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84話 形見ですわ

 ◆


 バーフットに辿り着くと、門の前にやつれた顔のウィリアムとメルカトルが立っていました。

 まあ、ズタボロの門を見れば、中の様子は大体分かります。

 ここも魔物に襲われたのでしょう。彼等自身も、何かがあったと言わんばかりです。

 ですが、そんな事を気にするランドではありません。


「ようッ!」


 ランドは元気に片手を挙げて、挨拶をします。

 空気を読まないことにかけて、彼は天才的ですね。

 ウィリアムとメルカトルは苦笑して頷き、「皆が待ってる」と言いました。

 ランドが「俺、なんか悪いことしたか?」なんて首を傾げています。

 私は溜め息と共に、彼に教えて上げました。


「悪いのは、あなたの頭ですわ」


 なんで知的な髪型をしているのに、こうまでアホなのでしょうね……ランドって。


 ウィリアムとメルカトルに続いて門を潜ると、すぐに街の惨状が目に入ります。

 ラファエルは沈鬱な表情を浮かべ、唸っていました。

 そりゃあ故国の街が荒らされれば、気も滅入るでしょう。


「住民は……全滅したのか?」

「いや、生きている人もいるよ。皆、酷い目に遭っているけれど……」


 ラファエルの問いに答えるメルカトルのマッシュルームカットも、いまいちツヤがありません。

 

 その後、少し行ったところで皆と合流を果たしました。

 馬を繋いでから小さな民家に入ると、疲れ果てた表情のジュリア、スコット、カレンの三人が床に座り込んでいました。


「この家の皆様方は?」


 私の問いに答えたのは、ジュリアでした。


「死んだらしいで、全滅や」


 普段の彼女からは考えられないくらい、暗い声です。

 その声に比例してか、まだ昼間だというのに部屋の中は随分と薄暗い。窓から差し込む光に埃が照らされて、ユラユラと輝きを発しながら、たゆたっています。

 それが時の流れを緩慢に見せ、奇妙な倦怠感を室内に齎していました。


「ご苦労だったな、お前達。まずは休め」


 部屋の奥から、リュウ先生の声が聞こえました。

 流石に彼は、普段通りのようです。

 あ、でも普段なら紫ババァが彼に張り付いているのですが……見当たりませんね。


「おーい、紫ババァ?」

「ティファ! そんな呼び方しちゃダメよ!」


 呼ぶと、ドナが慌てて私の口に手を当てます。

 ラファエルも疑問に思っていたのか、首を傾げて質問をしました。


「……キャメロン先生は?」


 カレンとジュリアが私達をギロリと睨みます。

 

「死んだ……」


 リュウ先生が、あっさりと言いました。

 ドナは口をあんぐりと開けています。

 私は部屋中を探しまわり、彼女が霧にでもなっていないかと確認をしました。

 ――でも、いません。


「リュウ先生。この状況で、その冗談は笑えませんわ」


 私はリュウ先生の前に立ち、問い質します。


「……笑う必要は無い。事実だからな」


 リュウ先生はオークキングと戦ったことを、淡々と語ってくれました。

 奴等を撃退するには、キャメロン先生が命を賭ける他無かったのだと、教えてくれます。

 

「――全ては、俺の浅はかさが招いたこと……万全の状態で挑めば、勝機は十分にある相手だったのにな……」


 知らず、私の頬を涙が伝っていました。


「先生……」


 キャメロン先生は、「来年になったら魔導科に来ないか?」と私を誘ってくれました。

 別に大貴族の子弟だからと言って、帝王学科に進む必要な無いと、私に別の道を示してくれたのです。

 それは私の――「君主になりたくない」という願いを汲んでの提案でした。


 リュウ先生が私に、一本の杖を投げて寄越します。

 杖は先端に紫水晶が嵌っていて、中に髑髏が埋め込まれていました。


「キャメロンの形見だ、欲しければ使え。不要なら捨てろ」

「え……え?」


 間違い無く、キャメロン先生の杖です。


「キャメロンの死体は見つからなかったが……それはあった」

「そういう事ではなく……なぜ、わたくしに……?」

「キャメロンは――お前と同じく魔導師だった。しかもお前は、アイツを凌ぐ才能を持っている。そのことは、アイツも認めていた――もっと色々教えたいと言っていた」


 私は杖の髑髏を見つめました。なんだかニヤリと笑った気がします。

 というか――既に私の魔力が杖に流れ込んでいました。

 これはどちらかと言うと、呪物です。

「おいー!」と思ったものの――杖から逆流する魔力はキャメロン先生の暖かさを持っていました。

 まあ、キャメロン先生に呪われるなら悪くはありませんね。ぐすんっ……。


「――そうですか。でしたら、有り難く頂戴致しますわ」

「……うむ」


 私は杖を腰に差し込み、ポンと軽く叩きました。


 気だるい沈黙が訪れます。

 ランドが手持ち無沙汰に、私の杖を見ていました。


「ん? この髑髏、喋ってないか?」

「え? そんな事はないでしょう?」

「ん〜? さっき動いていたと思うんだけどなぁ……」


 ◆◆


 その後、私達は方針を決めました。

 リュウ先生は「お前達は引き返せ。後はおれ一人でやる」なんて言っていましたが、だれ一人賛成する者はいません。 

 確かに、キャメロン先生を失ったのは痛手です。

 しかし、だからと言って全てをリュウ先生に押し付ければ良い、というものではないでしょう。

 それで、私は言ったのです。

 

「水臭いですわ!」


 この一言により満場一致。皆でリモルの領都を目指すことが、再び決まりました。

 私、偉いですね。もっとみんな、ホメてくれてもいいのですよ?


