47話 ラファエル・リット 1-1
※長くなったので二話に分けます。
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先代のリモル伯爵は、開明的な君主だったといわれている。
実際、商人であった父が怪我をして働けなかった時のこと。
父は無料で病院に通い、僕達の生活費は国が出してくれた。
もしも他の国で暮らしていたら、僕達は路頭に迷っていただろう。
リモル伯爵の政策があったからこそ、僕達は助かった。
これだけの話なら、僕もリモル伯爵は開明的な君主だと思っただろう。
しかし、この話には裏があった。
治療費も生活費も、全てが国に対する借金となっていたのだ。しかも高利の……。
それでもケーニヒス貴族の中では、非常に寛大な処置なのだという。
だから先代のリモル伯爵は開明的だと、そう言われているのだ。
僕は六歳になると学校へ通い、剣術と魔法と学問を習った。
父はあまり商才に恵まれなかったらしく、大金は稼げない。
だから自分の血を継ぐ僕には「商人にならず、国の為に働け」と父は言った。
幸い僕には学問と剣術、ついでに魔法の才能があったらしい。
すぐに剣も魔法も勉強も学校で一番になり、やがては国で一番になった。
初めて先代のリモル伯爵に会ったのは、十歳のときだ。
剣術大会で優勝した僕を、伯爵は表彰してくれた。
準優勝だったのが彼のお孫さんだったので、僕としては少し複雑な気分だった。
伯爵のお孫さんはバオラという名で、剣の天才と言われている。
けれど僕に言わせれば、それは周りの大人が気を使っているだけ。
バオラの能力は全てにおいて平凡だった。それも、精一杯良く言って……。
大会が終ったあと会場の片隅でバオラに、こんなことを言われた。
「お前、生意気だよ、平民のくせに」
何も答えなかったら足を蹴られ、唾を吐きかけられもした。
「俺は調子が悪かったんだ。それなのに本気で向かって来るなんて、何を考えてるんだ! 身の程を知れッ!」
こう言ったバオラは、本当に自分を剣の天才だと思っていたらしい。
十四歳のとき伯爵に呼ばれて、リモルの代表として連邦学院へ行かないかと誘われた。
ちょうどバオラの入学が決まったので、その護衛も兼ねているという。
僕はリモル伯爵に直接頼まれ、頭を下げられた。
「ラファエル、お前がバオラを守ってくれるなら、これほど心強いことはない……」
このときの伯爵は病身にあって、寝台から身体を起こす事も出来ない状態。それでも上半身を起こそうとして、しかも丁寧に言ってくれた。
彼は本当に開明的な貴族だ。けれど、どうしようもなく貴族なのだ。僕はそう思いながら、彼に頭を下げた。
「数日、考えさせて下さい」
連邦学院へ行くのは、光栄なことだ。
いくら開明的な国にいると言っても、僕は平民に過ぎない。
だから将来は父の跡を継いで商人になるか、下級の文官か武官、どちらかになる他に道は無い。
もともと父は僕に文官になれと言っていた――僕自身、そうなるのだろうと考えてもいた。
けれど学園都市シエラに行って連邦学院に入れば、それは文官であれ武官であれ、より高い地位に就くことが約束される。
だから、この話を家に持ち帰ったとき両親と妹は、とても喜んでくれた。
「凄いじゃない、ラファエル!」
「良かったな、ラファエル。これで我が家の将来は安泰だ」
「兄さん、頑張って!」
けれど、僕は学院に行くつもりなんて無かった。
何しろ連邦学院へ行くには、莫大なお金が必要だ。
もしも父が大商人であれば、支払いも可能だろう。
しかし我が家は小さな商家だ、そんな資金は無い。
そうなると、当然リモル伯から奨学金を借りることになるだろう。
それを返す為には、国に仕える以外の道は閉ざされる。
しかも、我が家の商売は既に火の車だ。
場合によっては、ここ数年で破産してしまうかも知れない。
それもこれも国に――いや、リモル伯爵家に高利の借金をしているせいだ。
こんな状況で連邦学院になど、行く訳にはいかなかった。
だから――こう言ったのだ。
「この話、お断りしようと思ってるんだ」
それから数日後、父の古い友人であるイェーガー・アイゼルが我が家にやって来た。
彼はリモル出身だったが、旧態依然とした貴族社会であるこの国に嫌気が差し、湾口都市同盟ルーヴェに新天地を求めたのだ。
実際、それが間違いではなかったことを、彼は証明している。
なにしろ彼は来期の同盟元首になるので、父に外務長官として来て欲しいと頼みに来たのだから。
「久しぶり、ラファやん! ルーヴェはええとこやで! 来てくれたら、また一緒に遊べるで! 何なら、ウチがお嫁さんになったるさかい! な、お父さん! ラファやんと一緒に来てや! あははっ!」
「ラファエル! こんな美人にお父さんって言われたぞ! わはは!」
イェーガーさんの娘であるヒルダも一生懸命に誘ってくれて、父は終始ニコニコと笑っていた。
それでも父は、首を縦に振らなかったようだ。
一番の理由は怪我をした時、面倒を見てくれたのがリモル伯爵だった、義理があるから、と。
そのとき、イェーガーさんはこんな話もしてくれた。
不当に民を抑圧していたミール村の貴族が、平民に討たれた――とか。
貴族を討った不遜な平民共を討伐に来たクライン公国軍を、その平民達が撃退した――とか。
実はリーダーとなった平民が、クライン公爵の隠し子だった――とか。
結局ミール村は、平民の自治に委ねられた――とか。
迷宮都市キーマに竜が現れたが、退治された――とか。
内容としては、これからは貴族の時代じゃない、というのが本筋だったと思う。
けれど僕が興味を惹かれたのは、その全てに「ティファニー・クライン」という少女が関わっていたことだ。
そしてイェーガーさんは、こうも言った。
「なあ、リット。あのとき伯爵が助けてくれたというが、それは全部借金じゃないか。しかも高利だろう? 結局、貴族の大半は平民の暮らしを護ると言いながら、そんなことしかしないんだ。
現実を見ろ、自分の暮らしを。お前に商才が無かったわけじゃない――この有様は全部、貴族のせいなんだ! この国にいる限り、何も変わらない!」
それでも父は首を縦に振らず、イェーガーさんはヒルデガルドを連れてルーヴェに帰っていった。
暫くしてイェーガーさんは本当に元首となり、アイゼル家はルーヴェで最大の大家となったのだ。
僕はその後ティファニー・クラインについて、集められる限りの情報を集めることにした。
今日中に、もう一話投稿します。
よろしくお願いします。




