43話 デレたりなんか、しませんわ
※説明回です。前半はほぼ説明なので、読み飛ばしても問題ありません。
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学園都市シエラとは、ケーニヒス連邦王国における建前上の首都です。
連邦王国と云うからには、この国全体を纏める王がいるのかとおもいきや、そんなことはありません。じつのところ、この王位は初代以来の空位です。
ちなみにゲームを半ばまで進めると、正義側の君主であれば、この王位に就く事が出来ます。
一番の代表格が、イグニシア・シーラ・クレイトスですね。
彼女は敵対したが最後、連邦王を名乗り私に対する包囲網を敷くのです。そのしつこさときたら、もう……。
とはいえ、これは私の下にラファエル・リットがいた場合。
つまり私がヒロインとして大陸制覇をしようとする場合の、イグニシアの行動です。
ということは……。
イグニシアがヒロインの場合はどうなるのでしょう?
私は漏れなく悪魔の手先と断罪されて、中ボス街道をひた走ることになりますね。
これもいけません。
回避する為には、私が君主になる道からドロップアウトすることは必須として、やはりイグニシアとラファエルをくっつけるのもマズいでしょう。
しかしながら、ここまでの状況を見ると、私が君主にならない道――というのは狭そうです。
歴史の揺り戻しではありませんが、どうもある一定方向へ向かって進んでいる――という気がしますので。
では万が一、君主になってしまった場合はどうしましょう?
確か半ばまでゲームを進めると私の場合、魔法帝になるか皇帝になるかの選択があったはず。
これによって指揮可能な兵種が変わるのですが、キャラがキャラなので一度クリアした時は魔法帝になりました。ですが魔法帝になると、ろくな事がありません。
そもそも魔導王国のメティルが目指している地位である為、彼女と絶対に敵対しますからね。
なので最悪の場合、皇帝を目指した方が良さそうです。
また共和国出身者なら大統領になったり、エルフのリリアード・エレ・ロムルスならハイエルフを名乗る等――統一の過程で称号が変わるのもゲームの醍醐味でした。
と……今はそんな事を言っている場合じゃありませんね。
あ、そうそう、君主が上位の称号を得るときは、大体エロいイベントがあります。
私は魔法帝になる時、全裸にされて全身に赤色の紋様を書かれました。
それを消すのにラファエルと一緒にお風呂に入って、さんざんヤられまくるのです。
なのでやっぱり、二度と魔法帝にはなりません、誓って絶対に。
そもそもケーニヒス連邦は大小合わせて一二五八の領邦があり、それらは四十二の大きな勢力に属しています。
その四十二の国が四年に一度集まりシエラで選王会議を行うのですが、未だ王は決まった事が無い――というのが設定でした。
ただし四十二の国の中でも、特に強い国があります。
まず、連邦常任理事国となっている四カ国。
聖王国クレイトス。
魔導王国スティーム。
エルフ族の国ロムルス。
神国リンデン。
この四つの国の初代は、悪魔を打ち払う際に大きな功績を立てたと言いわれています。
特に初代ケーニヒス王は、聖王国クレイトスから出ているとか。
いずれにしても、この四国の中のどの国がケーニヒス王になるのか?
それを決める為にこそ、選王会議は生まれたのです。
しかし長い年月が流れるうち、この四国に近い勢力をもつ国々も現れてきました。
その国々が不満を述べ、やがては常任理事国以外の国からケーニヒス王が出てもいいのではないか――という議論が始まりました。
もちろん四大国も、そう易々と首を縦には振りません。
ですが、だからといって強国同士が戦う訳にもいかず、やがて妥協案が生まれました。
時の強国を非常任の理事国として選出する、と云うものです。
その数も四としたのは、互いの勢力の均衡を保つ為でしょう。
こうして四年に一回の選王会議は、非常任理事国を選ぶ会議へと姿を変えていきました。
また、制度としても各国の代表が四年に一回集まるだけでは、どうにも纏まりに欠ける。
だから年に一度、八つの国の代表がシエラに集まり、諸処の問題を協議してはどうか――ということになりました。
つまりは戦争の調停、貿易摩擦の解消などを議題とする会議ですね。
では今の非常任理事国がどこかと言いますと――
クライン公国。
軍事国家ヴァルキリア。
湾口都市同盟ルーヴェ。
高原都市同盟スラブ。
この中でも新興なのは、クライン公国と軍事国家ヴァルキリアです。
私の国は言わずもがな。ヴァルキリアにしても先代の王が初代で、彼が力によって地方の領土を纏め上げた国です。
残念なことに先王が死ぬと、残された子供達に権力を受け継ぐ力はなく、血で血を洗う権力闘争が繰り広げられた――とのこと。
結局今は、グルド・アーキテクト・ゴールドタイガーが傀儡の王を頂き、上将府開いて政治を取り仕切っているそうです。
