51話 セラフですわ
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私達は中庭に出ると、芝生の上で激しく己を主張する白いベンチに座りました。
といってもアイロスだけは座らず、むっつりと口をへの字に曲げています。
目の前には大きな噴水があって、それを背景に見つめ合う三年生のリア充がいました。
「爆発すればいいのですわ」
呪詛のように唱えてから、私は足を組みました。
隣ではイグニシアがアイロスからメロンパンを貰い、早速食べています。
「なんだ、コイツは! しっとりしてやがる!」
どうやら、シットリ系メロンパンを貰ったようですね。
イグニシアはリスのようにパンを両手で持って、高速で口を動かしています。
私はその隙に、アイロスへ声を掛けました。
「どういうつもりですの、アイロス」
「……何がだ?」
「顔くらい変えたらどうですの? あと名前! どうせ変えるなら、もっとざっくり変えませんと!」
「色々、変えてるだろう」
「若返っただけですわ、あと、名字を短縮させただけ!」
「……嫌いか?」
「わたくしの好き、嫌いの問題じゃありませんわっ!」
メロンパンを五分の四ほど齧ったイグニシアが、左手を出しています。
新しいのが欲しい、という意思表示でしょう。
アイロスは懐に手を入れ、新しいメロンパンを取り出してイグニシアへ渡します。
「まあ、聞け。話というのはだな……」
私のツッコミを無視して、アイロスが話を始めました。
「おい、てめぇ、ミルクはどうしたっ!」
さらに左手を突き出し、イグニシアが要求しています。
アイロスは懐から瓶を取り出し、イグニシアに投げました。
パシッとそれを受け取ったイグニシアは、一息で飲み干します。
ていうかアイロスの懐は、四次元にでも繋がっているのでしょうか?
「プハーッ!」
いい飲みっぷりですね。
私とアイロスは、暫くの間イグニシアに見蕩れていました。
イグニシアは食べ終わると、私の太ももを枕にして目を閉じてしまいます。
お腹が膨れたら、眠くなってしまったのですね。まあ、可愛い。
私はイグニシアの銀髪を指で梳き、頬を撫でました。
「お前ら、いい加減に話を聞け」
目の前に立つ浅黒い肌の男から、凄まじい殺気が放たれます。
流石のイグニシアも目を開け、「なんだ?」と言いました。
「あまり我を舐めるな」
「舐めてなんか、いませんわ。だからこうして、あなたに従っていますの」
「ティファが従う? どういうことだ?」
イグニシアが身体を起こし、身構えます。
しかしアイロスは右手を翳して制し、「やめておけ、ここで争っても詮無きこと。俺はシュテッペンという男に用があるだけだ」と言いました。
「――どこでその名を知った。だいたいお前、何者だ?」
「だからさっき、自己紹介しただろう。アイロス・バルトだ」
「今年の一年に、アイロス・バルトなどという男は存在しない」
「いるだろう……ここに。現に生徒会でも認められている」
「どんな手を使った? 幻術の類なら、容赦しねぇぞ……」
イグニシアの眉が跳ね上がります。そして彼女は身構え、拳を突き出しました。
それにしても、驚きですね。
イグニシアはバカに見えて、今年の一年生の名前を全部覚えているのでしょうか?
そういえばヒルデガルドの名前を出した時も、すぐに“神童と呼ばれている”と言っていましたしね。
とりあえず私は形の良いイグニシアのお尻を触り、彼女を落ち着かせましょう。
「やめなさい、イグニシア!」
「ひゃんっ!」
彼女がアイロスが戦ったところで、万に一つの勝ち目もありません。
仮に私が加勢しようとしても、それはすぐに裏切り行為と看做されて、死んでしまうでしょうしね。
「慌てることはありません、イグニシア。まずは話を聞きましょう。きっとアイロスは、もう一つメロンパンを持っていますよ」
「――ん、そうなのか?」
「だって、アイロスですもの。メロンパンの一個や二個くらい、まだ持っているでしょう」
アイロスが私を胡乱な目で見ています。
「持っているが……」
「ここは渡しましょう。そうしないと、イグニシアが黙りませんわ」
「うむ……」
イグニシアはメロンパンを貰うと、また私の膝を枕にして横になりました。
「ティファが言うなら黙っとくけどよぉ……なんかなぁ……」
指先で私の膝をツンツンしています。
イグニシアは私の膝が気に入ったのでしょうか? まあ、可愛から良いのですけれど。
「――では、本題にはいるぞ。問題は、シュテッペンがお前の国から持ち出したモノだ。破竜の剣と呼ばれるそれは、決して迷宮に持ち込んで良いモノではない」
「ちっ……それは国家の機密事項だぞ。剣が盗まれたなんて知れたら、国の威信に関わらぁ」
「まあ、本当ですか、イグニシア? あなた、それが無いとニアに負けますわよ!?」
「ニア? ああ、三組の副委員長か? ――って、何でおれがアイツに負けんだよ?」
破竜の剣というのは、竜に対して非常に強力な効果を持つ武器。
これにより青竜を駆るニア・ローランドに対しても、イグニシアは優位に戦えるのです。
いえ、問題はそこではありませんね。
ゲームでもシュテッペンを追っていたイグニシアですが、彼の罪状が違います。
ゲームでは、公金横領でした。
