85話 過労死しますわ
◆
ラファエルのやつ、策がある――なんて言いやがったじゃないですか。
確かに巣を、この少人数で落とすには策は必須ですよ。
――でもね。私、思うのです。
どうしてアイツの策は、私ばっかりを酷使するのかと!
もうこれ、いじめの領域ですよ! 虐待ですよ!
アイツは公爵令嬢たる私を、いったい何だと思っているのですか!
「頼むよ、親友」
そういって私の肩をポンと叩いた、アイツの笑顔が恨めしいです。
死んだら絶対、呪ってやるんですからねッ!
という訳で私は今、一人で巣上空八百メートルの高度を飛行中。
真下には蚊型や蜂型の魔物がブンブンと飛んでいます。
ラファエルの馬鹿によれば、虫型の魔物は地上から五百メートル以上の高さは飛べないとのこと。
なので虫型に対する安全マージンなら十分に確保出来ている高度ですが……鳥型とかいたらどうするんですか。
私、食べられちゃいますからねッ!
まあ、文句ばっかり言っていても仕方がありませんし、仕事をしましょう。
ここから下方へ向け、毒の霧をパララ〜ッと散布します。
これね、もうキャメロン先生の形見を使えば、ちょちょいのちょいなんですよ、私クラスの大魔導師であれば!
さて、下の方を見ると――うんうん。
魔物達が穴から随分と出て来ています。
そりゃあ、当然ですね。
魔物と云えども、余程の毒耐性がなければ辛いでしょう。
まあ、この毒霧で死ぬことはありませんが……。
何と言っても、キャメロン先生が生きている可能性を考慮していますからね。
あっ、飛行型の魔物も散っていきます。
これなら私が殺される心配は無さそうですね。良かった、良かった。
と、ここまできたら、次は煙幕です。
さっさと呪文を詠唱しましょう。
「世界に散りし水の精、我の下に寄り集まりて、雷を起こす雲とならん――黒雲招来」
はぁ……魔法使うの面倒くせぇですね……。
両手を広げて闇の魔女よろしく、私は黒い靄の塊を身体の前に集めていきます。
それはさながら、積乱雲のよう。
これをギュギュッと凝縮して、下方にバーンッ!
ほーら、巣が闇に覆われましたよ。
霧の中に黒色を混ぜて、魔物達の視界を奪うのです。
どうですか、私の大魔法は。
どいつもこいつも、戦慄して逃げ散るが良いのです。あははっ!
……と、準備は万端。
今頃ラファエル達は馬で、黒雲を隠れ蓑にしながら巣へと向かっていることでしょう。
私も高度を下げて、彼等に合流するとしますか。
それにしても、疲れましたよ。
ほんっとラファエルのヤツ、私の魔力を無尽蔵だと思ってるんじゃないでしょうね……。
◆◆
私の馬は、ランドが一緒に引いていました。
フワリと馬の背に乗って、私も皆と一緒に巣へ向かいます。
それと同時に神官見習いのスコットに、“防毒”の魔法を掛けてもらいました。
まさか自分の魔法で苦しむなんて、そんな無様を真似を私がする訳がぁあ――ゲフォオオッ、ブフォオオオッ!
「ぢょっど! ズゴッドッ!」
「駄目だって、ティファ! 魔法の効果が出るまで少し掛かるから、その間は息を止めていてくれよッ!」
「ぞういうごどは……先に言いなざい……!」
何と云う事でしょう。
息を吸ったら、喉が焼ける様に痛かったです。
しかも鼻水やら涙やらが止まりません。
辺りを見れば、巣から逃げ去る魔物達も、あらゆる場所から液体を垂れ流しています。
私としたことが、なんと凶悪な魔法を使ったのでしょう。ひぃぃ……。
「ティファ……」
「何ですか、ラファエル! その哀れな生き物を見るような、慈悲深い目はッ!」
「だって……まさか自分の魔法に自分で掛かるなんて……」
「う、うるさいですわッ!」
言いながら、私は辺りの魔物を見てみます。
うん、やっぱり色んな場所から体液を出していますね……。
オーク達は、涙、鼻水、おしっこ……などなど。
私も鼻水、涙と大惨事です。
なんか、不安になってきました。
まさか私、お漏らしとかしていませんよね?
ラファエルのヤツ、おむつがどうとか言っていましたし……軍師がそう言うなら、もしかして私はッ……!
ちょっと、股の辺りを触って確認を……。
おし、大丈夫! 濡れていません!
