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51話 セラフですわ

 ◆


 私達は中庭に出ると、芝生の上で激しく己を主張する白いベンチに座りました。

 といってもアイロスだけは座らず、むっつりと口をへの字に曲げています。

 目の前には大きな噴水があって、それを背景に見つめ合う三年生のリア充がいました。

 

「爆発すればいいのですわ」


 呪詛のように唱えてから、私は足を組みました。

 隣ではイグニシアがアイロスからメロンパンを貰い、早速食べています。


「なんだ、コイツは! しっとりしてやがる!」


 どうやら、シットリ系メロンパンを貰ったようですね。

 イグニシアはリスのようにパンを両手で持って、高速で口を動かしています。

 私はその隙に、アイロスへ声を掛けました。


「どういうつもりですの、アイロス」

「……何がだ?」

「顔くらい変えたらどうですの? あと名前! どうせ変えるなら、もっとざっくり変えませんと!」

「色々、変えてるだろう」

「若返っただけですわ、あと、名字を短縮させただけ!」

「……嫌いか?」

「わたくしの好き、嫌いの問題じゃありませんわっ!」


 メロンパンを五分の四ほど齧ったイグニシアが、左手を出しています。

 新しいのが欲しい、という意思表示でしょう。

 アイロスは懐に手を入れ、新しいメロンパンを取り出してイグニシアへ渡します。


「まあ、聞け。話というのはだな……」


 私のツッコミを無視して、アイロスが話を始めました。


「おい、てめぇ、ミルクはどうしたっ!」


 さらに左手を突き出し、イグニシアが要求しています。

 アイロスは懐から瓶を取り出し、イグニシアに投げました。

 パシッとそれを受け取ったイグニシアは、一息で飲み干します。

 ていうかアイロスの懐は、四次元にでも繋がっているのでしょうか?


「プハーッ!」


 いい飲みっぷりですね。

 私とアイロスは、暫くの間イグニシアに見蕩れていました。

 イグニシアは食べ終わると、私の太ももを枕にして目を閉じてしまいます。

 お腹が膨れたら、眠くなってしまったのですね。まあ、可愛い。

 私はイグニシアの銀髪を指で梳き、頬を撫でました。


「お前ら、いい加減に話を聞け」


 目の前に立つ浅黒い肌の男から、凄まじい殺気が放たれます。

 流石のイグニシアも目を開け、「なんだ?」と言いました。


「あまり我を舐めるな」

「舐めてなんか、いませんわ。だからこうして、あなたに従っていますの」

「ティファが従う? どういうことだ?」


 イグニシアが身体を起こし、身構えます。

 しかしアイロスは右手を翳して制し、「やめておけ、ここで争っても詮無きこと。俺はシュテッペンという男に用があるだけだ」と言いました。

 

「――どこでその名を知った。だいたいお前、何者だ?」

「だからさっき、自己紹介しただろう。アイロス・バルトだ」

「今年の一年に、アイロス・バルトなどという男は存在しない」

「いるだろう……ここに。現に生徒会でも認められている」

「どんな手を使った? 幻術の類なら、容赦しねぇぞ……」


 イグニシアの眉が跳ね上がります。そして彼女は身構え、拳を突き出しました。

 それにしても、驚きですね。

 イグニシアはバカに見えて、今年の一年生の名前を全部覚えているのでしょうか?

