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76話 仕方がありませんわ

 ◆


「何を言い出すのです、ラファエル。そのような勝手、許されるはずがありません。そもそも、何の為にこのような強行軍を重ねたと思っているのです。すべてはリモル救援の為でしょう」


 正義バカのイグニシアならともかく、ラファエルがこんなことを言い出すとは。もっと分別があると思っていましたが、案外おろかですね。

 私は腕組みをして、ラファエルを睨みました。先生方も私に同意しているらしく、首を縦に振っています。


 ラファエルは頷きつつ、子供の頭を撫でました。


「子供の足で来たんです、それほど遠く無いでしょう。それに、この子達が来た方角はリモル側。引き返す訳じゃありませんから」

「そういう問題では無いでしょう。だいたい今から助けに行ったところで――」


「村人が生きている保証など無い」――そう言おうとして、口を閉ざしました。流石に現場から逃れて来た少年を前に、現実を突き付ける気にはなれません。


「ティファニーさま、仰りたいことは理解出来ます。ですが相手がクロウラーなら、やりようはある。あの魔物は知能が低く、食欲が満たされれば動きを止めるのです。だから今駆けつければ、間に合うかもしれません。というより今駆けつけなければ、絶対に間に合わない」

「間に合う? ――一体何に間に合うというのです? あなたは馬鹿ですか? そもそも、わたくし達の任務はリモル伯領の救援です。ましてやラファエル、リモルはあなたの故郷でしょう! それを目の前にして寄り道など、愚かとしか言えませんわ。こっちの方が間に合わなくなったら、どうするつもりですのッ!」


 少年が私を睨み、身構えています。それを一瞥し、私はイーサンに人差し指を向けました。


「だいたい、彼がわたくし達に助けを求めましたか? 仮にも王子である彼の要請なら、理解も出来ます。ですが今、あなたのやろうとしていることは――ただの偽善、自己陶酔、余計なお世話なのですわ」


 イーサンはラファエルの肩に手を置き、私の正しさを彼に説いています。


「ティファニーさまの仰ることは、正しい。これは我が国の問題であり、村に出現した魔物は、私が討ち果たすべき敵だ」


 ラファエルは理知的な藍色の瞳に情熱の火を灯し、イーサンの手を払いました。


「違います、イーサン王子。これは面子の問題じゃあない。目の前に助けを求める人がいる――これを放置して行くなんて、僕には出来ない。

 そもそも国なんて、人が勝手に決めただけの地図上の枠組みだ。この子達にはまったく関係ない。少なくとも僕達ケーニヒス学院の生徒は、国境に縛られないはずじゃないのかッ!」


 ああ、もう、イラッとしますね。


「ラファエル――あなたは日も当たらぬ貧民街で過ごしたから知らないかも知れませんが、わたくし達王侯貴族にとって面子は、何より大切なものなのですよ。

 だいたい、イーサン王子だけでは魔物に負けると――あなたは決めつけているように聞こえます。失礼でしょう?」

「うむ――私はこう見えて、ムーントリノ随一の武人である」


 イーサン王子も頷き、ゲジマユを吊り上げています。

 しかしラファエルは苦笑していました。

 

「それが何だというのです? クロウラーの上位種の武力は、90を超える個体もあるという。つまり物理攻撃力が130以上の可能性もあるんですよ? ……これに各種スキルが乗ったら、200に届くかもしれない。しかも奴等は自身の物理攻撃力と同等以上の防御力を、必ず持っている。――これを突破し、討ち果たせますか? イーサン王子」

「そ、それは……」


 私はなるべく恐い顔を作って、ラファエルに言いました。


「クロウラーの上位種がいなければ、イーサン王子でも十分でしょう。確か下位種であれば、武力も60そこそこですわ」

「上位種は必ずいます……ティファニーさまは何故クロウラーが上位と下位に分かれているか、ご存知ですか?」


 いきなりラファエルが、問い掛けてきました。僕は知ってるんだよ、答えてごらん――的ドヤ顔です。

 嫌な気分ですね、まったく。


「いいえ」


 答えて、私はそっぽを向きました。

 

「あれは上位と下位ではなく、雄と雌、そして子供です。つまりクロウラーとは群れ単位で動く魔物――その存在が確認できたならば、必ず上位種も下位種も近くにいる、ということを認識しなければ……」


