77話 芋虫ですわ
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三時間ほど歩くと、谷間にある、しょぼくれた村が見えました。
当初、私が思っていたよりは大きな村で、人口三百人程度でしょうか。
村は木の柵で囲まれていて、小さな家が数十軒立ち並んでいます。
といっても――家の大半は無惨に崩れていたり、あるいは燃えていましたが……。
「ムムムッ! おのれクロウラーどもッ!」
馬上で拳を握り槍を構えようとしたイーサン王子を、ラファエルが制止します。
「魔物の戦力が分かりません。まずはあの高台に登って、確認しましょう。洞窟に隠れている村人のことも、気になります。王子、焦ってはなりません」
「お、おう――そうであった。ラファエル、お主、若いのに、なかなか冷静だな」
「そうだよ、おじちゃん。いきなり突っ込んでも、アイツら硬いから、歯が立たないよ」
イーサン王子は自身の馬に乗せている少年にもつっこまれ、頭をポリポリと掻いています。
あ、そうそう――この少年の名は、カッツ。
彼は村の救援に反対したことを根に持ってか、私とは未だに目を合わせようとしません。
まあ、私はガキに嫌われたところでどうでも良いのですけれど、この事でラファエルが妙に気を使っているんですよね。
「キミが家族や村の人を助けたいと思うように、ティファは僕達のことを心配しているんだ。それはどちらも、優しさなんだよ。だから彼女のことを、許してあげてほしいな」
「意味がわからないよ、お兄ちゃん」
「……例えばね、僕達が魔物に襲われていたとして、村の人達が助けようとしている。だけど魔物はとても強くて、負けるかもしれない。負けたら、村の人達が死んじゃうかも知れないだろう? それを知っていたら――カッツ、キミは村の人に何て言う?」
「あ……」
まあ、ラファエルとこんな会話を交わした後は、あのガキが私を悪し様に言う事はなくなりましたけれど……。
私達は馬を手近な木に繋ぎ、徒歩で高台に登りました。
馬上から眺めていたら、クロウラーに見つかってしまうかも知れませんからね。
それで、分かったことがあります。
クロウラーは人間や動物だけでなく、家そのものも食べていました。
上位種であるブルークロウラーなど、それだけではありません。口から粘着質な糸を吐き、獲物を絡めとって、しかも燃やしてから食べるのです。
今もブルークロウラーは逃げる牛を糸で絡めとり、炎を放って燃やし――体液を吐きかけていました。
生き物が生きたまま焼ける嫌な匂いと、ジュウ――という火の消える音も聞こえ、皆の嫌悪感が増してゆきます。
「あれは……調理しているのかしら?」
私は、その光景を眺めて首を傾げました。ランドが肩を竦め、呆れています。
「ティファはこの惨状を見て、よくそんな呑気なことが言えるな」
「呑気ではなく、見たままを言っています。調理するならば、知性も高いということ――見た目以上に強敵の可能性がありますわ」
「そうなのか?」
「だいたい惨状と言うなら人間が動物を調理する様の方が、遥かに惨状でしょう。あなた、カニを食べたことあります? パッカーンと包丁で真っ二つに割ったり、殻を開けて火にかけたり、生きたまま茹でたり――おお、恐い!」
「お、おう……ティファはカニの味方か何かなのか?」
「とんでもない! あんな不気味な生物、食べようとは思いませんわッ!」
「じゃあ、クロウラーとは関係ないよな?」
「ん? ……まあ、ありませんわね! でもとにかく、ブルークロウラーが調理する程の知能を有しているなら、強敵に違いありませんわッ!」
ムスッとしてランドを睨み、私は言いました。
それから再び村を見下ろし、クロウラーの数を確認します。
小さな芋虫が十、黄色の芋虫が二、青い芋虫が一と。
「強敵ねぇ……俺には、そう見えないが……」
