表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/130

82話 リュウ・イー・チェン 1

明けましておめでとうございます!

 ◆


 リモル領最西端の街バーフット。

 そこは壁に囲まれた、人口二千人ばかりの小さな街だった。

 俺は生徒達を率いて、街の大手門を見上げている。生徒達も唖然としていた。


「なんや、これ……」


 ジュリアの飲み込む唾の音が、聞こえてくる。


「陥落したということだ」

「先生ッ! じゃあ、中の人はどないなっとるん……!?」

「生存者がいるかも知れないし、全滅かも知れない。入ってみない事には、分からんな」


 赤毛で小柄なジュリアは、男子生徒から人気が高い。

  というより彼女の気さくな人柄は、誰からも好かれるのだろう。黒目がちな愛くるしい彼女の瞳は、まるでリスを思わせる。


 時折、三白眼で睨んだり、毛虫でも見る様な目で他者を見下すティファニー・クラインとは、対極かもしれない。


 今も唇を噛む彼女の左右を、ウィリアムとスコットが挟んでいる。どちらも気を惹きたくて、必至なのだろう。

 しかしジュリア自身はランドが好きなのだと、物知り顔のキャメロンから聞いた。

 当のランドはティファニーに執心というのだから、だれも報われない話だ。

 

 それは、ひとまず脇に置くとしよう。今はこの地が問題だ。

 この、ひび割れ打ち破られた門では、バーフットが外敵を阻むことは出来ない。

 それどころか、中は既に魔物の巣窟となっているだろう。

 実際、門衛の代わりに現れたのは、蚊を大きくしたような虫型の魔物だった。


 “ブーン”


 響く羽音は耳障りで、生徒達は瞬間的に耳を押さえている。

 しかしそれが油断出来ない敵である事は、大きさを見れば一目瞭然だ。

 虫は人間の子供ほどの大きさ。それが群れを成して飛べば、脅威である。

 まして細長い口の先は、極太の針。刺されば最後、致死量の血を奪われ、絶命するのだ。

 

「抜剣ッ!」


 指示を下すと同時に、俺は弓を構えた。立て続けに二矢を射て、最初の敵を射殺している。

 それから剣を構え、周囲を伺った。


 虫型の魔物を相手にしたとき、武術は効率が悪い。

 そもそも武の真髄は、人体を破壊することにある。

 しかし関節を折ったり、骨の隙間を狙い、臓物を破壊する――こういった技術が、虫型の魔物には通用しない。

 何しろ奴等には痛覚が無いのだ。だから壊れた手足を振り回して戦うし、内臓が破壊されても、全ての機能が失われるまで気付かない。

 だったら、武器を使った方が効率が良いというものだ。


 次々に現れる蚊型の魔物は、二十匹にも達した。


 まぁ、だからと言って俺が魔物に弱いという話ではない。

 俺は武術科の主任だ。あらゆる戦い方に精通している。

 剣も槍も弓も――苦手な武器は無いのだ。

 

 指示に従って、ウィリアムは剣を構えた。

 メルカトルは短槍を回転させつつ、俺の前に馬を進める。


「こんな奴等、俺達だけで十分です」

「……さよう、ここは拙者に、あッ、お任〜せ〜あ〜れ〜!」


 メルカトルとウィリアムが、更に前へと進んだ。

 それにしてもウィリアムの芝居がかった口調は、どうにかならないだろうか。非常に面倒だ。

 もしかして、アレでジュリアの気を惹いているつもりか? だったら逆効果だぞ……。


「プッ……ウィーやん、最高やんなぁ! ププッ!」


 あ、ウケてる。案外これでいいのか? 最近の若い奴等は、よく分からん。


「神の加護をッ!」


 スコットが防御力強化の魔法を唱え、全員の身体が白く輝いた。

 と、同時にジュリアのチャクラムが舞い、二匹の魔物の頭を刈り取っている。

 あとはメルカトルとウィリアムが、数を競う様に魔物を倒していった。


 敵を片付けるまでに掛かった時間は、十分弱。

 バーフットの街を破壊された怒りもあったのだろうが、皆、見事なものだった。

 