そんな私を、じぃっとランドが見ていました。
「ティファ……」
ランドのヤツ、何だか鼻の下を伸ばしています。
視線が私の股の辺りに注がれていますね……。
別に変なことをしていた訳じゃないのに、嫌な感じです。
「ランドッ! この変態ッ! 何ですか、そのエッチな目はッ!」
ともあれ、こうして逃げ散る魔物に逆走し、毒霧と煙に紛れて私達は巣に接近しました。
ラファエルの策とは、つまりこういう事だったのです。
彼は私に魔法で敵を弱体化させ、煙幕で混乱させるよう言いました。
もちろん私だって、どうしてそんな風にするのか聞きましたよ?
そうしたらラファエルは、こう答えました。
「巣の中は、入り組んだ通路になっている。つまり入ることさえ出来れば、大群に襲われることはないんだ」
「でも大半の魔物を追い出して、魔将も逃げ出してしまったらどうするのです?」
「それは、それで良いさ。魔物がキャメロン先生を連れて逃げる筈が無い。彼女が生きていれば、簡単に助けられるだろう」
「なるほど」
「でもね、ティファ。巣を統率する存在は、巣が攻められた際、決して逃げることは出来ないんだ」
この話を聞いて、私は納得しました。
そりゃ迷宮にボスがいないなんて、有り得ない話ですからね。
実際、ゲーム中で現れた巣には、必ずボスがいたものです。
ただ、その場合のボスは、決して全てが魔将という訳では無かったと思うのですが……。
「制約があると?」
「そうだね」
私の言葉に、ラファエルも頷きました。
「じゃあ、ここには必ずオークキングが居る、という訳ですわね。でも、キャメロン先生がいないという可能性はあるんじゃ……?」
「いないということは……あまり考えたく無いね。ともかくキャメロン先生を運び込むとしたら、位置的に、ここ以外には考えられない」
そんな訳で私は「死ぬ程ではない毒」を撒き、煙幕の如き黒雲を呼び寄せた、という訳です。
――――
朦々とした煙を掻き分け、私達はようやく巣の入り口に辿り着きました。
「思いの外、広いな」
リュウ先生が巣の入り口を見回し、口にしました。
確かに、大きな洞窟といった広さです。馬で進んでも、問題は無さそうですね。
中は不思議な青白い光があって、暗さは感じません。
ただ、流石に魔物の巣だけあって、嫌な感じはします。
それを敏感に感じ取っているのか、馬達が怯えて立ち止まりました。
ドナの馬は、棒立ちになったりしています。
「先生、馬を置いて行きますか?」
カレンが問います。
けれど先生は首を左右に振って、「いや」と言いました。
「万が一のとき、機動力が無いでは困る。ギリギリまで馬で行こう」
一同が頷き、先へ進みます。
学院でも習いましたが、巣に巣食う魔物は、階を登るにつれて強くなります。
また、最上階が主の部屋と、相場が決まっていました。
それは、この世界がエロゲーに準じた世界だからでもあるでしょう。
巣は城であると同時に、迷宮でもあるのです。
私はそっと、ステータスを確認しました。
良かった――迷宮モードです。
万が一これが城攻戦モードであれば、私達の兵数は十人。
確かに一人一人が武将クラスの力を持っていますが、到底城など落とせません。
私がホッと安堵の息を吐いた所で、敵に遭遇してしまいました。
安堵している場合じゃなかったようですね。
リュウ先生の鋭い声が響きます。
「敵だッ、散れッ!」
このクサレ魔物め。私がホッとした瞬間を狙うとは! 許せません!
今日の虎徹は血に飢えている……。
私は腰の剣に手を伸ばしました。
魔力はなるべく、温存したいのです。
疲れてヘニャヘニャは、もう嫌ですからね。
そこへ、リュウ先生の冷たい言葉が発されました。
「備えろ、ガスクラウドだ」
はい、物理ムリー。効かなーい。
私の口から、魂と魔力とやる気がポワンと抜けていきます。
「ティファ、構えろッ! 死にたいのかッ!」
ランドが私の前に出ました。
健気にも、庇う体勢です。
いや、その……やりますけども……。
敵は、ソフトクリームを逆さまにした様な形です。
色は緑色と朱色、黒いのも居ました。
大きさは、馬と私達を合わせた位ですね。結構なサイズです。
それぞれフワフワとした身体の真ん中辺りに、黄色く光る玉が見えました。
目……でしょうか?
でも、こういう展開って、だいたい私が損な役回りになるんですよね。
ほら……案の定ラファエルが私を見て、ニヤリと笑いました。
「ティファ、出番だよ」
「ラファエル……あなたねぇ、わたくしを召喚獣か何かと勘違いしていません?」
「いいね。ティファが召喚獣だったら、僕は無敵になれる――まあ、ちょっと間抜けな召喚獣だけれども」
「――おいッ!」
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