81話 目にゴミが入っただけですわ
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「――ティファ、ティファ!」
気がつけば、ラファエルが耳元で怒鳴っていました。
私、どうやら呆然としていたようですね。
「あ……クロウラーの方、やりますか?」
「疲れているなら、僕一人でもいいけれど?」
「いえ、やりましょう。芋虫ごとき、物の数ではありませんわ」
「分かった。じゃあティファは――」
「ご心配なく、キチンとやりますわ」
ラファエルは頷き、騎乗しました。
馬腹を蹴けると、瞬く間に村の中へと突入して行きます。
すでにランドとイーサンは、ブルークロウラー二匹を引き連れてこちらへ向かっていました。
途中、二人とラファエルが交差します。
ラファエルとランドは視線を交わし、すれ違い様の馬上で、拳をコンとぶつけました。
カッコいい――男同士の友情です。
なんで私、男に生まれなかったんでしょうね。男だったら、絶対あっち側なのに……。
いえ、違うでしょう――これは単なる憧れですね。
私が男だったなら、今も洞窟で隠れている村人Aになるでしょう。
こんな私が特殊な能力や強さなど、得られるはずも無い。
だけど、たとえ無力でも生き残る。
むしろ無力だからこそ、生き残る為の努力をしたでしょう。
だけど村人A――彼は、ただ生き残ったというだけで、白い目で見られていました。
まるで前世の私を、下請けの人々が見る様な目で……。
でも彼は、そんなに悪い事をしたのでしょうか?
男なのに生き残ったということが、そんなに悪なのでしょうか?
誰もが英雄になれるほど、勇気や才能に溢れている訳ではありません。
だからこそ、勇者や英雄は偉大なのでしょう。
彼等に憧れた者の大半は力及ばず、寒村の男達のように死ぬのです。
死んだら英雄? 讃えられるべき?
何を愚かな。現に村長が勇気を称えた村の男達は、村の片隅でクロウラーの餌食です。
いくら皆が悲しんだところで、彼等は何も報われません。
だけどラファエルやランドは生きている。
彼等は決して無理や無茶をしている訳じゃなく――いえ、肉体的には無茶をしていると思いますけれど、それが自然な生き方に見えました。
まるで日本に居た頃の先輩の背中を眺めているような、そんな気分にさせるのです。
彼等には英雄や勇者になるだけのポテンシャルがある。
私に言わせれば、「村人の為にオマエらが命を賭けてやる必要なんて、これっぽっちもねぇ」のですが、ラファエルは下らない正義感、ランドは安っぽい友情で我が身を犠牲にしています。
泣かせるじゃありませんか……そんな彼等を、こんな所で死なせて良い道理がありません。
だから私――頑張ります。
「飛翔」
呪文の詠唱とともに、身体が軽くなります。風が周囲で渦巻き、小さく土煙を舞い上げました。
踵からフワリと身体が持ち上がり、瞬時に高度五十メートルに到達します。
あ、頑張ると言っても、私、近接戦闘などしませんよ? 服が緑色の血で汚れるの、嫌ですからね。
そもそも私――卑怯ですので。
私は虎鉄(支給品)を鞘に納め、顎に指を当てました。
「どの魔法でブチ殺してやりましょうか、あの芋虫ども……あはっ」
空中からは、イーサンと共に駆けるランドの姿が見えます。
あっ! ランドのバカ! 急に止まりました! と思ったら、ミニクロウラーに槍を突き立てています。
既に一匹を仕留めていたのに、オマケでしょうか?
続けてイーサンも、ミニクロウラーの側面を貫きます。
ブルークロウラーが憤怒の煙を身体から吐き出して、周囲が悪臭に包まれました。
「オオオオオォォォォァラアアア!」
「ガァアアアアアアッ!」
だけどランドとイーサンも負けていません。凄まじい雄叫びで、周囲を圧倒しています。
二人は槍を突き上げ、ミニクロウラーの内臓を引きずり出しました。
緑色の血が飛び散って、大地を濡らします。ミニクロウラーはモゾモゾと動き、黄色い母クロウラーの下へ向かう途中で力尽きました。
なんと凄惨な光景でしょう――二人が悪鬼羅刹に見えました。
それにしてもアイツ等、何て無茶を……特にランド! 急に止まるなんて、バカですかッ!
