59話 わたくし、名医ですわ
◆
早いもので、入学してから四ヶ月が過ぎました。
迷宮へ行ったことも、今では良い思い出です。
「よお、ゾンビ聖女っ!」
こんなことを言って私の肩を小突くイグニシアも、迷宮から帰った直後は抜け殻でしたしね。
幼い頃から父親代わりだったというシュテッペンを、自ら殺めたのです。これはもう立ち直れないかな――と思いましたが、二ヶ月もするとイグニシアは元気に剣の稽古を再開しました。
聞いた所では、シュテッペンの遺書が見つかったとのこと。
内容は教えてくれませんでしたが、その後、晴れ晴れとした笑顔でイグニシアはこう言いました。
「たとえ真実が邪悪なモノだとしても、それが世界に背を向けて良い理由にはならない――そう思わないか、ティファ」
真っ直ぐな紫色の瞳で言われると、思わず頷いてしまいます。
けれど大抵の真実は悪意と憎悪を欲望を糧にして構成されますので、正直なところ何を今更……と思いましたけれど。
それよりも問題は、アイロスの方です。
力が戻らない上に、最近では女子から天使様と呼ばれ、絶大な人気を集めています。
ですからエロゲのラスボスらしく、絶倫な下半身で女子をヒィヒィ言わせているだと思っていましたが――なんと勃たないとのこと。
私、もう――大爆笑でした。
「ED魔王爆誕ですわッ! あはははははっ!」
「笑うなッ! それもこれも貴様が聖女などと呼ばれ、我に憎悪の供物を捧げぬからだ! 責任をとれ!」
アイロスときたら、こんなことを言って半ベソですよ。
しかも今ではショタな美少年ですし、腕をブンブンと振り回す様は、むしろ可愛らしくすらありました。
とはいえ――責任と言われましても、どうしようもありません。人々を虐殺しようにも、こんなところではねぇ……。
考え倦ねた末、まずはEDを治してあげることが先決だと思いました。
何しろ私も元は男。気持ちは理解出来ます。
EDになったら、きっと辛くて死にたくなるでしょうからね。
そんなわけで、こんな提案を彼にしました。
天使様とアイロスを慕う中で、一番の美人と付き合ってみてはどうですか? と。
その相手とは、イグニシアのことです。
もちろんイグニシアにも理由は伏せて、アイロスをどう思うか聞いてみましたよ。
でも、結局は駄目でしたね。これはもう、お互いの相性の問題ですから仕方がありません。
「聖王国の女など、虫酸が走る」
とはアイロスの弁。
「そりゃ天使様は大切だぞ――けど、恋愛対象にはならねぇなぁ。なんか、弟みたいな感じだしよ。それにさ、おれは、その……き、金髪の方が好きだし……なんて言うか……あんまり男は好きじゃねぇ」
とはイグニシアの弁です。
ふむふむ……彼女は金髪が好きだったのですね。
それにイグニシアは考えてみたら、正義バカが高じた鋼鉄の処女でした。
彼女の場合エッチは結婚と直結しますし、これはもう、無理ですね。
そんな訳でアイロスが余りにも哀れに思えた私は、ある日、おっぱいを触らせてあげることにしました。
それは夕暮れ時、生徒会が終った後のことです。
私は彼を、校舎裏のひっそりとした場所へ導きました。そこはベンチもあって、リア充の溜まり場でもありません。いわゆる穴場です。
私はここで、アイロスを再び「勃つように」してあげよう、と考えました。
もしも私が逆の立場だったなら、どうでしょう?
