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36話 ブレスですわ

 ◆

 

 どうしたことでしょう、まったくやる気がおきません。


 私は今、迷宮都市キーマの領主を下僕とし、住民達から下らない陳情を受けています。

 民や兵士や冒険者が、首無し騎士(デュラハン)を倒した私こそ、領主に相応しいなどと言い始めたせいですね。

 私としても、ソワールとか言う俗物の下風に立つ気はありません。ですから塵も残さずさっさと殺し、扱い易い血縁者にでも地位をくれてやろうと思っていたのです。

 なにしろソワールは、禿、髭、デブで男爵、こうなれば死を逃れる術などありませんからね。

 ところが……


「だ、男爵位を差し上げますので、どうか命ばかりはっ!」


 ソワールが、こんなことを言いやがりました。

 禿で髭でデブですが、そこから男爵を抜けば何とか生存も可能。

 親戚筋だというゲイヴォルグも特に反対せず、それどころか、


「世は遠からず、弱肉強食の時代を迎えます。ソワール男爵が天寿を全うなさりたいと思うなら、ティファニーさまの傘下に入られるが得策でしょう」


 などと言う始末です。

 しかも当のゲイヴォルグは昨日、出て行ってしまいましたしね。

 本当だったらアイツに領主を押し付けて、私が帰ろうと思っていましたのに。

 お陰で私は男爵の執務室に入り、次から次へとやってくる人々の言い分を聞かなければなりません。


 そんな訳で私は朝から、火事場泥棒を捕まえただの、浮気した夫をどうすれば良いか――だの、どうでもいい話しばかりを聞かされています。


「次は何ですの? この程度の話は代官でもよろしくてよ……」


 夫に浮気をされたという女性を宥め、手をヒラヒラさせて追い返すと、私はゲンナリとしたまま次の客を招きました。

 訪れたのは、くたびれた髭面の男です。

 彼は帽子を両手で握りしめ、決意を込めた瞳をこちらへ向けていました。

 その太ももに、五歳くらいの少女がしがみついています。


「ティファニーさま、実は迷宮近くで宿を営んでいるのですが、今回の件で首無し騎士(デュラハン)に破壊されまして……その、建物を修理する資金を貸して頂ければと思い、参上いたしました」

「……ました……パパを助けて、お姉ちゃん」

「貸して頂けなければ、一家で路頭に迷ってしまいます」

「迷っちゃうの、お姉ちゃん」


 なんですか、このおっさんと幼女の絶妙なコンビネーションは。

 しかもお姉ちゃんなんて、ああ、もうっ!

