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88話 選びませんわ

 ◆


 翌日、目を覚ますと既にネストの崩壊が始まっていました。

 ネストはボスが倒されると、消えて無くなると言われています。

 その現象が今、まさに目の前で起きていました。

 

「あら、あら、あら?」


 崩落してくる天井を見つめながらボンヤリしていると、ランドがそれを剣で弾いてくれました。

 

「ティファ! 脱出の魔法を頼めるかッ!」

「ええ、まあぁ……ふわぁ〜……」

「おいッ! 欠伸なんかしていないで、急いでくれッ! 崩れるぞッ!」


 余りにランドが急かすものですから、仕方なく急いで皆をネストの外へ転移させます。

 あ、お馬さんも一緒ですね。ひぃ、大変。

 正直、結構な魔力を食いますから、転移魔法はあまり使いたくありませんのに……。

 せっかく休んでも、これでは意味がありませんよ。はぁ。


 外に出ると、目の前でネストが崩れていきます。

 それはダイナマイトで発破された建造物のようにゴゴゴゴ……と音を立て、粉塵を巻き上げて落ちていく。そんな感じでした。

 舞い上がった砂煙が、辺りに充満しています。


 けれど何故でしょう――布で口や鼻を覆いながらも、皆、ネストの崩落を見つめていました。

 勝った、と実感しているのかも知れません。

 あるいはキャメロン先生に、別れを告げているのでしょうか。


 こうしてネストは崩落しました。


 それからリュウ先生は全員の無事を確認し、崩れ去ったネストを背に出発を命じます。

 朝食はそれぞれ、馬上で摂るように――とのことでした。

 まぁ、急ぐ旅ですしね。それに崩壊したネストの側にいても、良い事はありません。


 リュウ先生が、手に小さな袋を持っています。

 それをそっと、大切そうに懐へしまいました。

 あれは、キャメロン先生の灰を入れた袋ですね。

 リュウ先生は昨日、少しだけ残ったキャメロン先生の灰を集め、小さな袋に入れていました。


 私は昨夜遅く、彼がその作業をしている所を見てしまったのです。

 彼は誰にも見られないような時間を選び、作業をしていたのでしょう。

 私は昼間の興奮から、ちょっと目が冴えて眠れなかっただけですが……。

 それで、そのままリュウ先生と色々な話をしました。


 お陰で私は眠たいのですけれど、リュウ先生ってば元気ですね……。

 と……思ったら先生も「行くぞ」なんて言いながら、欠伸を噛み殺していますよ。


「ふふふ……先生も寝不足ですわね」

「ああ……昨日は付き合わせて悪かったな」

「いいえ、とんでもない。キャメロン先生との馴れ初めを聞けて、楽しかったですわ」


 そう――私は昨日、リュウ先生とキャメロン先生の馴れ初めを聞いたのです。

 最初は生意気だったキャメロン先生が、あっさりとリュウ先生にデレる話は面白かったですね。

 それにリュウ先生もツンデレです。

 ずっと好きだったのに、なかなか言えなかったなんて……。


 だからこそ、リュウ先生の言葉は重みを持っていました。


「好きな相手が、いつまでも生きているとは限らない」


 今のリュウ先生にこんなことを言われたら、誰だって納得しますよ。 

 それから彼は、私にこう言いました。


「ラファエルもランドも――今日死んだとて、おかしくはなかった」

「そうですわね」

「お前もいつまでもフラフラしていないで、どちらかを選んでやればどうだ?」

「どちらか? コンソメかのり塩なら――コンソメでしょうか」

「うむ、俺は二十歳を過ぎてから、薄しおの良さに気がついた」

「薄しおを食べるなら、海苔が付いている方がお得かと思いまして……」

「……ティファ、ポテチの話ではない」

「あら?」

「ラファエルとランドのことだ。お前自身は、どちらに惹かれている?」


 私は腕を胸の下で組み、自分の膨らんだ双丘に目を落とします。

 質問の意味は、この胸をどっち男に揉ませてやるか? ということでしょう。

 むろん、どちらも有り得ぬこと。これは私のおっぱいで、自分専用のモビル○ーツです。

 だから、他人を乗せる気なんてサラサラありません。


「いえ、わたくしはどちらとも……それにラファエルは、ドナと付き合っていますもの」


 暗闇の中で薄らと見えるラファエルとドナを指差し、私は言いました。


