31話 ルイード・アーキテクト・シルバーウルフ 2
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騎士達に捕まったあと、俺は自警団の本部へと連行された。
自警団の本部は街の中心からやや外れた地区にあり、地上二階、地下一階の堅牢な建物だ。
俺は本部に到着すると、すぐに地下一階の牢に入れられた。
どうしてこんな所に連れて来られたのか、それは分かっている。
俺は、領主さまに飛び掛かろうとした。
カッとなると見境がなくなる、獣人の血のせいだろう。
だからと言って、言い訳なんか出来ない。
俺はティファニーさまに縋り、妹を助けてもらった。
それなのに恩を仇で返そうとしたのだ。今の境遇は当然だといえる。
けれどあのミズホとかいう女の子が、俺を止めてくれた。
それどころか、簡単に投げ飛ばされた。
彼女は普通の人間に思えたけれど、あの素早さや力強さには正直舌を巻く。
それから、あの兎人。
本来なら戦闘能力において雲泥の差があるはずなのに、俺の背後を取って魔法で脅すなんて……。
だが、そんなことより気がかりなのは、メルのその後だ。
ティファニーさまの行為が、メルの救済であったことは理解できる。
けれどあれだけ衰弱した妹が、そのまま歩いて帰れるとは思えなかった。
だから俺は連行される途中、黒衣の騎士達に問いかけた。
まずは右腕を掴んでいた騎士だ。
「なあ、教えてくれ。妹はどうなるんだ?」
彼は無言だった。表情も兜に隠れて、まったく分からない。
だが、俺も妹が心配だ。何度も何度も問いかけた。
「なあ、教えてくれ!」
するとようやく諦めたように溜め息を吐き、そして彼は答えてくれた。
「私には、それに答える権利が無いし、知らない。だが――お嬢様が彼女を悪いようにするとは、思えんな」
そう言われても、はいそうですか――と安心は出来ない。
もう一人の大柄な騎士にも聞いた。
「おい! 本当か? だけどメルは俺がいなきゃ、動けないんだっ!」
「我が輩の名はフォン・ルドルフ。姫の忠実な守護者である!」
大柄な騎士の返答は、よく分からないものだった。
黒い兜の面頬を開けると、精悍な顔が笑っていた。
なんかもう、その顔は暑苦しいほどだ。
「そ、そうか、フォン・ルドルフ。じゃあ教えてくれ、妹はこれからどうなるんだ?」
「我が輩、騎士である。フォン・ルドルフどのと呼び給え、少年!」
「ん? じゃ、じゃあ、フォン・ルドルフどの、妹は……!?」
「よろしいッ!」
そうこうしているうちに自警団本部に到着した為、結局分かったのは大柄な騎士が暑苦しいフォン・ルドルフということだけだった。
――そんなことってあるか?
こうして牢に入れられた俺は暫く隅に座っていたが、メルのことが心配で気がおかしくなりそうだった。
だから鉄格子の側に行き、廊下の端にいる看守に呼びかけた。
「なあ、メルがどうなったか教えてくれないか? 頼む、たった一人の家族なんだ!」
看守に懇願すると、彼は困ったように眉を顰めるだけだった。
何度か呼びかけても、彼は同じ反応を繰り返すばかり。
最終的に俺の牢の前に立ち、彼はこう言った。
「囚人とは、話しちゃいけない決まりなんだ。それに僕は君の事情を知らない。だけど、たった一人の家族が心配なのは理解したよ。上司が戻ったら確認してみる」
看守が優しい男だということは、分かった。
しかしこうなると、もう俺に出来る事はない。
それでも何もしないことが耐えられず、意味もなく牢の中を行ったり来たりと歩き回っていた。
暫くすると看守が慌てた様子で席を立ち、入れ替わって口髭のある中背の男と兎耳の若い女が現れた。
女の方は見覚えがある。昼間、俺の背後を取った獣人だ。
「私は自警団長のブラン。こちらはクロエ・バーニー、黒竜騎士団の方だ」
「お、おい! 妹は、メルは無事なのか?」
兎人の女を見た俺は、いてもたってもいられなくなり、鉄格子に張り付いて問う。
彼女は苦笑を浮かべ、「大丈夫よ、病院へ連れて行ったわ」と言った。
途端、力が抜けてその場にへたり込み、俺は「良かった……」と呟いた。
「お腹、減っているでしょう?」
クロエが言うと、看守が現れて湯気の立つスープとパンを運んでくれた。
そう言えば、朝から何も食べていない。
牢の中を見渡してみれば、明かり取りの窓から差し込む光が朱色になっていた。
「あ……はい」
食事を受け取ったものの、まだ妹が気になる。
俺が腹を空かせている以上に、妹だって空腹のはずだ。
それが分かっているのか、クロエが妹の現状を教えてくれた。
「ティファ……ご領主さまが仰るには、妹さんは伝染病だったの。だから一応、様子見の為に入院させるようにって。だから安心して」
「え……そんな……入院なんて……俺、お金が……」
