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48話 ラファエル・リット 1-2

11/21 2話目です

 ◆


 ティファニー・クラインという少女を調べる程に、僕は彼女に恋い焦がれるようになっていった。

 見たことすらない無い少女に対して、不思議なことだ。

 しかし、そうとしか思えない気持ちを、僕は他に表現する言葉を知らない。

 

 彼女は、何ひとつ持っていなかった。

 もしも持っていたとすれば、生まれ持った肉体だけだ。

 それで既存の勢力を壊し、新たなものを躊躇なく作り上げ、しかもそれに固執しない。

 僕はそこに貴族とは全く別の、強靭な力を感じた。

 そして、なんというか――彼女なら新しい世界を作れるような気がしたのだ。

 

「これが僕と同い年の、しかも女の子のやることなのか……」


 そりゃあ彼女はミールで、自分の一族を皆殺しにしている。

 クライン公国軍一〇〇〇名を水没させようとしたりと、めちゃくちゃな部分もあった。

 だが迷宮都市では誰もが恐れる魔物、首無し騎士(デュラハン)に敢然と立ち向かい、竜さえ退けている。

 何より彼女は、多くの平民を救った。差別されている獣人も含めて、だ。



 そんな風にティファニー・クラインを調べていると、彼女も連邦学院に入学するという話を耳にした。

 今や彼女はクライン家の令嬢だ。それは当然と云えば当然のことなのだろう。


 胸が高鳴った。


 学院へ行けば、ティファニー・クラインに会える。

 そう思ったからだ。


「学院へ行けば……会える」


 言葉に出すと、現実感が湧いてくる。

 僕の中で、初めて義務感よりも欲望が勝った。

 家業を手伝い、借金を減らすという選択肢が消えた瞬間だ。

 しかし、家族を路頭に迷わせる訳にはいかない。

 僕は伯爵と交渉することを決意し、家族に宣言した。


「父さん、母さん……僕、やっぱり連邦学院に行くよ」


 こうして伯爵の居城へ行き、連邦学院へ入学する旨を正式に伝えた。

 もっとも、このとき伯爵は病によって既に意識を失い、息子であるグラドさまが対応してくれたのだけど……。


「奨学金の返済の件は知っているね?」

「はい。その件でご相談があるのですが……」

「なに、心配することはない。卒業して我が国で働けば二〇年で返済出来るし、生活に困る事もないさ」

「はい、そちらは心配しておりません。それよりも、気になることがあるのです」

「どうした、何かな?」

「父の借金が残っていまして……僕が学院へ行っている間に、こちらの返済が滞りはしないかと」

「ああ、そのことか。君には二歳下の妹がいるだろう? 彼女のことをバオラが気に入っていてね……だから借金については、何とかなると思うよ。実際、もうご両親にも許可は頂いているしね」


 僕は気が遠くなる思いがした。

 お陰でグラドさまの前にも関わらず、彼の机に両手を付いて、頭を左右に振ってしまったのだ。


「妹は……ミカエラは何と言っているのですか?」

「彼女も君が学院に行くことに賛成しているし、色々と納得しているよ」

「ちょっと……待って下さい。父の借金も僕が肩代わりしますので……妹は……彼女にも、彼女の人生があります……選ばせてあげたい……」


 そのとき、部屋の隅にいたバオラが口を開いた。


「選ぶ? 平民ごときが、いったい何を選ぶというんだ? 私がアレを気に入ったのだから、構わないだろう。むしろあの娘こそ、私に選ばれる幸運を喜べばいいのだ。それにアレが私の寵愛を受ければ、お前だって得だろう。出世が約束されるのだから」

「僕は、妹の手を借りて出世しようとは思いません。それに妹の……ミカエラの気持ちだって」


 多分、僕はバオラを強く睨みつけたのだろう。彼が後ずさりして折れたのだから……。


「ふ、ふん。それならそれで別に構わないが、そうだな……五年だ! 卒業してから五年で、我が国を八大列強に押し上げろ。そのくらい、天才と名高いお前なら簡単だろう? フハハハハ! 出来なければ、ミカエラを貰うぞ? いいな!」

 

 こうなってしまえば、連邦学院へ行かなくてもミカエラは奪われるだろう。

 だから僕はこのとき、バオラに片膝を付いて忠誠を誓うしか、妹を助ける道を見つけられなかった。

 

「わかりました。微力を尽くします」

「頼むぞ、平民! フハハハハ!」


 この時のバオラは、随分と身長が高くなっていた。

 僕よりも、頭一つ分くらい高いだろうか。

 いや、僕が小さいだけかもしれないけれど。

 ただ一つ言えるのは、随分と高い位置にある彼の細い両目が、明らかに僕を見下しているということだった。


 しかし連邦学院へ入学すると、僅かに状況が変わった。

 僕が新入生の中で最高の能力だったらしく、その代表となったのだ。

 それにヒルダも入学していて、僕の後ろ盾になってくれた。

 ルーヴェと言えば大国で、しかもヒルダは元首の娘だ。

 彼女が気にかけているとなれば、大っぴらにバオラが僕を見下すことは出来なくなった。


 けれど、国には妹がいる。バオラを裏切ることは出来ない。

 だから他国の有力者と懇意にすることは、注意が必要だった。

 僕がリモルへ戻って公職に就かないとなれば、家族がどうなるか分からないのだ。

 妹だって、恋くらいしたいだろう。その相手がバオラなら、それは構わない。

 けれど僕には、そうなる未来なんて見えなかった。

 妹を犠牲にしてまで、僕は自分の欲望を叶えようとは思わない。

 ただ一目でいい、ティファニー・クラインを見る事が出来れば、それで満足だった。


 だから他国君主の子弟とは、なるべく距離を取ろう。

 そう、決めていた。

 

 だが決意して入学した当日――あろうことか僕の目の前に、もっとも会いたかった人が立っていた。

 見た事はなくても、色々な話は聞いている。

 だが、どれほど彼女を賛美した文章も、実物には万の単位で及ばないだろう。

 僕はティファニー・クラインの姿を目の端にとらえ、ただ身動きも出来ずにいた。


 彼女の髪はプラチナよりも豪奢な金色で、陽光に照らされキラキラと輝いている。

 シュヴェンツァー山脈の永久凍土を思わせる蒼い瞳は宝石にも似て、高く通った鼻筋は名工の手による彫刻のようだ。

 僅かに持ち上がった薄い唇は、他者を平等に見下ろす王者の笑みを思わせた。

 

 心臓が早鐘のようだ。

 でもそれは、どうしようも無い事だろう?

 ずっと彼女のことを考えて、こんな本まで書いてしまったのだから。


「君主論……?」


 まるで未踏の山河を流れる雪解け水のような、サラサラとした美声が僕の耳朶をうつ。

 精一杯の虚勢とともに、僕は彼女に向き合った。


「ああ……うん……あー……キミもこの本に興味が?」

ドッキドキのラファエル。

もちろん妹と血なんて、繋がっていませんからね。

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