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26話 本を借りましたわ

 ◆


 ラファエル・リットの能力はとても高いのですが、それでも魔法戦闘なら私の方が強はずです。

 何と言っても私は魔法特化の君主ですからね、メティル・ラー・スティール以外に後れはとらないでしょう。


 私はさっそく部屋を出ると廊下を早足で進み、階段を下り、むさ苦しい平民棟へと向かいました。

 

「あっ、ティファニーさま!」

「ティファニーさま、どちらへ?」


 階段を下りる途中、中級や下級の貴族どもが、馴れ馴れしく声を掛けてきます。

 まあ、私ほどの美貌を備えた者は貴族多しといえど、滅多にいませんからね。容姿でそれと分かってしまうのでしょう。


 え? 制服の色とベレー帽の色で大体わかるだろう?


 確かに帽子の色は平民が青で貴族が赤、そして私のような上級貴族が緋色で神官が緑。これに加えてジャケットの色で学年を分けていますからね。

 私と同じくモスグリーンのジャケットを着て緋色のベレー帽を被る女子は、全校生徒八一六人中でも一人しかいません。

 その一人とは、私にとって宿命のライバルとも云うべき女――イグニシア・シーラ・クレイトス。

 彼女は銀髪紫眼の正義バカなので、私との違いは一目瞭然ですね。 

 

 平民棟に入ると、まず目につくのはカーキ色のジャケットやグレーのジャケットを着た者達です。

 モスグリーンのジャケットを着た者が少ないのは、上級生達に遠慮しているからでしょうか?

 ですが流石に平民棟と云うだけあって、ここは青い帽子を被った者がほとんどのようです。

 

「あら、本当に平民だらけですわね」


 平民塔の一階は大食堂も兼ねていますので、長いテーブルが幾つも並び、その最前に大きな調理室があります。


「ついでだし、何か食べようかしら?」


 そう考えて調理室へ向かう途中、モスグリーンのジャケットを着た集団を見つけました。

 彼等は楽しそうに、ワイワイと騒いでいます。

 その中の一人、何となく話を合わせて盛り上がってる風の少年に、私は声を掛けました。


「あななたち、新入生ですわね?」


 声を掛けた少年は、私のベレー帽を見て狼狽えています。


「その帽子は……まさか……あなたが聖女さま……ティファニーさまでしょうか?」

「確かにわたくしの名はティファニーですが、聖女などではありません」

「ああ、やっぱり聖女さまだ! お噂はかねがね耳にしております! この学院に来られると聞いて、ぜひともお会いしたいと思っておりました!」


 おかしいですね。

 私は聖女とやらになった記憶など、これっぽっちもありません。

 だいたいそんなものになったら、アイロスに何をされるか分かりませんからね。


「どのような噂か存じませんが、わたくし、聖女などになった覚えはありません。そんなことより――」

「いいえ、聖女さまですよ! だって貴族の圧政から平民を解放し、その後も領土の自治を任せているとか! 迷宮都市の首無し騎士(デュラハン)討伐や魔竜退治も……色々と知っています! 俺――じゃなくて私を是非、いつかあなたの下で働かせてくだ――」

「うるさい! いいですか……今は、わたくしが質問をしておりますの。まるで耳元を飛び回る蠅のように、あなたの躾はなっていませんわ」


 余りにもペラペラと喋り始めたので、私は相手の胸ぐらを掴んで持ち上げました。

 私だって肉体強化のスキルランクを上げましたし、今では武力70を超えています。だからこの程度のこと、雑作もありません。


「す、すみません。はい、何でしょうか?」

「よろしい――新入生代表を務めるラファエル・リットが今、何処にいるかご存知ですか?」 

「は、はい。あっち……です」


 私が胸ぐらを掴んだ少年の指差した先は、窓際の席でした。

 テーブルの上には青いベレー帽が置かれ、涼し気な顔の少年が、物憂げに読書をしています。


「それだけで良いのです、ウジ虫。わたくしの貴重な時間は、あなたごときとの会話に割かれるべきではない――ご理解下さい」


 さて……少年を床に降ろした私は、さっそく目的の人物の下へと向かいました。

 彼は近づく私に気付かないようで、ボサッとした黒髪を手でこねくり回し、時々「あー、うー」などと言っています。気が狂っているのでしょうか? 

