84話 形見ですわ
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バーフットに辿り着くと、門の前に窶れた顔のウィリアムとメルカトルが立っていました。
まあ、ズタボロの門を見れば、中の様子は大体分かります。
ここも魔物に襲われたのでしょう。彼等自身も、何かがあったと言わんばかりです。
ですが、そんな事を気にするランドではありません。
「ようッ!」
ランドは元気に片手を挙げて、挨拶をします。
空気を読まないことにかけて、彼は天才的ですね。
ウィリアムとメルカトルは苦笑して頷き、「皆が待ってる」と言いました。
ランドが「俺、なんか悪いことしたか?」なんて首を傾げています。
私は溜め息と共に、彼に教えて上げました。
「悪いのは、あなたの頭ですわ」
なんで知的な髪型をしているのに、こうまでアホなのでしょうね……ランドって。
ウィリアムとメルカトルに続いて門を潜ると、すぐに街の惨状が目に入ります。
ラファエルは沈鬱な表情を浮かべ、唸っていました。
そりゃあ故国の街が荒らされれば、気も滅入るでしょう。
「住民は……全滅したのか?」
「いや、生きている人もいるよ。皆、酷い目に遭っているけれど……」
ラファエルの問いに答えるメルカトルのマッシュルームカットも、いまいちツヤがありません。
その後、少し行ったところで皆と合流を果たしました。
馬を繋いでから小さな民家に入ると、疲れ果てた表情のジュリア、スコット、カレンの三人が床に座り込んでいました。
「この家の皆様方は?」
私の問いに答えたのは、ジュリアでした。
「死んだらしいで、全滅や」
普段の彼女からは考えられないくらい、暗い声です。
その声に比例してか、まだ昼間だというのに部屋の中は随分と薄暗い。窓から差し込む光に埃が照らされて、ユラユラと輝きを発しながら、たゆたっています。
それが時の流れを緩慢に見せ、奇妙な倦怠感を室内に齎していました。
「ご苦労だったな、お前達。まずは休め」
部屋の奥から、リュウ先生の声が聞こえました。
流石に彼は、普段通りのようです。
あ、でも普段なら紫ババァが彼に張り付いているのですが……見当たりませんね。
「おーい、紫ババァ?」
「ティファ! そんな呼び方しちゃダメよ!」
呼ぶと、ドナが慌てて私の口に手を当てます。
ラファエルも疑問に思っていたのか、首を傾げて質問をしました。
「……キャメロン先生は?」
カレンとジュリアが私達をギロリと睨みます。
「死んだ……」
リュウ先生が、あっさりと言いました。
ドナは口をあんぐりと開けています。
私は部屋中を探しまわり、彼女が霧にでもなっていないかと確認をしました。
――でも、いません。
「リュウ先生。この状況で、その冗談は笑えませんわ」
私はリュウ先生の前に立ち、問い質します。
「……笑う必要は無い。事実だからな」
リュウ先生はオークキングと戦ったことを、淡々と語ってくれました。
奴等を撃退するには、キャメロン先生が命を賭ける他無かったのだと、教えてくれます。
「――全ては、俺の浅はかさが招いたこと……万全の状態で挑めば、勝機は十分にある相手だったのにな……」
知らず、私の頬を涙が伝っていました。
「先生……」
キャメロン先生は、「来年になったら魔導科に来ないか?」と私を誘ってくれました。
別に大貴族の子弟だからと言って、帝王学科に進む必要な無いと、私に別の道を示してくれたのです。
それは私の――「君主になりたくない」という願いを汲んでの提案でした。
リュウ先生が私に、一本の杖を投げて寄越します。
杖は先端に紫水晶が嵌っていて、中に髑髏が埋め込まれていました。
「キャメロンの形見だ、欲しければ使え。不要なら捨てろ」
「え……え?」
間違い無く、キャメロン先生の杖です。
「キャメロンの死体は見つからなかったが……それはあった」
「そういう事ではなく……なぜ、わたくしに……?」
「キャメロンは――お前と同じく魔導師だった。しかもお前は、アイツを凌ぐ才能を持っている。そのことは、アイツも認めていた――もっと色々教えたいと言っていた」
私は杖の髑髏を見つめました。なんだかニヤリと笑った気がします。
というか――既に私の魔力が杖に流れ込んでいました。
これはどちらかと言うと、呪物です。
「おいー!」と思ったものの――杖から逆流する魔力はキャメロン先生の暖かさを持っていました。
まあ、キャメロン先生に呪われるなら悪くはありませんね。ぐすんっ……。
「――そうですか。でしたら、有り難く頂戴致しますわ」
「……うむ」
私は杖を腰に差し込み、ポンと軽く叩きました。
気だるい沈黙が訪れます。
ランドが手持ち無沙汰に、私の杖を見ていました。
「ん? この髑髏、喋ってないか?」
「え? そんな事はないでしょう?」
「ん〜? さっき動いていたと思うんだけどなぁ……」
◆◆
その後、私達は方針を決めました。
リュウ先生は「お前達は引き返せ。後はおれ一人でやる」なんて言っていましたが、だれ一人賛成する者はいません。
確かに、キャメロン先生を失ったのは痛手です。
しかし、だからと言って全てをリュウ先生に押し付ければ良い、というものではないでしょう。
それで、私は言ったのです。
「水臭いですわ!」
この一言により満場一致。皆でリモルの領都を目指すことが、再び決まりました。
私、偉いですね。もっとみんな、ホメてくれてもいいのですよ?
