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56話 勘違いですわ

 ◆


 私の前に首無し騎士(デュラハン)が迫ってきます。

 騎乗した騎士を地上から見ると、こんなにも圧迫感があったのですね。驚きです。

 そして何より、予想より突進が早い。

 槍を構えて突撃してくる訳ですが、右に避けても左に避けても攻撃を受けてしまいそうです。

 ていうか魔法による近接戦闘に備えていただけに、物理のゴリ押しはヤバいですね。


「召喚! ゴーレムッ!」


 クロエの声が響きました。

 ズシンと大きな音を立てて、首無し騎士(デュラハン)の前にゴーレムが立ちはだかります。

 流石、私の下僕ですね。

 それです、それ。召喚獣には召喚獣ですよ! いきなさい、やってしまいなさい!

 しかし、私の期待を一身に背負った大きなゴーレムは、身体を首無し騎士(デュラハン)の槍に貫かれ、容易く膝を屈しました。


「ブシュゥゥウウ」


 力を失ったゴーレムが膝から崩れ、ただの土塊に変わります。

 

「ちっ、役立たずの泥人形ですわねッ!」


 私の舌打ちが聞こえたのか、ミリアが大口を開けて笑いました。


「あーはははっ! ティファニー・クラインッ! あたしのジークはね、そんじょそこらの首無し騎士(デュラハン)じゃないのよっ! 何しろ聖王国の英雄、大騎士ジークハルトなんだからねっ!」