 顔を間近で確認すると、記憶よりもボンヤリした印象で、これがあの「ラファエル・リット」かと、首を傾げたくなりました。


 ですが、情けは無用。

 私が持つ最大級の魔法をぶっ放し、跡形もなく消し去ってやりましょう。

 と、思ったのですが、彼の読んでいる本のタイトルが気になります。


「君主論……?」


 あ、思わず声に出てしまいました。これでは、奇襲失敗です。

 ですが本に対する興味には、嘘を付けません。

 君主論と云えば、十六世紀にニコロ・マキャベリの著した本です。

 ここが元の世界と繋がっているとも思えませんから、同じ本である可能性は低いでしょうけど、だからこそ内容が気になります。


「ああ……うん……あー……キミもこの本に興味が?」


 本を閉じ、テーブルに置いてあった青いベレー帽を指でクルクルと回して、ラファエルが私を見上げました。

 彼の瞳は夜空の様に深い藍色で、どこか悲し気です。それでいて、まだ幼さの残る顔には、はにかんだ笑みが浮かんでいました。


「君主ですもの、気になって当然ですわ」

「その言葉は義務感によるものか、それとも傲慢によるものか……」

「どちらでもいいでしょう。その本を書いた人は、いったい誰ですの?」

「有名――とは程遠いね」

「名も無い方の論ずる君主像に、一体どれほどの価値があるというのです?」

「価値があるかもしれないし、無いかもしれない。それを決めるのは著者ではなく、読み手だと思う」

「詭弁ですわ。著者の実績の有無は、このような本における重要な情報ですもの」

「じゃあキミにとっては、初代連邦王の書いた君主論が理想というわけだ」

「ありもしないモノを理想にはしませんわ。それに彼は、理想の君主ではありませんもの」

「ああ、そうだね。彼はもっと、強権的であるべきだった。そうであれば、今日の国家乱立を招くことは無かったし、悪魔――いや、魔族との共存共栄さえ実現できただろう」

「それは、否定しませんけれど」

「つまり、理論は理想だよ。それに誰が一番近いかというだけのことで……ああ、そうだ、キミの名前は?」

「ティファニー・クラインですわ」

「そう……僕はラファエル・リット。ごめんね、珍しく僕の話を理解してくれたから、嬉しくてつい……」

「ふん、理解なんて……わかりませんね、わたくしには。何故あなた程の人が、無名の作者が書いた蒙昧な理想を熟読なさるのかなんて」

「僕ほど? あはは……面白いことを言うね。僕だって無名だよ。それに無名な作者だからといって、理想が蒙昧とは限らないだろう?」

「そ、それはそうかもしれませんけど……」


 う……余計なことを言ってしましました。

 無駄に話が合ってしまうなんて……不覚です。


「良かったら、貸してあげようか?」

「もう、読み終わっていますの?」

「まあね……読み終わっているといえば、終っている」


 私は本を受け取り、頁をパラパラと捲ってみました。

 びっしりと頁を埋める文字は、全てが手書でした。


「模写ですか。これは、あなたが?」

「別に、好きでやったことだから」


 鼻の頭を指で掻きながら、ラファエルが照れ笑いを浮かべています。

 彼はきっと苦労して勉強をし、この学院に入ったのでしょう。

 そう思うと、あっさり殺すことが可哀想に思えてきました。

 何より考えてみれば、私のような男か女か分からない悪役令嬢なんて、彼が好きになる訳が無い。

 となれば、何も殺す必要はないでしょう。全ては私の杞憂だったのです。


「では、お借りします。たまには下々の者の考えを知ることも、わたくしの務めでしょうから」


 本を持って踵を返すと、後ろの方から怒鳴り声が聞こえてきました。


「おい、平民! 生徒代表だか何だか知らんが、調子に乗るなよっ! あの方をどなただと思っているっ!」


 振り返るとラファエル・リットが、赤いベレー帽を被った十人程の生徒に囲まれています。

 中でも大柄な一人が彼を突き飛ばし、床に転がして蹴り上げました。


「う、うう……ティファ……ニーだろ? 彼女は……僕と同じ……人間だ」


 気丈にも、ラファエルは立ち上がります。言っていることも正しい。ですが、あれ?

 確か彼の身長は、百八十五センチだったはず。

 ですが今は、どうみても私と同じくらいしかありませんね……となると、この人数相手に負ける?

 むむむ……まあ、今回だけはサービスです。だって私、貴族が大嫌いですからね。


 私は道を確保する為、ラファエルを囲む男達の首筋に手刀を打ち込んでゆきます。

 男達は皆、前のめりに倒れ、テーブルに顎をぶつけるなどして動かなくなりました。

 最後に残ったのはラファエルを蹴った大男ですが――


「猪! あなた、わたくしが、この豆柴と話したことが許せないのですか?」

「ティファニーさま……滅相もございません!」


 大男は片膝を付き、私に頭を垂れています。


「いいですか、猪。この豆柴には、わたくしが声を掛けたのです。それなのにあなた、蹴りましたね?」

「で、ですが、こいつは平民です! 軽々しくお声掛けなされては、クライン公爵家にとって……!」

「クライン公爵家が何だと言うのです? わたくしが高貴なのは、ただひとえに、わたくしがわたくしであるがゆえ! 公爵家の血も豚の血も、何ら変わるところはありません、等しく赤いのですから。あーっはっはっは!」


 気がつけば私は大男の頭に足を乗せ、グリグリと踏みつけていました。

 周囲にはいつの間にか大勢の人々が集まり、私達を取り囲んでいます。

 これは……困りましたね。

 恥ずかしいので、ここは一先ず撤退しましょう。本も借りたことですしね。


「聖女さまだ」

「ああ、やっぱり平民の味方ってのは、本当だったんだ」

「だな。今も貴族どもを倒して……凄かったぜ」


 それにしても、愚民どもが私のことを相変わらず聖女と呼びます。

 いったい何なのでしょう。

 ここは一つ原因を探る為にも部屋に戻り、時系列を追って考えてみますか……。

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