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73話 これが軍師ですわ

 ◆


「おい、荷馬が無いってどういうことだ? マリアードに貰った木の実は? ニワトリは? ――まさか兎も無いのか? って、このままじゃ夕食は手持ちの食料だけかっ!?」


 ランドがワナワナと震え、蒼白になった顔を手で押さえています。そして、怒りの籠った瞳を私に向けました。


「ティファ! お前が荷馬から離れたからだなっ!? 俺を飢え死にさせる気かっ!?」

「大げさな。一日くらい食事を抜いた所で、死ぬ訳ないでしょう? あ、でも――」


 私は顎に指をあて、首を捻りました。確か剣で戦う前に、カレンに頼んでいた様な……。

 そう考えてカレンに視線を送ると、彼女はペコッと頭を下げました。


「ごめんなさいっ! 私、ティファに頼まれてたのに頭が真っ白になって、矢を射ちまくってたら……気がついたら馬がいなくって……本当にごめんなさいっ!」

「あ、いいのです。わたくしも魔導師でありながら前線に出ましたし、あなただけの責任ではありませんわ」

 

 私の言葉に続けて、スコットもカレンを弁護します。彼は疲れ果てたのか、大の字になって寝ていました。


「うん……僕も目を離してしまったし……だからカレンだけのせいじゃないよ」


 ランドは腕組みをして、私達三人を見回しました。


「いーや、ティファのせいだ。だから俺は今夜、ティファを食う。それで行こう」

「なんですか、ランド。わたくしの手足なら食べたところで、また生えてくるとでも思っているのですか? 最低な程に猟奇的な発想ですわ」

「そういう意味じゃないさ……食欲を満たせないのなら、ここは一つティファに性欲の方をだな――ゴフッ――な、殴るなよっ! 冗談だからっ!」


 思いっきりランドの頭をグーで殴り、沈黙させてやります。冗談ではありませんよ、まったく。


 このあとランドはリュウ先生の提案で、共に狩りへ行くことになりました。

 元気が有り余っているのは、生徒の中では彼だけですからね。それに食料が無ければ、本当に襲われかねません。さっさと去ね――と思います。

 もっとも、ラファエルはこうも言っていましたが。


「そんなことをせずとも、食料は手に入ると思いますよ」

「どういうことだ?」


 リュウ先生が怪訝そうに眉を寄せ、問い質します。

 

「もう暫く待てば、ムーントリノの正規軍がくるでしょう。そうすれば――……」

「ムーントリノの……なぜそう思う?」

「先ほどの敵の装備は、ムーントリノ軍のものでした。ですが正規軍が僕等を襲う筈が無い――とすれば、あれは反乱軍ですからね。つまり――」


 つまり自国の領内で私達が反乱軍に危害を加えられたということは、明るみに出れば国際問題となります。

 これを穏便に済ませる為にも、私達が望めば彼等とて食料くらいは出すだろう、というのがラファエルの意見でした。


「なるほど、一理ある。しかしな、一理で万事を進める訳にはいかん」


 リュウ先生は頷きましたが、すぐに首を左右に振りました。

 なぜならラファエルには、まだ実績がありません。

 彼の言がどれほど正しかろうと、まだ最強軍師ではないのです。だからリュウ先生は私とキャメロン先生に索敵用の結界を張る事を命じ、自らの立てた予定を変えることはありませんでした。


