38話 ミリア・ランドルフ 1
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「ここは、どこ?」
目が覚めると、オレンジ色の光に照らされた薄暗い天井が見えた。
あまり広く無い、正方形の部屋だ。四方に松明が掛けられ、部屋を照らしていた。
ジメジメとしてカビ臭い……嫌な匂いがする。
私は地面に何枚か重ねて敷いたローブの上に、寝かされていたらしい。
簡単に言えば、クソッタレな環境だ。
「目が覚めたかい、ミリア。ここは迷宮の奥だよ」
すぐに目の前が暗くなって、天井が見えなくなった。
その代わり、不安と安堵をない交ぜにした灰色の瞳が、私の目の前に現れる。
私は無言で顔を背けた。
私は、この男が嫌いだ。
この男は、私が自分の幼馴染みに似ているというだけで、あの方に頼み込んで付いて来た。
その幼馴染みとやらは、流行病であっけなく死んだらしい。
もしかしたら助けられたかもしれない、なんて言っていたから、それは無理だと教えてやった。
流行病を回復魔法で治そうとしたら、逆に寿命を縮めるだけだ。
この男は、そんなことも知らなかった。年上のクセに。
だから気持ち悪い――どうしようもなく気持ち悪い男、ニック・マーティン。
けれど銀色の髪は雪ように綺麗で、灰色の瞳はどこか悲しそう。
コイツを見ていると思い出せない何かを思い出しそうで、余計に腹が立つんだ。
「ニック。ジークは? ……あたしの首無し騎士はどこ?」
「無事さ。気を失っていたキミを、彼がここまで連れて来てくれた。感謝してもしきれないね」
「ジークは死体よ。そんなものに感謝なんて、あんたバカじゃないの」
「それでも、キミを助けてくれたことに変わりはないさ」
ゆっくり身体を起こしてみたが、痛みは無かった。
たぶんニックが回復魔法を掛けていたのだろう。
そんなことはニックのただでさえ白い顔が、死者の様に青白くなっている様を見れば、嫌でも分かる。
助けてなんて一言だって言ってないじゃない!
コイツは自分の分を超えて、私の為に何かをする――そんな所が特に気持ち悪いのよ。
だから私は、こんな男に礼なんて言わない。
私を助けたのは、あくまでも下僕であるジークハルトなんだから。
「ふん、下僕があたしを助けるのは当然よ」
そう言ったものの、ジークハルトは大切な手駒だ。
それも、あの方に頂いた手駒、決して今、失う訳にはいかない。
何よりアレ無しでは――炎竜を得ることが出来なくなってしまう。
「ジークハルト、来い」
私は鎧を纏う首無し死体を呼んだ。
変に遠くに行かれて、キーマの迷宮が生成を始めたら大変だ。見失ってしまう。
キーマはだいたい二ヶ月に一度、構造が変わる。
けれどそれは、必ずではない。一月で変わることもあれば、毎日の場合だってある。
その理由は、ある「宝物」を守る為だ。
「宝物」は迷宮の最新部にあって、最強の守護者が守っている。
それは、色竜。
「色竜」とは、「宝物」へと至る扉の鍵でもあると云う。
そしてキーマの迷宮を守護する者は、「紅竜」だ。
そもそも、四大迷宮には「宝物」が必ずあるらしい。
「世界の理を示す宝物」だと、あの方は言った。
あの方は、それを欲している。
理由までは知らないが、あの方が欲しているのだから、それを私が手伝うのは当然のことだ。
だって私は、あの方に作られたのだから。
「主……ご無事で……」
ガチャガチャと鎧の音を響かせて、ジークハルトが私の側に来て片膝を付く。
左の脇に抱えた兜から、くぐもった声が聞こえた。
ひび割れた鎧の内側に、人間だった頃の名残が覗いている。焼けただれた皮膚だ。
彼は多くを語らないけど、元は聖王国の騎士団長だったらしい。
しかし、裏切り者の汚名を着せられて、千人の部下と共に寺院で燃やされた。
その上、復活を恐れた時の王が、彼等の首を斬り落としたのだ。
こうしてジークハルトは、首無し騎士となる条件が揃ってしまったのだという。
「魔と成り果て、永遠を生きるのは退屈だ」
こう言う彼は、命じれば多くの首無し騎士を生み出せる。
中には名ありもいて、私は凄く驚いた。
だが今は消え去った部下達を惜しむでもなく、何を考えているのかも分からない。
まあ、何を考えていようと、関係ないのだけれど。
私はジークハルトの肩に触れ、「戻れ」と命じた。
すると彼は藍色の玉に変わり、フワリと宙に浮く。
玉を手に取り、私は懐に仕舞った。
これでしばらくすれば、彼の魔力は回復する。代わりに私の魔力を吸われるけれど……。
私は召喚師にして死霊術師。
だからこそジークハルトを玉に変え、使役することが出来た。
ジークハルトは首無し騎士の中で最高に強い、武力だって90を誇る。
魔法耐性も鎧のお陰で、かなりのものだ。
実際、紅竜の配下である炎竜を屈服させる為の切り札が、彼である。
彼と、彼の生み出す首無し騎士の軍団は、死者と云えども聖騎士達。竜退治に長けている。
そのジークハルトが、あの女には手も足も出なかった。もちろん戦うには相性もあるけれど……。
「これじゃ、あの方の計画が台無しよっ!」
私は立ち上がって、側にある桶を蹴り飛ばした。
中に入っていた水が勢い良く跳ね、側にいたニック・マーティンのローブを濡らす。
「ミリア、落ち着いて……けど、そのくらい元気なら、大丈夫そうだね」
「あんた、涎を垂らしてアホ面下げて帰って来たあたしのこと、馬鹿にしてるんでしょう!?」
「そんなことは無い……無事に帰って来てくれて嬉しい。それに……炎竜の居場所も分かったし、全てが失敗という訳じゃない」
「え……アンタ、炎竜を見つけたの?」
「うん、だけど、お陰でキミを助けに行けなかった。ごめんね、ミリア」
マーティンが項垂れ、頭を下げている。
確かにあの方の計画では、混乱に乗じてキーマを支配する――ということも含まれていた。
それも途中までは上手くいってたけれど、ティファニー・クラインのせいで、全てが台無しだ。
まさか、いきなり攻撃してくるとは思わなかったし、あんなに魔法を連発出来るとも思わなかった。しかも最強クラスの魔法を、だ。
ああ、もう!
あの方の前で無様に負けるなんて……思い出しただけでも腹が立つ。
だけど炎竜の居場所が分かったのなら、大丈夫。
私達のように召喚スキルのある者は、魔物との交渉に成功すれば、彼等を玉に封じ込めて使役することが出来る。
交渉には戦闘がつきものだけど、結局は勝てばいいのだ。
もちろん、この迷宮の主である紅竜に勝てるとは、あの方だって考えていない。
だからこそ「炎竜」なのだ。
そこそこレベルの高い炎竜を手に入れて成長させれば、やがては紅竜へと変わる。
紅竜になってしまえば守護者との戦いも有利になるし、何より鍵そのものを手に入れたことになる。
だから私に与えられた最重要課題は、「炎竜」を手に入れることなのだ。
そしてその後「炎竜」をレベルアップさせる最良の方法は、敵を殺すこと。
「あはははははっ! いくよ、ニック! 炎竜を手に入れたら、あのクソ忌々しいティファニー・クラインを最初に殺してやるんだからっ!」
ミリア「いでよ、炎竜!」
ティファニー「それはっ! モンスターボール!?」