 なるほど。確かにゲーム中でもミニクロウラーが主体ならクロウラーとセット、クロウラーが主体ならブルークロウラーとセット……といった具合に出てきましたね。だけどそこに理由があったとして、私が知るわけないでしょう。


 ですがブルークロウラーが確実にいるとなれば、イーサン王子達だけでは分が悪い。

 ラファエルはそれが分かっているからこそ、自分も行くと主張しているのですね。

 でもね、その可能性くらい私だって考慮しました。その上で、見捨てろと言っているのです。


「それが――どうしたと言うのです? リモルには、妹もいるのでしょう?」


 自分の妹と赤の他人を天秤に掛けて、傾くのはどちらですか?

 人は両手を広げた所で、それほど多くのモノを持つ事は出来ない。

 神ならざる人の身に、諸人を救う事など出来ないのです。

 そもそもブルークロウラーは、私達にとっても強敵。いたずらにぶつかっては、手傷を負うかも知れません。最悪の場合、死に至るかも……。


「リモルの城壁は厚い。いくら魔物のネストがあると言っても、それが一つなら一月や二月は持ち堪えるでしょう。一方で村は、一刻を争う」

「だからといって、ブルークロウラーは強敵ですわ。いたずらに戦って負けでもしたら、戦力を損ないます。そのような危険を犯してまで、救う価値など無いでしょう。たかが百人程度の村など――」


 もはや私も、取り繕うのは止めました。少年と少女が私を睨んでいます。イーサンは悔し気に奥歯を噛み、私から目を逸らしました。


「ティファ! 言って良いことと悪い事があるぞッ!」

「ラファエル! わたくしが何時、お前に愛称で呼ぶ事を許しましたかッ! そも――我々の目的は生きてリモルを救うことッ! 無用の戦闘は極力避けるべきなのですッ!」


 こいつ、私の秘密を知った事で、調子に乗っていますね。言わなければ良かったです。

 一方ラファエルも「埒があかない」とでも思ったのでしょう。下唇を噛みながら、先生に訴えかけています。


「リュウ先生。クロウラー討伐をイーサン王子だけに任せて失敗した場合、我々は強力な敵を背後に残すこととなります。この可能性を排する為にも僕はイーサン王子に協力し、魔物を討伐することを提案します」


 リュウ先生は顎に指を当て、考え込んでいます。


「ティファニー・クラインとして意見しますわ。村を救うだなんて、任務に関係ありません。即刻リモルへ向かうべきです。――この意味、賢明なリュウ先生なら、お分かりになりますでしょう?」


 腕組みをして、私はリュウ先生を見下ろしました。貴族としての身分をチラつかせ、彼に決断を促します。


 私がこんなことを言うのも、かつてゲームでクロウラーに煮え湯を飲まされたから。

 弱そうなフリをして、奴等は物理攻撃に滅法強い。魔法だって、簡単に弾くのです。

 もちろん弱点は知っていますよ。あいつら、背中は固いけどお腹はとっても柔らかいのです。


 ですが、どうやってお腹を攻撃するのですか?

 ミニクロウラーですら大型犬と同等のサイズですし、クロウラーは象より大きいのが普通ですよ?

 それにね、今、私達のレベルは25〜30といったところ。

 対して上位種は、レベル50を超えています。

 ぶっちゃけ、負け確定。即ち仲間の死に直結します。

 それなら村人とイーサンを見殺しにした方が、幾分かマシというもの。


 リュウ先生は私とラファエルを交互に見て、フッと笑いました。

 

