75話 信じられませんわ
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両手で頬を抑え、ムンクの叫ぶ様な顔をしている私に、ラファエルが声を掛けてきました。
「ティファニーさま、こんな所にいらっしゃったのですか。探しましたよ」
「……豆柴、わたくし、わたくし……」
「どうなさったのです、落ち着いて下さい」
ラファエルが私の両肩に手を乗せました。慈しむような目で、こちらを少しだけ見下ろしています。
ん? ラファエルの身長って、私と同じだった様な――。
「豆柴、背、伸びましたか?」
「え? あ、ああ……最近、急に伸びていまして……」
「あら……それでは豆柴なんてもう、呼べませんわね……」
確かに、四月から数センチ位は伸びたようです。だとすると、この一年で十センチくらい大きくなりそうですね。
顔も少しだけ大人びてきました。
だんだんと私の知ってる、エロゲ主人公のラファエル・リットになってきていますよ。
すると私は、この男に……。
私は視線をラファエルの股間に落としました。
思えばゲーム中、コイツのモノなら幾度も見ています。
ランドの巨大なアレをぶち込まれると考えたら、こちらは私にとって安全マークが入っていそうな程に信頼出来る、ジャストサイズ。
万が一ランドと結婚するようなことになるならば、こちらの方がまだマシ――って、んな訳あるかーい! そう思ってラファエルに、一本背負いを決めました。
「てーい」
「ティファニーさまっ……!? ぐはっ!」
はっ! いけません! ついうっかり、石の上に投げてしまいました!
慌てて彼の隣にしゃがみ、治癒魔法を施します。
「わたくし、どうかしていました。投げ飛ばす場所を石の上にするなんて……土を狙うべきでしたね」
「痛てて……いえ、ティファニーさま。そもそも、投げないで下さい……」
ラファエルと私はその場に何となく腰を下ろし、会話を始めました。
彼と親しく話すのは、ケーキ屋さん以来ですね。
私はランドと交わした約束を伝え、動転していたことを彼に理解してもらいました。
「――色々とマズいですよ、その話」
「で、ですわよねぇ? 結婚するなんて約束、やっぱり取り消そうかしら」
「いえ、結婚の約束ではなく、国家として考えた場合の話です」
「……と、言いますと?」
「だってクライン公国の令嬢が、ヴァルキリアにクーデターの種を植えようとしている――とも考えられるでしょう?」
「そ、それならわたくし、ランドにお給料を支払わなければいけませんのっ!? 相場はお幾らかしら!?」
ラファエルはクスリと笑って、首を左右に振っています。
「そうじゃありません」
「で、では、何だというのです!?」
「ははは……ティファニーさまって、どこかズレていますよね」
「馬鹿にしているのですかっ!?」
「いいえ――むしろ、とても純粋なのだな、と、感心しています。だって考えてみて下さい? 給料などを支払ったら、本当に後戻り出来なくなりますよ、むしろ証拠になってしまいますからね。逆に言えば、まぁ、現段階でこれを証明する手段も無いということです」
ラファエルは遠くを見つめ、小さく溜め息を吐きました。
「あくまでも現段階であれば、僕が目を瞑ればいいだけのこと。ですが……もしもランドが本当にヴァルキリアを手に入れたら、ティファニーさまも彼との約束を、その……守られるおつもりですか?」
「そ、それは仕方がないでしょう。約束は約束ですわ」
「でも、クライン家の臣下となるあなたの嫁ぎ先は、やはりクライン公爵が決めるのではありませんか?」
「ああ。クライン公爵など、わたくしの言いなりですわ。不要となれば、排除すれば良いのです」
ニヤリと笑う私を見て、ラファエルはもう一度溜め息を吐きました。
「ならばいっそ、ランドをヴァルキリアから引き取れば良いではありませんか。あなたが君主である方が、クライン公国も伸びる――すぐにも王国となるでしょう。
であればランドを騎士団長にでもして、女王の夫として立ててあげれば彼の望み――国を手に入れることも叶うし、いたずらにヴァルキリアとの関係を悪化させることもない。まさに一石二鳥です」
「なぜ、そうなるのです!?」
「だってティファニーさまも、ランドのことがお好きなのでしょう? それなのにこんな――試すようなことをなさって……」
「そ、そんなことは無いんらられらろ!?」
「プッ……あはははっ!」
ラファエルが腹を抱えて笑い、目尻の涙を拭っています。
ちょっと噛んだくらいで、そんなに笑う事ないじゃないですか。腹が立ちますね!
