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50話 再会ですわ

 ◆


 大きな教室に、長机がコの字形で並んでいます。 

 上座に三年生が座り、その近くに二年生、一年生はコの字の端に席を与えられていました。

 

 この席には明確な序列があります。

 まず生徒会長を中心とした役職者が正面中央に座り、左右へ広がる様に三年生。それから二年生達が序列に従って、三年生に近い順で座ります。

 最後に一年生が二年生よりも下座に座るのですが、今はまだ新学期で序列が決まっていない為、クラス順に座るよう言われました。

 私は一組なので、一年生の中では一番前ですね。


 それにしても三年生達の中に混ざり、ただ一人、生徒会役員の席を占めるアーリアは異質です。

 彼女は隣にいるセフィロニアをチラチラ見ては、鼻の穴を膨らませていました。

 ていうか彼女が生徒会に入りたかった理由はもしかして、セフィロニアの側にいたかっただけとか……。

 仮にそうだったとしても、あの姿を見たなら誰も驚きません。

 まあ、アーリアは生粋のバカですからね。一年生の頃から生徒会長の座を狙って書記になるとか、そんな難しいことは考えられないでしょう。


「なあ、席順の序列ってなんだ?」


 あ、バカが私の隣にもいました。

 席は各クラスの委員長と副委員長が並んで座る為、必然的に私の隣は正義バカとなります。


「学院の行事のことは、ご存知ですか?」

「いや、知らねぇ」


 うん、コイツは本当に何をしに来たのでしょうね。

 私は無知で蒙昧な正義バカに、かいつまんで学院における行事と序列の関係を説明してあげることにしました。


「――ええと、二年生や三年生は、序列一位が帝王学科、二位が軍師科、三位が二つあって、武術科と魔導科、五位以下が普通科となります」

「ふむふむ」

「一方、まだ各科に分かれていない一年生は、学院祭の成績によって序列が決まりますわ」

「なんだそりゃ?」

「学院祭では武闘、魔術、戦術、最後にクラス対抗戦が行われます。対抗戦以外は各三名の代表を出して勝敗を決するのですが、要するにミニゲームですね」

「ミニゲーム?」

「まあ、心配しなくてもチュートリアルなので」

「チュートリアル?」


 イグニシアの首が徐々に傾き、いよいよ四十度に達しようとしています。

 面白いので、質問には答えないようにしましょうか。

 人間の首が横に曲がる角度は、精々が五十度のはず。

 しかしイグニシアは最強の正義バカなので、もっとイケそうな気がします。

 とはいえ万が一首が九十度も傾いたら、それはもはや人間とは云えません。

 彼女の尊厳を守る為にも、やっぱり私は説明を続けることにしました。

 

「要するに自分の得意な種目に出て、クラス対抗戦で負けなければ良いのです」

「お、おう? じゃあおれは、武闘の代表で出ればいいんだな?」

「そうなるでしょうね」

「で、ティファは魔術か?」

「そうですわね。でも、そうすると戦術を捨てることになりますけれど……ま、いいでしょう。どうせ絶対に勝てない相手がいますからね」


 と、イグニシアに学院の行事について説明をしていたら、セフィロニアの声が響きました。


「静粛に。これよりケーニヒス連邦学院、第二〇八代生徒会会長、メティル・ラー・スティームさまより、お言葉を賜る」


 彼の言葉で会場が静まります。

 暫くして、正面で椅子の動く音だけが響きました。

 生徒会長であるメティルが動いたのでしょう。

 彼女はスッと立ち上がり――身長が低い為、立った様には見えませんが――笑みを浮かべました。


「一年生の諸君、ようこそ、ケーニヒス連邦学院へ。あたしが生徒会ひょうのメティル・ラー……ふぇぇええええん、噛んだ、噛んだよぅ、言葉もだけど、舌も噛んだぁ。助けて、セフィロニアぁぁぁ……」


 金髪ツインテールの先端だけを虚空に残し、メティルが机の下に隠れました。

 セフィロニアが彼女の頭を「よしよし」と撫でています。なんですか、この茶番は。

 まあ、メティルはあんなのでも、私に匹敵する魔力とスキルを持ってますからね。誰も文句を言わないのでしょうけれど……。


 あ、そう思ったら、一人だけいました。不満そうなのが。

 セフィロニアの隣で、アーリアが牙をギリギリとやってます。


「こんのクソガキー……」


 あ、心の声が漏れてますよ、アーリア。


「あたし大人だもん! べー!」


 ベーって……メティル……流石は合法ロリですね。やる事があざといです。

 

