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45話 お家に帰りたいですわ

 ◆


 私を元にして本を書いたということは、私の配下になりたいということですね。

 ラファエル・リットが配下になったなら、私はきっとラッキースケベの餌食になるでしょう。

 その後は、なし崩し的にエロいことをされてしまうのです。


 からーん、ころーん。


 私の心に、人生終了をお知らせする鐘が鳴り響きます。 

 はぁ……終りました。


「あの、どうされました? もの凄く沈んだ顔をされていますが……」


 心配そうに見つめるラファエルの目を、二本の指で抉ります。


「うわぁぁぁ! 目が、目があぁぁぁっ! 何をするんですか、ティファニーさまっ!」


 言いながら、回復魔法をさらっと使うラファエルです。

 

「何でもありません」

「何でもないようには見えませんが……僕の目まで抉って」

「わたくし、目は抉る派ですの。ミズホに聞いていませんか?」

「初耳です……以後は気を付けましょう」

「以後……以後ですか。ですがその……わたくし学院を卒業しても、お前を配下には出来ませんよ」


 ラファエルが震えています。目にも涙が溜まっていますし、私に断られることが、そんなに嫌なのでしょうか。

 しかし私としては、乾坤一擲。ここは全力で拒否権を発動です。

 とはいえ、ラファエルは主人公キャラ。下手に敵対すれば、デッドエンドが確定するでしょう。

 嫌われないよう、上手く断らなければなりません。


「なぜです、ティファニーさま」

「なぜと言われましても……わたくしには兄がおりますので。順当にいけばクライン家を継ぐのは、兄のイリスラということになりますの。ですから、無理なのですわ」

「ティファニーさまはミール家を継がれ、女子爵として独立なさると聞いていますが?」

「し、子爵家とは申しましても、クライン家の分家に過ぎません。選王会議への出席すら許されない小国ですわ」

「それでも構わない、と言ったら、配下に迎えて頂けますか?」


 むむむ……それならばラファエルが、ゲームに参加しないと宣言したも同じこと。

 ゲームに参加しないとなれば、主人公としての力を失うかも知れませんね。

 ――どうしたものでしょうか。

 

 ポク、ポク、ポク、チーン。

 答え、出ました。


「そうまで言うのなら、良いでしょう」


 もともとゲームの設定上、初期にプレイヤー国として選択出来るのは列強に名を連ねる八国のみ。

 一度クリアすることで、四十二国全てが選べるようになります。

 だから、この中にある国を私が持っていた場合、ラファエル・リットとのイベントが発生する可能性が高い。しかし、そこにミール子爵家は含まれていません。

 ということは、ミールを名乗った私の下ならば、ラファエルが来ても問題ないでしょう。


 それにまあ、個人的にラファエルが嫌いという訳でもありません。

 頑に拒み続けて、悲しい顔をされるのも嫌です。


「良かった、てっきり嫌われているのかと思いました」


 ラファエルが嬉しそうに笑っています。

 だけどすぐに眉を下げると、悲しそうに言いました。


「……でも実は僕、行けないんです」

「あら?」


 私、生き返りました。

 今度は満面に浮かびそうになった笑みを必至で堪え、沈痛な表情を作ります。

 そして喉元まで出掛かった「なぜ」という言葉を飲み込みました。

 その「理由」を私が解決出来た場合、今度こそラファエル・リットをお迎えしなければなりません。

 それは、絶対に避けたかったのです。

 

 だ・と・い・う・の・に!

 ラファエルのヤツ、勝手に喋り出しましたよ。


「僕はリモル伯領から来ていまして、奨学金でここへ通わせて頂いています。ですから将来は、リモル伯に仕えることが決まった身なのです」

「……ふうん、そうですか」


 確かに私には簡単に解決出来る問題ですが、これは良い事を聞きました。

 一応、連邦議会に名を連ねているものの、リモル伯領など地図の片隅にある小さな国。

 放置すれば彼は、そこの宰相にでもなるのでしょう。是非、そうなって頂きたいものですね。


「ふうんって……ティファニーさま」

「だって、それ以外に言いようがありませんもの。わたくしがリモルの件に口出ししようものなら、内政干渉になってしまいますわ」


 まさかコイツ、私が奨学金を払ってあげる――などという甘い言葉を期待していたのではないでしょうね。

 絶対に払ってやるものですか。

 お前はそのまま、リモルで埋もれてしまいなさい。

 それが世の為――にはなりませんが、私の為なのです。


 はむはむ……ケーキ、美味しい。


「あの、ティファニーさま。本当に全部食べきるおつもりですか?」


 三分の一ほど残った私のケーキを見つめ、ラファエルが驚いています。

 確かに、多いですわね。

 美味しいのですけれど、食べきるまでには、あと少し掛かりそうです。


「もちろんですが……あなたも食べたいと言うのなら、今回だけは特別に分けて差し上げてもよろしくてよ?」


 呼び鈴を鳴らし、給仕を呼びました。

 取り皿を一枚貰うと、給仕の女がニヤリと笑います。

 その顔はまるで、「私の勝ちだ」と言わんばかり。

 違うのです、これは温情なのです――などと私が言う訳ありません。

 いくら悔しくても言い訳などすれば、男が廃るのですよ。


 私が悔しさに歯噛みしていると、一度去った給仕がまた現れました。

 彼女は新しいティーポットとカップを持って来て、紅茶を注いでくれます。


「サービスです。もう、冷めてしまったでしょうから……次は頑張って下さいね」

「あら、給仕豚、気が利きますわね。わたくし、このお店が大好きになりました。お前がなるべく痩せる為に、残飯を出さぬよう務めますわ」


 給仕の女に礼を言うと、彼女はがっくりと膝を落としてさめざめと泣きます。


「あたしは、あたしは残飯なんか食べていないわ……少ししか……!」


 あ、またやってしまいました。

 太った人に豚と言ってしまう私の毒舌に、我ながら悲しくなります。

 