横領した金を迷宮に隠したという理由でイグニシアは彼を追い、そして討伐することでラファエルに一部資金を譲渡するのです。
しかしこれは、どういうことでしょう。
アイロスが舌打ちを一つして、逸れた話を強制的に戻します。
「ちっ……お前がニアと戦って敗れようが、知ったことか。我がいま問題視しているのは、破竜の剣を手にした者が迷宮にいること――これに尽きる」
「黙って聞いてりゃ……おれは誰にも負けねぇ!」
怒って起き上がったイグニシアが、アイロスに吠えました。
一方、イグニシアの体温を失った私の膝は、少し冷えます。
彼女の頭は、まるでカイロのようですね。
っと、それより、気になることがあります。聞かなくては。
「あの、アイロス。どうして破竜の剣を迷宮に持ち込んだら、問題になるのですか?」
「ふむ……シエラには、秘宝を守護する白竜がいる。白竜は竜種の中で最強であるが――人か、人に準ずる強者が破竜の剣を使えば、白竜を倒すことも可能となる。そのようなことになれば秘宝は奪われ、世界がどうなるかも分からんのだ」
「竜が守護する秘宝? なんだ、それは? 世界がどうとかって、意味がわかんねぇよ」
イグニシアが眉を顰めています。
私にしても、そんなものは初耳でした。
仮に秘宝があるとして大悪魔であるアイロスが、それほど慌てることなのでしょうか。
そもそも大悪魔が世界を守ろうとして、どうすると云うのでしょう。本末転倒です。
私がそんな事を考えているとも知らず、アイロスは冷たい声で言い捨てました。
「秘宝が何かは、貴様等が知る必要の無いことだ。それにイグニシア――お前はシュテッペンを裁き、破竜の剣を取り戻したいのだろう?」
「ああ、まあな」
「ならば、黙って我に協力しろ」
「断る。何でおれが、お前なんかの指図を受けなきゃなんねぇんだ! そもそも――お前の言ってる話が正しいって証拠でもあんのか? お前は間違いなく、正義の味方だとでも言うのか? あ!?」
イグニシアは、鼻息も荒く首を左右に振っています。
確かに得体の知れない男の提案を簡単に鵜呑みにする程、イグニシアは甘くありません。
ここは一つ、私が説得しましょう。
アイロスに役立つところを見せなければ、私の立場が危うくなりますからね。
「良いではありませんか、イグニシア。この人は強いですし、その素性はわたくしが保証しますわ」
「なんだよ、ティファ! コイツの肩を持つってのかよ!」
「別に肩を持つ訳ではありませんが、利害は一致しているじゃありませんか?」
「そりゃ、そうだけどよ……だったらせめて、コイツの素性くらい教えてくれよ」
私とアイロスは互いに見交わし、アイコンタクトを取りました。
まあ、適当に誤摩化そうってことですね。
わかりました。では、正義の味方を偽りましょう。
「アイロスこそ神が使わし――」
「――大悪魔である」
おい。おいおい、おい。
「聞こえなかったか、小娘。我は全世界の偉大なる支配者にして――ぐあっ!」
慌てた私は近くにあった石を拾い、思いっきりアイロスの頭を殴りました。
心臓が締め付けられないことを考えれば、この程度は叛乱と看做されないようですね。
まあ、当然ですか。
彼がここで正体を明かすメリットは、全くないのです。
だからこれは、むしろ彼を守る行動ですからね。
とはいえ、アイロスは頭を抑えて踞っています。
何だか弱いですね、どうしたのでしょうか?
「……や、やめよ、ティファニー。我はまだ、完全復活には程遠い。それもこれも、貴様が聖女などと、よく分からぬモノに祭り上げられているからだと心得よ……」
踞りながらも私だけに聞こえるよう、アイロスが言いました。
「ふっふっふ……それは、良い事を教えて頂きましたわ。ならば、あなたには痛みを感じる間もなく死んで――」
「だがな、ティファニー。我が死ぬ様なことがあれば、お前も全ての力を失うのだからな……」
なん……だと!?
おっと……いけません。愕然としてフルフル震えていたら、イグニシアが疑いの眼差しで私達を見下ろしています。
私は立ち上がり、アイロスの肩を支えて高らかに宣言しました。
さあ、今こそスキル“嘘つきS”の役立つ時です!
「いいこと、イグニシア。この方は、神が使わした五大熾天使の一人ですわ! 今は文句を言わず、素直に従うのです! いいですか、いいですね? 聖女と云われるわたくしが言うのです、間違いなど、あろうはずがありませんわっ!」
「いや……我……魔王ナリ……」
弱々しい声が耳元で聞こえましたが、全力で無視していきましょう。
一方、流石は聖王国と呼ばれるクレイトスの姫君。いきなり片膝を付き、感涙に咽び泣いています。
「それで、このように幻術を使って……! 承知致しました! 臣、イグニシア・シーラ・クレイトス……熾天使さまにお目通り叶い、これに過ぎたる喜びはありませぬ! 以後は何なりとご命令をっ! 聖女さまと共に、必ずや使命を果たしてご覧に入れますっ!」
あら……私の聖女の意味合いに、新たな成分が付け足されたようですね。
アイロスは口をポッカリと開き、魂が空へ飛んで行ったかのようです。
白目まで剥いて、イケメンが台無しですね。あはっ。
「我……天使……違ウ……」
ティファニー「さあ、聖戦ですわっ!」
イグニシア「天も照覧あれっ!」
アイロス(白目)