こうなったら私、自分の正体を言っちゃいますよ!
コイツにだって最近は友情を感じていますし――まあ、ランドほどじゃありませんが。
でも、ともかく――真実を告げれば、私に対する見方も変わるでしょう。
「ラファエル、お聞きなさい」
「あはは……はい」
「まずは、笑いを収めなさい!」
「……はい」
「いいですか、わたくしがランドを好きになるなど、絶対に有り得ません」
「……どうしてですか? 彼は男の僕から見ても、十分に魅力的ですよ。悔しいくらいです」
「だったらラファエル、あなたがランドと結婚すれば良いでしょう」
「あはは、それは無理です。だって僕、男ですからね。男同士では――」
「そうでしょう? じつはわたくしも、男なのですッ! ですからランドとは、結婚出来ませんッ!」
「はぁ? ティファニーさまは、何を仰ってるのでしょう?」
「ですから、わたくしは男だと言いましたッ!」
「……あの……失礼ですが、どの辺が……でしょうか?」
私は全身をペタペタと触り、股間に手を当てました。
そうですね、確かに肉体的に男だと証明するアイテムはありません。
どちらかというと、女を証明するアイテムなら付いていました。
仕方が無いので親指を自分に向けた拳で、トントンと胸を叩きます。
「ココです。いいですか? わたくしの男気に満ちあふれた、このブレイブハートがッ! お と こ でなくて何だというのですかッ!」
「はぁ……可哀想に……何処かで頭を打ちましたか? ご自身が男だと思い込むだなんて……」
「おおおおぉぉぉい! ラファエルゥゥ! 可哀想な人じゃねぇんだよぉぉおお! 人の話を聞けぇぇええ!」
それから懇々と説明し、ようやくラファエルは私が男だということに納得しました。
もちろん、ここがエロゲの世界であることや、ラファエルと私の関係などは伏せていますが……。
それでも彼は暫し首を捻り、視線を中空に這わせています。まだ何か、思案しているのでしょう。
ようやく考えるのを止めたのか、私を正面から見据え、言葉を発しました。
「なるほど――転生、ですか。だったらランドにも説明したら、済む話じゃないですかね?」
私の顔が再びムンクになったのは、言うまでもありません。
――――
ラファエルのアドバイスを受け入れ、すぐにランドの下へ向かいましたが、あいにくと彼はジュリアと話をしています。
普段のジュリアはウィリアムやスコットを侍らせていますが、決して本意ではありません。ここは彼女の気持ちを汲んで、二人きりにしてあげましょう。
自分が男であることを告げるなど、いつでも出来ますからね……。
休憩にも倦み始めた頃、少し霧が晴れてきました。
そこへ二つの人影が現れ、一方が「だれか……助けて」と声を発しています。
その声はまだ幼く、震えていました。けれど用心に越したことはありません。魔物の中には人間に化けるものもいますからね。
警戒の為に、ウィリアムとドナが剣を抜きました。私はすぐに鑑定を使い、相手の正体を見極めます。
「男の子と女の子――間違い無く人間ですわ」
私が影の正体を断言すると、二人はすぐに剣を納めて下がりました。
一方、霧の中から現れた二人は私達の姿を見て、安心したかのように倒れ伏します。
二人とも泥まみれの衣服を身に着けていて、全身に擦り傷がありました。特に少年の方が酷いようです。
「スコット」
リュウ先生が、神官見習いであるスコットに声を掛けます。
スコットはすぐに少年の元へ行き、手を翳しました。
青色の淡い光がスコットの手から発せられると、それが少年の身体を包んでいきます。
「あっ……」
傷が癒えて気付いた少年は、慌てて左右を見回しました。女の子が隣で寝ていることを確認すると、眉を落として顔をくしゃっとさせます。女の子が死んだものと思い込んだのでしょう。涙がボロボロと溢れてきました。
「ランがっ! ランがっ!」