「岩の影が、ここに届くまでは休め。俺達も、それまでには戻る」


 リュウ先生は剣を地面に突き立て、岩と剣の柄を交互に指差し言いました。

 初めての実戦を経験した面々は、想像以上に疲労しています。

 食料を積んだ荷馬が消えた事も問題ですが、それ以上に動けない者が大半でした。

 先を急がなければならない旅ですが、無理は禁物。

 食料を探す間を利用して私やキャメロン先生が回復魔法を施し、皆を休ませることにしたのです。

 本来であれば神官であるスコットが率先してやるべきことですが、彼も草原で大の字になって寝ていますからね。聖戦ホーリーウォーなんて高位の魔法を使うからですよ。


「……でも敵が増援を連れて、戻って来るかもしれません。あまり同じ場所に留まっているのは、危険では?」


 私の進言は、ラファエルによって否定されました。


「反乱軍の勢力は、それほど大きくないでしょう。それに、もうすぐ正規軍が来るはず。だからむしろ、動かない方が安全ですよ」

「そういうものですか」


 私は首を傾げ、少しやつれたラファエルの顔を見ます。すると彼は微笑を浮かべ、私にナツメヤシの実を渡してくれました。


「そういうものです。さ、ティファニーさまも、少しお休みになられては?」


 掌に乗った楕円形の実を暫し眺め、口に入れます。

 取り立てて美味しいという程ではありませんが、疲れた身体に沁みる甘みがありました。どうやら私も、疲れていたのですね。アドレナリン? ドーパミン? どっちか知りませんが、いっぱい出ていたのでしょう。

 お礼に私は乾燥肉を渡し、ラファエルと拳を突き合わせました。

 いいですね――なんか戦友みたいな感じです。

 むかし日本に居た頃、男女の間で友情は成り立つのか? みたいな話題がありましたが、今なら成り立つと思います。少なくとも、共に死線を越えた後ならば。

 あれ? 私は男? 女? ――細かいことは置いておきましょうね。

 

 側にドナがやってきて、大きく息を吐きました。

 あんまりラファエルと仲良くすると、彼女に嫉妬されてしまいます。

 私はラファエルから離れ、彼女に目を向けました。


「最悪だわ。気持ち悪いったら……ティファも敵を斬ったのに、随分と綺麗ね?」

「ああ……ふふふ」


 彼女の鎧や制服には、敵の返り血がびっしょりと付いています。

 私はニヤニヤとしながら水の魔法を使い、彼女をびしょびしょに濡らしました。


「ちょっと、ティファ! 酷いじゃない!」


 “ゴゥゥウウ”


 文句を言うドナに、有無を云わせず温風を吹きかけます。

 そう――私は火と風の魔法を使い、彼女の身体を乾かしました。


「え……魔法って、こんなことも出来るの?」

「ええ、そうです。ですからわたくし、別に水浴びをしなくても、臭くなんてならないのですわ」


 ドナがクスリと笑って、頬を膨らませます。「ずるいっ!」


「魔法をこんな風に無駄使いするのは、ティファニーだけよ。真似しないでね、ドナ」


 キャメロン先生が白い目で私を見て、小声でドナに囁きます。


「ムチャクチャなのよ、この子。まだレベルも低いのに、魔力が私の倍はあるのよ? おかしいでしょ」


 そんなキャメロン先生ですが、小さな岩の上に地図を置いて、「うーん」と悩み始めました。私とドナが覗き込むと、難しそうな顔でぼやきます。


「この山を越えたいんだけど、道が書いてないのよ。いえ――書いてあるんだけど、これじゃ大きく迂回することになるでしょう? 迂回したら十日以上掛かるわ。でもね、山越えのルートは、絶対にあるはずなの。だって夏よ、夏? 冬じゃあるまいし、この程度の山を越えられないってことはないでしょう?」


 先生のぼやきに、私とドナは答えることが出来ませんでした。

 先生がこの程度と言う山脈に目を向けると、山頂付近が白くなっています。これはどう見ても数千メートル級の山々が連なっているように見えるのですが――気のせいでしょうか?