金髪吊り目の悪役顔だけど、超絶な美少女の制服おっぱいを揉む。
多分、イケます。
これで回復しなければ、見込みは無いと言って良いでしょう。
他にも可能性があるとすれば、幼馴染みのおっぱいだけです。
しかしアイロスに、そんなおっぱいはありません。
むしろ私こそ、最も幼馴染みに近いおっぱいです。
やはり、私がやるしかないでしょう。
「お役に立てるか分かりませんが、あなたがそうなった責任の一端は確かに、わたくしにあります。ですからせめて男性としての機能回復のお手伝いくらい、しようと思いまして」
「ほう、殊勝だな」
現場に到着した瞬間、いきなりアイロスが顎クイを決めてきたのには困りました。
仕方ないので私はタマドンをかまし、事無きを得ます。
「何をするのですか?」
「くおおおぉぉ! それはこっちの台詞だ! 貴様! 我は雰囲気作りからだな……それを……回復どころか……これでは消滅するだろうがっ……!」
「勘違いしないで下さい。わたくし、あなたと関係を持つつもりは、まったくありませんわ」
「で、では……どうするというのだ?」
「おっぱいです。わたくしの、かなーり大きくなってきた柔らかな胸を触りなさい。これで回復しなければ、あなたはもう……お終いですわッ!」
腕を胸の下で組み、殊更おっぱい強調してみせます。
アイロスはくの字に折った身体を戻し、私の胸をマジマジとみました。
「吸ってもいいのか?」
「駄目です」
「舐めてもいいか?」
「駄目に決まってます」
「では……後ろから抱いてもいいか?」
「はぁ? あなた、もしかして変な性癖でもありますの?」
ごくりという、アイロスが唾を飲み込む音が聞こえました。
まあ、こういった場合、状況も大切です。
本人が望むなら、それを叶えてあげた方が回復も早いでしょう。
それに吸われたり舐められたりすることに比べれば、どうという事もありません。
私は後ろを向き、頷きました。
「お好きに……」
その瞬間、アイロスがガバリと私に抱きついてきます。
左手で胸を鷲掴みにし、右手は上から制服の中に侵入しようと頑張っていました。
「ちょ……痛いですわ。あと、服の中に手を入れないで……下さいませんか……んっ」
けれどアイロスは悪魔らしく、俺様全開で手を止めません。
「やかましい」
言いながら、私の耳を軽く噛んできます。
不覚にも、ゾクゾクとしてしまいました。そのせいで、目を閉じてしまったのです。
これが、過ちでした。
目を開けた時には、本を小脇に抱えた小柄な少年が目の前に立っていたのですから。
彼は一瞬、目を大きく見開き――手にしていた本を落としました。
ラファエル・リットです。
「ティファ……ニー……さま?」
「ごきげんよう、ラファエル」
まさか人に見つかるとは、思ってもいませんでした。
別に見られた所で問題など無いのですが、気分的には良くありません。
だって私にしてみれば、男同士でイチャつくところを男友達に見られたようなものです。
これもう、最悪ですね。
「アイロス、やめて下さい。状況が変わりましたわ」
「変わったからどうした? 我は我のモノを愛でておるだけだ。あやつが去ればよい」
「まったく……そういうことでは無いのですわ」
私は少しだけ服の中に入ったアイロスの手を抓り、腕を取って一本背負いを決めました。
「ぞ、ぞぉぉぉおい!」
アイロスが、不思議な声を上げています。
ドサリと地面に落ちた彼は、「ケホッ」と言って気を失いました。
ラファエルは唇を真一文字に引き結び、右手で顔を覆っています。
そしてアイロスを見下ろし、それから顔を上げ、私を正面から見て一言――。
「そのような方とは、思いませんでした」
「は?」
カチンときます。
そのような方、とはどのような方を指すのでしょう。
私は男なので絶対に「そのような方」になるハズがないのですが、こんな言い方は「そのような方」に失礼です。
だいたい、この学院は各国の子弟子女が集まった全寮制。見渡せば、「そのような方」など大勢います。
ましてや、ここはエロゲの世界。そこかしこで行為に及ぶ生徒さえ、珍しくありません。
だから私は言ってやりました。
「豆柴、わたくしが誰と何をしようと、お前には一切関わりのないこと。差し出がましいことは、言わないで頂きたいわ」
「そうですね。分かっています……分かっていますけど、それが聖女のすることかって……もう……いいです、すみませんでした」
ラファエルは踵を返すと、こう言いました。
声が若干、震えている気がします。
まあ、攻略対象がイチャついてるところを見たら、主人公としては面白くないのでしょう。
これに懲りたら、さっさとヒルデガルドとくっつきなさい。
それが私にとっても、あなたにとっても一番無難です。
けれど……去って行くラファエルの後ろ姿は、何と言うか少し寂しそうでした。
――さて、私も帰りましょう。
そう思って足を踏み出すと、下に一冊の本が落ちていました。
また“君主論”です。
私は本を拾い上げ、ラファエルとの悪化した関係を思いつつ、どうやってコレを返そうかなぁ、と悩みました。
悩みながら部屋に戻ったら、一本背負いで投げたアイロスのことを、すっかり忘れてしまっていたようです。
部屋に戻ると、まるで木霊のようにアイロスの声が聞こえてきました。
「勃った! 勃ったぞ! ち○こが勃った! ウワハハハハ!」
それは重病で足腰の弱った女の子が立ち上がったかのような、アイロスの喜びようです。
本当に良かったですね、私も肩の荷が下りましたよ。
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