「そんなことは分かっているわ。だからキミには働いて貰おうと思ってね」
「働く? ……獣人の俺なんかを雇ってくれるところが?」
「あら、私も獣人よ」
それからクロエ・バーニーに提案されたことは、俺にとっては願ってもないことだった。
つまり――彼女が将来、領主様の為に設立する「獣人部隊に入らないか?」というものだ。
その足がかりとして、まずは黒竜騎士団に所属し武技を鍛える。
もちろん給金も出るので、そこからメルの治療費を支払えば良いという話だった。
ちなみにティファニーさまは俺が飛び掛かったことなど、歯牙にも掛けていないという。
何という、懐の深いお方なのだ。
牢から解放された俺は、すぐに黒竜騎士団の見習いとなって、ティファニー警護隊という部署に所属となる。
これはセフィロニアという人が作った部隊らしく、クロエ・バーニーが隊長でミズホ・バーグマンが副長らしい。
今のところ人員は二人で、少な過ぎるから騎士団本体から三名を借りている、とのことだった。
だが、この組織の存在をティファニーさまは知らないそうだ。彼女は単に、黒竜騎士団が自分を守っている、と思っているらしい。
何故なら、彼女自身が人の上に立つ事を、妙に毛嫌いしているからだという。
やはり彼女こそ聖女――と俺は強く思った。
その後、病院に行って妹を見舞うと、先ほどまでティファニーさまが来てくれていたという。
「あのね、あのね、お兄ちゃん。ティファニーさまって凄く優しいの。りんごを直接食べさせてくれたり、たくさんナデナデしてくれたりしたんだよ。
でね、そのナデナデが凄く気持ちいいの。身体がふわーっと暖かくなって、お腹がキュンってしちゃうんだ。
不思議だなぁーって思って聞いたらね、病気の抗体を作る為に、魔法を使ったんだって。ただその副作用でお腹の所にまじゅつもんが浮かんじゃったんだって!」
「へえ、まじゅつもん? それはあっても大丈夫なものなのか?」
「うん、大丈夫! てゆーかね、すっごく綺麗なんだよ! わたし、とっても気に入ってるの! それにこれ、ティファニーさまと私を繋ぐ絆にもなるんだって!」
そう言ってメルは掛け布を取り、上衣を開けて下腹部を見せてくれた。
二重螺旋で円を描き、その内側に絡み合った蛇が描かれている、不思議な紋様だ。
「でね、これ、いんもん、って言うんだって! ティファニーさまだけに反応するみたいで、触ってもらうと抗体がかっせいかして、もう病気にならないんだって! それに簡単な回復魔法なら、わたし、使えるようになるって! 凄いよねっ!」
「そうか……そうかっ! 良かったな、メル! やっぱりティファニーさまは聖女さまだっ!」
三日後、最初の任務が言い渡された。
俺が失敗した、首無し騎士の討伐に行くと言うのだ。
確かにクロエさんには妙だと話したが、まさかそれで行く事になるとは思わなかった。
とはいえ、命令とあれば行く。そしてティファニーさまを絶対に守る。
だって妹を救ってくれて、あんなに笑顔にしてくれた方だ。命くらい掛けなければ、罰が当たるだろう。
そう決意を固めていた出発の日、あの方の馬車と並走していたら、何だか急に手招きをされた。
「乗りなさい」
恐れ多いことだが、そう言われて断る訳にもいかない。
恐る恐る馬車に乗ると、ティファニーさまは妙なことを仰られた。
「お手」
「は?」
意味が分からないまま問答をしていると、やがて「お手」とやらのやり方を教えてくれた。
それは彼女の手に俺が手を乗せること。
まさしくそれは、獣人族の王に戦士が忠誠を誓う儀式そのものだった。
俺は彼女にそれほど期待されているのかと、心が震えた。
それだけじゃない……ティファニーさまは、こんな俺を優しく撫でてくれる。
今までの苦労が、全て洗い流されてゆくようだ。
もう、泣く事を堪えることが出来そうに無い……ただただ、涙が溢れ出す。
嬉しかった。まるで母に抱かれているような、そんな気さえする。
そして、わんわんと俺を呼ぶ彼女は、名を捨てろと言った。
「あの……俺、ルイード・アーキテクト……」
「そのような名に、意味はありませんわ。わたくし、今後はお前を“わんわん”と呼びますので」
「俺の名に意味は……無い? 俺は誇り高きシルバーウルフのアーキテクトで……」
「関係ありませんわっ!」
俺は愕然とした。
シルバーウルフとして国を追われた俺に、ティファニーさまは新たな名を授けてくれるというのだ。
それはつまり、過去の呪縛からの解放を意味する。
「そうか……そうですね。俺はあなたの――剣、そして盾になります」
気付けば俺は跪き、彼女に対して絶対の忠誠を誓っていた。
そう――俺は“わんわん”として、たとえこの命が尽きようとも、ティファニーさまを守るのだ。
可哀想な兄妹……