 激しい女の戦いに挟まれたセフィロニアが、我れ関せずと立ち上がりました。

 九割くらいあなたの責任なんですけどね、無責任な男です。


「負傷された会長に代わって、私が今日の議題を伝えよう。なに、難しい事は無い。これからやって貰うことは、ただの自己紹介さ」


 セフィロニアは涼し気な微笑を浮かべ、このように宣言しました。


 ――――


 セフィロニアの意向に従って、三年生から順に自己紹介が進みます。

 中でも私が気になったのは、やはり二年生の二人。

 魔導科のサラステラ・フレ・リンデンと帝王学科のリリアード・エレ・ロムルスですね。


 サラステラの自己紹介は、非常に簡潔なものでした。


「名前はサラステラ・フレ・リンデン。出身はリンデン。神国などと呼ばれているが、特産品は蕎麦。とても美味しい」


 無表情で立ち上がり、無表情で言い切って、誰のツッコミも許さず座ったあの女! その自己紹介、どういう意味があるのです? 蕎麦を注文しろとでも言うのですか! 

 だいたい、神国の姫巫女が帝王学を学ばず魔導科にいるって! いるって!


 このとき思わず立ち上がろうとした私を、イグニシアが引き止めてくれました。


「なあなあ、メロンパン蕎麦とか、あるかな?」

「イグニシア、あなた蕎麦を知っていますの? あるわけがないでしょうっ!」

「でもよ、美味しいものと美味しいものを組み合わせると、だいたい美味しくなるんだぜ。カツカレーとか」

「だったらせめて、お蕎麦とカレーを合わせなさいな」

「ふうん……じゃあ、メロンパンカレーか?」

「メロンパンから離れなさいっ!」

「お前、メロンパンをバカにするなよ。万能だぞ」

「絶対に違いますっ!」

「えっ……そうなのか? いや、でも……」


 というかイグニシアは引き止めた訳じゃなく、単に食べ物に興味を示しただけでしたね。しかも、あまり納得していません。


 一方リリアード・エレ・ロムルスの方はと云えば……


「我こそはリリアード・エレ・ロムルス。偉大なる神樹の民にして女王の娘なりぃ〜! くっくっく〜愚かな人族ども、いい加減、我にひれ伏せぇ〜!」


 そう言ってクルクルと長い耳を動かし、皆に色んなモノを投げられていました。


「引っ込め、駄エルフ!」

「も、ものを投げるでないっ! で、出るとこは出ておるっ! 愚かな人族めっ! 滅べ!」

「どこがだよ、ちっぱいだろうが!」

「やかましい! ちっぱいは文化であろうがっ!」

「だいたいお前、歳のサバ読み過ぎなんだよ!」

「わ、わしは十六歳であるぞ!」

「嘘つけ! 一六〇歳だろ!」

「うわああ、本当のことを言うでない〜〜! 一年生にバレてしまうではないかぁぁあ!」


 正直、こんなに人気のないエルフって初めて見ました。センセーショナルです。

 華奢な身体に金髪、ややつり上がった切れ長の緑眼。それに整った顔立ちと――古式ゆかしいエルフなのに、何と勿体ないのでしょう。


 もちろん一年生の中にも、気になる人物はいましたよ。

 七組の委員長が、ゲイヴォルグ・ファーレンでしたしね。

 彼も何処かにいるはずだと思っていましたが、やっと見つけることが出来ました。

 

 でも、一番驚いたのは彼の存在です。


「あー、一年六組の副委員長になりました、アイロス・バルバ――バルトです。よろしく」


 私から見て斜め左の席にいたヤツは、浅黒い肌に銀色の髪、そして赤い瞳の超絶なイケメン。

 若干あの時よりも幼く見えますが、まず間違いないでしょう。あの悪魔です。

 生徒会が終ると私はさっさと席を立ち、イグニシアと共に、すぐ迷宮へ行こうとしました。もちろん、ヤツと関わらない為です。

 しかし、扉の外で待ち構えていたヤツに腕を掴まれ、呼び止められてしまいました。


「まて……話がある」


 イグニシアが怪訝そうな顔で見ています。

 しかし、ここで彼女を巻き込む訳にはいきません。


「イグニシア。わたくし、少し彼と話をしてから行きます……」

「おう、わかった」


 そう言って去ろうとしたイグニシアを、アイロスが引き止めました。


「お前にも話がある……イグニシア・シーラ・クレイトス」

「おれには、話なんかねぇけどな」

「メロンパンを持っているのだが……」


 イグニシアの足が止まり、振り返ります。


「ミルクもあるぞ……」

「うむ、話を聞こう」


 両手を差し出し、こちらへ戻って来るイグニシアの顔は、それはもうニッコニコでした。


 アイロス・バルバトス。

 こんなところに現れて、一体何をしようというのですか。

 しかも、イグニシアまで巻き込んで……。

イグニシア「うおおおお! なんだ、このメロンパン!」

アイロス「しっとり系」

イグニシア「もう一個あるか!?」

アイロス「……うむ」

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