78話 働きたくありませんわ
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カッツはイーサンの駆る馬に乗り、右手を突き出しました。
「この木の先に、みんないるよ!」
二本の大木が、無惨に折られています。地面には青々とした葉も散らばっていました。
クロウラーが通ったと思しき部分だけ、褐色の地面が露出しています。
その先に、件の洞窟がありました。
確かに大きな岩で、洞窟の入り口が塞がれています。
その岩には無数の皹が入り、右下に子供が通れる程度の隙間がありました。
左側には牧羊犬や数人の男達の死体が転がっています。どれも食い散らかされていました。
クロウラーの姿は見当たりません。おそらく、人間や牧羊犬を食べたことで満足したのでしょう。
馬を下りると、カッツとランが死体の側に駆け寄りました。涙を零しています。
「うう……父ちゃん……」
「お父ちゃん……うわぁぁん」
ランドとイーサンが肉体強化のスキルを使い、ひび割れた巨岩を移動させました。
……あら、あんな岩を持ち上げるなんて、二人とも肉体強化のスキル、Aなのでしょうか?
開かれた洞窟の奥からは、怯えた声が聞こえます。もちろん、生き残った村人達でした。
「私が来たからには、もう安心だ、民よ!」
大げさな身振りで両手を広げ、イーサンが村人の前に出ます。
共に岩を動かしたランドは手に付いた埃を払い、私の横に立ちました。
「見直したか? ラファエルよりも俺の方が、頼りになるだろ?」
「なぜそこで、あの男と比べるのです?」
「なぜって、そりゃあ……」
――っと、奥からヨロヨロと老人が歩み出て、イーサン王子の前に跪きました。
「こ、これはイーサン王子がわざわざ、このようなところまで……わしが、この村の村長ですじゃ。――外は、魔物はどうなったのでしょか? 村は――救われたのでしょうか?」
「うむ、村長か。苦しゅう無い。村の方は心配するな――ちと破壊されてしまったが……すぐに魔物を退治してやるゆえ」
そう言ってイーサンは、洞窟の奥に目を向けました。
老人や女性、子供の姿は見えますが、働き盛りの成人男性が見当たりません。
当然のようにイーサンも、私と同じ疑問を口にします。
「ところで、男共はどうした? 人数も、随分と少ないようだが……」
「我々を村から逃がす為に……魔物どもの犠牲に……」
「そうか……やはり」
イーサン王子は絶句し、首を左右に振っています。
洞窟にいたのは、二〇〇人ばかりでした。
先ほど見た建物の雰囲気から、三〇〇人は暮らしている村だと思ったのですが。
まあ、クロウラーの胃袋は大きいですからね。十三匹もいれば、一〇〇人くらい食べちゃいますよ。
ん? いやいや、おかしいですね。これ、ちょっと食べ過ぎですよ?
ラファエルも私と同じことに気付いたらしく、「まずいな……数が合わない」と呟いています。
最強軍師が言う「まずい」は、私にとっても大ピンチ。これを放置できる訳がありません。確認しましょう。
「どうしました、ラファエル」
「この場では言いにくいのですが……被害が多過ぎる、計算が合いません。恐らくブルークロウラーが、もう一体はいるでしょう……二つの群れに襲われたと見るべきです」
「そうですわね。いくらクロウラーの巨大胃袋とはいえ、こんなに入らないですもの……」
ラファエルが私を「えぇー!?」というガッカリフェイスで見ています。
「ティファ……いくらクロウラーでも、いきなりそんな、食べないよ……抵抗したから殺した、と見るべきだ」
「ふむふむ……家の影に死体とか、確かに落ちてましたわね」
「つまり村人を逃がす為にせよ、それだけの人数が犠牲になったのなら、相応のクロウラーが居るってこと。殺してしまえば、後で食べることも出来るからね……」
「そういうことでしたのね、納得しましたわ。で――あなたの策で、どうにかなりませんの?」
「うん、まあ、大丈夫――というか、作戦全体を見直す程のことはないのだけれど……ただ……」
「ただ?」
眉を顰めて彼の横顔を覗き込んでいると、ラファエルが唐突に私の名を呼びました。それもイケメンにしか許されない、爽やかな微笑みを浮かべて。
「ティファ……」
「ん?」
「もう愛称で呼ぶなって、怒らないんだね」
「あ……」
ラファエルがクスクスと笑って、広げた掌を私に見せました。
「なんですの?」
「――まだ、その……あの本を持っているなら、返して貰おうと思って」
「今更ですか。まあ、良いですわよ」
私は革袋から本を取り出すと、ラファエルに渡して首を傾げました。
「そこに、策でも書いてありましたっけ?」
「いいや――書いてないよ。逆にね、書き足さなきゃいけない事が、出てきそうだから」
「ふぅん……そういうものですの?」
「うん。そういうもの」
「そんなことより、どうするのです。確認した数より魔物の数が多いのならば――何か手を考えるべきでしょう?」
「うん。そのことなら、当初からの策を多少大掛かりにすれば済むのだけれど……」
「だったら、そうなさいな。もう――まずいなどと言うから、ちょっとドキドキしたじゃありませんか。心配して損しましたわ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、ラファエルが私の手を取り跪きます。
「策を大掛かりにしても、ティファニーさまは本当に宜しいのですか?」
「何を今更、気持ち悪い――良いも悪いも、悩む時間が勿体ないですわ!」
手を振り払って、私はくるりと背を向けました。その肩を、ラファエルがポンと叩きます。
「そっか、ありがとう。もともと今回の策は――ティファの力が是非とも必要だったんだ。これが大掛かりともなると、うん――かなり疲れるし徹夜になると思うけれど。ティファにそう言って貰えて、本当に良かった」
振り向くと、邪悪さの滲む爽やかな笑みが、ラファエルの顔に張り付いていました。
私は首を左右に振り、彼の狡猾さを恨みます。――が、時既に遅し。白い歯を輝かせ、ラファエルが私に一枚の図面を渡そうとします。
「実は今夜のうちに、ここから、ここまでの範囲をティファにね――」
「プギャァアアアアア! ラファエル! 罠に嵌めましたねッ! 嫌です、嫌です――わたくし、働きたくなんて、ありませんわッ!」
「あ、ティファ! 変な声出して逃げるなよ! 悩む時間も勿体ないんだろッ!」
「聞こえません、何にも聞こえません! あーあーあーあー!」
私は何も聞かなかったことにして、ランドの背後に隠れました。
「ん、ティファ。どうした?」
「あいつ、わたくしを馬車馬のように使う気ですわッ! 巨人兵、殺っておしまいなさいッ!」
「巨人兵? 俺のことか?」
私はコクコクと頷き、ランドをラファエルにけしかけます。
「巨人兵、そこの姫さまを捕まえてくれ。今夜、働いて貰わないと僕等は勝てない」
ランドは頬をポリポリと掻いたあと、「巨人兵じゃないんだがなぁ……」と言って私を小脇に抱えました。
「この裏切りものぉぉぉぉおおお! 恥を知れぇぇぇえええ!」
私の叫びが洞窟内に木霊するも――皆はただ、そっと目を逸らすだけでした。
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