63話 押し付けてしまえばいいのですわ
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サラステラが私の手を握りながら、上下に揺らしています。
それにしても、同志将軍ってヤバいあだ名を付けられてしまいました。
ちょっとこれは、同じ二年生であるリリアードに助けを求めましょう。
私は若干引き攣った笑顔をサラステラに向けつつ、席を移動しました。
しかし移動した私に、そのままサラステラも付いて来ます。
彼女は私の左手をがっちりと握り、放そうとしません。
まさか、好かれてしまったのでしょうか?
仕方なく私はその状態のまま、リリアードの隣に座ります。
形的には左にサラステラ、右にリリアードという愉快な状況ですね。
そこにムスッとした表情のイグニシアがやって来て、正面に座ります。
もともとリリアードがボッチ席に座っていたお陰で、助かったかもしれません。
彼女は増えた人口に喜び、口元を緩めていました。
「なんじゃ、なんじゃ、お主ら、わしの所に集まりおってぇ〜。邪魔じゃぞ〜、帰れ〜」
「はぁ……そんなに嬉しそうな表情で帰れなんて言う人、初めて見ましたわ」
「う、嬉しくなんてないぞ、本当じゃぞ?」
もの凄く目尻が下がってますね。
エルフと言えば切れ長の吊り目が一般的なのに今の彼女は、まるで狸のような目になっています。
本来はリリアードだって、キリッとした美人なんですけどね。
「ねえ、リリアード。コレの性格、どうなってますの?」
私はサラステラの顔を右手で指差し、眉を顰めて問いました。
「コレとは酷いぞ、同志将軍」
「ちょっと黙ってて貰えますか、同志サイコパス」
「私が……サイコパス?」
「ええ……世界を蕎麦まみれにしたいから征服しようなんて、魔王ですら思い付きませんわ」
私が言うと、少しお蕎麦先輩は項垂れました。
もしかして、傷ついたのでしょうか。
「蕎麦は健康に良い。魔王は害を為す」
いやいや、蕎麦と魔王を同列に語られても……。
そこで何処から取り出したのか、白い付け髭を装着したリリアードが「ふうむ」と唸りました。
リリアードは頑張って嗄れた声を出し、老人感を作っているようです。
そして私の質問には答えず、サラステラを問いつめました。
「サラステラや、お主はぁ、まだそんなことを言っておるのかのぅ?」
「リリアード……これには深い訳がある」
「むぅ、何じゃね?」
「あ……」
「だから、何じゃと聞いておるぅ(面白い答えを言うのじゃぞぅ)」
「え……と……」
そこまで聞いた時点で左手を蕎麦先輩から引っこ抜き、私は彼女の頭をスパーンと叩きました。ついでにリリアードの頭も叩き、付け髭をベリベリと剥がします。
「二人とも、考えてから喋りなさいっ! わたくし、思いつきのコントが見たいわけじゃありませんのよっ!」
「む? 私は別に……そんなつもりでは……」
パチパチと二度ほど目を瞬いて、蕎麦先輩はこちらを向きました。頭を叩かれたというのに、微動だにしていません。
リリアードの方はグッタリと倒れ伏し、鼻の下を押さえてピクピクと震えています。付け髭を剥がされて、痛かったのでしょう。もっと粘着力の低い道具を使えば良かったのに、本当に愚かな駄エルフですね。
そこへイグニシアがドスの効いた声を出します。
「おい、先輩よぉ……! 世界の主食を蕎麦にって、どういうことだよ?」
「どうもこうも無い。言葉通りの意味だ」
ゆっくりと首を廻らせ、サラステラが正面のイグニシアを見ました。
イグニシアのこめかみには、青筋が走っています。ビキビキと音が聞こえそうですね。
「上等だよ。だったらこっちは、メロンパンを世界の主食にしてやる! すべての耕作地をメロンパン畑に変えてやるぜッ!」
「「ええぇぇ〜〜〜」」
私とリリアードが、同時に驚きの声を上げます。
ていうかリリアード。回復魔法を使って鼻の下の痛みを飛ばしたのですね。無駄にハイスペックな駄エルフです。今後は廃エルフとでも呼びましょうか。
そして私達は互いに顔を見合わせ、首を左右に振りました。
「イグニシア……メロンパンは畑で出来ませんわ」
「イグニシア……メロンパンは……小麦から出来ておる」
何だか初めて、廃エルフと心が通じたような気がします。
ただ、恐ろしいことに……イグニシアの動きは完全に停止しました。
どうやら本当に、メロンパンが畑で取れるものと思っていたようです。
「そ、んな……だって……丸いんだぞ……あの編み目は……木の実じゃ……ないのか?」
茫然自失の体で、イグニシアがボソボソと言っています。
彼女はそのまま両手で頭を抱え込み、フルフルと震えました。
焦点が合わず光を失った目はまるで、死んだ魚のようです。
「無様だな、聖王国の姫」
サラステラが無表情のまま勝ち誇り、胸を反らしています。
「ええ、でも……サラステラ。蕎麦も蕎麦粉と小麦粉を混ぜる割合で味が変わるので、全てを蕎麦畑にしたら大変なことになりますわよ?」
「蕎麦粉? 小麦粉? 混ぜる?」
無表情で首を傾げるサラステラを見て、私は嫌な予感がしました。
まさかこの人、麺が畑で取れると思っているのではないでしょうね?