「五月蝿いですわ、この髪焦げ女! どこで何をやっていたのか知りませんが、あなた今、全身が真っ黒ですわよっ! 醜いですわね、あーははははっ!」

「こ、このっ! こっちの苦労も知らず、好きなこと言ってっ! ああ、ムシャクシャするっ! ティファニー・クラインッ! 本当に殺すわよッ!」

「何を今更喚いているのです。最初からあなたはわたくしを、わたくしはあなたを殺すつもりじゃありませんか」

「減らず口を……!」


 おや? ミリアの言葉にイグニシアが反応しています。

 イグニシアの鎧は白い聖騎士のもの。対して首無し騎士(デュラハン)の鎧はメタリックブルーですが、デザインは基本的に同じ。

 ということは、あの首無し騎士(デュラハン)も聖騎士だったということでしょうか。

 すると彼女にとっては、シュテッペンもジークハルトも裏切り者。怒髪天を衝くとは、この事ですね。

 ほら、険しい顔をしたイグニシアは、今にもミリアに噛み付かんばかりですよ。


「おい……そいつは聞き捨てならねぇな。何でテメェがシュテッペンと裏切りジークの死体なんぞ、連れてやがんだ?」


 ですが、今度はジークハルトがイグニシアに関心を寄せたようです。

 無い首の上に兜――というか頭を乗せて、悠然とイグニシアを見下ろしました。


 ……うーん。あの首の部分、一体どうなっているんでしょうね。

 磁石のS極とS極みたいに、微妙なバランスで浮いているのかもしれません。

 だとしたら、ちょっと押すとビューンって飛んで行ったりするのでしょうか? 実験したいですね。

 と、私がそんな事を考えている最中、イグニシアと首無し騎士(デュラハン)の間には見えない火花が散っていました。


「俺が裏切っただと? いい加減にしろよ、卑怯者の末裔が」

「いまさら言い訳かっ、裏切りジークの分際でっ!」


 イグニシアは言い終えるより早く、剣を構えてジークハルトへ向かって行きます。

 初撃は盾で弾かれ、続く斬撃は巧みな馬捌きでかわされました。

 反対にジークハルトが繰り出した槍は、イグニシアの肩に当たっています。その衝撃で、白く輝く鎧の一部が弾き飛ばされました。


「ふん、真実も見えん愚かな娘が。スキルの相性も考えず、突貫するのみとは――聖騎士も質が落ちたものだ。おい、シュテッペン……お前の愛弟子、殺すぞ?」

「舐めるなよ、この裏切り者がッ! 首を失っただけじゃ足りねぇなら、細切れにしてやらぁっ!」


 再びジークハルトに向かって行くイグニシアは、頭に血が上っているようです。

 私から見てもスキルの差を感じるのに、これではいかにも分が悪いでしょう。

 私は周囲を見回し、既に骸骨戦士スケルトンが片付いていることを確認して、ミズホを呼びました。


「ミズホ、イグニシアに加勢を。どうも分が悪いようです」

「うん、アレは強いね……!」


 あまり敵を恐れないミズホですら、あの首無し騎士(デュラハン)に対しては、ごくりと唾を飲み込んでいます。


「そうですわね……ミズホ、油断しないように」

「うん、気をつけるよ、お姉ちゃん! アレ、首が無いもんね! 狙わないようにしなくっちゃ! 恐い恐いっ!」


 ああ、やっぱりミズホは安定のアホの子でした。

 問題はそこじゃありませんが、何だかミズホならやってくれるような気がします。

 それにしてもイグニシアと肩を並べて戦うミズホが私の味方だというのは、感慨深いものですね。

 ゲーム中の私は、どれほど彼女達に追いつめられたことでしょう。

 嬉しいやら悲しいやら、不思議な気持ちになります。


 そんな中、ひたすらマイペースを貫くのは我らが主、アイロス・バルバトスでした。

 ミリアに掌を差し出し、不愉快そうな表情を浮かべて迫っています。


「おい、小娘。茶番はどうでもいい。我が欲する物は、お前が手にした剣だけだ――寄越せ。そうすれば、命だけは助けてやろう……くははははっ」


 くっそ上から目線です。しかも命だけは――なんて言ってる時点で、剣を奪った後、ミリアを触手の苗床にでもぶち込む気ですね。

 確かに彼が本来の力を取り戻していたなら、それは、ここにいる全員を始末して有り余る程のものでしょうし、ミリアなんて一瞬で消炭です。触手はおろか、アイロスが自分の女にすることも難しくありません。

 しかし、今の彼は私に殴られて怪我をする程度の軟弱者。それなのに、これほど強気に出て大丈夫なのでしょうか。ミリアの端整な顔が、怒りに歪みます。


「何なのよ、お前ッ!」

「我が誰かなど、お前如き小物には関係無い」


 地面を“ダン”と踏みしめ、ミリアが怒りを露にしました。

 

「ふうん――だったらあたしも関係ないねっ! まずお前から死ねっ!」


 左掌をアイロスに翳し、ミリアが素早く呪文を唱えます。


炎槍フレイムスピアッ!」


 アイロスは涼しい顔で、炎の槍を正面から見据えていました。

 正直、信じられません。石ころ一つで頭を怪我する男が、炎で出来た槍を正面から受けて無傷など、有り得ないでしょう。

 

氷槍アイススピアッ!」


 もちろん私は、アイロスを守らねばなりません。

 だから仕方なく、このバカ悪魔の前に立ち、相殺する魔法を撃ち込んでやりました。


「ふざけんじゃねぇですわ、ミリア・ランドルフ。あなたの相手は、わたくしでしょう? ……わたくし、無視されるのは嫌いですの、ほんっとうにブチ殺しますわよ」

「ふぅん……あ、そう。この男……そういうこと。自分の男が攻撃されて、頭に血でも上ったのね、ティファニー・クライン」

「何を言ってますの、ミリア・ランドルフ。壮絶な勘違いを迂闊に喋るなら、その舌を引っこ抜いて魚の餌にしますわよ?」

「はいはい……皆で仲良くお勉強、そして大好きな彼氏を見つけましたーなんて――ティファニー様は幸せ、なんですねぇえええっ! あ〜あっ! あたし、羨ましくって吐きそうよっ!」

