64話 夏休みの任務ですわ
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決起集会の結果として対峙することになったリリアードとサラステラですが、実際のところは私とヒルデガルドの代理戦争に過ぎません。
まあ、そりゃそうなるでしょう。だって蕎麦のことしか考えていない女と、何も考えていない女の勝負ですよ。本人達だけだったら、超が付くほどグダグダです。
あの後ヒルデガルドには散々、「裏切りのティファやん!」と罵倒されました。
その一方でニアの方が冷静だったのでしょう。私がリリアードを押す理由を、おずおずと訪ねています。
「ティファニーさまは、どうして駄エルフなんが押すんだべか?」
「サラステラはサイコパスです。あんなのが生徒会長になったら、学食が全部お蕎麦になってしまいますわ。それをヒルダが止められるとは、わたくしには到底思えませんもの」
私がこう言うと、流石にニアも鼻白んでいましたね。
「ヒェェェ! ほんとだべか? ちょっとヒルダちゃんにも相談してみるべ! 全部お蕎麦はつらいべ!」
もっともニアに関しては、ヒルデガルドが彼女を使って私の様子を探っている――と見ることも出来ます。
確かゲームでも、あの二人は対になっていました。
ラファエル・リットがどちらかを君主と仰げば、必然的に選ばれなかった一方がサブヒロイン化するのです。つまりそれ程に、彼女達の繋がりは強固であると見て間違いありません。
こうして状況は、アーリア、サラステラ、リリアードの三つ巴になりました。
我々を陣営ごとの支持比率で見ると、アーリアが五、サラステラが四、リリアードが一、となります。
アーリア陣営とサラステラ陣営は、ほぼ互角といって差し障りないでしょう。
一方で私達は、圧倒的に不利な状況です。まず勝ち目はありません。
しかし、だからといって慌てる必要はないのです。
何故なら、ほぼ互角である両陣営が勝利を収める為には、私達の陣営を取り込まねばなりません。
とくにサラステラ陣営にとって、私達は絶対に無視出来ない存在でしょう。
もちろんヒルデガルドの基本戦術は、アーリア陣営を切り崩すことのはず。
ですがその際、万が一にも私がアーリアに味方したら?
――恐らくヒルデガルドは、これを最も恐れているでしょうね。
彼女は腐っても、知謀90以上を誇る君主。知者は知者ゆえの苦悩があるものです。ふふふ。
とはいえ夏休みに入った今、私もヒルデガルドもアーリアさえも、策謀を廻らすことが出来ません。
だって半数以上の生徒達が帰省し、学院にはいないのですから。
もちろん、この二人もご多分に漏れず、実家に帰っていますよ。
イグニシアだって聖王国に帰りましたし、ミズホとわんわんの二人もミールへ帰省中です。
ちょうどミール出身の商人に会ったので、二人を荷物と一緒に大きな飛竜に乗せて貰いました。
なんでも商人は私に感謝しているとかで、二学期前には再び二人を連れて戻ってくれるそうです。
あ、私は帰っていませんよ? 荷物に紛れて運ばれたくありませんし、まあ、色々と思う所がありますので。
まあ、私もミールなら帰っても良かったのですがね……考え直しました。
だって私がいたらミズホは実家に帰らないでしょうし、わんわんは妹と水入らずの時間を過ごせませんからね。これでも気を使っているのです。
あ、クロエはいつの間にかニアと仲良くなったらしく、高原都市同盟の首都スラブへ行きました。
何でもニアが迷宮に潜るそうで、クロエは付いて行って召喚獣集めをするそうです。
これ、ちょっと気が重いんですよね。
もちろんクロエには期待していますけど、これでニアが青竜を自分の騎竜にするんですよ。そしたらもう、実戦では間違いなく手がつけられない程強くなります。
竜とセットになったニアはアーリアとも互角に戦う程で、一方のイグニシアには破竜の剣がありません。
こうなると三つの陣営で力の勝負をした場合、こちらが少し不利になってしまいます。
しかもヒルデガルドが正式に、軍師ラファエル・リットを迎えてごらんなさい。知でも勇でも劣る事になってしまいます。
うーん……軍師に関しては少し、対抗策を考えた方が良さそうですね。
とまあ、そんな事をつらつらと考えつつ、私が何をしているのかと言いますと――
寮の自室でゴロゴロしつつ、先日ラファエルに返しそびれた君主論をパラパラと捲っています。
今、アイツが寮にいるのか知りませんし、知っていても、わざわざ私が返しにいくなんて――と思っていたら、今日に至ってしまいました。
はぁ……退屈です。
夏休みも半分ほど過ぎると、やりたかった事の大半をやり尽くしてしまいますしね。
駄エルフでも落ちて来ないかな……なんて思う程です。
でも駄目ですね、彼女も帰省中でした。
アイロスもここのところ姿を見せませんし、ゲイヴォルグも旅に出たのか、まったく見かけません。
二人とも暑さで溶けたとかだったら、とっても面白いのですけれど。
といってクライン公国に帰ろうとは、まったく思いませんしねぇ……。
それに今から帰っても、着いた頃には二学期が始まってしまいます。
“ミーン、ミーン、ミーン、ジーッ”
開け放った窓から聞こえる音は、日本の夏と同じ。
蝉が鳴き、空は綿菓子の様な雲が浮かび、そよそよと吹く風が木の葉を揺らしています。
「平日安寧世は事も無し……ですわね」
“ドンドンドンドンドン”
なんて言って本を顔に被せたら、ドアが激しく叩かれました。
びっくりして、ベッドから十センチは飛び上がりましたよ、私!