 ――――


「あら、お見事」


 バーフットの門を潜ったところで、キャメロン・ルーが拍手をする。

 今回、彼女は何もしなかった。

 もちろん危険があれば、いつでも魔法を放つ構えではいたのだ。

 しかし生徒達の戦いは、見ていて惚れ惚れする程に安定したものであった。


 まあ――敵はモスキートロードだ。

 レベルも20に達していないし、ケーニヒス学院の生徒に掛かれば、こんなものだろう。

 しかし、ここの守備隊にすれば、荷が重かったはずだ。そう思ったからこそ、キャメロンは思わず拍手をしたのだろう。


 大体において、レベル15を超える人間は稀だ。

 これを超える者は、それだけで武将となる素質がある。

 そしてケーニヒス学院の入学基準は、レベル15に達すること。

 年齢ではない――つまり、そういうことなのだ。


 全員の顔に、まだ余裕が見える。

 先日、反乱軍と戦ったことで、腹をくくったのだろう。

 それに今、モスキートロードと戦ったことも、良い経験となった。


 とはいえ、壁の中はやはり廃墟が広がっている。

 瓦礫の溢れた街路、三分の二を失った屋根、血を吸われて乾涸びた死体が散乱していた。

 クロウラー退治に行った者を宿で待とうと思っていたが、そういう訳にはいかないようだ。これで宿が通常営業をしていようものなら、それこそ悪魔が主人であろうから。


「ここからは、戦場だと思え」


 俺の言葉に、生徒達は無言で頷いた。皆、良い顔をしている。

 暫く目抜き通りと思しき道を歩くと、物陰から音が聞こえた。

 素早くカレンが弓を向けると、中年の男が手を挙げている。


「あんたら、人間……だよな?」


 薄汚れた服を着た、平民風の男だ。腰帯に棍棒を差している。


「そこで何をしている?」


 鋭い誰何の声を発し、カレンは弓を引き絞った。


「ひぇっ……!」


 馬上で弓を構えられれば、それだけで威圧的だ。中年男は狼狽え、後ずさって尻餅をついた。

 人間に化ける魔物もいると、カレンには教えてある。彼女はその事を思い出し、表情を引き締めているのだろう。


「しょ、食料を探していたんだ! し、仕方ないだろうっ!」


 キャメロンがカレンの腕に触れ、弓を下ろすよう伝えた。

 きっと鑑定を使ったのだろう。相手が人間であれば、牽制する必要も無い。


「街の生き残りね? まだ大勢いるのかしら?」


 微笑を浮かべて、キャメロンが問う。男はオドオドとして、首を縦に振った。


「あ、あんたら、一体何なんだ? 魔物の仲間だったら――」


 男は怯えながら、キャメロンを見上げている。

 ああ、キャメロンの顔か。

 彼女の紫色の唇は、いかにも悪魔を思わせる。

 ルー家の魔術特性を考えれば仕方の無い容姿ではあるが――家と縁を切りたい彼女にしてみれば、随分と不愉快だろうな……。


 ――――


 俺とキャメロンが出会ったのは、もう十年も前になる。

 俺が三年生の時、彼女がケーニヒス学院へ入学してきたのだ。


 彼女は当時の代表だった。

 頭脳明晰、眉目秀麗な侯爵家の令嬢。まったく、俺とは釣り合う部分が何一つ無い。


 それでも俺と彼女が話すようになったのは、生徒会があったからだろう。

 当時の俺は会計担当で、一年生の委員長達と接する機会は、当然ながらあった。


「武闘科なんて、何の役に立つのか全然分からないわ」


 会うなりキャメロンは俺に、こんなことを言ってきた。

 俺は当時、武こそが最強だと考えていたし、正直に言えば今でもそう思っている。

 しかし彼女は、魔導の大家たるルー家の令嬢だった。

 今思えば、本心からそう思っていたのだろう。

 だから俺がイラッとした目を向けると、不思議そうに首を傾げていた。


「魔法こそ、己の命一つ救えんのだな……」


 そう返した俺は、彼女の首筋に手刀を付けていた。殴らなかったのは、彼女が女だったからだ。地位や身分は関係無かった。そして、こう付け加えた。


「俺がその気なら、お前の頭は胴体に別れを告げていたぞ。これが武闘科の意味だ」


 キャメロンの唇は、当時から紫色だった。

 その唇を震わせて、彼女は消え入りそうな声で言った。


「無礼な――」と。


 けれど以来キャメロンは、何かと俺に話しかけてきた。

 武闘科の意味について話し合ったことはアレ以来無いが――今の彼女なら俺の手刀を防ぐ程度のことはするだろう。

 そういう成長をしたということは、彼女の立ち居振る舞いからも良く分かる。

 

