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81話 目にゴミが入っただけですわ

 ◆ 


「――ティファ、ティファ!」


 気がつけば、ラファエルが耳元で怒鳴っていました。

 私、どうやら呆然としていたようですね。


「あ……クロウラーの方、やりますか?」

「疲れているなら、僕一人でもいいけれど?」

「いえ、やりましょう。芋虫ごとき、物の数ではありませんわ」

「分かった。じゃあティファは――」

「ご心配なく、キチンとやりますわ」


 ラファエルは頷き、騎乗しました。

 馬腹を蹴けると、瞬く間に村の中へと突入して行きます。


 すでにランドとイーサンは、ブルークロウラー二匹を引き連れてこちらへ向かっていました。

 途中、二人とラファエルが交差します。

 ラファエルとランドは視線を交わし、すれ違い様の馬上で、拳をコンとぶつけました。

 カッコいい――男同士の友情です。

 なんで私、男に生まれなかったんでしょうね。男だったら、絶対あっち側なのに……。


 いえ、違うでしょう――これは単なる憧れですね。

 私が男だったなら、今も洞窟で隠れている村人Aになるでしょう。

 こんな私が特殊な能力や強さなど、得られるはずも無い。

 だけど、たとえ無力でも生き残る。

 むしろ無力だからこそ、生き残る為の努力をしたでしょう。

 だけど村人A――彼は、ただ生き残ったというだけで、白い目で見られていました。

 まるで前世の私を、下請けの人々が見る様な目で……。


 でも彼は、そんなに悪い事をしたのでしょうか?

 男なのに生き残ったということが、そんなに悪なのでしょうか?

 

 誰もが英雄になれるほど、勇気や才能に溢れている訳ではありません。

 だからこそ、勇者や英雄は偉大なのでしょう。

 彼等に憧れた者の大半は力及ばず、寒村の男達のように死ぬのです。

 死んだら英雄? 讃えられるべき? 

 何を愚かな。現に村長が勇気を称えた村の男達は、村の片隅でクロウラーの餌食です。

 いくら皆が悲しんだところで、彼等は何も報われません。


 だけどラファエルやランドは生きている。

 彼等は決して無理や無茶をしている訳じゃなく――いえ、肉体的には無茶をしていると思いますけれど、それが自然な生き方に見えました。

 まるで日本に居た頃の先輩の背中を眺めているような、そんな気分にさせるのです。


 彼等には英雄や勇者になるだけのポテンシャルがある。

 私に言わせれば、「村人の為にオマエらが命を賭けてやる必要なんて、これっぽっちもねぇ」のですが、ラファエルは下らない正義感、ランドは安っぽい友情で我が身を犠牲にしています。

 泣かせるじゃありませんか……そんな彼等を、こんな所で死なせて良い道理がありません。

 だから私――頑張ります。


飛翔フルーク


 呪文の詠唱とともに、身体が軽くなります。風が周囲で渦巻き、小さく土煙を舞い上げました。

 踵からフワリと身体が持ち上がり、瞬時に高度五十メートルに到達します。

 

 あ、頑張ると言っても、私、近接戦闘などしませんよ? 服が緑色の血で汚れるの、嫌ですからね。

 そもそも私――卑怯ですので。

 私は虎鉄(支給品)を鞘に納め、顎に指を当てました。


「どの魔法でブチ殺してやりましょうか、あの芋虫ども……あはっ」

 

 空中からは、イーサンと共に駆けるランドの姿が見えます。

 あっ! ランドのバカ! 急に止まりました! と思ったら、ミニクロウラーに槍を突き立てています。

 既に一匹を仕留めていたのに、オマケでしょうか? 

 続けてイーサンも、ミニクロウラーの側面を貫きます。

 ブルークロウラーが憤怒の煙を身体から吐き出して、周囲が悪臭に包まれました。

 

「オオオオオォォォォァラアアア!」

「ガァアアアアアアッ!」


 だけどランドとイーサンも負けていません。凄まじい雄叫びで、周囲を圧倒しています。

 二人は槍を突き上げ、ミニクロウラーの内臓を引きずり出しました。

 緑色の血が飛び散って、大地を濡らします。ミニクロウラーはモゾモゾと動き、黄色い母クロウラーの下へ向かう途中で力尽きました。

 なんと凄惨な光景でしょう――二人が悪鬼羅刹に見えました。

 それにしてもアイツ等、何て無茶を……特にランド! 急に止まるなんて、バカですかッ!


