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42話 居眠りは危険ですわ

 ◆


 やれやれ、昨日は散々な日でしたね。

 朝はイグニシアに無視され、昼はアーリアに絡まれて。

 その後みんなで食堂へ行き、約束通りイグニシアにメロンパンとミルクを与えていたら、ラファエルに君主論のことを聞かれました。

 

「ティファニーさま、あの本を読まれて、どのようにお感じになられましたか?」


 子犬の様に真摯な蒼い瞳で言われてごらんなさい、まさか「一文字足りとも読んでねぇですわ」とは言えませんから。

 

「あは、あはは……それを語るのに、この場は不適切ですので、後日、改めてお話を致しますわ」


 その場凌ぎとは、恐ろしいものです。

 何故か納得したような顔でラファエルは頷き、提案をしてきました。

 

「あ、そうですね……こちらにはイグニシアさまもおられますし、お付きの方も。では、宜しければ明日、授業が終った後にでも、お話を伺わせて頂けませんか?」


 明日かー、用は無いけど超面倒くせー! と思い、私はオデコをペチンと叩いて悩むフリをしました。

 ですが面倒なことを後回しにした場合、加速度的に面倒くささが増していくはず。

 ならば、ここは頷いておきましょう。

 嫌なことは、さっさと終らせるに限ります。


「ええ、良いですわ。放課後、わたくしの部屋に来なさい」

「あ、いえ、それは恐れ多いです。ティファニーさまは甘い物がお好きだと聞きました。街の方にケーキの美味しいカフェを見つけましたので、宜しければそちらで如何でしょう」

「あら、それは良いですわね。わたくし、チョコレートケーキが好きですの」


 何故か私の口角は吊り上がり、笑みを浮かべているようでした。

 隣のミズホがお腹を触り、「ぷにぷにー」などと言っています。

 何をうっかり、ケーキに釣られているのか。

 これはもう、どう考えてもデートの約束。しかも私、笑みを浮かべてしまいました。

 本来ならスイーツの好きなイグニシアを、ラファエルが誘う所でしょう。

 てゆーかイグニシアを誘いなさいな、この馬鹿ラファエルがっ!


 でも考えてみればラファエルは、君主論についての感想が聞きたいだけ。私が好きだから誘った訳ではないでしょう。

 一方、私はケーキが食べたいだけ。

 つまり、利害は完全に一致しています。

 ただ、その為には君主論を一晩で読む必要があるというだけで……。

 あとはケーキを食べた以上のカロリーを消費すれば、問題ありません。


 結果、教室でこうなりました。


「ぐぅ……」

「おい、優等生!」

「すぴー」

「起きろ、ティファッ!」

「ふぁっ!?」


 背中を叩かれ、慌てて振り返るとイグニシアが険しい顔で睨んでいます。

 

「何してんだ、お前! 委員長になっちまうぞ!?」


 視線を正面に向けると、黒板に私の名前と数字が書かれていました。下にはイグニシアの名前もあります。えと……私が十七でイグニシアが七ですか。


「そんなにケーキ、食べれませんわ……ぐぅ……」

「おい、ティファ! だから寝るんじゃねぇよ!」

「イグニシア、あなたは七個だから、まだ食べれるでしょうけれど……」

「何の話だよ! ありゃ得票数だよ! このままじゃ委員長になっちまうぞっ!」


 もう一度がんばって起き上がり、現在の状況を考察してみます。

 先生が教壇に立ち、私の名前を言いました。


「最後の一票は……ティファニーさんですね」

「はい?」


 よく分からないのですが、返事をして立ち上がります。


「ティファニーさん。君とイグニシアさんを委員長の候補に推薦させてもらったよ。なに、クラスの中で能力が一位と二位なんだ、当然のことだろう。もちろん公平を期す為に、投票もやらせてもらった。ほら、この通り……だけど、ホームルームの最中に眠ってしまうなんて、それは感心できないね」


 私のスカートをイグニシアが引っぱり、首を左右に振っています。


「だから、断れって!」


 ああ、そういうことですか。

 イグニシアは、委員長になりたいのですね。


「先生、昨日は遅くまで政治について考えていましたの」

「ほう……流石は大国の姫君だね」


 これは、嘘ではありません。君主論を読んでいたのですからね。


「そこで思ったのですが、やはり人々を纏める者に必要なのは、武の力ですわ。そう考えると、わたくしは魔力にこそ秀でていますが、武に関してはイグニシアさんに劣ります。ですからやはり、委員長の大任は彼女の方が相応しいと思いますの」