ただ、ここからはリモル領ということで、イーサン王子とはお別れです。
「今後も力を貸したいが、流石に王子が勝手に他国の手伝いは出来ない」とのこと。
実際、リモル伯から正式な要請もありませんし、要請があったとして、ムーントリノも彼を派遣はしないでしょう。
もちろん私も言ってやりましたよ。
「どうせゲジマユ王子がいた所で、足手まといですわ。あなたは自宅に帰ってケツ毛でも毟っていれば良いのです! ファーハハハハハハッ!」とね!
そうしたらイーサン王子、目に涙を溜めて去って行きましたよ。あははっ。
「痛っ! ランド! どうしてわたくしを殴るのです!」
「ティファはもっと、人の心を知れ。キャメロン先生だって亡くなった……これが今生の別れになるかも知れないんだぞ……」
まあ――正直な所、私はこの世界がゲームだと思っています。
だから誰が死んでも、すぐに立ち直れるというか……そんなものだろうと……考えていました。
ただ、ランドの真剣な眼差しを見ると、やはりキャメロン先生の息遣いを思い出します。
仮にここがゲームの世界だとしても彼等には彼等なりの生活があり、未来があって……ぐすんっ……。
「あ……ごめん、ティファ。痛かったか?」
「いいえ……わたくしの方こそ、少し物事を甘く考えていました」
こうして私達はイーサン達に別れを告げ、半ば廃墟となったバーフットの先へ、進む事にしたのです。
「ところで、先生。聞きにくいんだが、キャメロン先生の死体はどうなったと思う?」
廃墟となったバーフットの街路を歩きつつ、本当に聞きにくいことをランドがリュウ先生に聞きます。
でも確かに、死体が見つからなかった――というのは気になりますね。
それにオークキングの死体はどこでしょう?
彼等が全滅したというのなら、辺りにあってもおかしく無いはずですが……。
「……知らん」
「そんなことは無いよな、先生。予想は付いてんだろ?」
ランドが馬を寄せ、リュウ先生に詰め寄りました。
「ちょっと、ランド、やめなさい! こんな時にッ!」
私はランドの足を蹴飛ばし、止めに入ります。
「こんな時だからだ、ティファ。もしもオークキングが生きていて、キャメロン先生を捕えたのなら――」
「言うな、ランドッ!」
リュウ先生がランドを睨みます。
その眼光は、彼を射殺さんばかり。
私も「あっ!」と気付きました。
オークキングは食欲と性欲の化け物。
もしもキャメロン先生が生きていたとして……。
万が一捕えられてしまったのなら、きっと大変な目に遭っているでしょう。
むしろ、生きていた場合の方が悲惨です。
「……先生は、キャメロン先生が生きている可能性も考えてるんだろ? 生きているなら、助けたいんだろ? だから一人で巣に乗り込むつもりだったんだろ? リモルのことを放っておいてでもッ!」
リュウ先生は答えません。
代わりに、ランドが言葉を続けました。
「なあ、先生。俺にも手伝わせてくれよ」
「なっ……ランドッ!」
「いいじゃねぇか、先生。どうせリモルの領都を救うには、巣を潰すしかねぇんだし」
「……ただ潰す訳じゃない。キャメロンが居るか、確認しなきゃならん」
「だから、入ればいいんだろ? 巣に」
「……」
何も答えないリュウ先生の目に、キラリと光るものがありました。
そして全員、今の会話を聞いています。もちろん、私も――。
だれも、このランドの意見に反対する者はいませんでした。
何より、キャメロン先生がどれほど悲惨な目に遭っていようと、生きているなら助けたい。
仮にそうでなくても、仇は討ちたいのです。
皆の意思は、本当に一つになりました。
ラファエルも、「仕方が無いね……」と言って頷いています。
こうして私達は領都へ行く前に、魔物の巣を潰すことに決めたのです。
まあ、先に巣を潰せば、リモルを救うのと同じ事。ちょうど良いでしょう。
巣も、バーフットと領都の中間にありますしね。
――――
暫く進むと、それらしきものが見えてきました。
私は遠くに見える黒い塊を指差し、リュウ先生に問います。
「あれが、巣ですか?」
「そうだ」
巣は、こんもりと盛り上がった岩山のよう。
そこは無数の穴があいていて、蜂型の魔物や蚊型の魔物、クロウラーなどが、ひっきりなしに行き来しています。
「随分と魔物、多いですわね」
「そうだな」
「……」
「どうした、ティファニー・クライン?」
やっぱり十人で巣を落とすなんて、無茶かな〜と。
私の背中を、冷や汗が伝います。
「さ、帰りましょう。これを潰すには、戦略兵器が必要ですわ」
私が馬首を翻すと、ランドが手綱を奪いました。
「ティファ、トイレか?」
「違います! トイレに戦略兵器など、ありませんわッ!」
うっかり、馬首を戻してしまいました。
これでは逃げられません。だからもう、私は半べそでラファエルに聞きました。
「何か策はあるのですかッ! 策はッ!」
「うん、あるよ。でも――」
「でも?」
「でも――ティファが怯えて漏らした場合の、おしめはないかな」
「も、もも、漏らしませんわッ! あなた、セクハラですわよッ!」
「あはは……まぁ、冗談はともかく、大丈夫。策はあるから」
「そ、それなら良いのですわ。まったく――」
頼もしいラファエルの言葉です。
私は頷き、拳を突き上げました。
「さあ行きますわよ! 醜い豚野郎どもッ!」
「ティファ、それは僕に言っているのかい?」
「オークのことですッ! ラファエル! あなた最近、生意気ですわよッ!」
お久しぶりです!
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