 そんなことをしていたら、入り口からまた学院の生徒が入ってきました。

 ちらりと目を向ければ、見た事のある顔です。

 私が見たことがある――ということはゲームの登場人物、それも主要キャラですね。


「おー、ここやで、ニア。うまい食いもん、ぎょーさんあるでー! あはははっ!」

「だども、ヒルダちゃん。わだすみたいな田舎モンが、こっただとこ来て良いんだべか?」

「ええんや! せっかくシエラに来とるんや! いっぱい食っときー! あははは!」


 あれは湾口都市同盟のヒルデガルド・アイゼルと、高原都市同盟のニア・ローランドです。

 そう言えば二人は平民同士で、子供の頃から交流があると設定にありました。


「お、ラファやん! なんや、デートかいな? おお! えらいべっぴんさん連れとるやんけー! あっはははは!」


 蜂蜜色の髪の少女――ヒルデガルドがラファエルの肩をポンポンと叩き、笑っています。

 ヒルデガルドは天真爛漫で、二本のアホ毛が特徴的な可愛い系。よく笑い、ひたすら笑うヒロインですね。


「だ、だめだべ、ヒルダちゃん。ラファエルさんが困ってるべ……それにデートの邪魔は、いけないべ。あの人、一組のティファニーさんだべ、おっかないべ」

「おー! ほんまや! ティファニー・クラインやっ! あはははっ!」

「ダメだべ、別の席に行くべ、ヒルダちゃん!」


 ニアはヒルデガルドに耳打ちし、袖を引っ張り、引き離そうとしています。

 こちらは黒髪で黒淵のメガネを掛けた、メガネっ子ですね。

 ただ、全部聞こえていますよ……。


「あ、ああ、ティファニーさま、ご紹介します。こちらは……」


 困り顔のラファエルが立ち上がり、二人を私に紹介してくれました。


「三組の委員長ヒルデガルド・アイゼルさんと、副委員長のニア・ローランドさんです」

「初めまして。ティファニー・クラインですわ」


 私は立ち上がってスカートの裾をちょんと引っぱり、二人に挨拶をします。


「ウチ、ヒルデガルドいいます! ティファやん、よろしゅうたのんますー! あっはははは!」

「あだす、ニア・ローランドって言います。うわぁぁ……ディファヌーさん、ほんど美人だべー」


 二人も私に挨拶をしてくれましたが、何やら名前が変わってしまいました。


「なんやなんや、二人はどこで知り合ったんや? てゆーかラファやん、ウチとゆーモンがありながら浮気するっちゅーのは、一体どういう了見やねん? あははははっ!」


 そのままヒルデガルドが、ラファエルにグイグイいきました。

 顔を真っ赤にしたラファエルが、「そんなんじゃない!」と言い張ります。

 怒濤の急展開ですが、面白いので私は眉を顰めてみせました。


「あら、豆柴。本命の彼女がいたなんて……わたくしの事は遊びでしたの?」

「ち、違う! 違います、ティファニーさまっ!」


 ププーッ! これ、面白いです。

 慌てたラファエルが新しい紅茶を飲んで、「熱っ!」と火傷をしていました。

 ヒルデガルドは、そんなラファエルの隣に座り、ハンカチで彼の口元を拭いています。


「零れとるやんー、ちゃんとしいやー」

「ヒルダ、やめてくれよ。子供じゃないんだから……」


 ああ、そう言えばヒルデガルドとラファエルは幼馴染み設定でしたね。


「ほら、ヒルダちゃん。そろそろやめるべ。ラファエルさんが困ってるべ」


 何故かニアは私の隣に座って、会釈をしています。

 このニアはメガネを取ると超美人、という典型的なアレですね。

 さっそく、メガネを奪ってみましょう。


「あ、あれ〜、やめるべ〜!」


 うっわ、コレ、イグニシアにも負けない程の美貌ですよ。

 なんですか、コレ。左右で目の色が違うとか。

 青と金の目なんて、ぬこさんですか、貴女は! まあ、知っていましたけど!


 両手で顔を隠したニアは、「見ないでけろ〜」と言っています。

 あらあら、この行動は完全にラファエルを意識していますね。

 だって指の隙間から、チラチラと彼の顔を見ていますもの。


 やっぱりラファエルは、エロゲのハーレム主人公で間違いありません。

 そしてこの状況は、最悪なことに私もハーレムの一員です。

 はぁ……早くお家に帰りたいですね。

ティファニー「ルーヴェ弁とスラブ弁、ぜんっぜん分かりませんわ。きちんと標準語で話して下さいな」

ヒルデガルド「なんや自分はなまっとらんと思ってるんか? あはは」

ニア「それ、クライン弁じゃないんだべか?」

ティファニー「何がですか? わたくしのどこがなまっていると言いますの!?」

ヒルデガルド&ニア「「それ」」

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