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61話 懐かしい味でしたわ

 ◆


 サラステラが皆の前に立って挨拶をしたあと、すぐに料理が運ばれてきました。

 最初に登場したのは鮮やかな緑色の葉に、薄らとした黄金色の衣を纏った天ぷらです。

 葉のサイズは掌よりも少し小さく、二口か三口で食べきれそうですね。とても美味しそうです。

 同時に用意された小皿には、塩が少々乗っていました。

 これを付けて食べろ、ということでしょうか。

 

 私は塩を少しだけ天ぷらにかけ、箸で摘んで食べました。

 サクッとした食感のあと、口の中にスッキリとした塩味が広がります。

 葉っぱ独特の苦みが程よいアクセントとなって、味を引き締めました。

 うん、美味しいです。


 そして次から次へと、カボチャ、サツマイモ、魚など、様々な種類の天ぷらが出てきました。

 どれも素材の味が活きていて、とても美味しいです。何より、味が懐かしい。

 いえ、懐かしい味よりも――こちらの方がずっと美味しいですね。


 私は日本にいた頃、ずっと一人で暮らしていました。

 そんな中で天ぷらを食べる機会は、たった一つ。

 会社の帰り、スーパーに寄って買う半額総菜ですね。

 獲物を狙う孤狼達の中にあって、それを手にした時の喜びは一入でした。

 ある者は大技――バックスピントルネードかご入れを繰り出し、ある者は禁呪「ジカンマエダケド半額シールハッテネ」を唱える。

 そんな強者達の入り乱れる戦場で「半額天ぷら」を手に入れるのです、当然でしょう。

 だから手にした戦利品を片手にやる一杯は、まさに至高でした。


 ですが、如何せん半額のお惣菜。

 冷めてふよふよになった天ぷらは、一抹の寂しさも伴っていました。

 そこへいくと、この天ぷらは全然違います。

 カボチャなどサクッとした食感なのに、齧った先はホックホク。衣と野菜の絶妙なハーモニー。

 魚はジューシーでありながら、あっさりとした食感。ですが濃厚な旨味が広がる様は、まるで口の中が生命誕生を迎える原始の海になったようです。

 ああぁぁ〜〜お・い・し・い・ですわ!

 農家のみなさま、漁師さんたち、ありがとう! 私、今、生きています!


「――ティファ、ティファ。随分と器用だな?」


 天ぷらを箸で摘み、摘んでは食べを無心で繰り返していた私の耳に、イグニシアの美声が飛び込んできました。

 彼女は箸を使いこなせず、カボチャの天ぷらを一生懸命に刺そうとしています。


「ちょっと教えてくれよ! これ、どうやって持てばいいんだ!?」


 ああ、そうですね。箸というのは、東アジア圏の食器でした。

 イグニシアが扱えなくても、当然といえば当然ですね。

 ここできちんと箸を扱える者は、それほど多くないようです。

 見回してみると、どうやらサラステラと私、それから商人の子弟であるヒルデガルドとニアの四人だけが、箸を上手に使って食事を進めていました。


 ナイフとフォークが無いか、給仕の女性に聞いてみましょう。

 そう思って声を掛けると、ヒルデガルドが「待ちぃや」と言って止めました。


「そりゃナイフもフォークもあるけどな、せっかくやし、箸を使って食べたらええんちゃうか?」


 二本のアホ毛をヒョコヒョコと揺らし、ヒルデガルドはパクリと海老の天ぷらを食べています。

 自分は自由に箸を使えるから良いでしょうけど、他の大半はつるつると滑る天ぷらに悪戦苦闘していますよ。

 そう思い眉を少し吊り上げて睨むと、ヒルデガルドは上座で黙々と食事をするサラステラを、顎で指し示しました。

 

 なるほど、ヒルデガルドはサラステラに気を使っているのですね。

 ですが、この状況はイグニシアの為にも打開してあげたい。

 私は少し考え、海老を頬張るヒルデガルドの顔を見て思いつきました。

 彼女は商人です。サラステラに対する気遣いをするよりも己に利があることがあれば、もしかしたら動くのではないでしょうか。


「ねえ、ヒルダ。あなたって、海老が好きなのですか?」

「ごっつ好きやで! なんせウチの国は湾口都市同盟名乗っとる程で、魚介類の宝庫やからな! こんなんばっか食べとった! せやけどシエラは内陸やろ? 最近全然食べとらんで、辛かったんや〜!」

「あら、あら? わたくし、海老が苦手ですの。足が何本もある様は、まるで昆虫ですわ。ですから捨てようと思っていたのですが――でも……」

「なんや、何が言いたいんや? ――その奥歯にモノが挟まったみたいな言い方、ちょっと、やめてや〜あははッ」

「では、単刀直入に申し上げます。ヒルダ、あなたが妙な気遣いをやめて、皆さんにナイフとフォークを提供して下さるのなら、わたくしの海老を差し上げても構いませんのよ?」

