8話 目を逸らしますわ
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目を覚ますと、既に太陽の半分程が地面に埋まっていました。
ちょうどいい時間帯ですが、とても眠いです。
何事も無ければきっと夜まで寝ていたのでしょうが、階下からの物音で起きてしまいました。
「ここにはいないよっ! 分かったら、とっとと帰りなっ!」
「ティファニーさえ差し出せばいいんだ! それで俺達の用は済む!」
「痛いね! 手を掴むんじゃないよっ!」
「言うことを聞かないからだろうっ!」
「だいたいね、領主さまの下へティファを連れて行って、あの子が幸せになるとでも思っているのかいっ!?」
「そ、そんなこと……だが、領主さまには逆らえないだろうっ!」
「逆らえないだって!? あんたら、そんなことでよく自警団なんて名乗れるねっ!」
一階の方から、男女の怒鳴り声が聞こえました。
会話の内容から察するに、私を廻って争っているようです。
これで悠々と眠れるほど、私の神経は図太くありません。
さて、問答の元凶としましては、様子の確認程度は致しましょう。
私はそーっと一階に下りて、階段の影から覗いてみます。ひょっこりはん。
二人の武装した男が宿豚に迫っています。
もしも宿豚が美少女だったら貞操の危機かもしれませんが、今回に限りそれはないでしょう。
良かったですね。
「いい加減にしろ! これ以上隠すなら、いくらアンタでも罪に問うぞ、ミコットさんっ!」
「だからティファニーは居ないと言ってるんだよっ! しつこいね、あんた達はっ!」
男の一人が、平手でミコットの頬を打ちました。
「む……」
いくら相手が宿豚でも、武装した男が女に手を上げてはいけません。
「なら邪魔だ、どけっ! 勝手に探させてもらうっ!」
ミコットは頬を押さえながらも、男達を懸命に止めています。
「こ、こら! あんた達! 勝手に二階に上がろうなんて、ずうずうしいよっ!」
男達が迫ってきます。
階段を上がって部屋に隠れたところで、見つかってしまうのは時間の問題でしょう。
それに私だって、我慢の限界値というものがあります。
領主も許せませんが、許せない領主に忠誠を誓って領民に暴力を働く部下達も許せません。
という訳で私は階段の影から颯爽と姿を現し、“ダン”と足を踏みならして見せます。
「お止めなさいな、屑騎士に媚を売る家畜ども! あなた方の用があるのは、そこの豚ではなく高貴なわたくしでございましょう?」
腰に手を当て、大股で登場する私。
二人の男達を見据え、「ふん」と鼻で笑います。
新たなスキルを獲得いたしました、“冷笑”です。
さらに尊大の効果と合わせて、ぐんぐんと敵にデバフの効果を齎します。
冷笑によって相手のレベルを下げ、尊大でスキルを無効化。毒舌によって心を折り、目には見えない戦意を挫くのです。
「ぐ、ぐぐ……ティファニー……」
「ぐぬぬ……俺達が家畜だと……!」
二人の男が血走った目で、こちらを睨んでいます。
おや? むしろ戦意が高まっていませんか? 不思議ですね、おかしいですね。私に“挑発”のスキルなんて無かったはずですが。
とりあえず敵の武装を確認しましょう。
武器は腰に佩いた剣だけですね。
防具は特に持っていないようです。というか室内では、剣を使うのも容易ではないでしょう。
さて、ステータスは……。
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トッド
年齢25 職業 家畜 Lv3↓
スキル
剣術C(無効化)
ステータス
統率18↓ 武力35 魔力0 知謀10 内政14 魅力44
ロム
年齢24 職業(↓) 家畜 Lv4
スキル
剣術C(無効化)
ステータス
統率25↓ 武力37 魔力0 知謀11 内政11 魅力50
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ただの雑魚ですね。
しかし問題はミコットです。
「ちょっとティファニー! またあたしのことを豚って……!」
基本的に優しいミコットですが、太っている点を指摘されると逆上します。
やはり人間、本当のことを言われると怒るのですね。勉強になります。
拳を握りしめてプルプルと震える彼女は、今にも私に拳骨を落としそうです。ま、敵ではありませんが……。
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ミコット
年齢38 職業(↓) 宿豚Lv4
スキル
料理A(無効化)味音痴C
ステータス
統率68 武力21 魔力12 知謀41 内政80 魅力55
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おや、おやおや?
