79話 ゴーレムですわ
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嫌がる私を小脇に抱え、ランドが馬を駆ります。そして寒村から五百メートルばかり離れた地点に、私を連行しました。
ラファエルも同行し、爽やかな笑顔を浮かべています。
かかる仕打ちは全ては悪魔の指示であり、私はここで苦役をさせられると云う訳ですね。
罪無き身でありながら、何という事か。とほほ……。
ポトンと地面に落とされた私は、にこやかなラファエルの顔に向かって、毒づきます。
「おに、ばか、くず、ごみ。ここでわたくしに、何をしろというのですか」
ラファエルは人差し指を立て、私に答えました。
「深さ五メートル、縦二〇メートル、幅二〇メートルの穴を五個、作ってほしい。終わったら底面を固めて、滑り易いように油か――準ずるものを撒いた後、穴を隠してくれ。要するに落とし穴を作って欲しいんだ」
「なぜ、そんなことを! わたくし、重機じゃありませんのよ!? だいたい肉体労働なんて、男の仕事でしょう!」
「うん、男の仕事だね。だけどキミなら出来るだろう――だってティファは自分で言ってたじゃないか、ハハハ」
「ぐぬぬぬ……」
ラファエルの笑みは、イケメンとは思えないニチャッとしたものでした。
むうう、エロゲ主人公ゆえに、このような暴虐もできるのですね……!
「ラファエル……あなた、まさか……わたくしに嫌がらせを……」
「それこそ、まさかだ――もちろん申し訳ないとは思ってる。けれど僕の魔力では足りないし、実際、ティファに頼むしかないんだ。親友であるキミに」
「いつから、わたくしがお前の親友になったのですかッ!?」
「もちろん、あの時から」
「ふんっ!」
まあ、親友と言われれば、悪い気はしません。
これが男同士の友情であれば、協力するのもやぶさかではないでしょう。
実際、ラファエルの策が無ければ勝てませんし、勝てなければ死にますから。
「まったく、いつですか。あの時って――」
「いつでもいいだろ、心の友よ」
馬から下りて、ラファエルが私の手を握ります。
「ジャイアンかッ!」と私が鋭いツッコミを発する直前、ランドがラファエルの手を払い、会話に混ざりました。
「なあ、ジュウキってなんだ?」
ランドが首を捻っています。
あ、収まりつつあった腹の虫が、復活しました。
私、親友という言葉に誤摩化されて、重機の代わりをさせられるのです。
足下に怨念を込めて、私は激しく地団駄を踏みました。
「ああ、もう! ランドはバカですね! そんなことも知らないなんて! こういう土を掘ったりする、専用のアイテムのことです!」
「ああ、そうか。でもまあ――ティファの魔法ならさ、バーンと、こう、簡単に出来るんじゃないか?」
気楽な物言いに、気が遠くなります。
「ランドのアホ、う○こたれ! 魔法を使うには魔力が必要で、魔力を失うと凄く疲れるのですわッ!」
「それは、知ってる」
「ふんッ! 知ってたって筋肉バカのお前はどうせ、魔力枯渇なんて味わったこと無いのでしょうね! 枯渇してもさらに魔法を使い続けると、どうなるか知ってますか!?」
「魔力……枯渇?」
「いいですか! 枯渇すると、今度は魔力の代わりにHPをゴリゴリ削られて、最悪死ぬんですよッ!」
「お、おう……ティファも大変なんだな……」
と、ここで真面目くさったラファエルが、地団駄を踏む私に飴をくれました。
「ティファ、落ち着いて」
「こんなもので、わたくしの怒りが――あむ――あ、おいしい」
「ランドも聞いてくれ。再度確認したところ、クロウラーの数は昼間見た二倍だ。明朝、奴等が動き出す前にティファの作業が終わらなければ、そんな数のクロウラーには対抗できない。
といって逃げ出すにしても、数が多過ぎる。村人は全て殺されるだろうし、僕達だって逃げ切れるかどうか……」
なるほど。この作業を朝までに終えなければ、私達は全滅すると。
だったら――やるしか無いのでしょう。飴も貰いましたしね。
「でも、こんな簡単な落とし穴で、上手く行くのかしら?」
「クロウラーの習性を利用する。大丈夫だよ」
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら……」
仕方なく私は頷き、穴を掘るべき大地を睨み付けました。
「……ああ、広い」
額を押さえ、ヨロリとした私の背中を、ランドが支えます。
「何も出来ないけど、俺もここにいるから……」
「監視は不要です。サボったりしませんわ」
「そういうことじゃない――ティファの側にいたいんだ」
ランドが微笑を浮かべて、私の髪を手で梳きました。
私はスッとランドから身体を離し、腰に手を当てます。
「作業の邪魔です。側にいてもいいですが、せめて、そこの影にでも行ってなさいな」
ランドは馬の手綱を引き、「やれやれ」と言いながら下がりました。
「じゃあ、ティファ、宜しく。僕はイーサン王子と、最終的な打ち合わせをしておくよ」
ラファエルが手を振り、去って行きます。
あっ、なんて薄情な……!
私をランドと二人きりにするなんて、何が親友ですかっ!
親友なら親友らしく、私の貞操を守りなさいっ!
