位。
すぐ廊下に出ると、皆もバタバタと姿を現しました。
「魔将の仕業だ……あれは……オークキングなんて目じゃない。災厄だ……」
「え? でも巣が崩れたのに」
「巣なんて、いくらでも作れるよ、ドナ……」
「そんなっ……」
ドナがラファエルの腕を掴んで、震えています。
彼等は同じ部屋から出て来たので、まあ――そういう事だったのでしょう。
「それが魔将というものだ……くそッ!」
ラファエルが下唇を噛み、ドナの肩を抱きながら眉間に皺を寄せています。
ここでじっとしていても、何も解決しません。
急いで私達はリモル伯の下へ行き、対策を練る事にしました。
どうやら事態は想像より遥かに悪い方向へ、転がり出してしまったようですね……。
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