表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/130

63話 押し付けてしまえばいいのですわ

 ◆


 サラステラが私の手を握りながら、上下に揺らしています。

 それにしても、同志将軍ってヤバいあだ名を付けられてしまいました。

 ちょっとこれは、同じ二年生であるリリアードに助けを求めましょう。

 私は若干引き攣った笑顔をサラステラに向けつつ、席を移動しました。

 

 しかし移動した私に、そのままサラステラも付いて来ます。

 彼女は私の左手をがっちりと握り、放そうとしません。

 まさか、好かれてしまったのでしょうか?

 仕方なく私はその状態のまま、リリアードの隣に座ります。

 形的には左にサラステラ、右にリリアードという愉快な状況ですね。

 そこにムスッとした表情のイグニシアがやって来て、正面に座ります。

 もともとリリアードがボッチ席に座っていたお陰で、助かったかもしれません。

 彼女は増えた人口に喜び、口元を緩めていました。


「なんじゃ、なんじゃ、お主ら、わしの所に集まりおってぇ〜。邪魔じゃぞ〜、帰れ〜」

「はぁ……そんなに嬉しそうな表情で帰れなんて言う人、初めて見ましたわ」

「う、嬉しくなんてないぞ、本当じゃぞ?」


 もの凄く目尻が下がってますね。

 エルフと言えば切れ長の吊り目が一般的なのに今の彼女は、まるで狸のような目になっています。

 本来はリリアードだって、キリッとした美人なんですけどね。


「ねえ、リリアード。コレの性格、どうなってますの?」

 

 私はサラステラの顔を右手で指差し、眉を顰めて問いました。


「コレとは酷いぞ、同志将軍」

「ちょっと黙ってて貰えますか、同志サイコパス」

「私が……サイコパス?」

「ええ……世界を蕎麦まみれにしたいから征服しようなんて、魔王ですら思い付きませんわ」


 私が言うと、少しお蕎麦先輩は項垂れました。

 もしかして、傷ついたのでしょうか。


「蕎麦は健康に良い。魔王は害を為す」


 いやいや、蕎麦と魔王を同列に語られても……。

 そこで何処から取り出したのか、白い付け髭を装着したリリアードが「ふうむ」と唸りました。

 リリアードは頑張ってしゃがれた声を出し、老人感を作っているようです。

 そして私の質問には答えず、サラステラを問いつめました。


「サラステラや、お主はぁ、まだそんなことを言っておるのかのぅ?」

「リリアード……これには深い訳がある」

「むぅ、何じゃね?」

「あ……」

「だから、何じゃと聞いておるぅ(面白い答えを言うのじゃぞぅ)」

「え……と……」


 そこまで聞いた時点で左手を蕎麦先輩から引っこ抜き、私は彼女の頭をスパーンと叩きました。ついでにリリアードの頭も叩き、付け髭をベリベリと剥がします。


「二人とも、考えてから喋りなさいっ! わたくし、思いつきのコントが見たいわけじゃありませんのよっ!」

「む? 私は別に……そんなつもりでは……」


 パチパチと二度ほど目を瞬いて、蕎麦先輩はこちらを向きました。頭を叩かれたというのに、微動だにしていません。

 リリアードの方はグッタリと倒れ伏し、鼻の下を押さえてピクピクと震えています。付け髭を剥がされて、痛かったのでしょう。もっと粘着力の低い道具を使えば良かったのに、本当に愚かな駄エルフですね。

 そこへイグニシアがドスの効いた声を出します。


「おい、先輩よぉ……! 世界の主食を蕎麦にって、どういうことだよ?」

「どうもこうも無い。言葉通りの意味だ」


 ゆっくりと首を廻らせ、サラステラが正面のイグニシアを見ました。

 イグニシアのこめかみには、青筋が走っています。ビキビキと音が聞こえそうですね。


「上等だよ。だったらこっちは、メロンパンを世界の主食にしてやる! すべての耕作地をメロンパン畑に変えてやるぜッ!」

「「ええぇぇ〜〜〜」」


 私とリリアードが、同時に驚きの声を上げます。

 ていうかリリアード。回復魔法を使って鼻の下の痛みを飛ばしたのですね。無駄にハイスペックな駄エルフです。今後は廃エルフとでも呼びましょうか。

 そして私達は互いに顔を見合わせ、首を左右に振りました。

 

「イグニシア……メロンパンは畑で出来ませんわ」

「イグニシア……メロンパンは……小麦から出来ておる」


 何だか初めて、廃エルフと心が通じたような気がします。

 ただ、恐ろしいことに……イグニシアの動きは完全に停止しました。

 どうやら本当に、メロンパンが畑で取れるものと思っていたようです。


「そ、んな……だって……丸いんだぞ……あの編み目は……木の実じゃ……ないのか?」


 茫然自失の体で、イグニシアがボソボソと言っています。

 彼女はそのまま両手で頭を抱え込み、フルフルと震えました。

 焦点が合わず光を失った目はまるで、死んだ魚のようです。


「無様だな、聖王国の姫」


 サラステラが無表情のまま勝ち誇り、胸を反らしています。


「ええ、でも……サラステラ。蕎麦も蕎麦粉と小麦粉を混ぜる割合で味が変わるので、全てを蕎麦畑にしたら大変なことになりますわよ?」

「蕎麦粉? 小麦粉? 混ぜる?」


 無表情で首を傾げるサラステラを見て、私は嫌な予感がしました。

 まさかこの人、麺が畑で取れると思っているのではないでしょうね?