「ほら――見て下さい、ラファエルの手。きっと今頃、指をトロットロの穴に挿入して、グリグリ掻き回しているのですわ」

「ティファ……欲求不満か?」

「むう? わたくし、鼻の穴のことを言っていますのよ。ドナ、風邪気味ですからね……ほら、今も鼻をズズッって」

「……ティファ、俺もお前のトロットロの穴に挿入していいか……」

「や、やめなさい、リュウ先生! 天上界ヴァルハラでキャメロン先生が見ています。生徒に鼻フックなど、やってはいけませんッ!」


 少しだけ私の鼻に指をひっかけ、リュウ先生が止まりました。


「ふご……美貌のわたくしに、何と言うことを……」

「本当にお前は、キャメロンとよく似ているよ。意味の分からん上から目線。けれど己が不利になれば、途端に愛くるしい。男が放っておかん訳だ」

「考察はどうでも良いので、わたくしの鼻を解放して下さい。このままではわたくしの愛くるしい顔が、豚さんになってしまいますわ」


 リュウ先生は頷き、再び地面に座りました。指を布で拭ったのが、地味に傷つきます。

 私、鼻水、出ていたのでしょうか……。

 リュウ先生の視線が、ラファエルとドナに向かいました。

 

「ま、確かに奴らの仲の良さは否定せんが……」


 実際、ラファエルとドナは一つのマントにくるまって、仲良く寝息を立てています。


「ラファエルがドナの願いを叶えてやっているだけ――と、俺には見えるがな」

「ドナの願い……?」

「ああ。ドナはラファエルのことを一途に想っているからな」

「それは、分かりますわ。わたくしも彼女には、ぜひ幸せになって貰いたいと思いますもの」

「だがな――それがラファエルの幸福と結びつくか、と考えれば、どうだ?」

「どうだ? と言われましても――一途に女の子から想われて、嫌な気はしないでしょう」

「うむ。他に誰も、好きな女がいなければ、な」


 無言で俯く私の肩越しにラファエルを見つめ、リュウ先生が言葉を続けます。


「ラファエルの奴はな、自己犠牲の精神が強い。自分の感情を押し殺しても、彼女に奉仕するだろう」

「そ、そこまで崇高な男でもないでしょう――ラファエルは。だいたい、自己犠牲で女の子とヤッちゃうとか、それは酷いと思いますわ」

「ま、そう言われればな……だが、近頃のお前とラファエルは随分と親しそうだ。となると、差し出がましいことは承知でも、お前達の気持ち――いや、ラファエルのお前に対する気持ちというのが、どうも気になる」

「それなら、ご心配なく。わたくしと彼は、あくまでも親友ですわ」


 まあ、私が男だとラファエルにはカミングアウトしていますからね。

 そのことを知らなければ、確かに仲の良い男女と見えたりもするでしょう。

 

「ふむ――だとすると、お前はランドの方が好きなのか」

「え”?」


 なんでそうなる? と言いたいですね。

 どちらも無い――という選択肢を、リュウ先生は私に与えてくれないのでしょうか。

 だいたい彼も、私が男だと知っている。

 けれど気にせずグイグイくるから――それで少し、いいかなと思うだけで……。


「奴も良い男だぞ……好きならさっさと受け入れてやれ。失ってから後悔するより、余程良い」

「リュウ先生、受け入れろって意味、分かってて言ってますわよね? 教師が生徒に、お、お、おせっせを勧めるとは、どういう事ですかッ!?」

「くっくっく……暗闇でも分かる。随分と顔が赤いぞ、ティファニー・クライン?」


 そう言って私の頭を軽く撫で、リュウ先生は横になりました。


「赤くないですわッ!」

「まあ、怒るな。キャメロンなら、こう言うだろうなと思っただけだ。誰を好きになるのかは、個人の自由。だが今――お前は彼等に愛されている。選ぶ事も出来るし、選ばんことも出来る。だが、人は人の想いに応えることが喜びにもなろう。それを知って欲しいだけだ。さ、もう寝ろ……明日も早いぞ」

「想いに応える――ですか……」


 その後、私はまあ――なんとなくランドの横に行きました。

 想いに応える、というのとは少し違いますけれど、彼を避けるのも可哀想なので……。


 お陰でさっき守って貰えたのですから、結果オーライですね。

 彼の近くにいなければ、今頃私は崩落した岩の下敷きですよ。

 それを防いだのだからランドの側で寝る事は、私にとって吉なのです。

 ええ、吉だったのです!