 キャメロンが卒業する頃、俺は既に講師となっていた。

 その頃の俺は、多分キャメロンに夢中だったと思う。けれど駆け出しの講師が、生徒を口説くなど出来る訳もなく――ましてや相手は大貴族の令嬢だ――だから何も言えず、何も伝えられず――ついに卒業式の日を迎えたのだ。

 

 きっとキャメロンは、魔導王国に帰って名家に嫁ぐのだろうと思っていた。

 だから彼女が学院に残った時は、驚いたものだ。

 お互いの気持ちを確かめるのに、さらに二年。俺達は足踏みをした。

 

 俺の家とルー家は、まったく釣り合わない。

 それが俺に、告白を躊躇わせた理由だ。

 彼女にもそれが分かっていたから、何も言えなかったらしい。

 けれどある日――なけなしの勇気を振り絞って、俺は聞いた。 

 それは彼女がいつも、長期休暇を学院で過ごす理由だ。

 彼女は、こう言った。


「実家に帰れば、縁談の話が進んでしまうわ。でもここに居れば、リュウ先生がいるから……」


 俺は彼女を無言で抱きしめた。彼女も拒まなかった。

 けれど俺の力では、彼女をルー家から自由にしてやることが出来ない。

 それに紫色の唇が、彼女とルー家の絆をどうしたって可視化してしまうのだ。

 愛しくもあり、恨めしいキャメロンの唇。それはルー家の力を現す、毒魔の象徴だった。

 

 だが、この任務が終われば俺は英雄となるだろう。そのときには、ルー家にも俺の名が轟く。

 これ以上、彼女との関係を曖昧には出来ない。

 俺と彼女がこの任務を引き受けた理由は、これだ。

 俺は英雄となって、ルー家に認められる必要がある。


 しかしだからといって、生徒達を危険な目に遭わせるつもりはない。

 俺とキャメロンこそ、学院で最強だ。これも、間違いの無い事実なのだから。


 ――――

 

 尻餅をついたままの中年男に、俺は名乗った。


「ケーニヒス学院から来た、リュウ・イー・チェン。リモル領における、魔物討伐の任を受けた者だ」


 男の目が輝き、頬の肉が緩んだ。尻の埃を払って立ち上がる。

 

「本当ですか?」

「嘘を吐く理由など、無い。今もそこで――モスキートロードを倒してきた」

 

 信じてくれたらしい。俺の言葉に頷くと、男は振り返り、瓦礫が積み上がった方向を指差して言う。


「こっちに、早くこっちに来て下さい! まだ大勢生き残っていますからっ!」


 どうやら、仲間の元へ案内してくれるらしい。

 俺は頷き、男の案内に従った。

 

「これが街の生き残りです……大勢って言いましたけど……」

「これだけか?」

「はい……」


 男は肩を落としながら、俺を見上げている。

 廃墟の中で暮らす人々は、百人に満たなかった。

 他にも同じ様な集落があるのかも知れないが、連絡は取れていないとのことだ。

 

「あの……この街を魔物から解放して貰えるんでしょうか!?」


 男の言葉を聞き、薄汚れた顔の人々が、目を爛々と輝かせてこちらを見る。

 ほとほと、魔物にはウンザリしているのだろう。


 俺は苦笑して、後ろの生徒達を振り返った。


「向こうはクロウラー、こちらはモスキートロードだ」


 ジュリアが頬をポリポリと掻いてから、馬を下りた。

 ぬいぐるみを引き摺る少女が、ジュリアを見上げている。


「はぁ……どっちが貧乏クジか分からんなぁ――」


 少女の頭に手を乗せ、ジュリアが諦めた様に言葉を続けた。


「この有様見せられて、やらんとは言えんやろ、先生」


 キャメロンは微笑を浮かべている。


「モスキートロード位なら、私達で何とかなるわ。クロウラーの相手をするよりは、マシね」


 ジュリアも大きく頷いていた。


「……せやな。ティファやん達がクロウラー倒しとる間に、あたし達はここを解放したらええねん! なっ! 先生ッ!」


 正直に言えば、これも無駄な戦いだ。

 しかし放置してリモルの領都に向かえば、この地の人々は全滅するだろう。

 もちろん、モスキートロードだけが相手なら、何の問題も無い。

 だが――敵がモスキートロードだけでは無かった場合、どうする?

 

 けれど全員が、既にやる気を漲らせていた。

 ここで、やらないなどと言えば――きっとキャメロンは、許して貰くれないだろう。

 ティファニー・クラインのような冷酷さが、彼女には無い。

 それこそが、俺の彼女に惹かれる理由だった。

ブクマ、評価ありがとうございます!

励みになっています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