スコットが優しく「大丈夫」と伝え、ランと呼ばれた女の子の治療をしていきます。一瞬、安堵の表情を浮かべる少年。けれど彼は何かを思い出した様にハッとして、早口に言葉を並べました。
「た、助けて! 助けて下さいっ! 村が、村が魔物に襲われたんです……!」
少年は頭を押さえ、首を左右に振っています。よほど恐い目に合ったのか、ガタガタと震えていました。
「どうした、何があった?」
リュウ先生が片膝を付き、少年に近寄り肩に手を添えます。すると少しは落ち着いたのでしょうか、少年は大きく息を吸って、話し始めました。ですが時折、その情景を思い出すのか、嗚咽が混じります。
「村に大きな芋虫が現れて、人や家畜を食べちゃった……ひっく……だからみんな洞窟に逃げて、岩で蓋をしたんだ……芋虫の奴等、岩に体当たりして、そしたら皹ができちゃって……ひっく……僕達は小さいから岩の隙間から逃げろって言われて……でも、村の皆はまだ中にいる……ひっく……まだ生きてる人がいるんだ、だから……だから……お願いだよ……みんなを助けて」
リュウ先生は顎に手を当て「ふうむ」と唸っています。
状況は皆、今の話で理解出来ました。
つまりリモルに現れた魔物が、谷を越えてムーントリノ側まで来てしまったと。
けれどこれを討伐すれば、時間が掛かります。
そもそも私達の任務はリモルの救援ですから、少年の頼みを聞く訳にはいきません。
とはいえ――十歳に満たないであろう子供に、その無情な決断を伝えるのは躊躇われます。
「私が行きましょう。先の案内は、お前達で頼む」
ここで口を開いたのは、イーサン王子でした。
お付きの騎士の肩をポンポンと叩き、笑顔を向けています。
まあ――無難ですね。
これなら少年に絶望感を味わわせず、私達は先に進めます。もっとも、彼が芋虫――たぶんクロウラーですが――に勝てる保証はありませんが。
「しかし、王子ッ!」
騎士は悔しそうな表情で、イーサンに詰め寄りました。それを手で制し、「頼む」とイーサンは繰り返しています。
ゲジマユ王子が少年に向き直り、白い歯を見せました。
「少年、まだ生きている人の元へ、私を案内出来るか?」
「うん……えと……おじちゃんは、誰?」
「おじ……私はムーントリノ王国第二王子、イーサンだ」
「王子さま……じゃあ、強いんだね?」
「ああ、もちろんだ。我ら王族は、嘗て悪魔を倒した者の末裔であるからな」
頼もしい言葉を吐くイーサン王子ですが、如何せん眉毛が太すぎます。ほぼ繋がった眉毛では、子供におじさんと言われても仕方がないでしょう。
実年齢は二十九歳と聞きましたが――三十九歳にしか見えませんし、下手をすると四十九歳に見えます。
あ! むしろあの眉毛もクロウラーでは!? これは怪獣対決ですね!
イーサン王子はリュウ先生に向き直り、頭を下げました。
「リモルまで直接ご案内致したかったが、事情が事情です。これでも国を背負う立場なれば、民を助けに行くこと、ご容赦願いたい」
リュウ先生は複雑な表情でしたが、イーサン王子は生徒でも部下でもありません。行くというのを止めることは出来ませんでした。
「分かりました。ですが、お一人では危険でしょう。騎士の方も、二人はお返し致します」
結局リュウ先生は案内に一名を残して、二人を返すことにしたようです。
まあ、敵がクロウラーであれば硬い外殻に覆われた難敵ですし、どちらかと云えば騎士では分が悪い。その辺りを考慮して、リュウ先生は決断したのだと思います。
けれどそこで、ラファエルが驚く様なことを言い出しました。
「なら、僕も行きます。困っている人を見過ごす訳にはいきませんし、それに相手がクロウラーなら、必ず複数で行動しているはず。失礼ですが、それを相手に三人だけというのは、少し無謀でしょうから」
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