 ◆◆


 リモルの領都タッスルに到着したのは太陽が西に傾き、空に紫色の帳が降りて来た頃でした。

 タッスルは人口一万人。周囲をぐるりと壁に囲まれた城塞都市です。


 街道から見たところ、タッスルに攻め寄せる魔物の姿はありません。

 それどころか、周囲に散らばるのは魔物の死体ばかり。

 勝利の跡と言われれば、納得しそうな程です。


 こうして私達は何事も無くタッスルの西門に辿り着き、門衛に用件を告げました。

 もちろんすぐに門が開き、リモル伯の館へと招待されます。


 道中、町並みは至って平穏。

 出歩く人は流石に少ないですが、それはまだ厳戒態勢にあるからでしょうね。

 ラファエルが少し実家を気にしていたようですが、行くのは明日にしたようです。

 

「任務の方が大切だから」


 こんな風に言うラファエルを、ドナが褒めていました。

 何ですか、このバカップルは。


 領主の館は、小さな丘の上にありました。

 背後が川で、それを利用した堀が館の周囲を覆っています。

 つまり敵に攻め込まれた場合の最終防衛ラインがここ、という事でしょう。

 

 館の門番にラファエルが話しかけると、あっさり門が開きました。

 どうやら、彼等は顔見知りだったようですね。

 もちろんリュウ先生も、懐から学院の紹介状を出しました。

 これなくして勝手に門を開ければ、門番も懲戒免職になるでしょうからね。


 館の広間に通されると、リモル伯が自ら出迎えてくれました。

 彼の隣には、息子であるパオラの姿もあります。

 戦時下だというのに鎧も身に着けず、二人ともきらびやかな衣服を身に着けていました。


「これはこれは、ティファニーさま! よくぞ、このような辺鄙な街に駆け付けて下さいましたッ!」


 リュウ先生への挨拶もそこそこに、リモル伯が私の手をとります。

 彼は褐色の口髭を蓄えた紳士的な男性で、物腰は柔らか。決して他者に悪意を抱かせる人柄では無さそうですが……。

 でも――だからと言って、これは違うでしょう。これじゃ私が指揮官みたいですからね。


 パオラの方はラファエルに片膝を付かせて、「遅かったではないかッ!」などと言っています。

 リモル伯の態度も気に入りませんでしたが、これには明確な怒りを覚えました。

 背だけがヒョロヒョロと高いのも、私の怒りを倍増させます。

 ナニコレ、生理的にムリ? という感じでしょうか。


 そんな訳で怒った私はリモル伯から手を離し、リュウ先生に言いました。


「魔物は去ったようですし、わたくし達の任務も終わりましたわね。であれば、こんな所に長居は無用――と存じますが?」

「……ふふっ」


 リュウ先生は苦笑しつつも、私の意図を察してくれました。

 ギロリとパオラを睨み、たじろがせています。

 そしてラファエルの腕を掴み、立ち上がらせました。


「パオラ。我らは急いで馳せ参じたのだが、遅かったかな?」

「い、いや、先生に言った訳では……」

「それからラファエルは、お前の臣下と決まった訳では無い。彼程の者なら、八大列強の君主も声を掛けるだろう。

 彼がもしも列強の軍師となって、なお今日の恨みを忘れずば――魔物と言わず、そちらに攻め込まれることも有り得るぞ」


 バオラがラファエルを見て、顔をトマトのように赤くしています。

 恋でなければ、きっとあれは怒りでしょう。

 すぐに彼は踵を返し、去って行きました。

 

 リモル伯はそんな息子に眉根を寄せて、リュウ先生に頭を下げています。


「不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ございません。息子には言って聞かせますゆえ、何卒ご容赦を」

「なに、あれも教育の一環です。君、君たらずんば臣、臣たらず――理解できねば、ご子息が困るでしょう」

「それは、確かに……ところで問題の魔物に関してですが、夕食の席で、詳しくお話をさせて頂ければと存じますが……」

「こちらはそれは構いませんが、よろしいのですかな?」

「はい。何しろオークキングを討ち取って頂いたからには、既に問題は解決したも同然」

「ふむ……」

「ですから夕食までの間、暫しお寛ぎ下さい。部屋をそれぞれご用意致しております――皆さまお疲れでしょうし、浴場も使えるように致しましたので、そちらも是非お使い下さい」


 あっ!?

 ご飯とお風呂が付いていました。これは、すぐに帰ったら損ですね。

 ブチキレなくて良かったです。あはっ。

お読み頂き、ありがとうございます。


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