「何ですか、騒々しい」
使用人が誰もいない為に自分で扉を開け、騒音をまき散らした犯人の顔をジロリと睨みつけます。
しかし犯人は悪びれもせず、息を切らせて言いました。
「校長室へお越し下さい! 緊急の用があると……! とにかく、大変なことが起こりました!」
「は?」
紺色のピシッとした執事風の服を着た男が、大貴族である私への礼も忘れ、肩で息をしています。
無礼と咎めることも出来ますが、もともと私は貴族として育っていません。なので、ここは素直に従いましょう。
一応ちゃんと、ドレスも着ていましたしね。
貴族棟を出て中庭を横切り、職員棟へ向かいます。
玄関を入ってすぐに廊下を右に曲がって、突き当たりが校長室でした。
中に入ると大きな黒檀の机の奥に、恰幅の良い白髪の紳士が座っています。
彼が校長先生ですね。入学式と終業式に見ました。
机の手前には、長身の青年――これは三年の武闘科の担任ですね――と灰色のローブに身を包んだ女性――こっちは魔導科の先生のはず――がいて、その後ろに男女含めた八名の生徒が並んでいました。
「何の呼び出しですの、これは?」
私が声を発すると、全員の目がこちらに向けられました。
「ティファニー・クラインさん。あなたが残ってくれていて、本当に良かった」
校長先生が頷き、真剣な眼差しでこちらを見ています。
生徒達の中には、ラファエル・リットの姿もありました。
「全員揃ったようなので、単刀直入に説明しましょう。実は、大陸の東側に大量の魔物が出現しました。目下のところ湾口都市同盟ルーヴェが総力を挙げて対応していますが……隣国のリモル伯領にまでは手が回らないとのこと。
昨日――リモル伯とルーヴェ元首より、当学院に向けた正式な救援要請が届きました。
現在、リモル城が魔物に包囲されつつあります。しかしながらルーヴェに援兵を送る余力は無く、ゆえにケーニヒス学院の戦力をもって救援されたし――だそうです」
ここまで話を聞いた結果、私の感想は「はぁ!?」でした。
この流れはでは、私達にリモルへ行けという話になるのは間違い無いでしょう。
なんで夏休み返上で魔物と戦わなければならないのか、私には理解出来ません。
よって私は、お断りします。
「そうですか、では皆様頑張って下さいまし。それでは、ごきげんよう!」
くるりと回れ右をして扉に手を掛けた時、ラファエル・リットが私に声を掛けてきました。
「ティファニーさま! どうか……どうか助けて下さいっ! 僕の故郷なんですっ!」
私は振り返り、苦し気に叫ぶラファエルの顔を見据えます。
「国が滅べば、あなたは自由になれます。良いではありませんか。それにあなた、主君のパオラ・リモルに、随分と苦しめられているそうですね? だったら、いい気味です。放っておけば良いでしょう」
「国には家族がいます――だから僕は、助けに行きたい。それに、どう思われていようと、パオラさまは僕がお仕えすべき主君です。見捨てる訳にはいきません! だけど、その為にはティファニーさまのお力が、絶対に必要なんです! だからどうか、どうか力を貸して下さいッ!」
「馬鹿馬鹿しい……貴族を名乗りながら民を救えないリモル家など、さっさと滅べば良いのです……それを」
「それは聖女と云われるティファニーさまの、お言葉とは思えません……どうか……」
最強軍師が足下にひれ伏し、縋る様な目で私を見ています。
何と言うか、これには自尊心をくすぐられました。
というか、ここで恩を売れば、選挙でラファエルが私に付くかも知れません。
だとすれば、行くのも手です。
社会生活において自分を高く売るのは、基本中の基本ですからね。
とはいえ、どの程度の戦力で救援に向かうのでしょうか。危険な事は嫌ですよ……うーん。
私が悩んでいると、校長が再び口を開きました。
「ティファニーさん、事は急を要します。総員で十一名ですが、皆、ケーニヒスの精鋭となることが約束された者達、一人が百人にも匹敵するでしょう。特にあなたの魔力なら、万の魔物を屠ることさえ可能だ。私からも、是非お願いしたい」
おい……おいおい……校長先生。私、どこからツッコミを入れればいいのですか?
たった十一人で、一国を救って来いというのですか。
しかも誰ですか、ラファエル以外のダボどもは? 誰一人知りませんよ。
せめてミズホやイグニシアといった、一線級の戦力を集めなさいな。
これじゃ本当に、私の魔力無しじゃ勝てません。私、勇者じゃないんですが……。
こうなると本当にせめてもの救いは、ラファエルがいることですね。
彼ならば、最適な場所で私の力を使ってくれることでしょうから。
暫く考え、何とかなるだろうと算段を立て、私は頷きました。
「仕方ありませんね……今回だけですわよ」
校長先生を含め、皆がホッと安堵の声を漏らしています。
そして最後に、校長先生は付け加えました。
「なお現場での指揮は全て、武闘科主任教諭のリュウ・イー・チェン先生に任せる。副長は魔導科教諭のキャメロン・ルー先生だ。皆、宜しくお願いします」
えぇー! ラファエルが部隊の指揮を執るんじゃないのですか!
これは、圧倒的にマズい状況になる予感がします。
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