などと言えるはずもなく……。
私はなるべくランドを視界に入れないようにしつつ、呪文の詠唱を始めました。
まずは空中に浮かび、見える範囲の大地を指で右から左へとなぞります。
こうして指定した範囲の土を掘り起こし、ついでにゴーレムを作りました。
体長三メートル程度の土製ゴーレムが五体、私の眼下に並びます。
うーん、何だか味気ないですね。顔が無いからでしょうか。
ええと、顔、顔……と。これをくっつけて……ここを掘って、穴をあけてっと……。
それから、こうして、こうして――よし! 完成しました。
(○'ω'○)(○'ω'○)(・3・)(○'ω'○)(○'ω'○)
うーん……こうして見ると、変な顔のゴーレム達ですね……隊長にしようと思ったのも、何だかヤル気なさそうですし……。
まあいいでしょう。今度はゴーレムに作業をさせて、穴を広げてゆきます。
ゴーレム達の作業が終ると、今度は底部を固めなければいけません。
硬化の魔法を惜しげも無く使い、土の硬度をガンガン上げてやりました。
手で触れると、その硬さがよく分かります。
うん――これならクロウラーが落ちても、びくともしないでしょう。
さて、今度は滑るようにしなければ。
私は首を捻り、考えました。油なんて水系統の魔法でも作れません。
だからといって、今から大量に調達も出来ませんからね……。
水から作れるものといえば――ツルツル――代用――ヌルヌル――ああっ、ローションッ!
ローションだったら私、作れそうです!
たしか、水と小麦粉があれば出来ますからね。
私は寝静まったクロウラーの側を通り抜け、村の中から小麦粉を大量に集めました。
それから魔法で水を作り出し、中空で大きな球にします。
「さて……」
大きな球にした水の中に小麦粉を投入したあと、炎の魔法で熱しました。
ある程度熱くなったところで、風の魔法を使い中身を混ぜます。
とろみが出てきた所で指を中に入れ、確認しました。熱っ!
暫く待って、もう一度確認です。
「あはっ。ヌルヌルですわ」
こうして私は一連の作業を十回ほど繰り返し、対クロウラー用落とし穴にローションをバラまきました。
最後の仕上げは、仕掛けの上に幻影魔法を施して、バレないように隠すこと。
全てが終った後には朝日が昇り、雀も目覚めて鳴き始めました――チチチチ……って。
それにしても、ランド。見ているとか言ってたクセに、五分で寝ましたね。
これは、お仕置きが必要です。ペンはどこでしょう? あ、あった。
……ここをこうして……ちょい、ちょいっと。
――――
「お、ティファ……終ったのか?」
「ええ、終りましたわ……ププッ」
「ん? ……機嫌良さそうだな」
「ええ、とっても。プププッ」
ランドが瞬きをする度、私の描いた目が現れます。
長い睫毛が眉毛まで届く、キラキラとした素敵な目が。
「すまんな、寝ちまって」
「いえいえ。あなたは新たな目で、わたくしの活躍を見守ってくれましたわ……んぷっ」
ランドと話していると、村側でクロウラー達がモゾモゾと動き始めました。
夜明けと共に起き、腹が膨れれば眠る。実に単純な生命活動ですね。
一方、反対側からはラファエル達がやってきます。
「ティファ、お疲れさま」
馬を下りて、ラファエルが私にパンを差し出しました。朝食ですね。
そんなモノより肉が食いてぇと思いましたが、背に腹は代えられません。ちょうど、お腹が減っていましたからね。
私はラファエルからパンを毟り取って、口の中に放り込みました。
「ぷっ!」
ラファエルがランドを見上げ、笑っています。
「ん、どうした?」
寝癖のついた頭をボリボリと掻きながら、ランドが首を傾げています。
「アハハハハッ!」
ドナもすぐにやって来て、ランドの顔を見て笑いました。
イーサン王子は眉を顰めつつ、苦笑しています。
だからなのか彼の側近である騎士達は、肩を揺すり笑いを堪えていました。
「ランドどの……その顔は……ゴーレムどもの顔といい……ぷくくっ」
「なんだ? イーサン卿まで」
「いや――これも我らに対するティファニーさまの、暖かい心遣いであろう。これで皆の緊張も解れた」
笑いが一頻り収まると、イーサン王子が剣を抜き、皆の前に差し出しました。
皆もそれぞれ剣を抜き、イーサン王子の差し出した剣先に自らの剣先を重ねます。
真剣そのものの顔ぶれが、円陣を作って頷き合う。命を掛けた絆が、生まれようとしていました。
全員がこちらを見て、私が剣を抜くのを待っているようです。
「そういうの、好きじゃありませんわ」
顔を背ける私を、ランドの太い腕が引き寄せました。
「戦いの前の景気付けだ」
「もう……仕方がありませんわね」
仕方なく私も剣を抜き、最後に剣先を被せます。
「一人は皆の為に、皆は一人の為に――誰一人欠ける事無く、勝利の美酒をッ!」
イーサンの言葉は、ムーントリノの騎士の誓い。誰もが頷いています。
「「おうッ!」」
皆、勇ましく声を上げました。
皆の眼差しが、炎のように燃えています。
あ、ランドだけ、眼差しが四つありますけれど。ぷぷっ。
こうして私達は、クロウラー達との戦闘に突入したのです。
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