危ないので確認してみます。
「サラステラ、あなた、お蕎麦の作り方を知っていますか?」
「馬鹿にするな。茹でるのだ、火加減も重要だぞ。最適に設定した湯の対流こそ、良き味を生む」
「ええ、それは最終段階で……その前の段階ですね」
「それは神が天より齎す恵み。その年の雨量、日照時間など様々な要素を経て、良き蕎麦の実が成る」
天を仰ぎ見るポーズで固まったサラステラに、私は言いました。
「サラステラ、その次です」
「だから、茹でる」
確信しました。
彼女は麺が畑から取れると思っています。
「いいですか、サラステラ。蕎麦の麺もメロンパンと同じく、粉を捏ねたモノから作ります」
「……む?」
「そして蕎麦とは蕎麦粉を捏ね、切り、茹でたものを言います。また一般的には、蕎麦粉と小麦粉を混ぜたモノが使われますわ。なぜなら十割の蕎麦よりも八対二の割合で小麦粉を入れた方が、コシのある麺になるからですッ! かく言う、わたくしも八、二のお蕎麦が一番好きですからね!」
ビシッと横を向き、人差し指をサラステラに突き付けて言いました。
「なんじゃ、ティファ。本当にお蕎麦研究家だったんじゃな」
横でリリアードが感心しています。
サラステラは緑色の目を輝かせ、僅かに唇の両端を持ち上げました。
普段、表情の無い彼女の微笑は、まるで朝露を浴びた薔薇のように瑞々しく美しい。思わず私ともあろうものが――一瞬、見蕩れてしまいました。
ですがサラステラはすぐに一切の表情を消し、言葉を紡ぎます。
「その一般的な認識こそ、忌むべきモノ」
「あら、お蕎麦先輩。麺が畑で出来ると思っていたのでは?」
「違う、試しただけ……蕎麦は十割。それ以外、認めない」
「なるほど、そうですか。どうやらわたくし、乗せられてしまったようですわね」
「……お前は、やはり同志では無い。十割以外、蕎麦ではないから。でも――」
話を続けようとした所で、サラステラはヒルデガルドに呼ばれました。
彼女はスッと立ち上がり、正面へと向かって行きます。
それにしても、何を考えているか分からない相手というのは恐ろしいですね。
私はイグニシアとリリアードに向き直り、思っていたことを伝えました。
「わたくし、彼女が生徒会長になるのを断固として阻止しますわ。あんな蕎麦サイコパスが生徒会長になったら、学食が全部お蕎麦になってしまいますもの」
イグニシアがようやく顔を上げ、頷いています。
「あ、ああ……メロンパンがどうやって出来るかは置いとくとして、世界の主食を蕎麦にするなんて危ない女、生徒会長にしてたまるか! とにかく、メロンパンを死守するッ!」
私は頷きつつ、メロンパン派のイグニシアの手を取ります。
でも私、あなたが世界の主食をメロンパンにしようとしたことも、忘れていませんよ。
あなたも絶対に、生徒会長にはしませんからね。
学食の全てがメロンパンになっても、それはそれで地獄ですから。
「では、アーリアに一票入れるのか? わしはどっちでもいいから、仲間になってやっても良いぞ?」
隣で興味無さげにドングリを転がして遊ぶ廃エルフの長い耳を、私は思いっきり引っ張りました。
「あなた、二年生ですわよね?」
「イタタタタ! そ、そうじゃ、そうじゃがっ!」
「だったら、あなたが立候補すれば良いでしょう」
「な、何を言う! 愚かな人族の選挙に紛れろというのかッ!?」
「紛れるんじゃありません、会長に当選しろと言っているのです」
「む、無理じゃ! だってわし、高貴過ぎて逆に人気がないのじゃ!」
私達が話している最中、いよいよサラステラ決起の時がきたようです。
「今日集まってもろたんは、サラステラさまに次の生徒会長をやって頂く為や!」
ヒルデガルドがサラステラの横に立ち、拳を突き上げていました。
こうなってしまえば、あまり時間もありません。
そっとリリアードのお尻を撫でて、私はニタリと笑いました。
「……あんまりガタガタ言っていると、あの件、ばらしますわよ? ね……野ぐそ先輩」
「ひっ……悪魔、悪魔じゃ……」
「だって、一年間はわたくしの言う事、聞くって約束したじゃありませんか?」
「そ、それは……だって……あのときは……」
私は大きく息を吸い込み、顔を部屋の中心へ向けました。
「スーッ……リリアード先輩は、野ぐ――」
慌ててリリアードが私の口を塞ぎ、涙目になって何度も頷いています。
「わ、わかったのじゃ……わかったから……ちょっとトイレに行かせてくれぬか? なんか、また……緊張したら漏れそうじゃ」
「分かれば良いのです。あ、でもトイレは後になさい。これから、宣戦布告をしますので」
「う、うむ。じゃが、手早く頼むぞ。万が一漏れたら立候補どころではなくなるゆえ……」
「ええ、すぐに済みますわ」
「頼むぞ、わしの堤防は決壊寸前じゃ……!」
さあ、決まりです。私達も立ち上がり、宣言をしましょうか。
「ちょっと、お待ちなさい。ヒルデガルド」
「その4 押し付けてしまえばいいのですわ!」章のラストでした。次回から次章になります。