「このっ、言わせておけばぁぁぁあっ! ――氷槍アイススピアッ! 氷槍アイススピアッ! 氷槍アイススピアッ!」


 私は立て続けに、三本の氷槍アイススピアを投げつけました。

 怒っていますが、決して我を忘れた訳ではありません。

 以前であれば、ミリアがこれに対応することは出来なかったはずです。

 それにしてもアイロスが私の彼氏って、勘違いも甚だしいですね。許せません。

 そしてアイロス。後ろで満更でもない感を出しやがって、後で塩漬けにします。


 などと言っている場合では無さそうですね。

 私の魔法が、三つとも防がれてしましました。

 といっても、全部をミリアに防がれた訳ではありません。


 確かに一本は、ミリアの炎槍フレイムスピアで防がれました。

 しかしもう一本は、銀髪の美しい少年の弓矢によって――きっと彼がニック・マーティンでしょうね。

 そして最後の一本を防いだのは、黒々とした顎髭を蓄えた細面の中年でした。

 彼は黒に赤の刺繍を施したローブを身に纏い、先端に青い宝石の付いた杖をもっています。

 そしてただ一言、「闇壁ドンクルワンド」と唱え、私の氷槍アイススピアを黒々とした暗黒の世界へ消し飛ばしたのです。

 

「あなた、シュテッペンですわね。イグニシアに殺されたいのではなくて?」

「然様……イグニシアさまが私を殺せるのならば……」


 男は生真面目そうな表情で、チラリとイグニシアを見ています。

 イグニシアもジークハルトと戦いながら、シュテッペンを見つめました。


「じいっ! 一体何のつもりで、こんな奴等に加担したっ!?」

「加担したつもりは、ありませぬ。ただ一重に、真実が知りたかったのです……」


 その時、銀髪のイケメン小僧がミリアの手を引っ張りました。


「ミリア。僕達の仕事は、ここで戦うことじゃない。確実に剣と竜を持ち帰ることだ」

「うるっさいわね、この馬鹿ニック! あたしはここで、あの女を殺したいのよっ!」

「何度も言わせないでくれ! ここでティファニー・クラインと戦っても、何の意味も無い!」

「でもあたし、アイツが嫌いなのよッ! 何でも出来る魔力があって、大きな家で家族に囲まれて友達もいっぱい、彼氏まで……その上、あたしに勝とうなんて……!」

「ミリアだって十分大きな魔力を持ってるし、大きな家はこれから持てばいい……友達や家族だってそうさ!」

「そんなの……あたしには……だってあたしは……もう、あんたは何も分かってないのよっ!」


 二人が見つめ合っています。

 そういえば、あのイケメン少年、何処かで見ましたね。

 ああ、思い出しました。

 私の肩を弓で射た、あの少年です。


 てゆーか、あのイケメンは明らかにミリアのことが好きですよね?

 でも、ミリアは気付いていない感じです。

 そしてミリアも……自分では気付いていないけれど、本当はニックが好きとゆーパターンですか。

 

 ミリアのやつ、言いましたよね? 私が学校で彼氏を見つけただのなんだのと。

 舐めんじゃねぇですよ、ミリア。こちとら中身が男でございます。

 それが彼氏だなんて、冗談は顔だけにしなさいよ。

 だいたい何ですか、ミリア。今だってホラ、見つめ合っちゃって! 青春ですか? いいえ、性春ですね!

 ちょっともう、許せない感じになってきましたよ。


「やい、ミリア・ランドルフ! わたくしのことを想像と憶測で、よくもそこまで語ってくれましたねっ! こうなったら愛しいニックの前で、お前を触手沼に沈めてあげましょう! ヒィヒィ言って喘ぐ様を、よーく見てもらいなさいっ!」

「なっ! ニックが愛しい……ですって!? ティファニー・クラインッ、ふざけるんじゃないわよっ! こんなウジ虫みたいなヤツのことなんて、何とも思ってないんだからッ!」

「あーはっはっはっは! 気付いていないのは、本人だけですわっ! さあ、クロエ、とびきりエッチな触手をたーっくさん、召喚なさいっ!」

「そ、そんなことはやめろ! ティファニー・クライン! ぼ、僕達は、そんなんじゃないっ……!」


 ふふふ、ニック。あなたも男の子ですね。怒りながらも、顔が少しニヤついていますよ。

ニック「触手沼だって! そんなことは止めるんだっ!(ニチャア)」

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