66話 駄エルフ村ですわ
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マリアードが横笛を取り出し、不思議なメロディーを奏でています。
私にわかるのは、それが「森のくま○ん」では無いということ位だったのですが、演奏の結果か、目の前の森に変化が現れました。
不思議なことに木々が左右に分かれ、大きな道が生まれます。
それは都市部で見られる様な石畳でこそありませんが、恐らくは下に砂利を敷き、その上に土を盛って踏み固めたもの。
つまりは何者かの手がしっかりと加えられた、馬車や馬が悠々と通る事の出来る“道”でした。
誰もが小さなエルフの起こす奇跡に、目を丸くしています。
それを横目にマリアードは演奏を終えると、笛を前に突き出し案内を始めました。
「さ、こっちじゃ」
馬を引きつつ森の中へ足を踏み入れると、そこはまさに異空間。先ほどまでのうだる様な暑さも消え、夕方だというのに柔らかな淡い光に包まれていました。
「それにしても、なにゆえ来たのじゃ? お姉さまにでも会いに来たのか?」
マリアードがようやく、肝心なことを聞きました。
歩きながらリュウ先生が校長からの手紙と許可証をマリアードに渡します。
「なんと……まものとは! しかし、そのようなじじょうであれば、われらエルフも動かねばならぬやも知れぬのぅ」
手紙を読みながら、器用に歩くマリアードです。
彼女は手紙を読み終わると懐にしまい、リュウ先生を見上げて問い掛けました。
ちなみにリュウ先生は、黒髪黒目のアジア系といった風貌です。
そしてどんな武器も扱い、各種戦闘スキルがオールAというスーパー器用貧乏。ただし暗殺Sという恐ろしいスキルもあるので、油断は出来ない存在です。
「どのような、まものが出たのじゃ?」
「詳しくは分かりませんが、現在のところ七つの巣が確認されています。ですから、魔将の存在は確実でしょう」
「ふぅむ……すると、まおうの再臨が近いやもしれぬのう……もしや、お姉さまが神樹に入られたことと、かんけいがあるやも……」
なにやら腕組みをして、マリアードが悩み始めました。
ただでさえ歩くのが遅い幼女のクセに、変なところで止まらないで欲しいですね。
こんなことでリモル城の救援に間に合うのか、不安になってしまいます。
「駄エルフ妹! 考え事なら後でなさい! 今、わたくし達は急いでいますのよ!」
ムスッとして振り返ったマリアードが、フワリと宙に浮きました。
“飛翔”魔法の発動は確認していませんから、エルフ独自の何かでしょう。
「うるさいのう、ティファニー。ここは外とじかんのながれが異なるゆえ、だいじょうぶじゃ。中で十日あるこうとも、外に出れば一日しか経っておらぬ」
「と、いうことは……森の中の方が時間の流れが速いのですわね?」
「そうなるのう」
ふむふむ――ということは、実質九日分のショートカットですか。
しかもその先を山越えのルートでいけば、リモルまでの距離はかなり短くなります。
確かに空を飛ばずに行くなら、このルートが最短のようですね。
――――
暫く歩くと、唐突にマリアードが言いました。
「むらじゃ。今夜はここでやすめ」
道を左に逸れてゆくと、大きな木々の枝の間に挟まった無数の家が見えてきました。
なんという事でしょう。エルフ達は、木の上に家を建てるというのですか。馬鹿もここまでくると、いっそ立派ですよ。
家からは、木で組まれた簡単な梯子が降りています。
また、木と木の間を無数の橋が結び、行き来できるようになっていました。
地上にあるのは、馬小屋や牛、豚の小屋といったところです。
犬や鶏は放し飼いらしく、そこかしこで「わん」だの「コケー」だのと言っていました。
住民であるエルフ達の姿は、今のところ見えません。
「森の中には、こんな村が沢山ありますの?」
辺りを見回しながら、マリアードの頭を鷲掴みます。
「そ、そうじゃ。そうじゃから、あたまをつかむでない。こわい……いたいの、こわい……」
辺りを見回してみると、滝がありました。
小さな虹も掛かっています。近くに沢でもあるのでしょう。
ザーッという音が、辺りに清涼感を齎していました。
「とっても幻想的なところですのね……エルフの国は……」
私の言葉を聞いたマリアードが、大きな目をパチクリと瞬いています。
「そうじゃろ、そうじゃろ。そういえばティファニーは愚かなじんぞくだが、こうへいだとも、お姉さまは言っていたのう。たしかに、そうかもしれぬ。じゃからの……そろそろあたまから手をはなせ」
あら? うっかりマリアードの頭を鷲掴んだままでした。
膨れっ面で私を見上げる彼女は何というか、可愛らしいじゃありませんか。
“さすさす”
私はマリアードの頭を撫で、膨らんだ頬に指をぷすっと差し込みました。
口から“ぽふっ”と空気が抜けて、マリアードが笑います。「うひゃひゃはは!」
「お、お姉さまは、こうもいっていたぞ。ティファニーはあくまだけど、がくいんで初めて出来たともだちだって。がくいんのことを嬉しそうに話すお姉さまを、マリアードは初めてみたのじゃ」