だけど、このせいでブルークロウラーはもう、カンカンですね。
身体の前部にある四つの複眼が、吊り上がっていますよ。
クロウラーって怒ると、目の形が変わるんですね。色が変わればオー○なのですけれど。
二匹のブルークロウラーが土煙を上げて、ランドとイーサンを追いかけます。
あとは時間との勝負でしょう。
ブルークロウラーの吐き出す炎が、二人の背中に迫っています。落とし穴までは、あと二百メートルといったところ。
私は炎耐性を上げる魔法を二人に施し、支援します。
本当なら攻撃魔法で援護したいところですが――そうするとこちらに注意が向いてしまいますからね。
二人とも、頑張って下さい。
ラファエルが敵に突入します。氷属性の魔法を剣に纏わせ、四匹のクロウラーに斬り掛かりました。
私も後れを取らぬよう、上空から雷撃を放ちます。
「雷撃」
はぁ……こんな魔法でも、撃てば辛いですね。
既に魔力枯渇状態、HPが削れていますよ。
だけど休めません。同時にゴーレムを動かし、ミニクロウラーの動きを牽制しなければ。
ラファエルはその間に、風刃の魔法でクロウラーの甲殻に傷を入れ、剣で貫いていました。
流石に頭脳派な戦い方をしますねぇ。軍師としても魔法剣士としても、才能が開花したようです。
こうして四匹のクロウラーは、すぐに片付きました。
残るは路頭に迷うミニクロウラーですが――すでにドナと二人の騎士が、矢を射かけながら追っています。
こちらも片付くのは時間の問題でしょう。
“ズズゥゥン”
そのとき、落とし穴から大きな音が聞こえてきました。ブルークロウラー二体が落ちたのです。作戦成功ですね。
二体は落とし穴の中でひっくり返り、無数の足をモゾモゾと動かしていました。
うわぁぁ……黒いお腹にびっしりと足が生えています。気持ち悪い……。
ブルークロウラー達は必至で起き上がろうともがいていますが、床はカチコチのヌルヌル。動けば動く程、クロウラー達はクルクルと回ってしまいます。
そこへトドメとばかりに、ランドは槍を振り上げました。
「ウオオオオオォォ!」
ランドの放った槍は、ゴウゥと、唸りを生じてブルークロウラーを貫きます。
腹部を貫かれたブルークロウラーは徐々に動きを遅くし、ついに活動を止めました。
もう一体もイーサン王子が手斧を投げ、矢を射まくってトドメを刺しています。
ミニクロウラーもドナ達に追い立てられ、次々に落とし穴へ落ちました。
コロコロとひっくり返ってしまうのは、背中の方が重いからでしょう。
そして滑る地面が、起き上がることを妨げる。
ミニクロウラーはドナと騎士達が、しっかりと仕留めました。
戦闘開始から終るまで、一時間も掛かっていません。
レベル55のブルークロウラー二匹を相手にしながら、圧勝でした。
これが軍師の力と云うならば、なんと恐ろしいのでしょう。
ラファエルがリモルに仕えるならば、間違いなく八大列強となる。
そのとき、クライン公国はどうなるのでしょう?
いくら私の望みがミールの領主になって引き蘢ることだと言っても、隠れ蓑たるクラインが敗れれば、ニート生活など出来ません。
ラファエルが対魔王の切り札だからといって、彼が私に敵対しない保証はどこにも無いのです。
むむう……やはり私にも軍師は必要です。
ここは、セフィロニア・クラインを頼るしかないのでしょうか……。
でも彼は、私をクラインの当主にしたがっています。
ならば、ゲイヴォルグ・ファーレンを迎えるか……。
しかし彼は、つかみ所の無い男。真意が全く読めません。
この二人以外に、ラファエルに対抗出来る軍師なんて、いましたっけ?
ううーん……今は特に思い付きませんね。
ともあれ、この戦いは勝利です。
ブルークロウラーを倒したランドは、レベルを10も上げていました。
こそっとランドのステータスを見たら、武力が92になっています。
もしもまだ彼の武力が上がるのならば、きっと大陸でも有数の武将になるでしょう。
いえ、既に武力90を超えた時点で、一流の武将になることは確約されています。
あっ! ステータスを見た事、ランドにバレてしまいました。
ニッコリ笑って、ランドが親指を上に向けています。
人の気も知らないで、敵にバンバン突っ込んで! 何だかもの凄く腹が立ちますね!
