58話 決着ですが、どうでもいいですわ
◆
やれやれ、火葬にされたらたまりませんからね……そろそろ身体に戻りますか。
ゴキリと首を元の形に戻すと、折れた骨は綺麗に繋がりました。
再生は成功していたようです、良かったですね。
私はゆっくりと起き上がり、“飛翔”の魔法を使って火炎魔人――イフリートから距離をとりました。
端から見れば、天井から吊るされた操り糸で上体を起こし、フワリと浮いたように見えるでしょう。ちょっと、気持ち悪いかも知れませんね。
「ヒィィィィ! 化け物じゃぁああ!」
案の定リリアードが驚き、飛び上がっています。
お陰で首無し騎士の打ち降ろした槍が、見事に空を切っていました。
当たっていたらリリアードも大怪我をしていたでしょうから、運がいいのかも知れません。
この首無し騎士は、新たに召喚された方ですね。
身体の大きさがジークハルトとかいうのに比べて、少し小さいです。それに喋れないようで、常に「フシュゥウウ」とか「フン」とかしか言いません。きっと、名有りと雑魚の差でしょう。
「見るのじゃ、イグニシア! ティファニーが化け物になりおった!」
「お、おう? まあ、最初から化け物みたいなヤツだったけど……」
「お主、よくも冷静でいられるな! わしはびっくりじゃぞ!」
それにしても、リリアードの騒ぎっぷりときたら。
必至で戦うイグニシアのマントを引っ張ったりして……酷い有様です。
「五月蝿いですわ、駄エルフ! わたくし、こんな事もあろうかと、蘇生の魔法を仕込んでおきましたのっ!」
口から垂れた血を袖で拭いながら、駄エルフに伝えます。
このまま怯えられていても、たまりません。
そりゃあ、すぐに起きなかったことは、悪いと思っています。
でも、破壊された部位を再生させる為には時間が掛かるのですから、仕方が無いでしょう。
妙な形で骨がくっついたら、頭が永遠にナナメってしまいますからね。
そうなったら、貞○もびっくりのホラー人間です。冗談じゃありません。
「お、おお、そうか……ならば良いのじゃ。無事で何より……」
冷や汗をかきながら、リリアードが答えます。
安心したのか、ようやくイグニシアから離れ、軽やかに宙を舞いました。
ちょうど首無し騎士の槍が、間近まで迫っていたのです。
彼女はそのまま空中で身体を逆さまにして、剣を首無し騎士の無防備な部分――つまり、何も乗っていない真っ平らな首ですね――をレイピアで突きました。
「うぐっ」
左手で抱えた首無し騎士の頭が、呻き声を上げます。
実に華麗な剣技と云えるでしょう。
リリアードはそのまま敵を翻弄し、馬上から斬って落としました。
強いですね。腐って駄目でも彼女はやはり、人間の上位互換たるエルフなのです。
いえ――本当にエルフなのでしょうか? 怪しいので、ちょっと鑑定でもしてみますか。
「鑑定!」
「ひゃんっ!」
リリアードが肩を竦め、ブルブルと震えながらこちらを見ました。
まあ、いきなり鑑定をされると驚くし、背筋がぞくっとしますからね。ちょっと驚いたのかも知れません。
でも大丈夫でしょうか、あの駄エルフ。今度は内股でヨロヨロとしています。
涙目にもなっていますね、どうしたのでしょうか?
「いきなり鑑定を使うヤツがあるかっ! びっくりしてオシッコが少し漏れたではないかっ!」
って、今度はお漏らしですか、救いようが無いですね。
もういっそ、オムツでも履けば良いと思います。
――――――――
リリアード・エレ・ロムルス Lv28
HP143 MP455 物理攻撃167 物理防御112 魔法攻撃160 魔法防御143 素早さ212 運5
スキル
剣術S 弓術SS 毒舌B 嘘つきB 尊大A 魔導SSS 肉体強化A 鑑定A 森林戦闘S 夜間戦闘A 立体機動A
――――――――
ふむふむ……やっぱり弓は凄いですね。
剣術も中々のものですし、素晴らしい。
でもこのゲーム、種族ってここで見れないんでしたっけ?
