65話 邪魔する者は容赦しませんわ
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出発して今日で三日目――ようやくロムルスの森が見えてきました。
学園都市シエラからリモル伯領まで、順当なルートで行けば馬を飛ばしても二十日近く掛かります。といって戦闘に耐えうる飛竜も、学院にはありません。
到底これでは間に合わないと判断した学長は、本来、迂回すべき土地であるロムルスの森を抜けて行くよう指示を出しました。
ロムルスの森とは、即ちリリアード達の住むエルフの王国です。
時空魔法によって護られるこの森は、何人たりとも許可無き者の侵入を許しません。というより一度足を踏み入れれば、エルフ以外の種族が自力で出る事は不可能と云われています。
事実として国交を結ぶ以前に森へ迷い込んだ人々は、誰一人として帰って来ませんでした。
また、伝説によれば嘗て魔王の力が猛威を振るった時代、足を踏み入れた魔王配下の将が、そのまま消息を絶ったとも云われています。
といっても今の時代に魔王は存在せず、ロムルスも立派なケーニヒス連邦の一員。当然ながらシエラとロムルスには馬車の定期便が往来していますし、隊商の行き来もあります。
ただしそれらは皆エルフ側の用意した通行証を持っているからこそ、自由に行き来が出来るということも、忘れてはいけません。
もしも通行証を持たずに入った場合、暫く彷徨った後、エルフに発見されてこっぴどく叱られ、入り口に戻されるという憂き目に遭うそうです。
さて――私達はこの土地を自由に出入り出来る通行証を持っていません。
その代わりにケーニヒス学院が発行した、臨時通行許可証を校長先生に渡されました。
これは入り口でエルフの担当官に見せると、その場で一回限りの通行証を発行して貰えるという代物です。
なので森の入り口に到達すると、私達は通行証を貰うため、担当官とやらが現れるのを皆で待つ事になりました。
「……ここが入り口ですか?」
馬を下りながら辺りを見回し、私は首を傾げました。
入り口と云っても、その先は馬ならば一頭、人なら二人程度が何とか並んで通れる程度の道しかありません。
いえ――道というには、余りに杜撰な作りです。草を左右に掻き分け押し倒した程度で道と云うならば、今までの獣道が街道と名を変えてしまうでしょう。
しかも奥は昼間の太陽の光すら僅かにしか届かない程、葉の生い茂った木々が密集しています。
「そうよ」
先に馬を下りて地図で場所を確認していたらしいキャメロン先生が、私を振り返ることなく頷いています。
でも、この景色では、「入り口の場所、間違えていませんか?」なんて言いたくなりますね。
「皆、エルフが出てくるまで休め」
引率の――というか指揮官のリュウ・イー・チェン先生が号令します。
皆、それぞれに馬を手近な木に繋ぎ、餌をやってから寛ぎ始めました。
皆、思い思いに過ごすようです。
ですが、これから先の戦闘を考えると緊張するのでしょう。
いつの間にか何人かが集まり、ああでもない、こうでもないと言い始めました。
こんな中でも、ラファエルは落ち着いていますね。盛り上がった木の根に腰を下ろし、一人で入念に剣を研いでいます。
あ! ラファエルの所に一人やってきました。
あれは確か、ドナ・アップルスという一年生ですね。ラファエルと同じクラスだと言っていた気がします。
彼女はそっとラファエルの隣に腰を下ろし、同じく剣の手入れを始めました。
微妙に肩が触れ合う距離です、良い感じですね。
ドナは朱色の髪に茶色の瞳で、まずまずの美人。これはヒルデガルドにも、ライバルが出現したかもしれません。あはっ。
面白いので一つ、応援してあげましょう。頑張れ、頑張れ、ドナ・アップルス!
……と、そんなことをしていたら私、もしかしてボッチになっていませんか?
