60話 会食ですわ
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季節は夏! 今学期も残すところ、あと数日といったところ。
今日は大型連休前の、最後の休日です。
休日とはシーラ教に由来する安息日が元になっているのですが、要するに日曜日のことですね。
このケーニヒス連邦には、大きな宗教が三つほどあります。
まずはクレイトスが発祥のシーラ教。これはイグニシアのミドルネームにもなっていますね。
イグニシア・シーラ・クレイトスのシーラです。
また、連邦首都であるシエラの由来も、シーラから来ていると云われていますね。何でも、訛ったんだとか。
次にエルフなどの亜人族が崇める、神樹教。
大きな一本の木を崇めるのですが、木の内部にはあらゆるモノの記録があり宇宙と繋がっている、という宗教です。
ユグドラシルとアカシックレコードが混ざったような話で、リリアードが信じているのがコレです。じつに胡散臭いですね。
最後が幽幻教です。
これは神国リンデンが発祥で、どちらかというとリンデン固有の宗教と言えるでしょう。
端的に言うと、先祖を神として祀る宗教ですね。
その姫巫女たるサラステラ・フレ・リンデンは、つまり神降ろしの巫女ということになります。
噂では遥か昔に亡くなった高位の魔導士や武士を降ろすことで、その戦闘力を借り受けることが出来るのだとか。
そりゃ、信じたくもなりますね。
というかサラステラの持つユニークスキル“神降ろし”は、実際に脅威ですよ。
ちなみに宗教として一番大きな勢力を持っているのは、シーラ教です。
その中の聖女という扱いに、私はなってしまったわけですね。
そして天使アイロスと……もう、笑うしかありません。
ただ、そのお陰で聖王国の方々とは――もちろんイグニシアを含めて、随分と仲良くなったと思います。
なので最近は、礼拝に誘われることも多くなってきました。
肝心のイグニシアが宗教儀式に熱心では無い為、私もそういったことに、あまり参加していませんが。
聖王国の方々の休日といえば、午前中に礼拝などを済ませ、午後は優雅に過ごすのが一般的。
私はといえば昨夜ミズホ達とボードゲームをやり過ぎたせいで、太陽がかなり昇った今も、まだベッドの中です。
そうなってくると、当然ながら礼拝どころではありません。
何ならイグニシアも一緒に遊んでいたので、彼女も礼拝など行かないでしょう。
朝日を浴びないよう私がうつ伏せになっていると、横からゴソゴソと音が聞こえました。
イグニシアが起きて、目を擦っています。
そういえば部屋に戻るのが面倒になったイグニシアが、そのまま私の隣で寝たのですね。
折角だから、おっぱいくらい触っておけば良かったです。
「おい、ティファ。今、何時だ? ――今日ってアレだろ?」
「アレって何ですの、イグニシア」
「忘れたのかよ……お前……ヒルデガルドに誘われてただろう? 選挙の云々ってやつ」
「ああ……そうでしたわね……面倒ですが、準備をして行きましょう」
イグニシアはベッドから立ち上がり、小さく手を振って部屋を出て行きました。
「軽く湯浴みをして着替えたら、また来る」
とても男らしい仕草のイグニシアに、私、思わず惚れちまいそうです。
って、おかしいですね。男らしい人に惚れたら、私的に駄目なヤツじゃないですか。
何はともあれ、私も準備をしましょう。湯浴みと着替えですね。
「ミズホ、クロエ! わたくし、お風呂に入りますわ!」
「あれ? お姉ちゃん、やっと起きた!」
「遅いわよ、ティファ。お風呂の準備なら、もう出来てるから!」
浴槽に浸かりながら、今日のことを少し考えてみましょう。
そう――今日はお昼ご飯を、ヒルデガルド達と食べる約束をしていました。
何でも生徒会長選の候補者について、話があるとのこと。紹介したい人がいるそうです。
でも正直なところ、あまり行きたくありません。だってミズホとクロエは不参加なんですよ?
まあ、あの子達は委員に選出されていませんから、呼ばれていないだけですけれど。
とはいえヒルデガルドだけではなく、ニアからも念押しで誘われています。
これでは、邪険に出来ないでしょう。
なので今日はイグニシアと共に、お蕎麦屋さんへ行ってきます。
お蕎麦屋さんということで、ヒルデガルド達が誰を紹介するのか、既にお察しですがね。
これはもう、サラステラを擁立する為の決起集会ですよ。
私としてはイグニシアと一緒に隅っこに座って、ただただ目立たないようにするしかありません。
神国の姫巫女なんて、絶対に相性が悪いですからね。恐い、恐い。
“ドンドンドン、ドドドンドン”
あ、この意味不明なドアの叩き方は、間違いなくイグニシアです。
ちょうど私も湯浴みを終え、鏡台の前でクロエに髪を梳かして貰っていたところ。
「開いてますわ」
私が声を掛けると、ミズホが扉を開けてくれました。
扉が開くと、見目麗しい男装の美女が入ってきます。
相変わらず、イグニシアは何を着ても綺麗ですね。
今の彼女は銀髪を適度に後ろで纏め、流しています。
衣服は青に金糸を鏤めた華麗なものですが、軍服を基調としたであろうカッチリとしたデザインは、それを嫌味に見せません。
正直、私もそっちを着たい! と思います。
けれどクロエが選んだものは、派手な赤いワンピースドレスでした。
辛うじて許せる部分としては、ノースリーブなところでしょうか。
夏なので、袖があったら辛いです。
「ティファ……綺麗だ」
「……イグニシアは、その……カッコいいですわ」
って――百合か! 私達は百合か!