 危ないので確認してみます。


「サラステラ、あなた、お蕎麦の作り方を知っていますか?」

「馬鹿にするな。茹でるのだ、火加減も重要だぞ。最適に設定した湯の対流こそ、良き味を生む」

「ええ、それは最終段階で……その前の段階ですね」

「それは神が天より齎す恵み。その年の雨量、日照時間など様々な要素を経て、良き蕎麦の実が成る」


 天を仰ぎ見るポーズで固まったサラステラに、私は言いました。


「サラステラ、その次です」

「だから、茹でる」


 確信しました。

 彼女は麺が畑から取れると思っています。


「いいですか、サラステラ。蕎麦の麺もメロンパンと同じく、粉を捏ねたモノから作ります」

「……む?」

「そして蕎麦とは蕎麦粉を捏ね、切り、茹でたものを言います。また一般的には、蕎麦粉と小麦粉を混ぜたモノが使われますわ。なぜなら十割の蕎麦よりも八対二の割合で小麦粉を入れた方が、コシのある麺になるからですッ! かく言う、わたくしも八、二のお蕎麦が一番好きですからね!」

 

 ビシッと横を向き、人差し指をサラステラに突き付けて言いました。


「なんじゃ、ティファ。本当にお蕎麦研究家だったんじゃな」


 横でリリアードが感心しています。

 サラステラは緑色の目を輝かせ、僅かに唇の両端を持ち上げました。

 普段、表情の無い彼女の微笑は、まるで朝露を浴びた薔薇のように瑞々しく美しい。思わず私ともあろうものが――一瞬、見蕩れてしまいました。

 ですがサラステラはすぐに一切の表情を消し、言葉を紡ぎます。


「その一般的な認識こそ、忌むべきモノ」

「あら、お蕎麦先輩。麺が畑で出来ると思っていたのでは?」

「違う、試しただけ……蕎麦は十割。それ以外、認めない」

「なるほど、そうですか。どうやらわたくし、乗せられてしまったようですわね」

「……お前は、やはり同志では無い。十割以外、蕎麦ではないから。でも――」


 話を続けようとした所で、サラステラはヒルデガルドに呼ばれました。

 彼女はスッと立ち上がり、正面へと向かって行きます。

 それにしても、何を考えているか分からない相手というのは恐ろしいですね。

 私はイグニシアとリリアードに向き直り、思っていたことを伝えました。


「わたくし、彼女が生徒会長になるのを断固として阻止しますわ。あんな蕎麦サイコパスが生徒会長になったら、学食が全部お蕎麦になってしまいますもの」


 イグニシアがようやく顔を上げ、頷いています。


「あ、ああ……メロンパンがどうやって出来るかは置いとくとして、世界の主食を蕎麦にするなんて危ない女、生徒会長にしてたまるか! とにかく、メロンパンを死守するッ!」


 私は頷きつつ、メロンパン派のイグニシアの手を取ります。

 でも私、あなたが世界の主食をメロンパンにしようとしたことも、忘れていませんよ。

 あなたも絶対に、生徒会長にはしませんからね。

 学食の全てがメロンパンになっても、それはそれで地獄ですから。

 

「では、アーリアに一票入れるのか? わしはどっちでもいいから、仲間になってやっても良いぞ?」


 隣で興味無さげにドングリを転がして遊ぶ廃エルフの長い耳を、私は思いっきり引っ張りました。


「あなた、二年生ですわよね?」

「イタタタタ! そ、そうじゃ、そうじゃがっ!」

「だったら、あなたが立候補すれば良いでしょう」

「な、何を言う! 愚かな人族の選挙に紛れろというのかッ!?」

「紛れるんじゃありません、会長に当選しろと言っているのです」

「む、無理じゃ! だってわし、高貴過ぎて逆に人気がないのじゃ!」


 私達が話している最中、いよいよサラステラ決起の時がきたようです。


「今日集まってもろたんは、サラステラさまに次の生徒会長をやって頂く為や!」


 ヒルデガルドがサラステラの横に立ち、拳を突き上げていました。

 こうなってしまえば、あまり時間もありません。

 そっとリリアードのお尻を撫でて、私はニタリと笑いました。


「……あんまりガタガタ言っていると、あの件、ばらしますわよ? ね……野ぐそ先輩」

「ひっ……悪魔、悪魔じゃ……」

「だって、一年間はわたくしの言う事、聞くって約束したじゃありませんか?」

「そ、それは……だって……あのときは……」


 私は大きく息を吸い込み、顔を部屋の中心へ向けました。


「スーッ……リリアード先輩は、野ぐ――」


 慌ててリリアードが私の口を塞ぎ、涙目になって何度も頷いています。


「わ、わかったのじゃ……わかったから……ちょっとトイレに行かせてくれぬか? なんか、また……緊張したら漏れそうじゃ」

「分かれば良いのです。あ、でもトイレは後になさい。これから、宣戦布告をしますので」

「う、うむ。じゃが、手早く頼むぞ。万が一漏れたら立候補どころではなくなるゆえ……」

「ええ、すぐに済みますわ」

「頼むぞ、わしの堤防は決壊寸前じゃ……!」


 さあ、決まりです。私達も立ち上がり、宣言をしましょうか。


「ちょっと、お待ちなさい。ヒルデガルド」

「その4 押し付けてしまえばいいのですわ!」章のラストでした。次回から次章になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