 こんな幼女に頼まれては、仕方がありませんね。


「よろしい、望むだけ貸しましょう。利子は不要です。返すのはいつでも良いですからね」

「ちょっと! ティファニーさま!」


 私の肩を揉んでいたソワール男爵が、素っ頓狂な声を上げます。


「良いじゃないですか、ソワール。どうせわたくしのお金じゃありませんし」

「ですから、それは私の貴重な資金でして……」

「ソワール! おまえ、税を七割も取っていたのでしょう? だいたい、財宝を溜め込み過ぎなのですわ」

「いや、それは迷宮からそれだけの財宝が出ますし、何より軍備の維持には資金が必要だからでして……」

「その自慢の軍備とやらが、今回の件で役立ったのですか?」

「そ、それは……」

「だいたい軍備と幼女、どちらが大切かなんて自明の理ですわ!」

「軍備ですな」

「幼女ですっ!」


 私の指示を受けた黒竜騎士が袋に金貨を詰めて、親子に手渡しました。

 幾度も幾度も二人は私に礼を述べ、退室して行きます。


「ありがとうございます、ティファニーさま」

「ありがと、お姉ちゃん! あたし、いつかお姉ちゃんのお嫁さんになるね!」

「ええ、待っていますわ」


 むふん――と鼻を膨らませた私を、白い目で見る獣がいます。

 ああ、兎さんでした。

 彼女は私の斜め後ろに立って、警護と言う名の暇つぶしをしています。


「ティファ、変態……」

「クロエには、幼女の良さが分からないのですか?」

「いや、可愛いとは思うわよ。でもお嫁さんにしてどうするのよ? むしろあなたが誰かのお嫁さんにならないと」

「……え?」

「何よ、ティファ、もの凄く嫌そうな顔ね……」

「わたくし、男なんて嫌いですわ」


 私は頭を振って、嫌な想像を払いのけました。


「そんなことより、次は誰ですの?」

「今日は終わり。他は昨日ティファが任命した官僚が、上手く回しているわ。便利なものね、鑑定のスキルって」

「ええ、ですからゲイヴォルグに、全てを押しつけようと思っていたのですけれど……」

「最低ね、うん、ティファって最低」


 クロエが唖然としながら、ミズホの側へと向かいます。

 もう、警護は終わりだということでしょう。

 むしろ、「お前なんか警護する価値なし」という表情を浮かべています。


 私は部屋の隅にいるミズホに声を掛けました。


「今日も行くのですか?」

「うん!」


 首無し騎士(デュラハン)から奪った篭手ガントレットを嵌めながら、ミズホが元気に頷いています。

 ミズホ達は当初の予定通り、首無し騎士(デュラハン)狩りを始めました。

 といっても、ミリアを抱えて逃げた名有り(ネームド)を見つける事は出来ず、また、ミリア本人も見つかっていません。

 昨日はゲイヴォルグとアレンがパーティーを率いて迷宮の奥深くまで潜ったそうですが、それでも発見出来なかったそうです。


「もう、ここには居ないのかも知れません」


 ゲイヴォルグはそう言って、迷宮から戻ると何処へともなく去って行きましたが。

 ヤツが側にいれば貞操の危機もあるので、正直なところホッとしてもいます。

 まさか私に限ってチョロインなどということは無いと思いますが、主要な男性キャラとの接触は、控えた方が身の為でしょう。


 クロエがミズホの鎧を身に着ける手伝いを始めました。


「迷宮に入ると、結構レベル上がるのよねー」


 そう言うクロエは、すでに首無し騎士(デュラハン)の鎧を身に着けています。

 首無し騎士(デュラハン)の鎧はどれも光沢を放つ青、いわゆるメタリックブルーでした。なので黒竜騎士団の鎧と比べると、キラキラ輝いて美しいのです。

 そんな鎧を身に着けると、みんなテンションも上がるのでしょう。

 ミズホとわんわんが、ずっとニコニコしています。

 迷宮へ行くことが、とても楽しそうですね。


 もっとも、私は面倒なのでパス。

 迷宮へ行くパーティーの引率は、アレン・マシューにお願いしましょう。

 彼はグレイの弟子だったとのことでミズホも懐いていますから、ちょうど良いのです。

 準備ができると、全員が私の前に並びました。

 アレン、ミズホ、わんわん、クロエ、それからルドルフ以外の騎士が二人、というメンバーです。

 ルドルフは身体が大き過ぎて、迷宮で引っ掛かるかも? という理由でメンバーから外されました。哀れですね。


「ティファニーさま、それでは行ってきます!」


 背筋を伸ばし、わんわんが勢い良く言いました。

 アレンは癖のある黒髪をワシワシと掻き回して、頷いています。

「面倒くせぇ」と言わないのは立派ですが、ボンヤリとした顔を見れば、二日酔いであることは一目瞭然。駄目人間の鏡ですね。


「じゃ、行ってくる。目標は首無し騎士(デュラハン)名有り(ネームド)だ。……ヤツを操って詳細を聞き出せば、ミリアの次に行く場所が分かるかもしれねぇ」


 アレンが踵を返し、私に手を振って出ていきます。

 皆も彼に続き、ぞろぞろと部屋を出ました。


 アレンの正体は、連邦王国の諜報員です。

 彼は昨日、ゲイヴォルグが去った後、そのことを私だけに打ち明けました。

 彼によると、世界各地で魔物が組織的に暴れることが増えている、とのこと。

 その背後には、ピンク髪の少女の影が常にあるそうです。

 だからこそアレンは、あえて捕まりミリア・ランドルフを監視していた、と語りました。

 ならばさっさと彼女を捕まえれば良さそうなものですが、いざ捕まえようとすると、先日のようにするりと逃げられてしまうらしいです。


「なぜ、わたくしに事情を?」


 そう問うと、アレンは苦笑しながらも答えてくれました。


「クライン公国に、次の災禍が訪れないとも限らないからなぁ」

 

 私は別に、クライン公国をどうとも思っていません。

 だからどのような災禍に見舞われようと、気にしないのですが……。

 まあ、世間的には公爵令嬢なので、何かの時には対応して欲しいということでしょうか。


 住民からの陳情も終わり、皆は迷宮へ行き、私の肩揉みを終えたソワールも休息の為、部屋を後にしました。

 私は椅子を百八十度回転させると、大きな窓から外を眺め、平和そうに青空を飛ぶ白い鳥を眺めました。

 

「長閑ですわね」

「御意」


 扉の側から、声が聞こえます。

 見れば、天井に兜の先端が付きそうなほど大きな騎士が、槍を片手に佇立していました。

 フォン・ルドルフですね。


「迷宮へ行けなくて、残念ですわね」

「我が輩、姫のニオイが大好きでござるゆえ」

「……うん、出て行け」


 いっそ殺してやろうかと思いましたが、彼は何だかんだで忠義者。

 ウザイからといって殺していたら、私には部下が一人もいなくなってしまいます。

 そんな葛藤をしていると、窓から差し込む日差しがやけに眩しくなってきました。


「あら、太陽が大きくなりましたの?」


 目を細めて窓の外を見やると、太陽がどんどん大きくなっていきます。


「あら、あら、違いますわね……これは一体、何かしら?」


 窓がビリビリと音を立て、大きなシャンデリアが揺れています。

 おかしいですね――そう思いながら紅茶に口を付けたとき、「何か」は既に眼前に迫っていました。

 と、同時に、私に覆い被さるフォン・ルドルフの巨体。


「姫、ドラゴンのブレスにござるっ……! 御免っ!」

「ブレス?」

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