そう自問して周囲を見ると、見事にみんな誰かといます。
リュウ先生はキャメロン先生とカップリングを結成し、ラファエルも然り。
考えてみれば一昨日の夜に自己紹介をしたあと、何となくグループが出来ていました。
昨日は皆がキャンプファイヤーで盛り上がっている中、ひとり完全に白けていた私は、さっさと先に寝たのです。
その結果でしょうか……もはや今日の私は完全にあぶれもの……はぁぁぁあああ……。
な ん と い う こ と で し ょ う !
いけません。最初が肝心だというのに、このままでは遠征中、ずっとボッチになりかねません。
ここは一つ、女の子の友達を作らねば! 何ならエッチな関係になりたいですね!
ほら、これから私達は危地に向かうのです。
危地といえば、なんと言いましたっけ? 吊り橋効果? そういうのでイチャイチャ出来るじゃないですか! キャッキャウフフですわ!
そう思っていた矢先に朗報です。声を掛けられました。
「ティファニーさま、その剣、重くありませんか? よろしければ、俺が持ちますよ」
でもガッカリです。声を掛けてきたのは男。それもマッチョなナイスガイでした。
確か名前はランド・ジェイク――たぶん二年生だったかと……あれ、三年生でしたっけ?
長身で茶髪の七三が特徴ですね。銀の鎧と大盾が良く似合う、いかにもな騎士です。
彼が声を掛けてきた理由は、私が珍しく剣を佩いているからでしょう。
一応ケーニヒス学院では、制服と共に剣と鎧も支給されるのです。
何故ならここはケーニヒス連邦唯一の統一的な教育機関にして、軍事訓練施設ですからね。
なので今の私は、制服の上に銀色の鎧を着て、剣を腰に帯びているのです。
この辺りは盗賊が出る事もあると聞いたので、今日は剣を護身用に持とうかなと。一応、魔力の節約を考えているんですよ。
ですから、その剣が重いなんて言いません。なにせ自分の身を護る物ですからね。
「へっぽこ騎士、無駄な気遣いです。ああ、それから――わたくし女に媚びる男が大嫌いですの。その少ない頭脳で意味が理解出来たのなら、以後は気を付けなさい。では、去って良し!」
「へっぽこ!?」
だから丁重に断り、背を向けます。
ランド・ジェイクが素っ頓狂な声を上げても、私は気にしません。
そもそもエロゲの世界で男と仲良くして、何の得があるというのですか。
無いでしょう。むしろ大変なことになります。放っといて下さい。
なので私は一人、地面の蟻の数を数え始めました。もういいです、孤独で。
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――――――
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「……五百二匹……六百八十匹……ぁぁぁぁあああああッ! まだエルフのボンクラはきませんのッ!?」
「来ないね……三百二十……っと」
かれこれ一時間近く、同じ場所で待機しています。
ランド・ジェイクも何故か私の真似をして蟻を数え始めましたし、太陽も西に傾いてきました。
ていうか、ランド! 私の言った意味、理解していますか!
私は、お前が嫌いだと言ったのですよ! それを媚びなきゃいいじゃん――みたいな顔で側にいるのはやめなさいッ! しかも意味をはき違えたのか、敬語からタメ口になってますし!
あ、だけどボッチじゃなくなったので、少しだけ嬉しかったり――します。少しだけ……。
でも、このまま野営なんてことになったら最悪ですね。
はっきり言って、ここは草むら。しかも今は夏――つまり辺りは完全に虫だらけ!