 そんな中ラファエルは爽やかな微笑を浮かべ、北東を指差して言いました。


「先生、砂塵が上がっています。あれが全部、解決してくれると思いますよ」

「砂塵? ええ、感知しているわ。先行するのが一騎、後ろから……百はいるわね。でも――あれが?」


 もちろん、私も感知しています。

 ラファエルの話が正しければ、これは正規軍でしょう。

 すぐに先行する騎影を、肉眼でも確認できました。その手には、ムーントリノの旗が握られています。

 間違い無いでしょう。あれはムーントリノの騎士です。

 私達の前に到着した騎士が、慌てて馬を下りました。


「皆様、ご無事ですか!?」


 騎士は顔も鎧も砂埃に塗れ、酷く汚れています。そして私達を見回し、オロオロとしていました。

 周囲には賊の死体が散乱しています。それを見て、取り返しのつかない事になったと思っているのでしょう。彼は言葉を続けながらも、大地に両膝を落としました。


「犠牲になられたのは、何名でしょう……国は? ケーニヒス学院の皆様が来られると知っていれば、護衛をお付けしましたものを……!」


 キャメロン先生が騎士の前に立ち、笑顔で言いました。


「こちらの被害はございません。それよりも、まずは名乗って下さいませんか? ムーントリノの騎士様」

「こ、これは申し訳ない、私はイーサン・ムーントリノ。そして後ろで軍を率いているのが、兄であるグリード・ムーントリノです。お見知りおきを」

「あら、ムーントリノの王子さま方がわざわざ……。初めまして、私はキャメロン・ルー。ケーニヒス学院の魔導科講師です」

「ルー? ルーと申しますと……かの高名な、ルー家に連なるお方でしょうか?」

「高名かどうかは存じませんが、父は魔導王国の宰相を務めております。祖父も宰相を務めたように記憶していますね……」

「やはり……これは……ご無礼を……」


 あらら。キャメロン先生って、名家の出だったのですね。

 となると格式的に彼女は、ムーントリノの王子二人よりも上です。

 八大列強の一角を占める国の宰相を輩出する家柄ともなれば、小国など簡単に吹き飛ばせるでしょうからね。


 なるほど、王族自ら私達の救援に駆けつけたというのは――こういうことですか。

 考えてみれば、この場にはクライン公爵家の令嬢たる私もいるのです。

 そしてクライン公国もムーントリノと比べれば、遥かに強大。

 もしも私に何かがあってクライン公国に難癖を付けられたら、ムーントリノなど、ひとたまりもありません。

 ムーントリノとしては、この辺りの事情を考慮しているのかもしれませんね。


「この際、私の家の事情はどうでも良いでしょう。問題は、この先です」

「そ、それは、ルーどのの仰る通り。宜しければ、今後は王都まで我らが護衛したしますゆえ――」

「いえ、私達はあなた方の王都へ向かっている訳ではありませんわ。それにあの程度の賊――賊と言っていいのかしら? が、私達に危害を加えるなど、有り得ませんもの」

「では、我らはどのように致せば……」


 困惑顔のイーサンは、眉毛が繋がりそうになっています。

 というかイーサンの眉毛、凄く太いですね。

 王子というからには、もう少しイケメンであって欲しいと思うのは、私の我が侭でしょうか。

 それに王子というには些か年齢も……三十代? 四十代? とにかくオッサンですよ。


 キャメロン先生が懐から地図を取り出し、イーサンに見せます。そして一点を指差し、「私達は、ここへ向かっています」と告げました。


「リモルへ?」

 

 怪訝そうな表情で、イーサンが呟きました。彼はまだ、事情を知らないのでしょう。

 キャメロン先生が事の次第を告げると、イーサンの極太眉が片方だけグンと上がりました。まるで毛虫です。ああ、恐い!


「馬鹿な……ネストが確認されたなどと……それが事実であれば、大変なことです」

「事実です。リモルにも一つありますから、下手をすればムーントリノにも、魔物が現れるかもしれません」

「確かに――クソッ、こんな時に反乱などとッ! バグラム兄の愚か者めッ! ……だが、この人数でどうにかなるのですか!? 必要であれば、我らの兵も……!」

「お気持ちは有り難いのですが、雑兵では何人いても無駄でしょう。魔物の前に、死体が増えるだけです」


 キャメロン先生は凄惨な笑みを浮かべ、賊の死体を指差しました。

 暗に、自分たちとムーントリノ兵の戦力差を示しているのでしょう。

 賊が反乱軍なら正規軍の力量も、これに近いはずですからね。


「なるほど……将足り得る精鋭でなければ……ということですな」

「ええ。それよりも私達は、早くリモルへ行きたいのです。その為には、この山を越えるのが一番ですが……どうにも道が分かりません」

「……良いでしょう、私がご案内致します」


 イーサン王子は大きく頷き、胸をドンと叩いて請け負いました。


「あ、それから食料なのですが……」


 付け足す様に言ったキャメロン先生の言葉にも、イーサンは大きく頷きました。


「不足しておるのですな? その程度、お易い御用です。お任せあれ」

 

 あ……と、この時、ようやく私は気がついたのです。

 全てが、ラファエルの言った通りになりました。

 道も食料も、確かに彼等が解決してくれます。

 驚きながらラファエルの顔を見ると――彼は私に向けて片目を瞑り、微笑を浮かべていました。

ブクマ、評価ありがとうございます!

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