「ふうむ……ティファニーさんが、そう言うのなら……」


 “バンッ”


 後ろで激しく机を叩く音が聞こえ、イグニシアが立ち上がりました。


「てめぇ……おれを売ったな……!」


 ボソリと言った後、イグニシアが堂々と宣言します。

 どうやら彼女は、委員長になりたくなかったようですね。悪い事をしました。


「私こそ、委員長の大任に相応しくありません。ティファニーさんは世間において、聖女とまで呼ばれるお方。そのような方の前では私など、月の下の子鹿に過ぎません。ですからティファニーさんこそ、委員長に相応しいかとッ!」


 中年のチョビ髭教師が、ニコニコとしています。そして拍手をしました。


「いつの間にお二人が、こんなにも仲良くなっていたなんて! よろしい、学級委員長はティファニー・クラインさんで決まりです!」

 

 私が目をパチパチと瞬いていると、イグニシアが耳元で囁きました。


「ざまぁ」


 むむ……誤解だというのに、イグニシアはとても勝ち誇った顔をしています。

 なんだかムカつきますね。


 先生の言葉が、更に続きます。


「さて、副委員長の人事ですが……原則として、委員長が選ぶことになっています。もちろん選ばないことも出来ますが、その場合は他薦、自薦の上、投票ということに……」

「大丈夫、それには及びませんわ、先生。このクラスの副委員長はイグニシアさんをおいて、他にいませんもの」


 にこやかな私の宣言を受け、教室は盛大な拍手に包まれました。

 しかしイグニシアは拳を握りしめ、「てめぇ……道連れにしやがって……」とご立腹です。

 そこで私は、すかさず言ってやりました。


「ざまぁ」

 

 先生は目に涙を溜め、何度も頷いています。

 彼は軍服を着せたら二十世紀中頃の某国独裁者を彷彿とさせる風貌ですが、特に悪意はありません。

 皆を見回し、私とイグニシアが委員長と副委員長になった事を宣言し、ようやく不毛な会議の閉会を告げました。


「では、今日はこれで終わりです。皆さん、予習と復習を怠らない様に! それから明日の朝は、二人に所信表明演説をして貰いますからね! ティファニーさんとイグニシアさんは、考えを纏めておくようにして下さい!」


 生徒達がバタバタと教室を後にする傍ら、呆然と佇む私とイグニシア。


「ティファ、何でお前が寝てんだよ……最初に断っときゃ、こんなことになってねぇんだ……」

「イグニシア……あなたこそ、どうして最初に断らなかったのですか?」

「おれも、寝てた……」

「だからって、全てをわたくしに押し付けることは無いでしょう……」

「そりゃ、お前がおれに押し付けようとするから……」

「誤解です。でも、いいじゃないですか、これでクラスの皆は、わたくし達に何も言えないのすから」

「でもよ……生徒会の仕事、いっぱいあるぞ……」

「ふぁ!? コレって、そんなこともするんですか!?」

「そうだよ! だから断れって言ったんだッ!」

「そういうことは、先に言って頂かないと……」


 二人で頭を抱え、机に突っ伏します。


「「ふぉおおおぉぉ……!」」


 教室に夕日が差し込む頃、一人の少年がやってきました。


「ティファニーさま、まだこちらに、いらっしゃったのですね」


 むくりと起きて廊下を見ると、ラファエル・リットが立っています。

 ああ、そうでした。

 彼とこれから、ケーキを食べに行く約束をしていましたね。


 イグニシアも起き上がり、半目で私達を見ました。

 もともとは彼女のイベントです。修正が可能かもしれませんので、一応、彼女も誘ってみましょう。


「イグニシアも行きますか?」

「そんな気分じゃねぇし、おれに聞かれたく無い話なんじゃねぇのか?」


 イグニシアは私ではなく、ラファエルを見ながら答えました。

 ラファエルが曖昧な微笑を浮かべると、イグニシアはまた机に突っ伏してしまいます。


「へっ、安心しな。テメェの邪魔はしねぇよ……けど、ティファを泣かしたら許さねぇぞ……」

「ありがとうございます、イグニシアさま」


 何を言っているんでしょう、このダボは。

 私が泣くのは、タンスの角に足の小指をぶつけた時だけですよ。


 ダボのイグニシアにペコリと頭を下げて、ラファエルが私に向き直ります。

 ともあれ、こうしうて私とラファエルは、学園都市シエラの街中へ向かうことになりました。

 チョコレートケーキ、とっても楽しみですね。

 本の感想は三十文字以内で語り、あとはケーキに専念しましょう、そうしましょう。

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