慌てて顔を逸らし、知らんぷりをしてやりました。
あんなヤツ、本当に死ねば良かったのですよ、もう!
そんな訳で私はあえてランドを無視し、地上に降りました。
「し、信じられない……私達、ブルークロウラーを倒したんだよね……?」
ドナが震えながら、穴の中で死にゆくクロウラーを見つめています。
ラファエルが彼女の肩に手を乗せ、頷きました。
「ああ」
私も穴の中のクロウラー達を見下ろし、確認をします。
「うん、死んでますね。あ、一部まだ生きてますか……ゴーレムを落として生き埋めにしましょう……お前達、行きなさい」
((((○'ω'○)――ボトン。ボトン。ボトン。ボトン。
(・3・)
「何でお前だけ残っているのです! 行きなさいッ!」
……(((・3・)「サヨ……ナら……マタ……ヨンでネ……」……ボトン。
うう……ゴーレムって喋りましたっけ?
なんだか、悪い事をした様な気になってしまいました。
もうゴーレム作るの、止めておきましょうね。
ですが、クロウローを生き埋めには出来ました。これで全て終了です。
「おい、ティファ。なんで無視するんだよ? 見てたか、俺がブルークロウラーを倒すとこ!」
ランドが後ろから声を掛けてきました。
「エエ、ヨカッタデスネ。レベルモアガッタミタイデスネー」
「あ、棒読み。俺、なんか悪い事したか?」
なんでしょう、コイツ。鈍感系主人公ですか?
私は振り返り、ランドの鎧にグーパンチをお見舞いします。
「あんな無茶な戦い方をして、死んだらどうするのです? わたくしはあんな……ぐすんっ」
「え、あ……ティファ? どうして泣くんだよ?」
あれ? どうして涙が出るのでしょう?
ランドが私を抱きしめました。嫌です、嫌です――放しなさい。
「どうしてもこうしても……えっぐ、うっぐ……」
「心配してくれたんだな……すまない。だけど大丈夫だ。俺、死なないよ。お前を嫁にするまでは、な?」
「は、放しなさい。そういうことでは無いのです……うぐっ……そういうことでは」
「放さない……今は放したくない」
「うっぐ、うっぐ」
おかしいですね。
コイツから離れたいのに、私、どういう訳かコイツの背中に手を回しています。
クロウラーの血だって付いてて臭いのに……私、どうしたのでしょう。
ぼやけた視界の中で、ラファエルが私から目を逸らしました。
少しだけ、奥歯を噛み締めたのでしょうか……。
だけど私、その後、ランドの胸に顔を埋めてしまいました。
だって泣き顔、これ以上は誰にも、見られたくありませんからね。
それから暫くして、私は言いました。
「放しなさい、無礼者」
「お、泣き止んだか?」
「目に、ゴミが入っただけですわ。もう取れました」
いつの間にか、私とランドは二人きりになっていました。
――だから意を決して言ったのです。
「わたくし、実は男なのですわ」
「胸、揉んでいいか?」
「ダメですわ」
「股、触って確認していいか?」
「……ついてませんわ」
「どの辺が男なんだ?」
「主に、心が……」
「ティファ……頭でも打ったか? 自分が男だと思い込むなんて……可哀想に」
「可哀想な人じゃありませんわッ! だから、わたくしは転生をしていまして――」
結果として、いちおう彼も信じてくれたのですが――
「つまりわたくしは今のところ、あなたに対して友情以上の感情を、持ち合わせていないのです」
「なるほどな。正直に話してくれて、嬉しかった。お陰でもっと、ティファのことが好きになったぜ」
「は!? ねえ、わたくしの話、聞いていました!?」
「ああ――だから、今のところは友情なんだろ? だったら俺次第で、ソイツは愛情に変わるってことだ」
――だ、そうです。
「勝手にしろ」と言って去ったのですが、それは少しだけ熱くなった私の頬を、彼に悟られたく無かったからかも知れません。
ブクマ、評価、いつもありがとうございます。
皆様、良いお年をお迎え下さい。