 そういえばヒルデガルドの名前を出した時も、すぐに“神童と呼ばれている”と言っていましたしね。

 とりあえず私は形の良いイグニシアのお尻を触り、彼女を落ち着かせましょう。


「やめなさい、イグニシア!」

「ひゃんっ!」


 彼女がアイロスが戦ったところで、万に一つの勝ち目もありません。

 仮に私が加勢しようとしても、それはすぐに裏切り行為と看做されて、死んでしまうでしょうしね。


「慌てることはありません、イグニシア。まずは話を聞きましょう。きっとアイロスは、もう一つメロンパンを持っていますよ」

「――ん、そうなのか?」

「だって、アイロスですもの。メロンパンの一個や二個くらい、まだ持っているでしょう」


 アイロスが私を胡乱な目で見ています。


「持っているが……」

「ここは渡しましょう。そうしないと、イグニシアが黙りませんわ」

「うむ……」


 イグニシアはメロンパンを貰うと、また私の膝を枕にして横になりました。


「ティファが言うなら黙っとくけどよぉ……なんかなぁ……」


 指先で私の膝をツンツンしています。

 イグニシアは私の膝が気に入ったのでしょうか? まあ、可愛から良いのですけれど。


「――では、本題にはいるぞ。問題は、シュテッペンがお前の国から持ち出したモノだ。破竜の剣と呼ばれるそれは、決して迷宮に持ち込んで良いモノではない」

「ちっ……それは国家の機密事項だぞ。剣が盗まれたなんて知れたら、国の威信に関わらぁ」

「まあ、本当ですか、イグニシア? あなた、それが無いとニアに負けますわよ!?」

「ニア? ああ、三組の副委員長か? ――って、何でおれがアイツに負けんだよ?」


 破竜の剣というのは、竜に対して非常に強力な効果を持つ武器。

 これにより青竜ラピスラズリを駆るニア・ローランドに対しても、イグニシアは優位に戦えるのです。


 いえ、問題はそこではありませんね。

 ゲームでもシュテッペンを追っていたイグニシアですが、彼の罪状が違います。

 ゲームでは、公金横領でした。

 横領した金を迷宮に隠したという理由でイグニシアは彼を追い、そして討伐することでラファエルに一部資金を譲渡するのです。

 しかしこれは、どういうことでしょう。


 アイロスが舌打ちを一つして、逸れた話を強制的に戻します。


「ちっ……お前がニアと戦って敗れようが、知ったことか。我がいま問題視しているのは、破竜の剣を手にした者が迷宮にいること――これに尽きる」

「黙って聞いてりゃ……おれは誰にも負けねぇ!」


 怒って起き上がったイグニシアが、アイロスに吠えました。

 一方、イグニシアの体温を失った私の膝は、少し冷えます。

 彼女の頭は、まるでカイロのようですね。

 っと、それより、気になることがあります。聞かなくては。


「あの、アイロス。どうして破竜の剣を迷宮に持ち込んだら、問題になるのですか?」

「ふむ……シエラには、秘宝を守護する白竜セレナイトがいる。白竜セレナイトは竜種の中で最強であるが――人か、人に準ずる強者が破竜の剣を使えば、白竜セレナイトを倒すことも可能となる。そのようなことになれば秘宝は奪われ、世界がどうなるかも分からんのだ」

「竜が守護する秘宝? なんだ、それは? 世界がどうとかって、意味がわかんねぇよ」

 

 イグニシアが眉を顰めています。

 私にしても、そんなものは初耳でした。

 仮に秘宝があるとして大悪魔であるアイロスが、それほど慌てることなのでしょうか。

 そもそも大悪魔が世界を守ろうとして、どうすると云うのでしょう。本末転倒です。

 私がそんな事を考えているとも知らず、アイロスは冷たい声で言い捨てました。


「秘宝が何かは、貴様等が知る必要の無いことだ。それにイグニシア――お前はシュテッペンを裁き、破竜の剣を取り戻したいのだろう?」

「ああ、まあな」

「ならば、黙って我に協力しろ」

「断る。何でおれが、お前なんかの指図を受けなきゃなんねぇんだ! そもそも――お前の言ってる話が正しいって証拠でもあんのか? お前は間違いなく、正義の味方だとでも言うのか? あ!?」


 イグニシアは、鼻息も荒く首を左右に振っています。

 確かに得体の知れない男の提案を簡単に鵜呑みにする程、イグニシアは甘くありません。

 ここは一つ、私が説得しましょう。

 アイロスに役立つところを見せなければ、私の立場が危うくなりますからね。


「良いではありませんか、イグニシア。この人は強いですし、その素性はわたくしが保証しますわ」

「なんだよ、ティファ! コイツの肩を持つってのかよ!」

「別に肩を持つ訳ではありませんが、利害は一致しているじゃありませんか?」

「そりゃ、そうだけどよ……だったらせめて、コイツの素性くらい教えてくれよ」


 私とアイロスは互いに見交わし、アイコンタクトを取りました。

 まあ、適当に誤摩化そうってことですね。

 わかりました。では、正義の味方を偽りましょう。


「アイロスこそ神が使わし――」

「――大悪魔である」


 おい。おいおい、おい。


「聞こえなかったか、小娘。我は全世界の偉大なる支配者にして――ぐあっ!」


 慌てた私は近くにあった石を拾い、思いっきりアイロスの頭を殴りました。

 心臓が締め付けられないことを考えれば、この程度は叛乱と看做されないようですね。

 まあ、当然ですか。

 彼がここで正体を明かすメリットは、全くないのです。

 だからこれは、むしろ彼を守る行動ですからね。

 

 とはいえ、アイロスは頭を抑えて踞っています。

 何だか弱いですね、どうしたのでしょうか?


「……や、やめよ、ティファニー。我はまだ、完全復活には程遠い。それもこれも、貴様が聖女などと、よく分からぬモノに祭り上げられているからだと心得よ……」

 

 踞りながらも私だけに聞こえるよう、アイロスが言いました。


「ふっふっふ……それは、良い事を教えて頂きましたわ。ならば、あなたには痛みを感じる間もなく死んで――」

「だがな、ティファニー。我が死ぬ様なことがあれば、お前も全ての力を失うのだからな……」


 なん……だと!?


 おっと……いけません。愕然としてフルフル震えていたら、イグニシアが疑いの眼差しで私達を見下ろしています。

 私は立ち上がり、アイロスの肩を支えて高らかに宣言しました。

 さあ、今こそスキル“嘘つきS”の役立つ時です!


「いいこと、イグニシア。この方は、神が使わした五大熾天使(セラフ)の一人ですわ! 今は文句を言わず、素直に従うのです! いいですか、いいですね? 聖女と云われるわたくしが言うのです、間違いなど、あろうはずがありませんわっ!」

「いや……我……魔王ナリ……」


 弱々しい声が耳元で聞こえましたが、全力で無視していきましょう。

 一方、流石は聖王国と呼ばれるクレイトスの姫君。いきなり片膝を付き、感涙に咽び泣いています。


「それで、このように幻術を使って……! 承知致しました! 臣、イグニシア・シーラ・クレイトス……熾天使セラフさまにお目通り叶い、これに過ぎたる喜びはありませぬ! 以後は何なりとご命令をっ! 聖女さまと共に、必ずや使命を果たしてご覧に入れますっ!」


 あら……私の聖女の意味合いに、新たな成分が付け足されたようですね。

 アイロスは口をポッカリと開き、魂が空へ飛んで行ったかのようです。

 白目まで剥いて、イケメンが台無しですね。あはっ。


「我……天使……違ウ……」

ティファニー「さあ、聖戦ですわっ!」

イグニシア「天も照覧あれっ!」

アイロス(白目)

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