これがアーリアの父親ですね。
というわけで、これらの国々が八大列強と呼ばれています。
あ、ちなみに学院で各国の子弟が学ぶのも、八大列強による人質政策の一環ですね。
ただし、どの国にとっても人質なので、いわば互いの喉元に刃を突き付け合っている様なもの。
また、この期間に皆が仲良くなれば、無駄な争いも避けられるだろうという、良い意味での思惑も入っています。
とまあ、エロゲにしてはしっかりした設定ですね。
だから私も、前世でハマったのですけれど。
この記憶を頼りに、何とかエロいことをされずに生き延びたいものです。
――――
西日が校舎の影を伸ばし、私の身体にぶつかっています。
ラファエルと連れ立って校門を出る頃、私のお腹は既に鳴り始めていました。
“ぐぅ〜”
はやくケーキが食べたくて、死にそうです。
何なら焼き肉やしゃぶしゃぶでもいいですが、今は舌が糖分を求めているので、やっぱりケーキにしましょう。
というか焼き肉はともかく、シエラにしゃぶしゃぶはありません。
「ラファエル、馬車を呼びますわよ」
校門を出ると、そこはもうシエラの目抜き通りです。
近くに止まっている辻馬車へ声を掛ければ、すぐに目的地へと連れて行ってくれるでしょう。
しかしラファエルは首を左右に振り、真っ直ぐ前を指差しています。
「ティファニーさま、歩きませんか? まっすぐ行って、二本目の通りを右に入れば、すぐですから」
「遠いですわ、着く頃には日が暮れてしまします」
「暮れませんよ、日の入りはだんだんと遅くなっています」
「でも、疲れてしまいますわ」
「では、おぶって差し上げましょうか?」
「そうまでするくらいなら……」
行かなくて結構――そう言葉を続けようとした時です。
私はラファエルの薄汚れた靴を見て、気付いてしまいました。
彼にはお金が無いのです。それも、半端なく。
でも、ケーキを食べに行こうと私を誘いました。
だから私は、これから確認しなければなりません。
「ねえ、ラファエル。ケーキを食べるお金は、どうするつもりですか?」
「もちろん、僕が払いますとも」
ああ、やっぱり。
きっとラファエルは馬車を呼んだら、お金を払うつもりだったのでしょう。
それが男の甲斐性だとでも、思っているのかも知れません。
でも、私は公爵令嬢。お金なんて、腐るほど持っているのです。
こんな時は、私に全てを任せれば良いのです。
だけど……元男だったから分かりますよ。
ラファエルは、男の子なのです。
だから女の子に、お金を出させてはいけないと思っているのですね。
小さな、そして無意味なプライドです。
でも、その小さなプライドは彼にとって、とても大切なものなのでしょう。
私はラファエルに優しく微笑みかけて、冷酷に言いました。
「つまらないことを言いますね」
「なぜですか?」
「わたくし、お前の恋人ではありませんし下僕でもありませんから、施しなど不要です」
「ですが、誘ったのは僕ですから」
「わたくしを誰だと思っていますの、公爵令嬢ですわよ? その辺にいる馬車なんか、買い取ったって痛くも痒くもありませんの」
「でも……」
「でももヘチマもありません」
「そう言うけれど、ティファニーさまは女の子だし……ここは男の僕がごちそうしないと……」
ほうら、やっと本音が出ました。
くだらないフェミニスト。
エロゲの中の女なら、これでイチコロでしょう。
でも私は違います。絶対にデレてなんかやりませんからね。
「ふうん……それはわたくしが、その辺にいる女共と同だと、そういうことですか? あは、あはは……愚かな男……そんなもので感謝などしませんし、むしろ――」
「違う! ……むしろ逆です! その歳で周囲を圧倒して、聖女なんて言われて……疲れたり、嫌になったりしていないかなって、たぶん勝手に心配をしていただけなんだけど……なんか、すみません。やっぱり僕なんかじゃ……」
ラファエルと話していたら、なんとなく、前世の先輩を思い出してしまいました。
強気で頭がよく、何も気にせず前に進んでいる様に見えて、周囲を人一倍気にしている人。
私にとっては憧れの対象でもあり、そうはなれないと諦めた存在。
彼の若い頃も、きっとこんな風だったんだろうなぁ――こんな風に自分もなれていたら、殺されることもなかったのになぁ――そう思うと、つい乾いた笑いが漏れてしまいます。
「あは、あはは……そうですか。そう……見えていたのですか」
「すみません……やっぱり感想は今度でいいから、帰りましょう……」
「いいえ、行きましょう。今日の所は、ごちそうになろうじゃありませんか。でも、ラファエル・リット。わたくし、とてもお腹が減っていますの。沢山食べますわよ?」
「え……? はい! 大丈夫ですよっ!」
ティファニー「チョコレートケーキをホールでお願いしますわ!」
ラファエル「ホール!?」
ティファニー「キサマは何を食べますの?」
ラファエル「キサマ!? しかも分けないっ!?」