 だけど、このせいでブルークロウラーはもう、カンカンですね。

 身体の前部にある四つの複眼が、吊り上がっていますよ。

 クロウラーって怒ると、目の形が変わるんですね。色が変わればオー○なのですけれど。

 

 二匹のブルークロウラーが土煙を上げて、ランドとイーサンを追いかけます。

 あとは時間との勝負でしょう。

 ブルークロウラーの吐き出す炎が、二人の背中に迫っています。落とし穴までは、あと二百メートルといったところ。

 私は炎耐性を上げる魔法を二人に施し、支援します。

 本当なら攻撃魔法で援護したいところですが――そうするとこちらに注意が向いてしまいますからね。

 二人とも、頑張って下さい。

 

 ラファエルが敵に突入します。氷属性の魔法を剣に纏わせ、四匹のクロウラーに斬り掛かりました。

 私も後れを取らぬよう、上空から雷撃を放ちます。


雷撃ブリッツ


 はぁ……こんな魔法でも、撃てば辛いですね。

 既に魔力枯渇状態、HPが削れていますよ。

 だけど休めません。同時にゴーレムを動かし、ミニクロウラーの動きを牽制しなければ。

 

 ラファエルはその間に、風刃の魔法でクロウラーの甲殻に傷を入れ、剣で貫いていました。

 流石に頭脳派な戦い方をしますねぇ。軍師としても魔法剣士としても、才能が開花したようです。

 こうして四匹のクロウラーは、すぐに片付きました。


 残るは路頭に迷うミニクロウラーですが――すでにドナと二人の騎士が、矢を射かけながら追っています。

 こちらも片付くのは時間の問題でしょう。


 “ズズゥゥン”


 そのとき、落とし穴から大きな音が聞こえてきました。ブルークロウラー二体が落ちたのです。作戦成功ですね。

 二体は落とし穴の中でひっくり返り、無数の足をモゾモゾと動かしていました。

 うわぁぁ……黒いお腹にびっしりと足が生えています。気持ち悪い……。

 ブルークロウラー達は必至で起き上がろうともがいていますが、床はカチコチのヌルヌル。動けば動く程、クロウラー達はクルクルと回ってしまいます。


 そこへトドメとばかりに、ランドは槍を振り上げました。


「ウオオオオオォォ!」


 ランドの放った槍は、ゴウゥと、唸りを生じてブルークロウラーを貫きます。

 腹部を貫かれたブルークロウラーは徐々に動きを遅くし、ついに活動を止めました。

 もう一体もイーサン王子が手斧を投げ、矢を射まくってトドメを刺しています。


 ミニクロウラーもドナ達に追い立てられ、次々に落とし穴へ落ちました。

 コロコロとひっくり返ってしまうのは、背中の方が重いからでしょう。

 そして滑る地面が、起き上がることを妨げる。

 ミニクロウラーはドナと騎士達が、しっかりと仕留めました。


 戦闘開始から終るまで、一時間も掛かっていません。

 レベル55のブルークロウラー二匹を相手にしながら、圧勝でした。

 これが軍師の力と云うならば、なんと恐ろしいのでしょう。

 ラファエルがリモルに仕えるならば、間違いなく八大列強となる。

 そのとき、クライン公国はどうなるのでしょう?

 いくら私の望みがミールの領主になって引き蘢ることだと言っても、隠れ蓑たるクラインが敗れれば、ニート生活など出来ません。

 ラファエルが対魔王の切り札だからといって、彼が私に敵対しない保証はどこにも無いのです。


 むむう……やはり私にも軍師は必要です。


 ここは、セフィロニア・クラインを頼るしかないのでしょうか……。

 でも彼は、私をクラインの当主にしたがっています。


 ならば、ゲイヴォルグ・ファーレンを迎えるか……。

 しかし彼は、つかみ所の無い男。真意が全く読めません。


 この二人以外に、ラファエルに対抗出来る軍師なんて、いましたっけ? 

 ううーん……今は特に思い付きませんね。


 ともあれ、この戦いは勝利です。

 

 ブルークロウラーを倒したランドは、レベルを10も上げていました。

 こそっとランドのステータスを見たら、武力が92になっています。

 もしもまだ彼の武力が上がるのならば、きっと大陸でも有数の武将になるでしょう。

 いえ、既に武力90を超えた時点で、一流の武将になることは確約されています。


 あっ! ステータスを見た事、ランドにバレてしまいました。

 ニッコリ笑って、ランドが親指を上に向けています。

 人の気も知らないで、敵にバンバン突っ込んで! 何だかもの凄く腹が立ちますね!

