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38話 ミリア・ランドルフ 1

 ◆

 

「ここは、どこ?」


 目が覚めると、オレンジ色の光に照らされた薄暗い天井が見えた。

 あまり広く無い、正方形の部屋だ。四方に松明が掛けられ、部屋を照らしていた。

 ジメジメとしてカビ臭い……嫌な匂いがする。

 私は地面に何枚か重ねて敷いたローブの上に、寝かされていたらしい。

 簡単に言えば、クソッタレな環境だ。


「目が覚めたかい、ミリア。ここは迷宮の奥だよ」


 すぐに目の前が暗くなって、天井が見えなくなった。

 その代わり、不安と安堵をない交ぜにした灰色の瞳が、私の目の前に現れる。

 私は無言で顔を背けた。

 

 私は、この男が嫌いだ。

 この男は、私が自分の幼馴染みに似ているというだけで、あの方に頼み込んで付いて来た。

 その幼馴染みとやらは、流行病であっけなく死んだらしい。

 もしかしたら助けられたかもしれない、なんて言っていたから、それは無理だと教えてやった。

 流行病を回復魔法で治そうとしたら、逆に寿命を縮めるだけだ。

 この男は、そんなことも知らなかった。年上のクセに。


 だから気持ち悪い――どうしようもなく気持ち悪い男、ニック・マーティン。

 けれど銀色の髪は雪ように綺麗で、灰色の瞳はどこか悲しそう。

 コイツを見ていると思い出せない何かを思い出しそうで、余計に腹が立つんだ。


「ニック。ジークは? ……あたしの首無し騎士(デュラハン)はどこ?」

「無事さ。気を失っていたキミを、彼がここまで連れて来てくれた。感謝してもしきれないね」

「ジークは死体よ。そんなものに感謝なんて、あんたバカじゃないの」

「それでも、キミを助けてくれたことに変わりはないさ」


 ゆっくり身体を起こしてみたが、痛みは無かった。

 たぶんニックが回復魔法を掛けていたのだろう。

 そんなことはニックのただでさえ白い顔が、死者の様に青白くなっている様を見れば、嫌でも分かる。

 助けてなんて一言だって言ってないじゃない!

 コイツは自分の分を超えて、私の為に何かをする――そんな所が特に気持ち悪いのよ。

 だから私は、こんな男に礼なんて言わない。

 私を助けたのは、あくまでも下僕しもべであるジークハルトなんだから。


「ふん、下僕しもべがあたしを助けるのは当然よ」


 そう言ったものの、ジークハルトは大切な手駒だ。

 それも、あの方に頂いた手駒、決して今、失う訳にはいかない。

 何よりアレ無しでは――炎竜フレイムドラゴンを得ることが出来なくなってしまう。


「ジークハルト、来い」

 

 私は鎧を纏う首無し死体を呼んだ。

 変に遠くに行かれて、キーマの迷宮が生成を始めたら大変だ。見失ってしまう。

 キーマはだいたい二ヶ月に一度、構造が変わる。

 けれどそれは、必ずではない。一月で変わることもあれば、毎日の場合だってある。

 その理由は、ある「宝物」を守る為だ。

「宝物」は迷宮の最新部にあって、最強の守護者ガーディアンが守っている。

 