 ただ、ここからはリモル領ということで、イーサン王子とはお別れです。

「今後も力を貸したいが、流石に王子が勝手に他国の手伝いは出来ない」とのこと。

 実際、リモル伯から正式な要請もありませんし、要請があったとして、ムーントリノも彼を派遣はしないでしょう。

 もちろん私も言ってやりましたよ。


「どうせゲジマユ王子がいた所で、足手まといですわ。あなたは自宅に帰ってケツ毛でも毟っていれば良いのです! ファーハハハハハハッ!」とね!

 

 そうしたらイーサン王子、目に涙を溜めて去って行きましたよ。あははっ。


「痛っ! ランド! どうしてわたくしを殴るのです!」

「ティファはもっと、人の心を知れ。キャメロン先生だって亡くなった……これが今生の別れになるかも知れないんだぞ……」


 まあ――正直な所、私はこの世界がゲームだと思っています。

 だから誰が死んでも、すぐに立ち直れるというか……そんなものだろうと……考えていました。

 ただ、ランドの真剣な眼差しを見ると、やはりキャメロン先生の息遣いを思い出します。

 仮にここがゲームの世界だとしても彼等には彼等なりの生活があり、未来があって……ぐすんっ……。


「あ……ごめん、ティファ。痛かったか?」

「いいえ……わたくしの方こそ、少し物事を甘く考えていました」


 こうして私達はイーサン達に別れを告げ、半ば廃墟となったバーフットの先へ、進む事にしたのです。


「ところで、先生。聞きにくいんだが、キャメロン先生の死体はどうなったと思う?」


 廃墟となったバーフットの街路を歩きつつ、本当に聞きにくいことをランドがリュウ先生に聞きます。

 でも確かに、死体が見つからなかった――というのは気になりますね。

 それにオークキングの死体はどこでしょう?

 彼等が全滅したというのなら、辺りにあってもおかしく無いはずですが……。


「……知らん」

「そんなことは無いよな、先生。予想は付いてんだろ?」


 ランドが馬を寄せ、リュウ先生に詰め寄りました。


「ちょっと、ランド、やめなさい! こんな時にッ!」


 私はランドの足を蹴飛ばし、止めに入ります。


「こんな時だからだ、ティファ。もしもオークキングが生きていて、キャメロン先生を捕えたのなら――」

「言うな、ランドッ!」


 リュウ先生がランドを睨みます。

 その眼光は、彼を射殺さんばかり。

 私も「あっ!」と気付きました。


 オークキングは食欲と性欲の化け物。

 もしもキャメロン先生が生きていたとして……。

 万が一捕えられてしまったのなら、きっと大変な目に遭っているでしょう。

 むしろ、生きていた場合の方が悲惨です。

 

「……先生は、キャメロン先生が生きている可能性も考えてるんだろ? 生きているなら、助けたいんだろ? だから一人でネストに乗り込むつもりだったんだろ? リモルのことを放っておいてでもッ!」


 リュウ先生は答えません。

 代わりに、ランドが言葉を続けました。


「なあ、先生。俺にも手伝わせてくれよ」

「なっ……ランドッ!」

「いいじゃねぇか、先生。どうせリモルの領都を救うには、ネストを潰すしかねぇんだし」

「……ただ潰す訳じゃない。キャメロンが居るか、確認しなきゃならん」

「だから、入ればいいんだろ? ネストに」

「……」


 何も答えないリュウ先生の目に、キラリと光るものがありました。

 そして全員、今の会話を聞いています。もちろん、私も――。


 だれも、このランドの意見に反対する者はいませんでした。

 何より、キャメロン先生がどれほど悲惨な目に遭っていようと、生きているなら助けたい。

 仮にそうでなくても、仇は討ちたいのです。

 

 皆の意思は、本当に一つになりました。

 ラファエルも、「仕方が無いね……」と言って頷いています。

 こうして私達は領都へ行く前に、魔物のネストを潰すことに決めたのです。

 まあ、先にネストを潰せば、リモルを救うのと同じ事。ちょうど良いでしょう。

 ネストも、バーフットと領都の中間にありますしね。


 ―――― 


 暫く進むと、それらしきものが見えてきました。

 私は遠くに見える黒い塊を指差し、リュウ先生に問います。

 

「あれが、ネストですか?」

「そうだ」


 ネストは、こんもりと盛り上がった岩山のよう。

 そこは無数の穴があいていて、蜂型の魔物や蚊型の魔物、クロウラーなどが、ひっきりなしに行き来しています。


「随分と魔物、多いですわね」

「そうだな」

「……」

「どうした、ティファニー・クライン?」


 やっぱり十人でネストを落とすなんて、無茶かな〜と。

 私の背中を、冷や汗が伝います。


「さ、帰りましょう。これを潰すには、戦略兵器が必要ですわ」

 

 私が馬首を翻すと、ランドが手綱を奪いました。


「ティファ、トイレか?」

「違います! トイレに戦略兵器など、ありませんわッ!」


 うっかり、馬首を戻してしまいました。

 これでは逃げられません。だからもう、私は半べそでラファエルに聞きました。


「何か策はあるのですかッ! 策はッ!」

「うん、あるよ。でも――」

「でも?」

「でも――ティファが怯えて漏らした場合の、おしめはないかな」

「も、もも、漏らしませんわッ! あなた、セクハラですわよッ!」

「あはは……まぁ、冗談はともかく、大丈夫。策はあるから」

「そ、それなら良いのですわ。まったく――」


 頼もしいラファエルの言葉です。

 私は頷き、拳を突き上げました。


「さあ行きますわよ! 醜い豚野郎どもッ!」

「ティファ、それは僕に言っているのかい?」

「オークのことですッ! ラファエル! あなた最近、生意気ですわよッ!」

お久しぶりです! 


更新の無い間もブクマ、評価、ありがとうございました!

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