 慌てて顔を逸らし、知らんぷりをしてやりました。

 あんなヤツ、本当に死ねば良かったのですよ、もう!


 そんな訳で私はあえてランドを無視し、地上に降りました。


「し、信じられない……私達、ブルークロウラーを倒したんだよね……?」


 ドナが震えながら、穴の中で死にゆくクロウラーを見つめています。

 ラファエルが彼女の肩に手を乗せ、頷きました。


「ああ」


 私も穴の中のクロウラー達を見下ろし、確認をします。


「うん、死んでますね。あ、一部まだ生きてますか……ゴーレムを落として生き埋めにしましょう……お前達、行きなさい」


((((○'ω'○)――ボトン。ボトン。ボトン。ボトン。


(・3・)


「何でお前だけ残っているのです! 行きなさいッ!」


 ……(((・3・)「サヨ……ナら……マタ……ヨンでネ……」……ボトン。


 うう……ゴーレムって喋りましたっけ? 

 なんだか、悪い事をした様な気になってしまいました。

 もうゴーレム作るの、止めておきましょうね。

 ですが、クロウローを生き埋めには出来ました。これで全て終了です。

 

「おい、ティファ。なんで無視するんだよ? 見てたか、俺がブルークロウラーを倒すとこ!」


 ランドが後ろから声を掛けてきました。


「エエ、ヨカッタデスネ。レベルモアガッタミタイデスネー」

「あ、棒読み。俺、なんか悪い事したか?」


 なんでしょう、コイツ。鈍感系主人公ですか?

 私は振り返り、ランドの鎧にグーパンチをお見舞いします。


「あんな無茶な戦い方をして、死んだらどうするのです? わたくしはあんな……ぐすんっ」

「え、あ……ティファ? どうして泣くんだよ?」


 あれ? どうして涙が出るのでしょう?

 ランドが私を抱きしめました。嫌です、嫌です――放しなさい。


「どうしてもこうしても……えっぐ、うっぐ……」

「心配してくれたんだな……すまない。だけど大丈夫だ。俺、死なないよ。お前を嫁にするまでは、な?」

「は、放しなさい。そういうことでは無いのです……うぐっ……そういうことでは」

「放さない……今は放したくない」

「うっぐ、うっぐ」


 おかしいですね。

 コイツから離れたいのに、私、どういう訳かコイツの背中に手を回しています。

 クロウラーの血だって付いてて臭いのに……私、どうしたのでしょう。

 ぼやけた視界の中で、ラファエルが私から目を逸らしました。

 少しだけ、奥歯を噛み締めたのでしょうか……。

 だけど私、その後、ランドの胸に顔を埋めてしまいました。

 だって泣き顔、これ以上は誰にも、見られたくありませんからね。

 

 それから暫くして、私は言いました。


「放しなさい、無礼者」

「お、泣き止んだか?」

「目に、ゴミが入っただけですわ。もう取れました」


 いつの間にか、私とランドは二人きりになっていました。

 ――だから意を決して言ったのです。


「わたくし、実は男なのですわ」

「胸、揉んでいいか?」

「ダメですわ」

「股、触って確認していいか?」

「……ついてませんわ」

「どの辺が男なんだ?」

「主に、心が……」

「ティファ……頭でも打ったか? 自分が男だと思い込むなんて……可哀想に」

「可哀想な人じゃありませんわッ! だから、わたくしは転生をしていまして――」

 

 結果として、いちおう彼も信じてくれたのですが――


「つまりわたくしは今のところ、あなたに対して友情以上の感情を、持ち合わせていないのです」

「なるほどな。正直に話してくれて、嬉しかった。お陰でもっと、ティファのことが好きになったぜ」

「は!? ねえ、わたくしの話、聞いていました!?」

「ああ――だから、今の(・・)ところは友情なんだろ? だったら俺次第で、ソイツは愛情に変わるってことだ」


 ――だ、そうです。


「勝手にしろ」と言って去ったのですが、それは少しだけ熱くなった私の頬を、彼に悟られたく無かったからかも知れません。

ブクマ、評価、いつもありがとうございます。

皆様、良いお年をお迎え下さい。

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