「むぐ、むぐぐ……し、しゃーない、商談成立や! せやけどそんなん、サラステラさまの前でマイナスポイントになるさかい、全部ティファやんのせいやで! わかっとるな!?」

「ええ、わたくし、別に気にしませんわ」


 私は頷き、給仕にナイフとフォークを皆に配るよう頼みました。

 そしてサラステラに目をやると――まったく気にしていませんね。

 それはそうでしょう、あの人、他人にはまったく興味無さそうですから。

 あれでマイナスポイントになることは、たぶん無いでしょう。 

 というか私、別にポイントを得ようと思っていませんしね。

 

 給仕によって各テーブルにナイフとフォークが運ばれると、皆がようやく楽しそうに食事を始めました。

 やっぱり無理して馴れない食器を使っては、美味しいものも美味しく食べれません。

 私、良い事をしましたね。

 あ、良い事をするとアイロスが苦しむんでしたっけ? これは悪い事をしました。


 その時、別のテーブルから視線を感じました。

 フォークを手にしたラファエルが、私をチラチラと見ていたようです。

 先日のことがあったから、少し気まずそうですね。

 私もどんな顔をすればいいのか、ちょっと分かりません。これは、見なかったことにしましょう。

 せっかく本も持って来たのですが、今は渡せる雰囲気でもありませんしね。


 そう思っていたら彼の隣にいたゲイヴォルグが、私に黙礼をしました。その指先が軽く、ラファエルの手元を指しています。

 彼にフォークをありがとう――と言いたかったようですね。

 私は頷き、給仕を呼んでヒルデガルドのテーブルに海老を運ぶよう伝えました。

 取引は公正さが大切なのですよ。


 天ぷらが終ると、いよいよ蕎麦が運ばれてきます。

 それは黒色の漆が塗られた円形のせいろに入り、繊細な竹すだれの上に乗った見事な蕎麦でした。

 汁には鴨の肉と長ネギが入り、柚子が可愛らしく乗っています。


 これが美味しくない訳が無い! 絶対の確信をもって、蕎麦に挑みます。

 灰色がかったお蕎麦に箸を付け、汁の中に放り込んでスッと、いや――ちゅるりと吸い込みました。

 その瞬間――周りから「えっ?」と声が上がります。


「ティファニーさま、お蕎麦の食べ方、知ってたんだべかっ!?」

「はい?」


 色んなクラスの人々が、私を注目をしています。

 特にニアは眼鏡の奥にある目を丸くして、驚いていました。

 

 どうやら普通に蕎麦を食べていたのは私とサラステラ、それからゲイヴォルグの三人だけ。それでは注目を集めても当然でしょう。

 これは流石にヒルデガルドとニアも、食べ方を知らなかったようですしね。


 とはいえサラステラは神国の出身ですから、蕎麦の食べ方を知っていて当然。

 ゲイヴォルグは旅をしていた中で神国の蕎麦を知った、だから食べ方も知っている――とのこと。驚くには当たりません。

 そうすると、なんで私が蕎麦の食べ方を知っているのか、皆が不思議に思っても当然です。


 どんな言い訳をしましょう。

 私も旅をしたことにしましょうか? いいえ、それは無理です。私の立場を考えれば、旅をしたのにサラステラと会っていないことが不自然に思われます。

 ええと――ええと……。


「わたくし、お蕎麦研究家ですの!」


 皆の注目の中、ついうっかり言ってしまいました。

 というより、他に説明のしようがありません。

 まさか前世が日本人で、蕎麦を食べたことがある。それどころか蕎麦は日本人のソウルフードだった――なんて言えませんし。

 するとサラステラが“ツツツ”とやって来て、私の手を握ります。


「同志、見つけた……」

「同志?」


 黒い着物に結い上げた髪。全く表情の無い顔に緑色の神秘的な瞳――実に美しいです。

 でも私の手を取るサラステラの気持ちは、まったく読めません。


「世界の主食を、蕎麦に……」


 手に込めたサラステラの力が、グッと強まりました。


「それは、何かの合い言葉ですの?」

「ううん、実現可能な目標」

「そ、そうですか。でも、どうやって……ですの?」

「強大な魔導騎兵部隊を組織し、大陸全土を制圧。しかる後、全ての麦畑を蕎麦畑に変える。小麦も大麦もライ麦も……全て」

「は、はぁ?」

「頑張れ、同志将軍」

「ふぁっ! わたくしがやるのですか!?」


 サラステラがコクリと頷いています。

 これは、いけません。

 彼女は所謂、サイコパスというヤツですよ。

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