「――ティファニーの意見は尤もだが、ラファエルの言い分にも一理ある。安全を考慮して、隊を二つに分けよう。誰か、ラファエルと共に村へ救援に行きたいものは?」

「先生ッ!」


 私は声を荒らげ、リュウ先生を睨みました。


「ティファニー、お前がクラインの名を出すとはな。よほど不安なのか?」

「……いえ」


 リュウ先生は、私の内心を見透かしていたようですね。

 ともあれ、現場の指揮官は先生です。彼が決めたなら、もう嫌とは言えません。

 しかし、ラファエルと行動を共にしようという人も、現れませんでした。

 当然です――リモルに行くのも皆、本来は不承不承。ですが学院の命令だから行くのです。

 それが見ず知らずのガキに助けを求められ、ノコノコと自分の命を危険に晒すなど、誰が喜んでするものですか……馬鹿なのですよ、ラファエルは。


 それにしても、考えれば考えるほど不思議ですね。

 本来であれば魔物とは、悉く私の配下になるはずの存在。

 魔将とは、アイロスが生み出す闇の手勢なのですから。

 けれどアイロスが今、人類に攻勢を掛ける意味が分かりません。本人だって弱体化していますしね。

 あ……もしかして私以外にも誰かと契約して、そちらから魔力を集め始めたのでしょうか?


 だとすると、私はアイロスに捨てられた?

 たしかに彼のEDを治してあげはしましたが、それも元はと言えば私のせい。

 本来の目的である、「人々に絶望や悲哀を与える」ことは、かなり疎かになっています。

 もしかして、ついに役立たず判定を下されたのでしょうか。

 だとすると今回の騒動そのものが、私の責任という可能性も……。


 うーん、悩みますね。

 この状況をアイロスが仕組んだと云うのなら、私は彼と敵対することになるでしょう。

 でもそれなら、今、生きているのが不思議ですね。何かカラクリがあるのでしょうか?

 いえ、その辺を考えても仕方ありません。最悪の場合を想定しましょう。それは、私がアイロスと完全に敵対した場合です。

 第一に必要なのは、真実の愛。これが無くては、彼に生殺与奪の権を握られたままとなります。

 

 うーん……愛……。


 愛については追々考えるとして、次に戦闘に置ける絶対の切り札――これは考えるまでもなく、ラファエル・リットで間違いありません。

 となると、彼を一人で行かせて死なせるなど、私の今後の為には愚の骨頂。何としても守るべきですが……。


 でもなぁ……嫌だなぁ……ラファエルってウザイし、万が一エロいことをされたらなぁ……。

 いやいや、ラファエルは私が男だと知っています。それでも手を出すなんて、馬鹿なことはしないでしょう。


 うーん、うーん……ポク、ポク、ポク……チーン。


 ――決めました。


 ラファエル無しでアイロスと戦うリスクを考えれば、ここでクロウラーと戦った方がマシです。

 でも気分的には、すごぶる悪い。

 だから私は盛大な溜め息を吐きつつ、手を挙げました。


「はぁぁああああ〜〜……わたくしも、行きますわ。ラファエル(ばか)だけじゃ、本当に死んでしまいますもの」


 リュウ先生が私を見て、ニヤリと笑います。

 ラファエルは表情が一変し、笑顔に変わりました。


「ティファ……ありがとう……!」

「だぁかぁらぁ! 愛称で呼ぶんじゃねぇって言ってますわッ!」


 すぐにランドも挙手します。


「ティファが行くんじゃ、俺も行くしかないよな」


 ドナも慌てて手を挙げ、ラファエルの腕を取りました。


「ま、待ってよ! わ、私も行く! 足手まといかもしれないけど……置いて行かないでっ!」


 リュウ先生はそれで締め切り、私達四人を順に見て頷きます。


「よし、決まったな。お前達はイーサンどのに従い、速やかに村を救ってこい。合流場所はリモル最西端の街――バーフットとする。明後日の早朝までに、何としても片付けろよ」


 キャメロン先生は素早く予備の地図をドナに渡し、バーフットの位置を確認させていました。 

 バーフットは既にリモル領であり、いつ戦闘になってもおかしくない場所です。

 全員の顔が緊張で強ばり、お互いに握手をして別れました。


 キャメロン先生が私の頭に手を乗せて、微笑んでいます。


「ティファ、もっと素直になりなさい。そうしないと、いつか大切な人を失うことになるわよ」

「……五月蝿いですわ、紫ババァ」


 そう言ったことを、私は悔やむことになります。

 私はキャメロン先生のことが、決して嫌いではありませんでした。

 それなのに、彼女があんな死に方をするなんて……最後に交わした言葉が憎まれ口だったなんて……。

 私は自分のスキルである毒舌を、この時ほど恨んだことはありませんでした。

ブクマ、評価ありがとうございます!

励みになっています!

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