ミコットに新たなスキルが発生しています。
“味音痴”ですか。
私、やってしまったのかもしれません。
何をどのようにいじったのかは分かりませんが、これが毒舌を浴びせ続けた結果だとすれば、恐ろしいことですね。“料理A”を無効化しただけでは足りず、相反するスキルを与えてしまうのですから。
そんなミコットに心の中で謝罪しつつ、私は前に出ました。
この二人を追い返すだけでは芸がありません、懲らしめてやりましょう。
接近戦は苦手ですが、それでも私は君主キャラです。そこらの兵に負ける身体ではありません。
スキルの一つ“筋力強化”を使えば、モブの兵士を捩じ伏せるなど容易いこと。
そもそも、この騎士領を一人で壊滅させることが出来る程の力を持っているのですからね。
首をパキポキと鳴らし、“筋力強化”を発動。
あれ……何も変わりませんわ。54のままです。
そういえばステータスに ↑ とありました。
ということは、筋力強化もパッシブスキルなのですね。
なんということでしょう、早まりました。
うーん、ですが相手は武力35と37。何とかなりますか……。
ただ、二人同時に相手は出来ませんね、この戦力差では。がっくりです。
そんな訳で、まずはミコットを突き飛ばした男――ロムをロックオンします。
距離を詰め、そのままお腹にグーパンチ。見事に悶絶しました。
うん、武力差17なら、そうなって当然です。
二人目は、その光景を目にして驚いている所へ足を引っかけ、投げ飛ばしました。大外刈りみたいな感じです。といっても私、柔道やったことないですけれども。
「あはははは。弱いですわ、弱いですわ! でも家畜ですものね、仕方がありませんわね。そうだ、いい事を思いつきましたわ! ここには調理器具が揃っていますもの! どうです、ミコット。今夜はこの家畜を屠殺して、夕食にするというのは?」
「く、狂ってる!」
私に投げられて仰向けにひっくり返った赤髪の男――トッドが私を「狂っている」と言いました。
彼はモブのクセに中々のイケメンです。それが無性に腹が立つので、顔を踏みましょう。
ここはエロゲの世界、男はみんな私の敵です。
「あはははは……」
ロムはモブらしく、茶髪に茶色い目をした青年です。
彼は「領主様の命令で迎えに来ただけだ」なんて白々しいことを言っています。
「そうですか。それでわたくしがあなたに付いて行くと、どのような利益があるのでしょうか?」
「そ、それは……良い服が着れて、きっと美味しいものを食べられる」
「それだけですか?」
「き、きっと領主様に可愛がって頂ける」
「……どのように、ですか?」
「俺の口から言えることじゃない」
「では、その口はもう不要ですわね。あは……」
私はロムの口につま先を入れて、ぐりぐりと押し込みました。
自らの保身の為に、弱者を売ろうとする者は大嫌いです。
もっとも私は弱者ではありませんので、このように鉄槌を下せるのですが。
「あはははっ!」
「ちょっと、ティファ、いくら反抗期でもそんなことをしたら、どっちが悪人か分からないよ!」
なんだかミコットが、私を反抗期だと思っているようです。
もしもこれが反抗期だとしたら、きっと私は校舎の窓ガラスを全て割る程の不良でしょう。
良かったですね、ここが日本じゃなくて。
ではなく……。
「ミコット、これはあくまでも躾ですわ。貴女、家畜を鞭打つ人間を悪人だと思いますの? そして……家畜を殺して食べる人間は悪だと思っているのかしら?」
「ティファ……食べるって本気だったのかい。ダメさ……それ以上お言いじゃないよ……あたしが左手に封じた力を解放したら、どうなるか分かってるんだろ……」
ミコットが左腕を抑えて、ブルブルと震えています。
やめて下さい、まるで私が「こういう設定」で話しているみたいではないですか。
そしてあなたは三十八歳にもなって、まだ中二病が治っていないんですか。
「ひっ……ミコット……まで……」
しかし男達はガタガタと震えています。
そうですね……ただの子供だと思っていた私が、これほど強かったのです。
ミコットが強いと思っても、不思議はありません。
興が冷めました。
「まあ、いいですわ。あなた達、剣を置いてさっさと帰りなさい」
とりあえず今夜城へ行くのだし、武器を持ち帰られたら面倒です。
それに私の武器もありませんから、この際いただくとしましょう。
二人は剣を鞘ごと床に置き、いそいそと逃げ去りました。
私は宿代のこともあるのでミコットに剣を一本渡し、残りの一本を貰うことにします。
私は大魔導士で君主ですが、護身用に剣を持ってもいいでしょう。
だってここは剣と魔法の世界、Herzogなのですから。
「宿豚、当然の義務を果たしたとはいえ、今日はご苦労さまでした。今夜は戸締まりをしっかりして、お休みなさい。さもないと殺しますわよ」
毒舌のせいで一言多い私ですが、何とかお礼は言えたようです。
さて、城へ向かいましょう。
そう思って歩き出したところ、ミコットが「お待ち、ティファ!」と言って腕を掴んできました。
「出てってどうするんだい? 領主に捕まるのがオチだよ!」
「はぁ?」
ミコットは私を心配してくれているのでしょう。
しかし私は顔を顰め、渾身の冷笑を浴びせました。
「ひゃん!」
ミコットは首を竦めています。
「いいですか、ミコット。わたくし、これからミールとかいう獣を狩りに行きますの。だってときどき村へ来ては悪さをするのでしょう?
ですからわたくし、その獣に人間の恐ろしさを、存分に教えて差し上げるつもりですわ……あは、あははははっ!」
そう言ってミコットの手を振り払い宿を出ると、そこには薪を担いだ一人の少女が立っていました。
少女は小柄な身体にまったく釣り合わない、巨大な銀の斧を持っています。
本人は木こりの斧だと言い張りますが、あれは伝説の戦斧、破壊斧。
彼女こそ後に「戦乙女」の二つ名で呼ばれ、私の命を狙うミズホ・バーグマンその人です。
その立場はヒロインでこそありませんが、豊富なエロシーンが容易された準ヒロイン級。故にあり得ないほど強いのです。
「お母さん、どうしたの? あ、ティファお姉ちゃん! 遊びに来てくれたんだね!」
ここは見なかったことにしましょう。
ミズホとは、決して目を合わせてはいけません。さっさと行くのです。
「あ、剣を持ってる! かっこいいね、お姉ちゃん! 獣退治!? わたしも行くよ! だって得意だもんっ!」
ええ……存じておりますとも。
だって未来の貴女が私の事を「獣」と呼び、付け狙うのですから。
ただ貴女、メインの武器は“双剣”じゃありませんでしたっけ?
冷笑のスキルを手に入れました。
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ティファニー・バルバトス
年齢 12 職業 村人 Lv4
スキル
悪徳F→D 強権C 毒舌S 嘘つきS 尊大C 大魔導B 肉体強化C 鑑定B 冷笑D
ステータス
統率90 武力54↑ 魔力112↑ 知謀89 内政63 魅力90↓
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