 それは、色竜カラードラゴン


色竜カラードラゴン」とは、「宝物」へと至る扉の鍵でもあると云う。

 そしてキーマの迷宮を守護する者は、「紅竜グラナートロート」だ。


 そもそも、四大迷宮には「宝物」が必ずあるらしい。

「世界の理を示す宝物」だと、あの方は言った。

 あの方は、それを欲している。

 理由までは知らないが、あの方が欲しているのだから、それを私が手伝うのは当然のことだ。

 だって私は、あの方に作られたのだから。


「主……ご無事で……」


 ガチャガチャと鎧の音を響かせて、ジークハルトが私の側に来て片膝を付く。

 左の脇に抱えた兜から、くぐもった声が聞こえた。

 ひび割れた鎧の内側に、人間だった頃の名残が覗いている。焼けただれた皮膚だ。

 彼は多くを語らないけど、元は聖王国の騎士団長だったらしい。

 しかし、裏切り者の汚名を着せられて、千人の部下と共に寺院で燃やされた。

 その上、復活を恐れた時の王が、彼等の首を斬り落としたのだ。

 こうしてジークハルトは、首無し騎士(デュラハン)となる条件が揃ってしまったのだという。


「魔と成り果て、永遠を生きるのは退屈だ」


 こう言う彼は、命じれば多くの首無し騎士(デュラハン)を生み出せる。

 中には名あり(ネームド)もいて、私は凄く驚いた。

 だが今は消え去った部下達を惜しむでもなく、何を考えているのかも分からない。

 まあ、何を考えていようと、関係ないのだけれど。


 私はジークハルトの肩に触れ、「戻れ」と命じた。

 すると彼は藍色の玉に変わり、フワリと宙に浮く。

 玉を手に取り、私は懐に仕舞った。

 これでしばらくすれば、彼の魔力は回復する。代わりに私の魔力を吸われるけれど……。


 私は召喚師にして死霊術師。

 だからこそジークハルトを玉に変え、使役することが出来た。


 ジークハルトは首無し騎士(デュラハン)の中で最高に強い、武力だって90を誇る。

 魔法耐性も鎧のお陰で、かなりのものだ。

 実際、紅竜グラナートロートの配下である炎竜フレイムドラゴンを屈服させる為の切り札が、彼である。

 彼と、彼の生み出す首無し騎士(デュラハン)の軍団は、死者と云えども聖騎士達。竜退治に長けている。

 そのジークハルトが、あの女には手も足も出なかった。もちろん戦うには相性もあるけれど……。


「これじゃ、あの方の計画が台無しよっ!」


 私は立ち上がって、側にある桶を蹴り飛ばした。

 中に入っていた水が勢い良く跳ね、側にいたニック・マーティンのローブを濡らす。


「ミリア、落ち着いて……けど、そのくらい元気なら、大丈夫そうだね」

「あんた、涎を垂らしてアホ面下げて帰って来たあたしのこと、馬鹿にしてるんでしょう!?」

「そんなことは無い……無事に帰って来てくれて嬉しい。それに……炎竜フレイムドラゴンの居場所も分かったし、全てが失敗という訳じゃない」

「え……アンタ、炎竜フレイムドラゴンを見つけたの?」

「うん、だけど、お陰でキミを助けに行けなかった。ごめんね、ミリア」


 マーティンが項垂れ、頭を下げている。

 

 確かにあの方の計画では、混乱に乗じてキーマを支配する――ということも含まれていた。

 それも途中までは上手くいってたけれど、ティファニー・クラインのせいで、全てが台無しだ。

 まさか、いきなり攻撃してくるとは思わなかったし、あんなに魔法を連発出来るとも思わなかった。しかも最強クラスの魔法を、だ。

 ああ、もう! 

 あの方の前で無様に負けるなんて……思い出しただけでも腹が立つ。


 だけど炎竜フレイムドラゴンの居場所が分かったのなら、大丈夫。

 私達のように召喚スキルのある者は、魔物との交渉に成功すれば、彼等を玉に封じ込めて使役することが出来る。

 交渉には戦闘がつきものだけど、結局は勝てばいいのだ。

 

 もちろん、この迷宮の主である紅竜グラナートロートに勝てるとは、あの方だって考えていない。

 だからこそ「炎竜フレイムドラゴン」なのだ。

 そこそこレベルの高い炎竜を手に入れて成長させれば、やがては紅竜グラナートロートへと変わる。

 紅竜グラナートロートになってしまえば守護者ガーディアンとの戦いも有利になるし、何より鍵そのものを手に入れたことになる。

 だから私に与えられた最重要課題は、「炎竜フレイムドラゴン」を手に入れることなのだ。

 そしてその後「炎竜フレイムドラゴン」をレベルアップさせる最良の方法は、敵を殺すこと。

 

「あはははははっ! いくよ、ニック! 炎竜フレイムドラゴンを手に入れたら、あのクソ忌々しいティファニー・クラインを最初に殺してやるんだからっ!」

ミリア「いでよ、炎竜!」

ティファニー「それはっ! モンスターボール!?」

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