だいたいクソ暑い中、制服に鎧着用で馬上行進しただけでも嫌なのに、こんな場所で寝るなどもっての他です。
それに先ほどから、妙な気配が漂っている。その正体も、確かめなければいけません。
という訳で私は範囲を決め、消毒と浄化と整地を兼ねて、手近な草に炎の魔法を放ちました。
草が燃え、半径三メートル程度の空き地が出来上がります。
今夜ここに泊まるなら、ここに私の天幕を張りましょう。
その様を見て、魔導科の先生――ええとキャメロン・ルーが私の腕を掴みました。
彼女は、このクソ暑い中でも黒いローブに身を包む、ヤンデレ風の美女です。
自己紹介の時、「その紫色の唇は口紅ですか?」と聞いたら「秘密」と言っていました。実に悪魔的ですが、素だったら単なる病気ですね。
「ちょっと、ティファニー! 何をやってるのよッ!」
「何って? いくら待ってもエルフが出て来ないので、野営出来る空間を作っているのですわ」
「駄目よ! 森の側で火を使うなんてッ! エルフに喧嘩を売るようなものよッ!」
「ああ……だって喧嘩、売ってるんですもの。そもそも、これだけ待っても出て来ないエルフが悪いのですわ。何なら森ごと燃やしてやりましょうか?」
そう言って私が森に手を翳すと、空から金髪の幼女が降ってきました。
もちろん幼女は長い耳を持ち、緑色の服を着た――エルフです。
盗賊かとも思いましたが、やはり“そこ”に居たのはエルフでしたか。
「まて! まつのじゃ! 森をもやすでないッ!」
エルフは私が燃やした跡に魔法で水を撒き、更に緑を再生させました。
これは、中々の魔力を持っていますね。びっくりです。
そして驚くべき事に、そのエルフは私の半分くらいしか身長がありません。
ただ、このタイミングで出てくるとは、やはり怪しいですね。
ついでに、このエルフには何となく既視感があります。
「あなたですね……隠れて、わたくし達を見ていたのは」
「な、何をばかなことを。マリアードはこうきなエルフじゃ! こうきなエルフが、そのように無粋なことをするわけがない! 愚かなじんぞくめ、口をつつしめッ!」
舌っ足らずな口調ですが、緑眼には力強さがあります。
それに若干丸い顔ですが、やっぱり誰かと似ているような気がしてきました。
というかマリアードというのが自分の名前なら、それも似ていますし。
私は見事に草花を再生させて、「ふんす」と胸を張るエルフ幼女に近づきます。
「なんだ、愚かなじんぞく! マリアードに文句があるのか!」
エルフ幼女を見れば見るほど、やっぱりアレに似ているような気がしました。
「……では質問を変えましょう。どうして、森の入り口を開こうとしなかったのです?」
「ふん! 愚かなじんぞくが困っているのは、つうかいじゃ!」
「すると、わざとわたくし達を立ち往生させていたと?」
「とうぜんじゃ! 愚かなじんぞくなど、つねに困れば良い!」
あっさりと白状しました。これはこれは、かなりのお馬鹿エルフです。
私は幼女の頭頂部を片手でしっかりと掴み、五指に力を加えました。
「イタタタタタタタッ! な、何をするのじゃ〜!」
「おまえ、リリアードの妹ですねッ!」
「な、なぜそれをっ!」
「ふん、やっぱりそうですか。もういいです、さっさと――ここを通しなさいッ!」
頭を掴まれたまま、上目遣いにエルフ幼女が私を見つめています。
「きんぱつ、よこ髪が縦にくるくる……あおい目……ヒェッ! お、おまえまさか、れいこくひどう、ざんぎゃくむひの大悪魔――ティファニー・クラインかッ!? お姉さまが、せんねん呪うとおっしゃっていた、あのおんなかッ!」
「あら、リリアードがわたくしを呪うですって? 上等ですわ……お前、名前は? 今すぐあの駄エルフを呼んできなさいッ!」
急にエルフ幼女がガタガタと震えだし、大きな瞳から涙を溢れさせました。
「ゆ、ゆるしてくれぇ! マリアードのなまえはマリアード・エレ・ロムルス……じゃ! わるぎは少ししかなかったのじゃあ……お姉さまは今、神樹の中におられて、そこはわしでも入れぬのじゃ〜。で、で、でも! でも! すぐにここを通れるように計らうゆえ、どうか、どうか許してくだされぇ〜! マリアードだってロムルスおうこく第二王女だから、そのくらいはだいじょうぶじゃあああぁ……!」
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