思わず頬を赤く染めてしまったので、私は頭をブンブンと振って誤摩化しました。
とりあえず準備が出来たので、街へ行くとしましょうか。
あ、そうだ。この席には確か、ラファエル・リットも来るはずです。
私は机の上に乗せていた“君主論”をさっとポーチに入れて、イグニシアの後に付いて行きました。
◆◆
学院の門を出ると、すぐに乗り合い馬車を見つけることが出来ます。
それはここの生徒達が、ケーニヒスにおける有力者の子弟だからでしょう。
ラファエルのような、恵まれない平民は少ないのです。
だってミズホやクロエさえクライン公爵家から、それなりの給金を貰っていますからね。
その中にあってもイグニシアは、特に身分が高い。
一応は私と同格という扱いですが、厳密に言えば一段階上でしょう。
ですから彼女は、馬車を使う事に一切の躊躇いはありません。
なので近くに止まっている馬車の御者に声を掛け、私達はすぐに乗り込みました。
「神寿庵というお店なのですけれど、ご存知ですか?」
御者は私の問いに頷き、すぐに馬車が出発します。
私は満足して頷き、隣に座ったイグニシアに言いました。
「以前ラファエルの馬鹿とケーキを食べに行ったことがあったのですけれど、アイツ、馬車を使いませんのよ」
「ああ、あの時か……」
「ええ、そうです。それで、何で馬車を使わないか、分かります?」
「いや、全然」
「お金が無いんですの! 本ッ当にアイツ、貧乏なんですのよっ!」
「馬車にも乗れないほど、なのか?」
「ええ、そうですわ! それなのに、わたくしにケーキをごちそうするなんてッ!」
「……愚かだな」
「愚かというか、馬鹿ですわッ!」
「かも……しれねぇな」
そこでふと、流れる街の景色に目を向けました。
馬車にも乗れない平民が、大貴族である私にケーキをごちそうする。
そんなことをする平民が、世界に何人いるというのでしょう。
「本当……馬鹿なのですわ……アイツ」
私はポーチに手を入れ、中の本をそっと撫でました。
そういえば世間では大抵の場合、良いヤツのことを「馬鹿」と言います。
それは自分の損得を考えないからこその、褒め言葉でしたね。
「ティファ、着いたぞ」
イグニシアに肩を叩かれたとき、馬車は既に止まっていました。
店には、すぐ到着したようですね。
あの馬鹿とどうやって仲直りしようか考えてしまい、思わずボーッとしていました。
でも、考えるだけ無駄なんですよね――だって私、何も悪くないのですから。
謝る理由も無ければ、言い訳をする必要もありません。
だってアイツが、勝手に怒っただけじゃないですか。考えて損をしました。
さて、お店の方はといえば、まずは和風の門構えです。
中に入ると、カポーンっというアレ――ししおどし――が迎えてくれました。
「ちょ……これは……」
イグニシアは目を丸くして、「これが神国の文化か?」と言っていますが、私は別の意味で目を丸くしました。日本の料亭だよ、コレ、と。
そのまま広間に通されると、既に一年生の主立った者は揃っていました。
どうやら二年生の有志も、ここにいるようです。
私達は用意された席に座ると、上座に座る予定のサラステラを待つ様に言われました。
ちなみに席は畳の上に座布団が置かれ、掘り火燵のようになっています。
だから椅子の文化しか無い皆も、安心して座れる設計でした。
ちょっと辺りを見回すと、隅の方に駄エルフが座っています。
一人でポツーンとしている所を見ると、やっぱり友達が居ないのでしょうね。
私と目が合うと、満面に笑みを浮かべて手を振りやがりました。
プイッと目を逸らすと、テーブルを“ダン”と叩き立ち上がろうとして、思いっきり膝を打ち付けています。
かなり痛かったらしく、リリアードは勢い良く頭を下げて踞ろうとしました。
その勢いで今度はテーブルに頭をぶつけています。
“ガッ、ゴッ”と激しい音が聞こえました。
「くぅぅううう……痛いのじゃぁああ……」
イグニシアがそれで彼女を見つけ、駆け寄って背中を軽く叩いています。
「おう、リリア。来てたのか。てかよ、大丈夫か?」
「イグニシアか……聞いてくれ、酷いのじゃ……ティファがわしを無視しよる」
「はは……いつもだよ、そんなの。それより膝と頭、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃ〜。それよりティファの冷たさが、心に沁みるのじゃ〜」
「はは……」
何だか妙に仲良くなってますね。
まあ、迷宮で共に命懸けで首無し騎士と戦ったのですから、当然と言えば当然ですか。
「お! みんな揃っとるなー! 今、サラステラさまが来るさかい、もうちょっとだけ待っててなー!」
部屋の襖がシュッと開いて、ヒルデガルドが現れました。
でもすぐにまた、シュッと閉まります。
それから二十秒ほどたった後――黒い着物を着たサラステラ・フレ・リンデンが現れました。
「ここのお蕎麦、美味しいから皆、食べて。天ぷらもおすすめ」
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