意味が無かったですね。
そんなことより、面白いモノを発見しました。運です。5って何ですか。ひど過ぎです。
しかも繋げて読むと……うん○です。
「ぶぷーっ!」
「おい、ティファニー! 人のステータスを見て笑うヤツがあるかっ! わしを何じゃと思っておるっ!」
「だって、運が! 運が5ですわ! う○こですわ! あはははっ!」
「う、うるさい! わしだってそれ、気にしておるのじゃ!」
「だから肝心なところで、お腹が痛くなるのですわ――あははははっ!」
と、笑っていたら、火炎魔人が突進してきました。面倒ですね。
「――凍土招来ッ!」
掌を翳し、前方に半円形の氷の壁を作り出します。
ジュウと音がして、辺りに水蒸気が広がりました。
この大して広くも無い空間が、白い靄に閉ざされます。
その間に首無し騎士達は撤退したようで、こちらにイグニシアとミズホも駆けつけました。
「ティファ……あいつは、おれがやる」
靄が晴れつつある状態で、イグニシアが言いました。
剣先はまっすぐ、シュテッペンを向いています。
「では、わしはこやつを葬ろうかのう……わしらエルフにとって炎の精霊は、目に毒じゃ。――たおやかなる水の精霊よ。暫しの間、わしに力を貸しておくれ」
リリアードはレイピアを鞘に納め、中空の蒸気を掌に乗せて水滴状にしました。
それから掌を胸元において小さな円を作り、その中で水を凝縮させています。
まるで無重力の中を、水がたゆたっているような雰囲気ですね。
「来るのじゃ、水の乙女!」
やがて水は大きくなり、下半身の無い女性の姿へと変わりました。
変わったものの……リリアードに対して激しく文句を言っています。
「え……ちょっと、ちょっと! わたし、火炎魔人と戦うの?」
「そうじゃ」
「勘弁してよ……リリアード。レベル見て、レベル! アイツ48! わたし29! 勝てない! 分かる!?」
「むむっ! 我が侭を言うでないっ! 我ら高貴なるエルフ族にとって、炎は禁忌じゃ! 断じて許せぬ! しかもよりにもよって、エルフが召喚した火炎魔人なのじゃぞ!」
「そりゃ、火の精霊は村を焼くものねぇ……だけど、そんなに燃やされるのが嫌なら、石の家に住めばいいじゃない?」
「そういう問題ではないのじゃ! いいから行くのじゃ! どうせお主は死なんじゃろっ!」
「……はいはい、そーですけどね」
相変わらずリリアードは精霊の扱いが上手いのか下手なのか、よく分かりませんね。
もの凄く嫌そうな表情で、水の乙女が火炎魔人の前に立ちます。
そして組み合い、水と炎の応酬が始まりました。
ですが本人も言っていたように、レベルの差が大きいのでしょう。
時間と共に水の乙女が押されてきました。
ふうむ……私も力を貸しましょうかね。
火炎魔人と戦うなんて私一人では辛いですし、ここは水の乙女が健在なうちに決着を付けた方が得策です。
「彼方にありしは此方へと参れ。此方にありしは彼方へと行け。全ては我が意なるものと知れ――物質転換」
私は腕を突き出し、物質を転換する地点を指定しました。
そこは、火炎魔人と水の乙女が戦う足下です。
見る間にイフリートがジュウと音を立て、体勢を崩しました。
またも、水蒸気が辺りに満ちます。
そう――私はイフリートの足下に海を出現させました。
逆に海には、迷宮の一部が転移されたことでしょう。
「かーらーのー……水柱ッ!」
迷宮に呼び出した半径三メートル程度の海が、天井を目掛けて垂直に持ち上がります。
天井にぶつかった水は弾け、この空間一面に大粒の雨を降らせました。
「グゥオオオオオ!」
火炎魔人が、激しく苦しんでいます。
水に浸っても尚、燃え続ける炎は偉大ですらありますが、しかし、かなりの消耗を強いられたのでしょう。炎で出来た身体が、随分と小さくなっていました。
「さあ、ウンディーネ! トドメを刺しなさいっ!」
私の言葉に頷き、水の乙女は下半身を水の縄にして、火炎魔人を縛り上げます。
「消えぬ、消えぬ……! 我は消えぬぞォォオ!」
必至の抵抗を見せる火炎魔人でしたが、最後は水の乙女に抱きしめられて消滅しました。
ま、幸せな最後だったのではないでしょうかね。
一方、イグニシアの方も水蒸気が晴れると共に、決着がついたようです。
シュテッペンの胸に、イグニシアの剣が深々と刺さっていました。
アイロスの方はとっくにやる気を無くして、隅でキセルのようなタバコのような――そんなモノを吸っています。
「強くなりましたなぁ……姫さま」
「シュテッペン……じい……どうして、どうしてこんなことをっ!」
「仕方がありませぬ……知らねばならぬことが、ありましたゆえ……」
剣を引き抜き、イグニシアはシュテッペンを抱きしめています。
「国を裏切ってまで、何を知りたかったって言うんだよ!?」
「……世界の……なり……た……ち……」
「何だよ、そんなモノの為に……!」
その後イグニシアは涙が涸れるのではないかというほど、泣き続けていました。
しかもあの後どうやって迷宮を出たのか、記憶が無いそうです。
それは、そうかも知れませんね。
彼女はずっと泣き続け、私の服の裾を持って、無心に付いて来ただけですから。
余談ですが――今回の件でイグニシアは、私を完全に聖女だと認識したようです。
その結果、アイロスの正体が天使だという噂が真しやかに流れ始め、彼は失意のどん底で過ごすようになりました。
哀れなのは、成長が完全に止まってしまったことでしょうか。
彼は十五歳の容姿で、その年齢なりの力しか出せなくなってしまったのです。
雰囲気としては、ちょっと背伸びをして悪いことをやってみる美少年――という感じですね。
本当に今回の事では、踏んだり蹴ったりなアイロスさんでした。ぷぷっ。
学院の女の子「きゃー! 天使様、抱いてー!」
アイロス「我は天使などでは……まあいい。女でも喰らえば、多少なりとも力を回復させることも出来よう……クク」
…………
…………
学院の女の子「……どうしたんですか?」
アイロス「くっ! 勃たない……だと!?」
学院の女の子「さすが天使様! 潔癖だわっ!」