マリアードの髪はサラサラしていながらも、ふんわりと柔らか。まるで金色の毛玉みたいです。
私は更に彼女の頭を撫でつつ、気付かれない様に再び頭を鷲掴みにしました。
「ふふ、うふふ……あははっ。わたくし、アレを友達なんて思った事、無いのですけれど? あははっ」
「ファッ!? どういうことじゃ? それはひどいのじゃ、ティファニー! お姉さまのきもちをふみにじっ――イタタタタタタッ! めりこんどる! 指があたまにめりこんどるッ!」
「……この、駄エルフ姉妹が。わたくしの前であまり調子に乗らないで下さいまし」
「は、はぃ……」
その後マリアードは村長に話を通してくれ、私達は村に滞在する事を正式に許されました。
といっても、村の広場の一角を借り、天幕を張って休むことと水浴び――それから数食分の食材提供をして貰ったくらいのもので、歓待はされません。
まあ、エルフというのは基本的に人間を見下していますからね。
その後、森から次々に戻ってきたエルフ達に奇異の目で見られた私達は、彼等との絶対的な心の壁を感じたのでした。
そういう意味では、エルフでありながら人間の作ったケーニヒス学院に通うリリアードは、相当に開明的な王族なのでしょう。
また、さっきからチョロチョロと私の周りをうろついている小さなマリアードも、その影響をかなり受けているに違いありません。
「これでもマシな方よ。学院の通行証が無ければ、通ることなんて絶対に出来ないんだから。それに彼女以外の担当官に当たれば、村で休ませてもらうなんてことも有り得ないわ」
とはキャメロン先生の言です。
まあ、そんなこんなで三日目の夜を過ごすため、皆で天幕の組み立てを始めました。
天幕は十一人で三つあり、先生が一つ、女子が一つ、男子が一つと分かれています。
もちろんみんな、先生が男女なのに一つの天幕を使い、中でナニをしているのか興味津々ですよ。
昨日なんか、「あっ……ダメ……」なんて声が聞こえてきましたからね。
あ、ちなみに「あっ……ダメ……」と言ったのはリュウ先生です。キャメロン先生ってば、肉食なんですね。
ともあれ、天幕を組み終えたら次は食事の準備です。
今日は私が水を組みに行く当番なので――ええと――一緒に行く人は……と。
あ……ラファエルです。ちょっと気まずいですね。マリアードもいつの間にかいなくなっていますし、アイツと二人きりとは……。
でも悩んでいたら、逆に意識しているようで気持ち悪いです。ここはサクッと終らせましょう。
「ラファエル、水を汲みに行きますわよ」
私は先生の天幕を組み上げたばかりで、多少息の上がっているラファエルに声を掛けました。
どうやら彼は男子用の天幕を組んだあと、先生の分を手伝っていたようです。
するとドナが後ろからやってきて、私の手から桶をひったくり、こう言いました。
「あ、ティファニーさま! 水汲みなら私が行きますっ! その代わり、ニンジンの皮むき、お願い出来ますか?」
私はキョトンとして、ドナの顔を見つめました。
彼女はラファエルからは見えないよう、「お願い!」と口だけを動かしています。
まあ――貴族でありながら貧乏暮らしが長かったせいで、私、ニンジンの皮むきくらいは出来ますが……。
「いや……ドナさん。決まりだから、当番を勝手に変えるのは良くないよ」
ラファエルが腰に手を当て、首を左右に振っています。
私としては、何とも言い様がありません。
ただ、正論なのは明らかにラファエルの方ですが……。
私達三人が答えを出せずにいると、へっぽこ騎士ランド・ジェイクがやってきました。
「ま、別にいいだろ、ラファエル。大貴族であるティファニーさまに、水汲みなんかやらせんなって!」
そう言ってランド・ジェイクがラファエルの肩を軽く小突きます。
「ニンジンの皮むきだって、大貴族の仕事ではないですわ」
「そう言うなって、な、ティファニー?」
ランドはたった今、薪を割ってきた所のようです。
額に汗して、ガラガラガラっと沢山の薪を鍋の側に置きました。
それから私に振り返り、片目を瞑ってみせます。
要するに、「ドナの気持ち、分かってんなら二人きりにしてやれよ」と言外に語っていました。
ランドは私の答えを待たず、二人の背中を押して歩かせます。
「な、お二人さん。沢はあっちだぜ」
ドナは嬉しそうに、ラファエルは戸惑った様に――歩き始めました。
どうやらランドは、二人の仲を進展させようとしているのですね。このへっぽこキューピットめ。
私としても、それは望ましいことです。良いでしょう。
私は調理場へ行き、ニンジンの皮むきを始めました。ふんふんふ〜ん。
「あれ? へっぽこ騎士。どうしてあなたがわたくしの隣で、野菜の皮を剥くのです?」
「そりゃ、今日の料理当番だからさ。俺じゃ不満?」
「……いいえ、別に。仕事なので、わたくしは別に誰とでも」
「じゃ、よろしくっ!」
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