「ランド。敵を舐めていると、死にますわよ。例えばあの糸に絡めとられたら、それだけであなたは戦闘力を失うでしょう」
「ふむ。まあ――確かにな」
顎に指を当て、ランドが頷きました。分かればいいのです。
「ティファニーさま、鑑定は出来ますか?」
ラファエルが、ブルークロウラーを指差しました。
「出来なくはありませんが、鑑定して気付かれたら厄介でしょう」
「……どうでしょう、気付きますかね? だけどブルークロウラーの力が分からなければ、戦い方も決められません」
と、そのとき――ブルークロウラーが動きを止めました。全身から、灰色の煙を出しています。ブシュゥゥという音と共に、たまらない悪臭が立ち上ってきました。
「丁度良い――寝ましたね」
「じゃあ、“鑑定”やりましょうか? 起きたとしても、責任は持てませんが……」
「大丈夫です。眠ったクロウラーが鑑定で起きた前例は、ありませんから」
「分かりましたわ」
この間、口出しもせずにイーサン王子が私達を見守っているのは、彼に指揮権が無いからです。
といってクロウラー討伐の責任は彼にあるので、よほど気に入らなければ口を挟むでしょうけれど。
ただ今は、大きく頷き「ティファニーさま、よろしく頼みますぞ」と言っていました。
ふふん――私はAになった鑑定を使い、青いクロウラーに目を向けます。すると光沢を放つ青い甲殻の上に、ズラッと文字と数字が並びました。それを順に読み上げ、ラファエル達に伝えます。
「レベル55、HP1033、物理攻撃力210、物理防御力220、魔法攻撃力188、魔法防御力201、魔力122――魔法まで使いますわ、あれッ!」
「……レベル55だとッ!」
イーサン王子が驚きの声を上げました。
「そんなの、どうやって戦うのよ!?」
ドナも口元に手を当て、あからさまに怯んでいます。
私は苦笑しながら、自分の見解を付け加えました。
「――さあ? ともかく表面はカッチコチですわね。体力もありますし、わたくしの最上位魔法でさえ、一撃では厳しいかもしれませんわ。というか、一撃で魔力が尽きてしまいますけれど……」
ラファエルはぐるりと村全体を一望して、笑みを浮かべた顔を私に向けました。
「弱点なら、どうですか?」
「うう〜んと……物理防御が68、魔法防御が39ですわ」
「なら――弱点をさらけ出せば、十分ランドやイーサン王子の攻撃も通りますね」
「――あのねぇ、ラファエル。クロウラーの弱点の場所、知ってますの?」
「腹部です」
「その通りですわ。あの大きな身体の裏側――これをどうやって曝け出すと言うのです?」
「はは。ひっくり返せば良いでしょう」
全員がキョトンとして、ラファエルを見ました。
簡単にひっくり返せるものではありません。
それが間単に出来る位なら、迷宮深部へ進んだ冒険者の帰還率だってもっと上がるでしょう。
「ラファエル。こう言ってはなんだが、ブルークロウラーは熟練の冒険者でも苦戦する相手だ。彼等とて迷宮内で出会えば、眠らせるだけで、あえて戦おうとはせぬという――」
イーサン王子が眉根を寄せて、ラファエルに再考を促しています。
「それは迷宮内だからでしょう。ここでは、討伐する必要があります」
「でしたら、何か策がありますの?」
私はラファエルの自信ありげな横顔に、問い掛けました。
まあ、未来の最強軍師ですからね。無策ということも無いでしょう。
「もちろん、考えてあります」
やっぱり、そうでしたか。
自分のこめかみに人差し指を向け、ラファエルが笑っています。
「さて――そろそろ日も暮れます。夜間のクロウラーは動きませんから、今のうちに村人の所へ行きましょうか」
カッツが頷き、駆け出します。
村人が隠れる洞窟はここから近いとのこと。
全員、まだ生きていれば良いのですけれど……。
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